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天女  作者: 南清璽
57/112

天女 第57回連載

 運転手は何も言わず、こちらの意を解したように、ただ黙礼して、この場を去った。私はその後ろ姿をしばらく恍惚と眺めていた。そうして謀を実施するのは今宵かもしれないそんな想いがしていた。。

「官能の底にあるあどけなさというべきでしょうか。先程の話の続きですが。」

 私は、運転手が立ち入ったために中断した、令室との間の情にまつわることを天女に話しかけた。

「何だか難しい話ね。」

「申し訳ありません。こういう物言いになってしまって。」

 私は顧みていた。これこそが、よくお館様になじられるインテリゲンチャ気取りなんだと。ただ、ありきたりなものの言いようで令室を修辞しても、それには収まりきれない、何かがある。と云いつつも令室のことをマテリアルだとも述べている。やはり、尊厳と言わざるを得ないものを感じていた。

「やはりある種の崇拝があるんでしょうか。」

「崇拝ね。」

 天女は、さも感心したかの様な趣きで私の崇拝という言葉に反応を示した。ただ、一方で、つまらなそうな表情も見せていた。それは無理のないことで、こんな哲学めいた物言いに、うんざりするのは当然であった。

「当初、どうしてピアノを教えられる食客をお館様が探していたのか、その真意をはかりかねていました。でも、ここで雇われてみて、体よく、ご令室の情夫になれる人間を探していたのだと気付きました。」

 どうして、こんなことを脈絡もなく、不意に述べてしまったのだろうか。その所以の一つに天女のつまらなそうな様子があった。だが、それだけではないのも確かだった。不思議と感慨が生じていた。そうして、その感慨なるものによって、今宵の実行の決心をよりつよくしたのだった。

「すみません。唐突でした。」

 天女は、どことなく私の複雑な想いを察したのかもしれない。やはり、こういった感慨は、天女に語るものではなく、自分自身への一種の陶酔として行うべきだった。お館様は、私が令室の眼鏡にかなうと思ったのだろう。現実にそうなった。恩がない訳ではなかったが、不思議とこの二方には卑屈にはなれなかった。



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