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天女  作者: 南清璽
56/112

天女 第56回連載

「そのぐらいにされたらと。」

「もう少しだけ。かまわない?」

 天女のその応えに対し、例の運転手は、訝しむばかりだった。おそらく、お館様の意を察し、私たち二人の、会話を止めさせようとしたのだろう。だが、正直お館様に嫉妬してもらう方が都合がいいのも確かだ。そうすればまたいつかのように、私の眼前で天女と情を交わし、そして、私に対しても、情を結ぶように命じるであろうからだ。少なからず、私という存在と相関するものであり、天女を介しての私への最大の嫌がらせであるからだ。そうともなると、ここは天女を慮る物言いをして、その事をお館様に告げてもらうのがいいに違いない。

「いいじゃないですか。もう少しぐらい。」

 私のこの物言いに、運転手は少なからず戸惑いの表情を見せた。やはり、迷いがあるのかもしれない。その全てをお館様に告げていいものかどうかと。

 この忠僕ぶりに、その所以なるものを探りたくあった。そうして、私との間にある、一つのわだかまりを取り除いて置きたいと考えるのだった。何分、来るとき、この運転手には、多いに活躍してもらうつもりでいたからだ。

「先日は、お世話になりました。思ったより早く回復できました。」

 私は、あの日、この運転手に診療所へ連れて行ってもらったことの礼を述べた。

「元は奥様のお計らいです。私何ぞに。」

「さっきも述べた様に、かなり早く回復を迎えられました。ところで、私が、ここに来る前からいらした様ですが、そんなに古くからここの運転手を?」

「いいえ、違います。元は廓で働いていました。ひどい旦那で。私が、そこの女将さんと懇ろになったって疑われまして。で、そこをクビにされて困った私をお館様に雇ってもらいました。」

「お館様は、相当慈悲深い。」

「ほんとそうですわ。」

 この運転手の答えに、少々大仰なところはあったが、決して作為を施したものではなかった。そうして、それがこの男にどれほどありがたい事柄であったか、十分知れる仕儀となった。

「こちらともう少しだけ話したいことがあるもので。だからもう少し、このままにしておいてくれませんか。」



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