天女 第51回連載
「前に話してくれてた男性のことですが。よくあなたの元へ通ってたというあの。」
それは天女と廓で交わった御曹司のことだった。
「その男性は私と因縁浅からぬ人と結婚しているようです。」
「どなたと?」
私はそうして、あの醜聞を、そう御令嬢との出奔を手引きしようとしたそのあらましを語った。例のKの八ヶ岳の別荘に身を潜めるという計画で実行されようとしていたというものである。そしてその顛末が、御令嬢が、父上である伯爵に話したため、実行前に発覚したことも。ただ、くれぐれもそれが、恨みつらみと見て取れる様な、あるいはそういったふうに話してると思われないようにした。もちろん、理路整然とした物言いであっても天女は、私の心底にあるものを察していたかもしれない。あの時の出奔の動機となった許嫁の相手こそ、天女のもとに通っていた御曹司だった。出奔の計画が未遂に終わったその結果、御令嬢と御曹司の結婚が遂げられた訳だった。
「きっと幸せに暮らしているのでしょうね。」
ふと、天女のその物言いに、憐憫の情が湧き、かえって聞かせない方がよかったのではという心持ちになった。その反面、顧みて自分には人から憐憫されるような事情が何も存しないということも身に沁みて、分かってきたのであった。だが、それが人からの同情を要しないという、ある意味強い人間であろうとする、そういった意志があったわけではなかった。むしろ、人からの同情なりをうまく受け入れられない、そんな性分に自分があるように思えたのだ。もし、ある種の同情を受けでもし、その礼を言う段になると、どのようにお礼を述べようか迷ってしまうのではと不安めいたものが生じないか、そんな懸念を持ってしまうのだった。
ただ、御令嬢、いや今や御新造様の暮らしぶりについて聞いてるのが、不自由ない生活をしている、というあのKの言葉だった。もっともそれがそのニュアンスからして肯定的なあるいは否定的と、どちらとも捉えることができなかった。もっとも御新造が、帝国大学を出るような英才とその知性によって、楽しく会話を興じてるのだ、それが不思議と自分の中で、強いてそう思うとしていたのは事実だった。勝手に平凡な幸せにある生活をして欲しい、そういう願望を御新造に懐いていた。




