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天女  作者: 南清璽
50/112

天女 第50回連載(庭で)

 これほど広いというのにどうして四阿がないのであろうか。屋敷の敷地には、造作というものはなく、反面、植栽に関しては、よく手入れがされていた。池らしきものはあったが、鯉が放たれているというわけではなかった。私は天女を連れ、その池のほとりにいた。彼女はしゃがみ込み、池の水面に映る自分の姿を見つめていた。こういった様子もあの運転手は屋敷のいずれからか見張り、そのことをお館様に報告するのであろう。そうして今日も、その制裁として、あの錫杖で私に殴りつけてくるに違いない。ただ好都合なのは、私と天女との間に何があったか何を話したかを糺さないことだった。

 だが天女と話す、その段になると、何を話せばいいのか分からない仕儀になってしまった。前に天女のその境涯を聞いた。そうなると今度は私自身のそれを述べるべきなのだろうが、いざそのことを思い返すと、別段言うべきものはない様な、そんな思いがしたのであった。医業に携わる家に生まれ、将来その家業を継いでもらいたいという父の想いに背いたことを話せば、それでいいのかもしれないが、何分、自身のことゆえ、尾鰭をつけて、面白かしく言うことははばかられた。

「この池には鯉すら飼われていない。」

 私は愚にもつかない事を呟いてしまった。そう言いつつも、この古池とも言うべき侘しさに私は偉く気に入ってしまった。

「お館様らしくていいじゃない。」

 天女は何かに興じるように、薄笑みを浮かべながらそう私に言葉を返した。

「何か気に入ったところでもありますか?」

「別に何もないわ。」

 ここでもお館様の頽廃ともいうべき世界が投影されていた。天女は、意図的にはぐらかしたのだ。私は、無造作に地にあった小石を池に投じた。

「古池や」

「蛙飛び込む水の音」

 私のー古池やに呼応し、―蛙飛び込む水の音と天女はその続きを述べた。この他愛のなさに、本来は、笑う処なのだろうが、笑いをこらえるものでもなく、むしろ、冷ややかにその場面をやり過ごそうとしていた。



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