天女 第47回連載(サナトリウム)
架空の人物を作り出す。その人物が重要な関わり合いを持ったとしたら、それは犯罪においてであるが、もし、官憲が捜査しようものなら、大いに混乱を生じせしめるものと考えた。そのためには、その架空の人物を誰かに認知させる必要がある。私はその格好の人物としてお館様の運転手を選ぶことにした。彼はお館様の忠僕であり、常に私と天女を監視していた。もっともこれはお館様の邪推からそうなったのだろうが、むしろこの方が好都合だった。
Kの処へ行った翌日、私は早速実行した。私は目眩が生ずると称して、令室に自動車を出してもらうように頼んだ。そうして、令室は、その運転手に自動車を出す様に命じた。もちろんそれは病気を装ったもので、あの閉鎖された精神科のサナトリウムを、行く先に告げた。
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「あれ、閉まっている。」
運転手は扉を開けようと試したが施錠のため扉が開かなかった。そうして、扉を幾度か軽くたたき「すみません。」と声をかけてみたのだった。
「寝ていらっしゃるのかもしれない。裏手に回って呼んでみます。検討は付いていますよ。」
私は壁をつたい、手を添えながら、如何にも重篤な様に装った。以前、此処の看護師から預かり、そのまま、Kに渡さなかった鍵を使い、その扉を開けた。
そして、予め、此処に置いていた、そう、数日前にそうした、劇団員の友人から借りた鬘をかぶり、含み綿で頬を膨らませ、そして、着ていたシャツも着替え、白衣を羽織った。私はお決まりとも言える聴診器を首からぶら下げる格好をし、玄関へと向かった。
運転手はその場に佇んでいた。
「さっきの男性だが、相当、悪いみたいだ。少し寝台に休んでもらい、それから点滴を施そうと思っているが。相当時間がかかるからお前様にはもう屋敷に戻ってほしいということじゃ。点滴で、まあ相当快方に向かうだろうから迎えはいらない、自分で帰るとな。」
この上なくしゃがれた声を使った。あの運転手ならかえって大仰に行った方が信じやすい、私はそう考えたのであった。




