天女 第40回連載
「優生学だよ」
「優生学?」
「その言葉ぐらいは知っているだろう。」
「全く知らないわけではない。」
優生学。唐突にKの言葉から発せられたこの言葉。私の記憶では、遺伝形質を操作し、悪質な物を淘汰し、優良なもの保存することの研究だったと。
「それで、その産婦人科医は何をしたと云うのだ。」
Kにこう尋ねた。
「堕胎だよ。」
「堕胎?」
「そうだよ。彼は精神分裂病の遺伝子を持つと疑われる子を妊娠した女性に堕胎を施そうとした。」
「恐ろしいことじゃないか。」
「全くな。劣性を生まないために。」
「劣性を生まないために?」
「それが優生学だよ。」
「君はそれには賛同しかねると?」
「もちろんだ。そんなものは実質は殺人にすぎない。」
私はそのKの物言いに感じてしまった。それは単なる一般論ではなくどこか私の心に響くものがあった。私は先ほどからKの胸元を見ていた。ふと彼の目、いや彼の目がどのような表情お浮かばせているか知りたかったのだが、やはりそれはできなかった。一方でそのKの計り知れない一面を今さらのように不思議と捉えていた。ただ、そこにはある種のカラクリがあるように思えた。彼はよく重みのある野太い声で静かに語る。それは論理というより、その物言いに納得していると言った方が良いのかもしれない。
「てっきり君は優生思想の持ち主だと思っていたから。」
「よせ。馬鹿を言うな。」
これは揶揄であったが、どことなくKに対して皮肉ったきらいがあった。
「俺には不釣合いというのか。こういった人道的な物言いが。」
Kは、柔和だがどこか作り笑顔であった。
「全くそう思わなかったというと嘘になるだろう。」




