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天女  作者: 南清璽
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天女 第4回連載

 この日、令室は,ハ短調の楽曲を所望された。当初は,ベートーヴェンのピアノソナタをと考えたが,独逸国の留学時に楽譜として手にした,シューベルトのピアノソナタが忘れられず,知己を通じ,その楽譜を借りた。今回のサロンでの演奏は、令室が、女学校時代の友人を館にまねきいれ、その師を偲ぶものとして、催した次第だった。もちろん、そういう類の催しであれば、モーツァルト、ショパンの楽曲を無難にこなすのだったのだが。ただ、令室によると、中には、音楽学校に進学した御仁もいるから、玄人受けする曲目を選ぶ様にとの仰せだった。

 そうして,このシューベルトのソナタを自ら写譜し,臨んだものだった。もちろん,本邦において,それを入手するのが,どれほどに困難を極めるか,おそらく令室は,存じないであろう。たとえ,たしなみとして,ピアノを学んでいたとしても。もっとも音楽学校への進学を望んでおられた様だが,それを果たせなかったとも聞いていた。無論、ピアノの演奏については、それほどの技量は持ち合わせていないのは容易に推察出来た。令室は、私がそういった事情を知るにつけ,どことなく蔑んでいる、とのきらいを読み取っていたのかもしれない。

 招かれたのは、五人だった。着飾った衣装や宝飾に、相当なステイタスのある方々だと推察したのだった。そのうちの一人に対し、令室は、よそよそしい態度を取った。きっとこの御仁が、音楽学校に進学した方だと思った。

 令室も招かれた者達と負けるとも劣らない出立だった。作為的に気品を漂わせる立居振る舞いに、そう、ある意味、芝居じみた、そんな光景を、見つつ、その可憐さに、“椿姫”の第一幕に重なるものを感じていた。

 彼女たちは、互いに身に纏った服飾や宝飾を褒めそやすのだった。彼女の良人はもちろん、守銭奴であったが、彼女への服飾、宝飾に対する出費は惜しまなかった。良人であるお館様は、その献身ぶりを見せる一つの手段であったからだ。

 さて、今回のシューベルトのピアノ・ソナタの演奏は、もしかしたら,本邦では数回目という限られたもので、そういった自負があったから,つい演奏への感想を、令室でなく、音楽学校に進学したと思す御仁に求めてしまった。一方で、それは、慢心ともいえたし、そうしたため、令室の癇癪を招く一因になったのかもしれない。

 定めし,彼女には,先ほど述べた音楽学校に進めなかった事情による負い目から,癇癪を起こしたのであろうが。ただ、今宵は,さほどではなかったが,ひどいときは,くどくどと折檻された。だが,その折は,極まって愉悦を感じるようにしていた。そう,たかが,素人ではないかと。私は,玄人の演奏家であり,作曲家でもあるのだと。そう,たとえ,大成したといえなくても。だが,滑稽にも,こうして,食客に身をやつした境遇を忘れていた。そうなったことの次第とは,とある元華族に令嬢の音楽の家庭教師として招かれたことだった。


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