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天女  作者: 南清璽
38/112

天女 第38回連載

「お前のいうとおり、キルケゴールやマルクスの及ぼしたものとベートーヴェンのそれとは質感が異なるのも事実だ。」

 質感?その言葉の心はとKに尋ねたくあった。

「どうして質感が異なるのだね。」

その問いに対してKは、

「重量感が違う。」

と応じた。

『重量感か』。私は心中でこう呟いていた。そうして、その言葉の妙なる向きに感心していた。

「それは、主知的な意味でか。」

「主情でもありうるのではないか。」

Kは、そう応じた。

「君のいうとおり完璧に主知的とは云えないだろうに。」

 そこにあるのは、意味づけであり、それを主情として捉えているのかもしれない。そんなKの物言いが、妙有だと思う反面、こういった芸術論を交わすより、昨今の株式市況についてKに訊ねた方が、より饒舌に語り出すのではないか、と考えた。ただ、私には、株のことなど何も分からないし、私がちんぷんかんぷんな表情をだそうものなら、直ぐにそれを糾すものだから、いささかな躊躇を覚えるのだった。

 やはり、卓に置かれた鍵に目配せをすべきなのだろうか。そうして、Kがその視線に気づきあの一旦は閉鎖したあのサナトリウムについて、話題を移すことができるであろうか。

 だが、私の頭の傷を縫合してくれた例の産婦人科医のことも気になっていた。どういった事情があるのか。つまりは、大学病院の医局を辞めなければならなかったいわれである。

「随分なことだろう。」

 私は、そういって頭頂部の傷痕をKに見せた。

「何かで叩かれてもしたのか。」

「察しがいいな。」

 私は、一応の素振りとして、感心したかの様な体をなした。だが、内心では、Kを全く油断のならない奴だと思った。

「お館様だよ。錫杖でだよ。」

「全くお前のいうとおり随分なことには違いない。ところでちゃんと縫合してもらったのか。」

 Kの物言いは、どことなくよそよそしかった。だが、これがかえってよかった。正直、Kとは、このまま他人行儀の間柄で過ごしたかった。

「近くの産婦人科で。」

「あの男にか。」

「例の男に。」

「例の?」

 Kは訝しそうに尋ねた。


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