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天女  作者: 南清璽
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天女 第37回連載

 私は、殊音楽に対しては、控え目であった。もっともKには、つい、つまらない蘊蓄を述べてしまうことがあった。それに加え、自分では大したことは云えなくなってしまった、そんな気持ちがあった。それは、時が経つにつれ、自分の創りだす、あるいは奏でる音楽に新鮮味が薄れ、何処か惰性で行っている証左だとも思えた。殊音楽における芸術談義を交わすとなると、こんな風に思う節があり、Kの知識の糧になることなどないと考えてしまう。

「私は、ピアノも演奏するし、作曲もする。だがどれ一つとして、成功はしていない。君の口利きなんだけど、食客の分際だ。そんな自分が、したり顔で音楽を語るなんて、例え親しくしている君とはいえ、気が引かない訳がない。」

 これは作為だといっていいほどの改まった口調で言った。

「そこまで卑屈にならなくてもいい様に思うが。」

「そうかもしれない。」

 何の思慮もなく、Kの物言いを受容した。何分、音楽家である自身に関し、適当に述べたものであるから、啓示としては、極めて不十分なものであった。他方で、自分の物言いについて、Kに弁明ともつかない補足を講じる必要があると思った。いや、そうするより他はないと。このまま、思慮の足らない人間だと思われることに悔しさを覚えたからだ。

「ただ、一つのゆかしさだと思ってくれればいい。」

「ゆかしさ、か。」

 私のこの「ゆかしさ」という言葉にKはどうやら妙味を感じている様だった。

「そうだ、ゆかしさ、だ。」

 私は、ここで間合いを取った。一つには、今から話すことの順序立てを考えることができたし、もったいぶった処を示した方がKに興味を懐かせるのではと考えたからだ。

「考えてみろよ。音楽に世の中を動かす力があると思うか?確かに、ベートーヴェンは、音楽に革命をもたらしたが。でも、キルケゴールやマルクスほどの影響力はなかったはずだ。」

 私は、このゆかしさなる言葉の概念をよく掴めていなかった。しかもベートーヴェンという偉大な作曲家の名を出しておきながら、ゆかしさについて語ろうなどすること自体とても陳腐に思える始末となった。もちろん、現実には、このゆかしさなる言葉の定義を都合よく使っているに過ぎないのは分かっていた。


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