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天女  作者: 南清璽
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天女 第35回連載

 ただ、この診療所には、一つの難があった。悪臭がすることだった。特に洗面所からかなりの臭いがする。ここは数箇所の窓を開けて換気をすることにした。それに加え、消毒液を使いそれを紛らわすことも考えた。私は、薬品が置かれた戸棚を見つけ、そこから消毒液の瓶を取り出した。そうして、元のとおり施錠した。これらの瓶は診察室の机に置いた。

 今一つ大事なものがあった。死亡診断書だ。私は、抽斗の鍵を開けた。あった。これも同じく机に置き、その抽斗を施錠した。いや待てよ。診断書を偽造する際に、記名印と印鑑が必要になろう。再び、抽斗の鍵を開けてはみたが、同じ抽斗には、仕舞われていなかった。私は、受付のあたりを見てみることにした。あるとしたら、台に置かれたこの小さなチェストかもしれない。実は、こんな小さなチェストにも鍵がかけられていた。思ったとおりここにあった。一方で、その記名印に幾分かの埃がたまっていた。いろんな箇所で厳重に鍵をかけるのに、こういう具合に頓着しない面もあるのだと合点した。こうして実行の折に必要となるものをあらまし用意できた。

 更に、遺骸を処理するための準備も行った。庭にある倉庫へと行く。予想どおり、施錠されていた。同様に輪っかの中からその鍵を見つけ、開けた。やはり、スコップがあった。新聞紙も。

 掘るとすれば、焼却炉の側がいいだろう。悪臭に気づくものがいたとしてもいつものことだと考えるだろう。私は、小一時間ほどかけて穴を掘った。丁度、遺骸がおけるほどの。あとはこの倉庫にガソリンを置けばいい。それに劇団で俳優をしている友人から借りた鬘はまだ返していない。変装も行える。

 だが、何処か不確かなものを感じていた。明確な動機がないまま、犯行に及ぶことなんて可能なのだろうか?私は、この問いを明確にできないことに、分別として、如何なものかと考えてしまった。もちろん、如何なる動機であっても犯罪が正当化することなどできない。ならば、動機を明確に持つ必要などないのだ。酌量の余地があるか否かの事情に過ぎない。

 もし、気がかりな面があるとすれば、明確な動機がないまま実行して、その呵責から未遂に終わらないかだった。全く気持ちが怯まないとは言い切れないのも確かだ。だが、それにしても、この犯行が実行されれば、あと半月にも満たない命なのだ。かの御仁は、これといった明確な動機がないままに葬り去られる。その滑稽さを大いに嘲りたくもあったが、その自嘲が、作為、取り繕いの類でもあった。






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