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天女  作者: 南清璽
32/112

天女 第32回連載

「その救いですが。そう、お館様が発した言葉のことですが。お館様は、女郎屋が、悪どいから、単なる黴毒ではなく、脳黴毒にしてほしいと。そうすれば彼女、いや、あなたのいうところの天女が遊女の身から解放されると。」

 私は、その医師の言葉に対し、「そういった事情があったとは。」と大仰な物言いをした。それは、一つの迎合であり、同時にもうこれ以上何も糺しませんという自己の意思を示すものでもあった。お館様は、何故、この医師に脳黴毒という虚偽の診断書を求めたのであろうか。推察を及ぼすとすれば、天女を身請けする額の点かもしれない。きっと身請けの額で折り合いがつかなっかたため、天女の黴毒の罹患が、瑕疵にあたるのだとしたのではないか。そうして、脳黴毒の診断書を見せて、渋々自身が提示している額に応じさせた、そういった想像をめぐらしたりもした。そんなこんなの考えが浮かび消えていく様に、遊廓に行ったことがない自身が、女郎の身請けなど、縁のないことであるにせよ、幾分の知識も持ち合わせていないことに気付くのだった。

 こういうお館様の癇癪をおこす稚拙さと、身請けの交渉を有利にするため、虚偽の診断書を作らせるあざとさが、矛盾であり、一方、それが何か得体の知れない魔物であるかの感を抱かせた。今日の様に人前での情事を拒んだがために暴行を犯し傷害を負わせる、そういった不埒な面は、いつ如何なる所以で変異を遂げるかもしれない。例えば、私が失踪したことにして、亡き者にすることも可能といえば可能なのである。私の亡骸をあの広大な屋敷の敷地に埋めたら、単なる失踪事件で終わらせられよう。

「どうかされましたか?」

 この医師の言葉に我に返った。

「つい想いが及びましたよ。お館様のある意味恐ろしさに。」

 私は、こう取り繕った。医師も我が意を汲み、「そうですよ」と述べてくれた。

 私は、その婦人科の診療所を辞した。その折、

医師は次の診察で、傷口の様子を診させてほしいと。その一方で、医師の言葉にあった廃業した精神科のサナトリウムのことが気になっていた。のみならず、お館様が、私を亡き者にし、その遺体を屋敷の敷地に埋めてしまうという空想を、作為的に真実味があるものと捉えようとしていた。


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