天女 第31回連載
何か気の利いた質問でもと想いを巡らした。だが、いざその段になると思いつきそうで、そうとはならなかった。というか、然程に親しくないこの医師に気の利いた質問などできうることではなかった。だが、大胆にも、ハッとさせる様な冗談を述べてしまった。
「人を殺めても、その診断書如何では、その罪を問えなくすることだってできますよ。」
この背徳な向きを医師はどう捉えたであろうか。心底では、どうして、こういったか。むしろ、つい口をついてしまったといった方がいいのかもしれない。これに対しては、医師は苦笑し、取り合うべき程のものでもないという感を、その蔑んだ笑みで表した。
「つくづくつかみ処のない御仁だと思いました。お館様ですが。あのとき、深みのある声で話されたのです。いつもは、語尾が聴き取りにくく、しかも脈絡もなく話すという具合なんですが。」
もちろん、その節は無きにあらずだった。奥底では、お館様のことを蔑んでいるにもかかわらず、時折、話が心に響く物言いをされるのだった。
「救ってあげてくれないか。確かそんな言い方でした。」
医師は、淡々として述べた。感情を抑えたのは、真実味を増すためであったのだろう。裏を返せばその後ろめたさの顕れでもあった。もちろん、推し量れるものではあったが、医師がどう弁明を施すか興味が持てた。
「救い。その言葉を自分なりに都合よく解釈しました。」
この間合い。絶妙だ。沈思し、とつとつと語るという繰り返しの間合いが。そうしてこのアルコール臭。それは、幼い頃の、記憶にある、父の診察室のあの匂いだった。消毒液に浸けられた注射針。その無造作な様に、なぜか視線がいった。それは、注射をあまり好まなかったことに所以するのだろうが。ただ、父に諭され素直に注射に応じた。その折は、いかめしい面持ちで注射を施したのは確かだ。不思議にも、成人に達した後も医師に勧められると、父からの注射のことを思い出すばかりに、表情に翳りが出、注射は嫌いなのかとよく訊ねられたりした。




