天女 第30回連載
「あの遊廓の女性のことですよ。彼女をその見た目から天女と呼んでいるのです。」
「天女か。名付けとしては、申し分ない。」
医者は、私の「天女」という名付けに甚く感心した。だが、そう感心ばかりしておれない様で、さっきの話の続きを語り出した。
「魔がさした。そういえばもっともらしいのでしょうか、実は、そうでもなかったのです。でも、確信を抱いてのことでもありませんでした。」
「診断書のことですか。」
医師が今話そうとしていることが例の診断書のことだと察せられた。だが、当の医師はそれからというものは、言葉を続けなくなった。図星だといえばそれまでだが、どことなく後ろめたいものを感じていた。
そう思いつつも、適当な言葉も見つからず、少しは、困惑の表情を浮かべてみせて、様子をみるしかないと思った。医師も私の心底を察したかその続きを語り出した。
「確かに、医者としてあるまじきことだった。何分、虚偽の診断書を作成したのだから。」
私は、医師をつぶさに見入るのは、かえって話しにくいだろうと思い、机の上に無造作に置かれたカルテの、そうして、何も解さない独逸語の字面に視線を落とした。
そうした折、Kの名が出たとはいえ、知己のあることを告げてしまったことを不用意だったと顧た。もちろん、それが自然の成り行きあったのには、違いない。だが、できたら伏せておきたい事柄だった。ただ、その話ぶりからして、私にKと何らかの繋がりがあったのを察していたと窺われた。かえって医者の息子であると告げられたらおかげで、私をそうはぞんざいにできないというふうな成り行きになったのも確かだ。
「その天女が脳黴毒に冒されたとの診断書を書いてしまったのだから。大いに蔑んでくれることを望んでいる次第なのです。」
この大仰な面に医師の作為があると悟った。私は、ここは一つ気の利いた質問を投じてみようと思ったのだ。




