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天女  作者: 南清璽
28/112

天女 第28回連載

「それにしても、よくここまで歩いたというのに、開かずに持ちましたね。」

「傷口ですか。」

「ええ。館からは此処まで少しありますから。」

「そこのところは気をつけて参りましたから。いつもよりもゆっくりと。」

「さすがですね。」

 一つの世辞であったのかもしれない。だが、私は、世辞を述べられるのが苦手だった。だから、無難な「恐れ入ります。」とだけ答えた。もちろん、これしきのことぐらい難なくできるという自負があった。

「館からもう少し近い処に診療所がありましたが、閉院した様ですし。」

「サナトリウムですか。あの精神科の。」

「そうらしいですよ。」

「そうだったとは。」

 然程に関心のない事柄だったが、大仰に返事をしてみせた。何の思案もなく、こんな具合に。そうして省みるのだ。時として、それが良からぬ方向に行くこともあったと。ただ、今回は、相手が、医師で、聡明な御仁だけに、そう慮る必要もないといえた。しかし、医師は、私が興味を覚えたと思ったらしく更にその話題を続けた。

「神経症だったとか。」

「そちらの先生が。」

「ええ。」

 余計なことを述べてしまった、そんな向きを医師は醸していた。自分も、これというほどの知己でないにも拘らず、

「何か事情でも、あったのでしょうかと。」

と、形式を繕う様な物言いをしてしまった。

「詳しい事情は存じませんが、失踪したとも聞きました。器具も備品もそのままだとか。」

「それは、大変なことで。」

 お館様にいつもの気まぐれだったかもしれない。一つの保養施設を、診療所と兼ねた体裁で提供するはずだった。ただ、辺鄙なこの地で成り立たすためには、お館様の支援が必要であった。でも、それも十分なものではなかったのかもしれない。


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