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天女  作者: 南清璽
26/112

天女 第26回連載

「先ほど私を呼び止めましたが。」

「額の血を拭いて差し上げようかと。」

 そうして、天女は、手拭で私の額の血を拭ってくれた。

「血は止まっているみたい。」 

「でも、縫合はしてもらおうかと思っています。」

「そうよね。あそこの産婦人科は如何かしら。」

「私もそう思っていました。」

「そこで診てもらったことがあるの。」

「親不知を抜いてもらったときにたいそう腫れて。それで診察を受けると、事後の消毒十分でなかったと、消毒してくれました。そうしたら、途端に腫れはひきました。」

「私もそこのお医者さんには世話になったわ。」

 そうして、天女は、そこで子宮の摘出手術を受けたことを述べた。

「そうしたらお館様って、その医師に、私の頭が梅毒で冒されているという診断書を書かせたの。」

 以前にこの館の付近で開業している医師たちはお館様の何らかの恩恵を受けていると聞いたことがあった。お館様の意向で虚偽の診断書を書くことなんて十分、察せられることだった。

「お館様は、奥様の手前、私を身受けするにあたって、病気で話せなくなったことにするって。だから何も話せないふりをしたの。」

「そうでしょうね。御令室は、お館様の愛情というより、自分の妻の地位が危うくなるのを恐れていますから。」

「でも、こうしてあなたとお話していることには嫉妬を感じるんじゃない。」

「どうでしょうか?」

 こんな風にはぐらかしてしまった。令室の嫉妬という面に関しては、ある程度のものは確信が持てるというのに。そこにはそうなるであろう淡い願望があった。私は努めて令室とは、距離を置くようにしている。それは、情を結ぶ折、令室がマテリアルとなるという想いからで、だが、そこに自身でそう作話している向きも感じていた。こうして感情に溺れないのも、一つには、自尊心が介在していたのは確かだ。その自尊心とは、まさに令室の懸想から覚える愉悦。ふと、天女とのことを邪推し、令室が嫉妬を覚え沈着に振る舞う仕儀を愉快だと快感を覚えるのも一興であろうとの想いが浮かんだ。

「私もピアノ習っていたわ。」

 この沈黙を嫌い天女は、良家の子女の嗜みとして、ピアノを習っていたことを話し出した。音楽に携わる者として一応の受け応えはしたものの、令室のことを漠然と思い浮かべていた。


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