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天女  作者: 南清璽
106/112

天女 第106回連載

「また、こうしてあなたにピアノを教えられる。ほんとご縁がありますよね。」

この私の物言いには作為があった。第一、ご新造は、どれほど承知しているというのだろうか。私がK の顔を立てるために引き受けたことを。そう考えると、やはり、一廉ともいえる蟠りがあることに気付かされる。こうして、皮肉混じりの物言いで、気を紛らわそうとした。

「でも、嬉しい。ピアノを教わることで、あのよかった頃を思い出せるから。」

「そうですか。」

 顧みて少々冷めた物言いになってしまった。やはり、否定しきれないでいた。ピアノを教えていたころ、ご新造に溌剌とした若さでなく、世帯を持つ配偶者で、そこに翳りというものを見出していたことを。

「単なる惰性でなくて。」

「何がですか。」

「御令室とのことよ。」

「たとえそうであっても、今では、愛おしさも感じる次第となっています。」

 よく臆面もなくこういうことが云えたものだと、感心した。もちろん、それなりに意味があってのことだ。やはり、一種の牽制球であるには違いない。ただ、単なる、自身の思い過ごしであるのは、自覚できていた。

「それはそれは。」

 薄笑みだった。照れでもあり、どことなく小馬鹿にしていることも見出せていた。そうして、ご新造は、机に置かれた楽譜を、一冊手に取っては、ページをぱらぱらとめくるという行為を繰り返した。それは、何か訳ありだと言わんばかりの様子を呈し、この私に何か訊ねて欲しいと言っているようにも思った。だが、こういった場面では、どう切り出すかと、あぐねる仕儀となってしまった。

「でも、実際は、累卵の危うさにあるのではないですか。」

「累卵?」

「そう。卵を幾つも重ねた結果、いつ破れてもおかしくない状態のこと。」

 このご新造の説明で、累卵なる言葉を知る次第となった。


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