天女 第105回連載
「随分とお時間を要したのね。」
「なかなか令室からの承諾がもらえなくて。」
「こんな私にでも嫉妬されるのかしら。」
やはりそうだというべきなのだろうか。
「第一、あなたは令室より若い。嫉妬されるには十分じゃないですか」
「そうには違いないかもしれないけど。でも、どういうご関係なの。」
「情夫ですよ。」
「そうなの。」
「そうですよ。何か。」
そう答え、視線を逸らす。この私に失望を覚えたというのか。デカタンスにあるということに。思えば、Kから、ご新造のピアノの教師にならないかとの話があったとき、断るべきだったかもしれない。だが、そういう素振りを見せたら、Kは、「俺の顔が立たない。」あるいは、「以前教えていた折は、結構な謝礼を伯爵からもらっていたのではないか。」と、恩義があったのにと言わんばかりだった。そうなってしまうと無下にはできず、令室に伺う前に応諾してしまった。だが、実のところは、なかなかこの話を令室に切り出せないでいた。このことを話したら、あの癇癪を起こすかもしれないからだ。ただ、以前は、そんな令室を蔑むことで凌いでいたが、今では、ある種のシンパシーを覚える向きになっていた。だが、慰めうる言葉も持てなかった。
「どうしたの。何も話さないけど。」
ご新造の述べたとおり、何も話せずにいた。もっともご新造も何も話さずにいた。ふと、感慨を滲ませた物言いで、互いに想いを述べ合うのも悪くはないと思えた。
「いろいろと思うものですよ。自身の境涯を振り返ると。」
「そうよね。」
ご新造の物言いは、そっけないものではあったが、看過できない想いも滲ませていた。そうして今更のように、私の感慨を占めるのはあの殺人であると思う次第となった。




