天女 第102回連載
「どうしたの。」
「いえ、何も。」
いつものように、体を重ねて唇も重ねる。ただ、当の令室は、まだ、続けて欲しかった様だった。それは、無理からぬことで、私が不自然に愛撫やキスを止めたからだ。そうして、Kから、ご新造、御曹司、そして天女と私が会うことを提案されたことを話した。ただ、令室は何一つ表情を変えることはなかった。
「Kに、言われました。私を含め、四人で会えあばと。正直、修羅場にでもなったらどうするのかと思いました。」
「いいじゃない、そうしたら。」
「あなたは何もわかっていない。ご新造は、懐剣を持ち歩いているんですよ。何かの加減で鞘からそれを抜いたらどうします。」
「大丈夫よ。夫の目の前ではそういうことはしないわよ。」
「Kに言われましたよ。身を挺して天女を守れとね。そうしてその罪を贖えばいいと。」
令室は、依然として、柔和な笑みを浮かべていた。もちろん、そこには蔑みがあるのだろうが。
「馬鹿ね。贖うなんて考えないで。変装までして、完全犯罪を目論んだのよ。妻である私でさえ、その死を悼んでいないっていうのに。簡単に捕まる訳はないはずよ。贖うのなら、罰を受ける方を選んで。命を捧げるのはやめて。」
令室の言葉にも一理あった。でも、何が何でも完全犯罪をやり遂げるつもりなのか、と言われたらそうではなかった。上手く行けばそれでいい、その程度の考えだった。それどころか、自分なりに考えた、虚無感からの犯罪だという動機も、今では、へんてこりんなものと思うあり様になっていた。それに、然程に罪の意識を持てないことも。正義の殺人などというおこがましい想いもなかった。そんな私が、贖いの言葉を口走ること自体、虚無に満ちたことであった。そうして気付く。そういう自身を許容していることを。これが、単なる自己性愛に過ぎないのは確かながら、殺人を犯したことに、何も苛まれない自身に、そら恐ろしいとの感情が持てた。




