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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
8/70

08 カペル族3

遂にカペル族の秘密を見てしまったレオン達。追われる立場となる。




 こいつがフェニルプロト?随分と若い。

 「何だ?俺が若くてびっくりしたか?」

 「いやそういうわけでは」

 「顔に出ているぞ。他の部族の連中は皆驚く。だがこれが俺達のやり方だ。実力があれば血縁も年齢も性別も関係ない」

 他の部族の連中が皆驚く?こいつは他部族にそんなに頻繁に会っているのか?

 「実力?」

 アフマドが尋ねる。

 「強さの事だ。ここでは強さがすべてだ」

 「さっき水の統括って言ってたけど、それはそんなに偉いのか?」

 マルコが突っ込む。

 「水の統括は実際、内の事を統括することだ。俺に意見できるのはトレナヘクトしかいない。つまり、事実上二番目だ」

 「えっ?お前そんなに偉いの?」

 「指揮系統的にはそうなるな。だがこのやり方ももう古い。俺達には改革が必要だ」

 ジャバジャバと浴槽を歩いて出て行くフェニルプロト。

 「さて、これから会議がある。勿論お前達の願いも議題の一つだ」

 「おお!めんどくさいから放置されてるのかと思ってたぜ」

 「そうなるかもな。さっき変な物を見たからな」

 そう言ってフェニルプロトは浴室から出て行った。私達も暫くして暑くなったので脱衣所に向かった。大量にあった鎖はすべて無くなっていた。フェニルプロトが持っていったのだろうか。


 家に戻るとボルダナティが居たので早速フェニルプロトの言っていた事を聞く。

 「あちゃあ、フェニルプロトに会っちゃったかあ」

 「私が一番気になるのは、他の部族が皆驚くと言っていた事だ。彼はそんなに頻繁に他部族と会う機会があるのか?」

 「うん。あるよ」

 「それにしてはここの人達は他部族に慣れていない感じだが」

 「えっとそれはあっちで……」

 「あっち?」

 「何でもない!忘れて!」

 「わかった。忘れよう」

 私は三流~と言おうとしたマルコの口を塞いだ。

 「そういえば彼は大きな鳥が飛んでいるのを見て驚いていたが、それについて心当たりはあるのか?」

 「えっ?どこを飛んでたの?」

 「山脈の傍だ。あの浴場から見て、右から左に飛んでいった」

 「うーん、これは今日は私も呼ばれそうだなあ」

 「実は五日前にも見たぞ」

 アフマドがボソッと言う。

 「四つの剣と四つの壁も召集かなあ」

 「その四つの剣と四つの壁、どういう序列になっているんだ?」

 アフマドが食らいついてきた。

 「え?」

 「ここはすべて強さで決まるんだろ?じゃあそれぞれ序列があるだろう」

 「四つの剣と四つの壁はトレナヘクトとフェニルプロトのすぐ下。基本的にはトレナヘクトの命令を実行するんだけど、フェニルプロトが命令を出してもいい」

 「そのトレナヘクトというのがここの長なのか」

 「そうだよ。トレナへクトは軍事と外交の担当だ。大抵の場合トレナヘクトが外に出る時に四つの剣が護衛する」

 「四つの剣、あのデカい男と軽い女、それから堰の番人か」

 「デュラボート、トゥリナブティ、エナンスティだね」

 「そのうちの二人、あっちに出向く用事がどうのと言っていたが、さっきお前が言っていたフェニルプロトが行く場所と同じか?川下に向かって行ったが」

 ボルダナティはしまったー!という顔で私を見る。続いてどうしよう、という顔で目を潤ませる。

 「おいボルダナティ、泣くな。それよりもう一人の四つの剣はなんて言うんだ?」

 このボルダナティの反応、三人が行く場所が同じである事は間違いないだろう。私はアフマドの顔を見る。アフマドは小さく頷く。

 「オキシメトっていう名前だよ。レオン達はまだ会った事ないと思う」

 「四つの剣の中にも序列はあるのか?」

 「その中で指揮系統はないけど、一応強さは決まっている」

 「あのクソ女と俺が素手でやり合ったら、俺が一瞬で死ぬと言っていたな。あいつは何番目だ」

 アフマドは徹底的に強さに拘る。

 「オキシメトとエナンスティよりは下のはず。四つの剣で一番強いのはエナンスティだよ」

 ボルダナティはアフマドとの会話を続ける。

 「じゃああのクソ女は俺より圧倒的に強いというのか?」

 「素手ならね」

 どうにもこれが引っかかる。カペル族の秘密の力は武器には及ばないという事なのか?

 「おいボルダナティ、居るか?」

 外から声を掛けてきたのはクレンビュート。やっぱりボルダナティも呼び出しを受けたらしい。ボルダナティは何やら緊張した面持ちでクレンビュートに連れられて行った。


 夕方になってボルダナティは憔悴し切った様子で帰ってきた。

 「おかえり。疲れただろう」

 私はボルダナティの外套を後ろから取ってやる。アフマドとマルコもボルダナティの服を変えたり、濡れた布で顔を拭いたりしてやっている。

 ボルダナティは一通り私達に世話されると寝床にうつ伏せに倒れた。

 「ふーっ、疲れた」

 「お疲れさま。あの黒いやつ飲むか?」

 あの黒い飲み物はすっかり私達の間で定着していた。

 「お願い」

 外で薪の用意をして鉄の箱型の囲炉裏を温めお湯をわかす。例の黒い液体を作るとボルダナティの所まで持っていく。マルコがボルダナティを起こして黒い液体の入った鉄の器を手渡す。

 ボルダナティが一口飲んで、溜息をついたところにアフマドが質問を浴びせた。

 「で、どうだったんだ?首尾は」

 一同期待と不安の混じった表情でボルダナティの顔を見つめる。

 「進展なしだよ。ハロテスティがこの議題を遮った」

 はぁーっ、と一同溜息を付く。

 「とにかく疲れた。少し寝ていい?」

 「ああ、ゆっくり休め」

 その場でゴロンと横になったボルダナティに私は毛布をかけてやった。


 その夜、アフマドに私とマルコは呼び出された。二つの月が反射する水路の脇で私達は密談を始めた。

 「おいレオン、これ以上ここに居ても無駄じゃないのか?こいつらはクニークル族の事なんてどうでもいいと思っているだろう」

 「確かに交渉の余地は無いように思える」

 「俺はこいつらの交易に興味があるぜ。川下と違ってここはいろんな物が溢れている。精巧な鍛造鉄とかな。どこから入手しているのか調べたい」

 珍しくマルコが肯定的だ。

 「そうか、マルコ。実は私も興味がある。こうなったら水の交渉は諦めて、この部族の謎を解けるだけ解いて帰ろうか」

 「決まりだな。明日から俺達はここの集落を調べる」

 「何かあった場合はどうする?武器は全部あのエナンスティの小屋の中だぞ」

 「レオン、これを見ろ」

 アフマドの手には幾本もの矢が握られていた。

 「何時の間に作ったんだ?」

 「少しずつな。羽を手に入れるのに苦労した。これがあればいざという時も大丈夫だろう。それにこの部族も弓矢の存在を知らない」

 「頼りにしているぞ。アフマド」


 次の日からボルダナティには内緒で彼女が居ない隙にこっそり出かける日々が始まった。

 最初に発見したのは大きな二階建ての建物だ。周囲には柵が張ってあり、更にその周囲を水を張った水路に囲まれている。多分これは堀だ。

 人の出入りが多いのでこれが行政機関の建物なのだろう。ここをうろついていると誰かに見つかりそうなので、この経路は封印となった。


 次の日今度は山脈の方向へと足を伸ばす。徐々に勾配がキツくなり、水路の流れが速くなった。ある一定以上行くともう水草栽培は無くなり、ただ水路だけが辺りに散らばる。

 その水路も登るほど統合されていき、最終的に三つの水路の分岐点までやって来た。三つの水路の先は大きな流量を誇る天然の川で、ここにも堰のようなものが設けられている。

 三つの水路はそれぞれ農業用、防衛用、上下水道用だろうか。

 「おいそこで何をしている?」

 不意に呼び止められた。ハロテスティだった。防衛用水路の担当だとか何とか。水路が防衛用になる、と言うのがよくわからない。

 確かに水堀は有効な防御柵だが、ここの防衛用水路は浅すぎる。農業用のほうがよっぽど深い。

 「いやあ、ここの素晴らしい防衛用水路の機構をよく調べたいと思った」

 「調べてどうする」

 早くも怒り口調だ。さてどうするか。カマをかけてみよう。

 「防衛用水路の水の量が少ないので、水が足りないのかなと思ったが豊富にあるので驚いた」

 「水路はどんどん拡張している。水は足りているとは言えない」

 「ああだからあんなに浅いのか」

 「浅いのはそれが罠になるからだ。深くしても意味はない……」

 と、そこまで喋ってハロテスティは自分の発言がマズかった事に気付いたようだった。

 「お前達、今すぐ去らないと」

 ハロテスティは腰の短剣に手を掛けて抜こうとする。

 「私と遣り合う事になるぞ」

 条件反射的に弓を引こうとしたアフマドを遮って小声で話す。

 「ここで手の内を見せる事は早計だぞ」

 「……そうか。そうだな」

 アフマドは弓を下げた。

 「悪かった。そんなつもりじゃないんだ」

 「いいから立ち去れ。私の気が変わらない内に!」

 ハロテスティは短剣を鞘に仕舞った。私達はハロテスティを刺激しないように帰途に着いた。浅い堀が罠になる。そんな戦術聞いた事もない。やっぱり彼らの特別な力が関係しているのだろう。


 帰るとボルダナティが心配そうな顔をしていた。

 「どこ行ってたの?あまり心配させないでよ」

 「私達が心配か。嬉しいな」

 「本気で心配しているんだよ。本当は客人をこんなに自由にさせちゃいけないんだ。何があるかわからないからね」

 「へぇ、じゃあ何だ俺達は特別扱いなのか」

 マルコが意地悪く言う。

 「私の弁明もあるけど、クレンビュートとサイメルティがレオン達を高く買っているのが大きい。今ここではレオン達を味方と見るか敵と見るかという議論が続いてる」

 「成程な、だが味方だと思うならもう少し水の交渉をしてくれても良いんじゃないか?」

 アフマドは弓の手入れをしながら呟く。

 「それとこれとは別問題だよ。味方だからと言って無条件に安く売るわけにはいかない。敵だったら取り引き自体を中止」

 「成程、尤もな意見だ。ところで……」

 アフマドは弓を置く。

 「四つの壁というのは?強いのか?四つの剣よりも」

 「うーん……」

 アフマドの質問にたじろぐボルダナティ。

 「私がこれを言うのは侮辱に当たらないか心配している」

 「客観的な事実だけを言えばいいだろう」

 「そうか、そうだね。四つの剣は四つの壁には遠く及ばない。私達は防衛のほうに特化しているからね」

 「どのくらい力の差があるんだ?」

 「ええと、そうだなあ、四つの剣の三人と、四つの壁の一人の力が同じくらい」

 「三倍の差か」

 「だいたいそんな感じ」

 「あのハロテスティという女はどの地位に居る?」

 「ハロテスティは四つの壁の一人だよ。二番目に大事な場所を担当している」

 「二番目であんなにピリピリしているのか。じゃあ一番大事な場所はよっぽど予断が許されない状況なんだな?」

 「あっ!今のは……!」

 「はいはいわかったよ。忘れればいいんだろ」

 私は泣き顔で抱きついてくるボルダナティの頭を撫でてやる。


 次の日、私達はまた別の方向に行く事にした。途中サイメルティに会った。サイメルティが私達に何をしているのかを聞いてきたので、私はありのままを話した。どうもこの女には隠し事が通用しそうになかったからだ。

 「そうか。私は特に止めたりはしない。好奇心を殺すなんて文明の発展を止める最も愚かな行為だからな」

 「ありがとう」

 「新しい発見と、その分析の報告を期待しているよ」

 サイメルティと別れ、そのまま真っ直ぐ歩いていくと今度は傾斜が逆になった。どんどん下っていく。そしてその先が断崖絶壁になっている場所を見つけた。

 この場所には大量のカペル族が居て、それぞれが何かの作業をしている。物が多く置いてあり、その中にはあの鉄の箱の束や、靴の束、そしてオウィス族の布の束などが置いてあった。

 金貨の数を数えながら羽筆で何かを書いている人が沢山居る。ここは間違いなく交易の現場だ。

 影で黙って見ていると、やがて断崖絶壁の向こうからあの大きな鳥が飛んできた。足には大きな籠を付けている。鳥はそのままカペル族達に囲まれて着地した。

 「おいあの鳥、顔が……」

 マルコが素っ頓狂な声を出す。見るとその鳥は我々のような顔をしていてカペル族と普通に話していた。

 「あれも何かの部族だと言うのか……おかしい。どう見ても自然ではない」

 顔を見る限りその鳥は女であった。背丈は我々の女と変わりない。だが首から下は毛に覆われ、脛から先は鱗になっている。足は完全に猛禽類のそれである。非常に鋭い爪と四本の大きな指。あんな巨体で飛べるのか?

 「あいつらがあの鉄とか作っているのか?」

 「それはないだろう。あいつらには指がない」

 半鳥の腕は鳥と同じく完全な翼になっていて何かを掴んだりする事は出来ない構造になっている。つまりこの種族は完全に交易専門だと考えていい。

 じっと見ていると半鳥は金貨を数えて別の籠に入れさせた。その籠にはオウィス族が織ったと思われる布の束が入っていた。

 籠をカペル族達が足に括り付けると半鳥は断崖絶壁に身を晒してそのまま急行直下で去っていった。


 その日私達は一旦ボルダナティの家に帰った。ボルダナティが居たので質問をぶつける。

 「ボルダナティ、私達はあの大きな鳥を近くで見た。あの鳥と隊商は関係があるな?」

 「え……え……と……。えっ?」

 ボルダナティの目は上下左右に泳いでいる。

 「かかかか、関係ないよ」

 関係あるのか……。やっぱり。

 「どこで見たの?」

 「崖になっている場所だ」

 「レオン、そこには二度と行っちゃ駄目だ。もし見つかったら」

 「見つかったら?」

 「牢屋に閉じ込められる」

 おかしな話だ。私達に見られたくないのなら私達に監視役を付けておけば良い話ではないか。それにあの鳥は自由に飛んでいる。いずれバレる事だろう。

 「もし見つかったら誰が私達を拘束しに来るんだ?」

 「その場に居る人達。それから次に四つの壁に引き渡される。警護担当は四つの壁だからね」

 「で、その四つの壁というのはどこに居るんだ?」

 アフマドが木の棒を弄くりながら聞く。

 「えっ?もう全員会っているはずだよ」

 「何っ?誰だ?」

 「ディーエヌト、ハロテスティ、クレンビュート、サイメルティの四人だよ」

 「ちょっと待て、先の三人はわかるが、サイメルティってあの歴史家の小さい女だろ?あれが強い?冗談言うなよ」

 マルコが突っ込む。

 「何だよお。馬鹿にするなよお。サイメルティは四つの壁の中で一番力が強いんだぞ」

 「マジで?」

 「本当だよ。他の三人とサイメルティの間には埋めようのない差がある」

 あの四人なら肉体的に強いのはどう考えてもクレンビュートかハロテスティだ。つまり彼らの特別な力は肉体的強さをひっくり返すほど強力なものなのか、或いはもっと別方向の何かなのか。

 「じゃあアイツはここで三番目に偉い事になるのか」

 「平たく言うとそうだね」

 「どれだけ強いのか手合わせしてみたいものだな」

 アフマドがボソッと呟いて、この日は寝た。


 次の日の朝、アフマドに二本の木剣を渡される。硬い木の素材を選んでボルダナティの小さな剣でコツコツと削って作ったものらしい。

 これは決して馬鹿には出来ない威力があり、その気になればこれで相手を撲殺する事も可能だ。私達の帝国で剣の練習に使っていたものとよく似ている。

 周りのカペル族に見つかると面倒な事になりそうなので服の中に忍ばせて私達は例の崖へと向かう。

 今日も交易は盛況なようだが扱っている品物が違う。今日は大量の剣が運ばれてきていた。思うにこの半鳥達も隊商制を引いていて、各々が担当する品目が違うのかもしれない。

 今日の面子は昨日の半鳥と違って足の先まで毛で覆われている。全体的に毛皮も分厚い。対するカペル族も昨日と違って屈強な肉体の連中ばかりだ。さしずめ今日は軍事取引と言ったところか。

 もう少し詳細を見たくなって前へ前へと出て行く。すると後ろから声を掛けられた。

 「おいお前達、何をやっている?」

 見つかった。一人の男に後ろから声を掛けられた。だがまだすっとぼけられる段階だ。私は何も知らないフリをして男にここで何をしているのか尋ねた。

 「それは秘密だ。何はどうあれここで起きている事を他部族に見せる事は禁忌なんでね、悪いが連行させてもらう」

 男が口笛を吹くと私達は八名のカペル族に囲まれた。

 「おいレオン、どうする?ここでやるか?」

 アフマドは服の袖から木剣の柄を見せる。私は首を横に振った。もう少し彼らがどうするのか見て居たかったからだ。

 暫くの間その場で待たされる事になった。警護にしては随分と緩い。この連中は他部族との争いの経験がないと思われる。呑気に欠伸などしている。

 今この部族は他部族と揉めているようだが、いざ戦争になったらこれでは全く役に立たない。この連中が兵隊の役割も勤めているのならこれはもう絶望的だ。規律が全く行き届いていない。


 そのうちに遠くから四つの壁、ディーエヌト、ハロテスティ、クレンビュート、サイメルティが歩いて来るのが見えた。さてここからどう引き継ぐのか見せてもらおう。

 「お役目ご苦労。後は私達に任せろ」

 ハロテスティがそう言うと連中は去って行った。これも帝国軍人の私から見ると信じられない緩さだ。相手の武器も改めないとは、それとも余程自分達の力に自信があるのか?

 「クレンビュート、サイメルティ、お前達が好きにさせておけと言った結果がこれだ。何か言う事はあるか?」

 「ハロテスティ、私達は革新を迫られている。フェニルプロトが散々警告しているだろう。このままではジリ貧だ」

 「俺もサイメルティの意見に賛成だ。組織が硬直化しすぎている。新しい何かが必要だった。だから俺はこいつらに好きにさせてみようと思った」

 「こいつらが敵の間者だという可能性は考えなかったのか。革新を求めて亡国では末代まで笑われるぞ!」

 ハロテスティが激高する。

 「仮に間者だったとしても、これを見られて何か困る事があるのか?向こうはすでにこっちが空の民と結んでいる事は承知しているだろう」

 「問題大有りだ!この場所が伝わったら敵はここを集中攻撃してくるだろう。それに今何か工作をされたら私達と空の民に亀裂が入る」

 クレンビュートは顎に手を置いて言う。

 「それは考えすぎでは、と言いたいところだが可能性としてはあり得たな」

 「レオン」

 不意にサイメルティに声を掛けられる。

 「これまでで何か気付いた事はあったか?」

 「そうだな。私の祖国はここの何倍の規模もある軍事国家だった。そんな私から見るとここの警護は……」

 一同私の発言に注目する。

 「てんで駄目だ。ザルも良い所だ。私達に監視を付けなかったのは何故だ。見られて困るものがあるなら監視を付けるべきだった。それを自由にさせておいて見られたら拘束だとか、担当者の頭の中はどうなっている」

 皆あっけに取られて私を見ている。

 「拘束だって本来なら持ち物を改めて当面の安全を確保するべきだ。ところが彼らは私達に何もしなかった。こんなんで警護になると思っているのなら担当者は吊るされたほうがいい」

 私はあえてキツく言った。すると予想通りハロテスティが引っかかってくれた。

 「貴様、愚弄したな。万死に値するぞ!」

 剣を抜こうとしたハロテスティをクレンビュートが止めようとする。

 「待て、早まるな!」

 そのうち彼らはハロテスティとディーエヌト、クレンビュートとサイメルティに分かれて争い出した。これを逃亡の好機と見た私達は走り出す。ハロテスティとディーエヌトはそのまま追いかけてきた。

 「待て!逃げるな!」

 待てと言われて待つ馬鹿はいない。私達は必死で走った。ボルダナティの家がある区画を抜ければもう後は堰まで逃げ切れる。問題は堰側でエナンスティが私達を待ち構えている可能性が高いことだ。


 私達は近道のために広い防衛用水路を突っ切る。ふと後ろを見るとハロテスティもディーエヌトもしゃがんで水路の端に手を突っ込んでいた。私はハロテスティの言葉を思い出した。

 『浅いのはそれが罠になるからだ。深くしても意味はない……』

 「マルコ、アフマド、飛べっ!水路から抜けろっ!」

 私達が水路から逃れると同時に、水路全体がビシッと音を立てて凍った。

 「これは……」

 水路を触ると完全に凍っている。彼らの力はこれか。

 「こいつらは凍結を使うぞ!」

 私達は水路を跨げなくなってしまった。ハロテスティの罠は成功こそしなかったものの足止めは十分達成したわけだ。

 「レオン、マルコ、こいつらに直接触るなよ。凍るぞ!」

 アフマドは弓を引く。私とマルコは木剣を手に取る。

 「ほう、お前達、やる気か」

 そう叫ぶハロテスティに容赦なく最初の矢を打ち込むアフマド。ハロテスティはそれが何なのか看破できず、まともに矢を受けた。肩に深く突き刺さったアフマドの矢。

 「くっ……何だこれは」

 引き抜こうとするが矢尻には返しが付いているので簡単には抜けない。これでハロテスティの左手は死んだも同然だ。アフマドは間髪入れずハロテスティとの距離を詰め木剣で打ちのめそうとする。ハロテスティは右手で咄嗟に剣を抜きそれを受ける。

 暫く打ち合いの攻防が続くがアフマドが圧倒的に押している。

 「これが四つの壁か、笑わせるな」

 力も技術も圧倒的にアフマドが上だ。

 「このっ!」

 力なく左手でアフマドを掴もうとするハロテスティ。するとアフマドは後ろに飛んでかわし、ハロテスティの肩に刺さっていた矢を足で蹴って更に押し込む。

 「うっ」

 膝をつくハロテスティ。その顎に蹴りを横から叩き込むアフマド。ハロテスティは脳震盪を起こしてそのまま前のめりに倒れた。

 「俺はおしとやかな女が好きだぞ」

 そう言うとアフマドは私達二人と対峙するディーエヌトに向かって弓を引いた。

 「クソッ!」

 ディーエヌトが怯んで私達の影に隠れようとしたのを私は見逃さずに思いっきり木剣で脇腹を突いた。

 ディーエヌトは木剣を掴んで何かをしようとしたが木剣は凍らない。そのまま前かがみになった所で顔を思い切り蹴飛ばす。

 とどめにマルコがディーエヌトの頭を木剣で思いっきり打った。するとそれが角に引っかかり、ディーエヌトの頭が変な方向に曲がった。そのままディーエヌトは倒れて何も言わなくなった。

 私達は二人から鉄の剣を抜くとそのまま放置して堰まで突っ走った。二人を人質に取るやり方もあったのだが素手であんな力を使える奴等を人質にするのは無理だ。


 霧の中、堰が見えてくる。同時に集まっているカペル族達も見えた。私達は立ち止まる。その中にはボルダナティも居た。

 「レオン!」

 「すまんなボルダナティ。だが私達はこんな所で捕まっているわけにはいかないのだ」

 そのボルダナティの後ろからスッとエナンスティともう一人の男が出てくる。武器を構え、臨戦態勢だ。アフマドが弓を引く。

 「気をつけろ、その男のそれは武器だ。小さな刃を飛ばす」

 追いかけて来ていた群衆の一人が勧告すると回りのカペル族達は恐慌状態に陥って逃げ惑う。その騒ぎに乗じて私達は一気に突っ込み対応出来ないエナンスティともう一人の戦闘員を無視して堰を乗り越え階段を下る。

 「あっ!このっ!」

 ここまで来てしまえばこっちのものだ。別に戦う必要もない。あとはただ逃げるだけだ。

 「逃げられると思うなよ!」

 追いかけてくる二人。尋常じゃない速さだ。あっという間に追いつかれて回りこまれてしまった。

 「レオン、やるしかないな」

 「アフマド、剣を触られないようにしろ」

 「わかった」

 鉄は温度が低くなると脆くなる性質がある。また同時に水よりも冷えやすい。剣を触られたらそれを持っている手も凍ってしまうだろう。

 二人は大きくその場で跳躍を繰り返している。準備運動のつもりか。驚くべきはその跳躍力で私達の背丈の四倍は軽く飛んでいる。エナンスティは私と、もう一人はアフマドと対峙している。マルコは足手まといになるだけなので真ん中で余らせておく。

 「行くぞ」

 そう言うと一瞬で距離を詰めてくるエナンスティ。盾がないので木剣をその代わりに使う。私が剣で斬り付けようとするとエナンスティはそれには付き合わず後ろに下がってまたあの跳躍で距離を詰めてくる。

 この直線的な動き、さては剣の技術はそれほどでもないな。身体能力でそれを補っているだけだ。私は下がる事を止めてひたすら距離を詰めた。

 予想通りエナンスティには私より剣の技術がない。こちらが打ち込めば打ち込むほど防戦一方となった。

 少し余裕が出来たのでアフマドをチラリと見る。アフマドの相手はそこそこの剣技を持っているがサラセン帝国の猛将であったアフマドには及ばない。同じように徐々に追い込まれている。


 「ずいぶんと苦戦しているじゃないか。四つの剣」

 周囲の霧が氷の粒となって私達に降り注ぐ。何が起きたのかと思って周囲を見渡す。

 「ハロテスティとディーエヌトが負けたのだ。お前達では勝てない」

 濃霧の中から姿を現したのはサイメルティだった。

 「この勝負、私に任せてもらえないだろうか」

 「サイメルティ、何を言う。私達を愚弄するな」

 「お前達こそここで無駄に命を捨てる事もないだろう。私に預けろ」

 サイメルティは大きく跳んで一瞬でエナンスティに近づきその剣を取った。エナンスティは諦めた様子で何も言わずにサイメルティに剣を渡した。

 剣を取るとその場で跳躍を始めるサイメルティ。さっきの二人も驚くべき身体能力だったがこれは更にその上を行っている。私達の背丈の五倍以上を飛んでいる。

 「サイメルティ!」

 追いついてきたボルダナティが叫ぶ。

 「ボルダナティ、止めても無駄だぞ。私には四つの壁筆頭としての義務がある」

 ひと呼吸置いてサイメルティは続ける。

 「私としてもこんな事はしたくない。元は私とクレンビュートの進言が招いた事態だしな。だがディーエヌトとハロテスティがやられてしまった。これを見過ごすわけにはいかない」

 「御託を並べてないでさっさとかかって来い」

 アフマドが弓を引いた。しかし最初の矢は空振りに終わった。

 サイメルティの動きは速すぎる。目視で矢を当てるのは不可能だ。サイメルティは一瞬で私達に迫るとそのまま私とアフマドの間をすり抜けた。

 続いて後ろで大きな衝撃音がした。見るとマルコがサイメルティに突っ込まれてうつ伏せに倒れていた。

 「まず一人、次はレオン、お前だ」

 私に向かって来るサイメルティ。エナンスティの直線的な動きとは違い左右にそれぞれ違う足取りをつけながら迫ってくる。

 この女の体重は私よりずっと軽いはず。だから後ろに下がってしまっては思う壷だ。私は体重を木剣に預けて最初の一撃を防ぐ。予想通り軽い。するとサイメルティは私の鉄の剣を握ろうとしてきた。それをかわしてサイメルティの腹を蹴っ飛ばす。

 腹を蹴られたサイメルティは一旦下がると反動をつけてまた襲い掛かって来た。今度は全体重を乗せた下からの攻撃。私は木剣を使って防ぐがサイメルティの剣は木剣に深くめり込み、サイメルティはそれを巻き込むように動かしたので私は思わず手を離してしまった。

 続いての打ち込み、これを鉄の剣で受ける。サイメルティは剣を引かずにそのまま押し込んでくる。剣からは白いもやが出ている。しまったと思ったがもう遅い。二つの剣はそれぞれが氷のつららのように折れてしまった。

 私はサイメルティに触られないように距離を取ったがその時頭に衝撃を覚えて意識が飛んだ。暫くして意識が戻るとサイメルティが短い氷の棒を持って私を見下ろしていた。

 「レオン、そこで大人しくしていろ」

 サイメルティの手には小さな水筒が握られていた。しまった……あれで氷の棒を作ったのか。

 「オキシメト、剣を寄越せ」

 オキシメトと呼ばれた追っ手のもう一人の男が剣を投げるとそれを受け取って振るサイメルティ。

 「アフマド、あとはお前一人だ」

 アフマドは返事の代わりに矢を放つ。それを避けて突っ込むサイメルティ。アフマドは二本目の矢を放つ。今度は下がりながらそれを剣で叩き落すサイメルティ。アフマドは弓矢が通じないと見ると弓を投げ捨て剣に持ち替える。

アフマドも私と同じ事を思ったのか下がらずにサイメルティに突っ込んでいく。アフマドの切り込みは速い。

 虚を突かれたサイメルティは下がって防戦一方になる。サイメルティは何とかしてアフマドの鉄の剣に自分の剣を当てようとするがアフマドはそれをうまく木の剣で受け流し、鉄の剣でサイメルティの手首を狙う。

 業を煮やしたサイメルティは一度大きく後ろに飛び、反動を使って全体重を剣に乗せて突進した。私の時と同じだ。

 するとアフマドは自分も後ろに飛びサイメルティの剣を木の剣で受け流す。そのままもう片方の手に握った鉄の剣でその首を狙う。

 サイメルティはとっさに頭を下げて自らの角でアフマドの剣を防いだ。アフマドはそれを見て左手の木剣を手離しサイメルティの角を掴んだ。

 両者が着地した時、勝負はついていた。アフマドの剣はサイメルティの首に突きつけられていた。地面に両手を着いているサイメルティがアフマドに触ろうにも角を抑えられていて体制の変更が出来ない。

 「勝負あったな。サイメルティ。俺はお前の事が嫌いではない。命は取らずにおいてやる」

 「この私が負けるとは……」

 サイメルティはがっくりと両膝を付いた。

 「特別な力に頼りすぎだ。筋はよかったがな」

 アフマドはサイメルティを起こす。

 「アフマド……」

 「何だ?俺の顔に何か付いているか?」

 アフマドが笑うとサイメルティの顔からはあの余裕のある笑みが消え、潤んだ瞳でアフマドを見つめた。

 「何だ。負けたくらいで泣くな」

 「いや、違う。今私の心がおかしくなった」

 サイメルティは心臓の位置を掴む。

 「アフマド、お前は……」

 そんなサイメルティの頭を掴んでくしゃくしゃと撫でるアフマド。

 「お前は強かったよ。またどこかで会おう。じゃあな」

 立ち去ろうとするアフマドの腕を掴むサイメルティ。

 「駄目だ。ここから去らないでくれ。アフマド」

 「何で」

 「お前のその強さの秘密を知りたい」

 「何馬鹿な事を言ってるんだ?誰が殺されるかもしれない所に居るんだよ」

 「私がお前達を保護する。今日からお前達は私の客だ」

 サイメルティはボルダナティを見る。

 「ボルダナティ、そういう事だ。良いか」

 「うん、いいよ。報告してくる」

 「いや誰もまだ了承してないだろう」

 「そう言わずに頼む。我々の秘密も全部話そう。水も私の権限で都合しよう」

 「うーん……」

 アフマドが私を見る。私は頷いた。

 「そこまで言うなら仕方ない。また厄介になろう」

 アフマドがそう言うとサイメルティは笑顔を見せた。今までにない笑顔だった。


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