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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
2/70

02 スキ族

クニークル族の村を離れてスキ族の集落を目指すレオン達。




 最初に向かったのは我々の伐採場である。村で集めた情報に拠るとここから上流方面に行けば例の狩猟採集を行っている部族がいるらしい。我々は川沿いに進む事を決めた。川から離れてしまうと迷う可能性が高いのと、アフマドの助言で生活排水くらいはあの水を使うだろうとの事だったからだ。


 歩けど歩けど森は続く。どこに居ても同じ風景で気が狂いそうになってくる。川に生物が居ればまた全然違うのだろう。出発の日から数えて五日、ついに我々は例の部族を見つけた。

 川のほとりの桟橋の上に建てられた小さな小屋、といってもこれは非常に簡素なもので半日もあれば解体できそうなものであった。

 暫くその前で待機していると、二人組みが姿を現した。まずは敵意がない事を示さなければならない。我々は剣を置いた。

 「おい、マルコ、何語で話せばいいんだ?」

 「わかんね、とりあえずクニークル語でいいだろ」

 「こ、こんにちは」

 「こんにちは。どこから来たの?」

 私がたどたどしく挨拶すると相手は流暢なクニークル語で返して来た。

 「この下流の集落から」

 「へえそうなんだ。何しに来たの?そうだ、お腹空いてない?」

 「かなり」

 「そうかじゃあ何か食べていく?うちはすぐそこだから」

 言葉の言い回しからして子供っぽかった。この部族もクニークル族と同じで背は低く基本的な外観は共通部分が多い。獣足、瞳と結膜が分かれた目、獣鼻、薄着、吻は短いが大きな前歯、人と同じ形の手に毛皮と鋭い爪。裸足の獣足。

 違う点は二つ。彼等の尻尾は非常に大きく、服に切り込みを入れてそこから出している。そして彼等には髪の毛と思えるものが生えている。

 顔やその他の毛と同じ色だからわかりにくいが、確かに髪が生えている。二人組みの一人はそれを短く刈っているが、もう一人は長く伸ばしている。髪が長いほうは女だろう。我々の故郷の人間と同じ美意識を持っているようだ。

 「あの、ちょっといい?」

 男のほうは小屋の扉を開けて女を入れる。ドアを閉めると我々に遠く離れるように言った。

 「あの小屋は?」

 「ああ、あれは厠だよ」

 「それは失礼」

 どうやら恥の概念があるようだ。女が用を足し終わって出てくると男がそれに続く。男は出てくると付いてくるように合図した。途中隘路に差し掛かかり、獣道を歩いていると男が注意を促した。

 「あ、その辺気をつけてね。罠があるから」

 「罠?」

 「そう。あれ?君達は動物を食べないの?」

 彼の一言でマルコとアフマドの目の色が変わった。

 「食べるぞ!ああ、食べるぞ!」

 「どんな動物を食べるんだ?」

 男は眼前の獣道を指さした。そこには草を結んで作った小さな輪っかが細い縄に繋がれている。縄は地面に向かって撓んだ木の枝に結び付けられている。小さな輪を踏むとそれが締まり、木に吊るされるという原始的な罠だ。

 「これで捕まえられるものかな」

 この小さな輪で捕えられる動物というと、そう大きなものではない。せいぜいウサギや鳥、タヌキ程度ではないだろうか。

 鹿や猪などの大型動物、またネズミのように知恵が働くモノは無理であろう。ただしここに我々が知っている動物がいるとは限らないし、知らない動物も居るかもしれない。未知の動物が出てきた時にはどう対処しようか。

 

 私が思慮を巡らせているのとは裏腹にマルコとアフマドはもう食欲全快である。罠を飛び越え、目をギラつかせながら足取り軽く男を追いかけていく。

 「そういえば名前はなんて言うの?俺はバリクパパ、こっちは妹のオリムパパ」

 随分と野生味溢れる名前だ。下の音は共通させることにより苗字のような役割を果たしているのだろうか。音の響きはエジプトからかなり南に行った所にいる部族に似ている。

 「私はレオン、こいつがマルコ、そしてこっちがアフマドだ」

 「へぇ、いい名前だね」

 男は笑顔でそう言うと再び前を向いて歩きだした。他の部族に慣れているのか、緊張している様子は全くない。


 暫く歩くと小さな小屋が見えてきた。高床式の小さなものだ。屋根は木の葉を乾燥させたもので作られており、一本の柱ですべてが支えられている。

 「この家は移動式なのか?」

 アフマドが柱を見て訊ねる。

 「よくわかるね。食べ物が無くなったら移動するからね」

 「なかなか機能的に出来ているな」

 アフマドは柱を中心に放射状に伸びている屋根と、それを支える十字型の梁を触っていた。そして床を撫でる。

 「これは我々が上がると重さで壊れてしまうのではないか?」

 「大丈夫、ここは寝るだけでほとんどの作業は外でやるんだよ」

 バリクパパが外を指さす。その先には何かの肉を焼いている別の男の姿があった。

 「おい何だ何を焼いているんだ!」

 マルコが駆け出す。それを追うアフマド。こいつらは本当に肉の事しか考えていない。

 「おっなんだお客さんか」

 肉を焼いている男も流暢なクニークル語を使った。


 火の回りは灰で囲われており、その回りを藁を編んで作った敷物がぐるりと囲んでいる。この囲炉裏を中心にして二十軒の小さな高床式の小屋と、二つの四角形の建物、これも高床式で建てられている。

 「あれは蔵か?」

 「そうだよ。木の実を溜めておくんだ」

 オリムパパがどこからか香ばしい香りのする物を持ってきた。作りたてのホカホカである。彼女の他にも三人の女が同じ物を持ってきた。皆で地面にそのまま座る。

 「すごい、パニスだ」

 「何だパニスって」

 ラテン語をベースとしていないアフマドが即座に聞く。

 「アラブ語だとハバズ」

 アフマドは即座に納得したようだ。そのまま男に訊ねるアフマド。

 「これはどうやって作ったんだ?」

 「えっと、木の実を砕いてすり潰して焼くの」

 我々の文化ではパニスは小麦や大麦から作り発酵させるものだが、ここでは発酵させずにそのまま焼いているのだろう。手に取ると堅い。木の実の種類や配合によって出来上がりが違うのか、三種類のパニスが並べられている。

 そこに焼きあがった何かの肉そして野菜とこれまた何かの肉の黒い煮込み料理が並べられた。

 食物を確保するのに必要な労力というのは狩猟採集が最も少なく、次に牧畜、最後が農耕であるそうだがそれも納得の品揃えであった。

 「こんなにご馳走になっていいのか?」

 「いいよいいよ。食べて食べて」

 我々の体格は彼等の三倍はある。こんな狩猟採集生活では得られる食物など限られているだろうに、本当にいいのだろうか。

 「おいレオン、難しい顔してないで早く食えよ。うまいぞ」

 マルコに肩を叩かれ、パニスと肉を食べる。

 彼等のパニスはほんのり甘い木の実を使ったものが基本でそこからそれを元に蜂蜜か何かを加えた甘いもの、何かの果実を切って入れた甘酸っぱいものの三種類。

 そこに鶏のような味がする何かの肉。大御馳走であった。アフマドはほくほく顔でそれらを貪っていた。

 私は煮込み料理に手をつけた。これは強烈な味がする。濃厚な風味だ。

 「これはどうやって作っているんだ?」

 「ああ、それは動物の血を混ぜて、それを使って肉を煮るの」

 自然の恵みは一滴たりとも無駄にしないという事か。うまいのだが味が濃すぎる。

 「ちょっと、水もらえない?」

 「待ってね」

 バリクパパは大きな木の実を持ってきた。模様のない小さな西瓜に似たその上部を小刀でくり抜く。

 「はい」

 木の実の中を覗くと水が溜まっていた。それを飲んでいると目の前にいたオリムパパが怪訝な顔をしてバリクパパを見ていた。

 「レオン、ちょっといいか」

 アフマドが耳打ちしてくる。

 「多分ここでは水が貴重だ。こういう雰囲気を俺はよく知っている」

 「そうか。しまったな」

 「その木の実の水は三人で分けよう」

 私が頷くとアフマドは私の手から水の入った実を取った。

 「ところでこの部族、リスっぽいな」

 「じゃあスキ族とでも名付けるか」

 確かに身体的特徴はリスが当てはまる。食性もリスと同じだ。


 食事を終えると女達が土器類を片付ける。バリクパパはそのままゴロンと横になり、やがてグーグーいびきをかいて眠りだした。

 我々がどうすれば良いのかわからずうろたえている様子を見てオリムパパが寝るように促した。言われるがままに横になった。疲れが溜まっていたせいか、私はあっさりと気を失った。




 〆 〆 〆




 数日過ごすと彼等の生活が見えてきた。男は集団で罠を使った狩りに出かけ、女は木の実を集めてくる。

 男は動物を解体し、後は女が料理をする。皆で作業を分担するが決まった役割は男女のそれを除いてなく、無作為に選んでやっている。だから毎日火を見る係が違っていたり、解体作業の分担、料理の分担もそれぞれ違う人がやっている。

 彼らは皆で狩りをし、採集をし、皆でご飯を食べて皆で眠る。そこに固定された身分は存在せず、誰もが平等であった。そして必要最低限の仕事しかせず、後はゴロゴロ寝てばかりいた。


 私達はと言うと、初日から食って寝るだけの生活が続いた。次の日もそのまた次の日も食って寝るだけ。果たしてこんな事で良いのだろうかという疑問が生まれてくる。

 私は女達の後片付けを手伝おうとしたが、余計な事はしなくていいと言われ、引き下がった。

 再び食って寝るだけの生活に戻る。そのまま四日が経過した。その日の夕食の後、私は寝ているマルコとアフマドを起こして集落の外れに連れて行った。

 「なんだよレオン」

 「なあ、私達はこんな事でいいのか?」

 「こんな事って?」

 「ただ食って寝ているだけだ。不安にならないのか?」

 「だって彼等が情報をくれないのだから、待つしかないだろ?」

 「いやそういう事ではなくて、何かしていないと不安だという意味だ」

 ハハハッとアフマドが笑った。

 「レオン、それは病気だ。俺達はそれを仕事病と呼んでいる」

 「何だ?サラセン人は何も感じないというのか?」

 「マルコも感じてないみたいだぞ。レオン、俺が教えてやろう。それはお前が労働を美徳として徹底的に教育されたコンスタンティノポリスの市民だからだ」

 「何だそれは」

 「俺は砂漠の民だからわかる。無駄な労働は水を消費するだけで何の得もない悪なんだ。商人であるマルコも無駄な労働は悪だとわかるだろう?」

 マルコがうんうんと頷く。

 「ところがお前は違う。帝国に雇われた大都会の軍人だ。何かをしていないと誰かに何かを奪われると考える。これは俺達でもよくある事だ。大都市に住んでいる奴は同じ考えをしている。財を奪い合って、騙しあうのは日常茶飯事だ。財は限られたもので、いつも手に入るものではない。だから何かしていないと不安になる」

 アフマドは続ける。

 「ここは違う。財はそこらじゅうに溢れている。わざわざそれを自分で囲い込んだりする必要はない」

 「そこらじゅうに溢れている?どこにだ」

 「沢山あるじゃないか。木の実、動物、すべてが財産だよ。必要な時にそれを取るだけでいい」

 なるほど。私は典型的な都市型人間、農耕民のようだ。彼等の生活は私の考えでは怠惰で貧しいものであったが、違う見方をするとこれほど豊かな生活はないという事か。

 狩猟採集民が食物を得るのに労力を必要としないというのは、彼等が豊かだからだ。

 「有難うアフマド。私は自分の価値観を疑う必要があるな」

 「俺達は逆だからな。何もない所から何かある所を手に入れた。だからよくわかる。でも何百年か経つと忘れてしまうのだろう」

 アフマドは遠い目をした。

 「ところで情報だが、こちらから聞いた事はないな」

 私は話題を旅の本来の目的に変えた。

 「だってそんな雰囲気じゃねえし」

 マルコが口を尖らせる。

 「お前、オリムパパといつも喋っているだろう。何とかならないのか?」

 「いやだからそんな雰囲気じゃないんだって!」

 マルコが癇癪を起こしたので私はそれ以上追究するのを辞めた。そしてそのまま戻って狩猟採集民について考えながら眠った。


 次の日、朝起きるとすでにマルコは起きてオリムパパと喋っていた。手元には持ってきた宝石があった。

 「おいマルコ」

 私が近づいていくとマルコは露骨に嫌な顔をした。宝石に目をやるとマルコはそれをサッと自分の後ろに隠した。

 「何してるんだお前は」

 「あ、いや情報を貰おうと」

 「ふーん、そうか」

 暫く無言で二人の様子を見ていたが、オリムパパは何も喋らない。嘘じゃないかマルコの奴。一体何をしていたんだ宝石なんか見せて。一歩踏み込んでみよう。

 「私達はここから上流へ向かおうと思っているんだが、何があるか知らないかな」

 オリムパパは暫く考え込んで、というか周囲のスキ族の目をチラチラ見て、

 「上流に行くのは難しい」

 と答えた。

 「何故?」

 私が問いかけると彼女は再び周囲のスキ族を見回して、

 「水がないから」

 と答えた。何故いちいち周囲を確認するのか。声が聞こえる距離でもあるまい。

 「砂漠だという事か。そういう情報は得ていた」

 「それもあるけど……」

 またもや周囲をチラチラ見るオリムパパ。何かを察したのか、バリクパパがちょこちょこと歩いてきた。

 「ちょっとついて来て」

 言われるがままに着いていく。バリクパパは罠のある場所を抜けて、川のほとりに向かった。川のほとりには中くらいの背丈、私二人分くらいの背丈の木が生えていた。そのひとつにバリクパパはよじ登る。

 「見て」

 バリクパパは大きな木の実、あの中に水が溜まっているものを抱えていた。それは木にぶら下がっている。

 「俺達はこれでしか水を得られない。この実はひとつの木にひとつしか成らない。この実が成るのには二ヶ月かかる」

 こっちの暦で二ヶ月、つまり九十二日か。これは相当貴重なものだ。

 「この木は川のそばにしか生えない。川から水を吸って、実に溜め込む。川の水は飲めないけどこれは飲める」

 バリクパパは木の実を切り取り、木から降りる。

 「でも少ないから、大きな生き物は生きていけない」

 なんという事だ。この流域は水が汚染されているためこのように植物を通してろ過された水に頼るしかない。雨に頼ろうにも殆ど降らない。

 つまり大型の動物が生息する事は不可能なのだ。それは何も動物だけに限った話ではない。彼等の身長が低いのもそれが関係しているのだろう。

 「君達も大きい。それが移動するとなるとかなりの水が要る。この先に続く森で同じようにこの実が手に入るとは限らない」

 厳しい話だ。現時点でかなり彼等に厄介をかけている事になっていたのか。

 「大変申し訳なかった。迷惑をかけてしまったな。我々は引き返して……」

 「いやそういう話をしているんじゃないんだよ」

 バリクパパは私の話を遮った。

 「仮にこの先の砂漠までたどり着けるだけの実を確保できたとして、どうやって運ぶの?腐ったり動物に取られたりするよ」

 確かにそれもそうだ。運ぶ手段がない。馬や駱駝があれば別だが。

 「それから砂漠ではどうするの?もっと考えないと。俺から見ると君達は危うい。そんな甘い考えでは死んでしまうよ」

 私はハッとした。彼は最初から水云々なんてケチくさい事を考えていたわけではなかったのだ。彼から見たら私は生存の初心者、子供だったのだ。とてもこの先の旅なんて出来る段階ではなかったのだ。そしてオリムパパが言葉を濁したのは、私を失望させたくないという心遣いだったのだろう。

 「なんだか面目ない。色々心配かけて」

 「それはいいんだよ。俺達の言葉にこんなものがある。『知識を惜しむな、遠慮を惜しめ』っていうのがね」

 「それはどういう意味なんだ?」

 「知識を共有する事を拒むのは皆のためにならない。遠慮する事は皆が団結する事の妨げになる。俺達は知識を共有して、それを使って結果を皆で分けるんだ。遠慮を始めると結果の配分に差が生じる。それは階級に繋がる。階級が出来たら俺達は協力する力を失う」

 すごい哲学だ。私はこの男からこんな言葉が出てきた事に驚いている自分を恥じた。彼等狩猟採集民を心のどこかで見下していたのだ。私は愚かだ。

 「だから遠慮はしなくていい。されると困る。それから上流への道は皆の知識に繋がる。だから是非行って欲しいと思う。でも水は本当に少ない」

 「現状ではかなり難しいな」

 なるほどこの汚染された河川の流域一帯の文化圏では水が貴重なのだ。あの紫の部族があれだけ強気なのも納得である。同時にクニークル族はかなり裕福な水の使い方をしていたのだと知った。

 「そういえば紫の部族は知っている?」

 「たまに川を行き来しているヤツらか。見たことはあるけど話したことはない。俺達の誰とも面識がないと思う」

 「あいつらが水を売っているのを知っているか?」

 「へぇ、あいつらそんな事してるんだね」

 バリクパパはまるで他人事だ。

 「そいつらから水を買うのは?」

 「君達が?」

 「いや、そっちが」

 バリクパパはうーんと考え込んでこう言った。

 「それをしたら俺達は貨幣の世界に取り込まれてしまう。貨幣の世界と俺達の世界は全く相容れない」

 「何だ?どういう事だ?」

 「貨幣というのは価値を溜めこむものだ。溜めている人間と溜めていない人間が一目でわかってしまう。それは階級に繋がる。階級は団結を阻み、争いを起こす。俺達が貨幣の世界に取り込まれたら俺達は俺達じゃなくなるだろう。奪われる事や争いを恐れて過ごす毎日なんてまっぴらだ」

 「なるほど……いつだって平等が第一なのだな」

 私は彼らの真摯な姿勢に驚いた。てっきり貨幣とその利便性を知らないものだと思っていたが、彼らはそれを知った上で自分達の生活習慣を選んでいるのだ。

 一方私達の社会を鑑みてみると階級に溢れている。奴隷と市民。市民間でも身分があり、一々肩書きがある。例えば私はタグマの司令官。第三艦隊の兵達は海軍。

 私と兵の間に団結があったかというと、それはない。単に恐怖体制を敷いて言うことを聞かせているだけだ。将同士だっていつもお互いに脚を引っ張りあったり、手柄を横取りしようとしている。彼らの生活とどちらが幸せなのか。

 「バリクパパ、君の発言にはいちいち感銘を受けるよ」

 「そうかな。俺は当たり前の事を言っているだけだよ」

 バリクパパは無表情で答えた。


 その後も続けて話をした。彼が知っている事はこの先の長い道のりを超えると森が開けて、半分砂漠のような地帯が続く事。そこには獣を飼育して食べている部族がいる事。その部族は寒くなると動けなくなる事。

 私はバリクパパにクニークル族の事を聞いてみた。彼らは特にクニークル族とは交流が無いらしい。金属類や衣類はクニークル族と同じく時々来る行商人から物々交換で買っているとの事。私はバリクパパに感謝して一緒に水の実を持ち帰った。

 



 二日後の朝、彼らが大規模な狩りに出かけると言う。私はそれを見たくなった。バリクパパは私の同行を嫌がったがしつこく懇願していると遂に、

 「しょうがないな。邪魔しないというなら連れていってあげるよ」

 バリクパパが折れた。粘り強い交渉が身を結んだ。

 私はアフマドとマルコを叩き起こした。彼らの指示で服だけを身に纏い、他のものを着用するのを禁止された。その服も一度地面で砂まみれにする。曰く臭いを消すためだそうだ。

 狩猟部隊は全部で六人。うちバリクパパを含む風下組が三人、風上組が三人だ。我々は風下組に同行することになった。

 今回使う罠はいつも置いてある設置型の罠ではなく、網である。これは三つの木にそれぞれ網が縫ってあって、放射状に広げて使う。これを三人で操って風上から追い込んだ鳥を捕えるのだ。

 鳥はどちらの方向に逃げるかわからないので、風上、風下組それぞれがひとつの網を持っている。


 集落からだいぶ離れ、辺りが静かになってきた。川から離れると植生が少し変わり木々の密度が低くなる。そしてやはり乾燥気味である。雨がほとんど降らないので川から離れるほど木々もいかにも乾燥に強そうな見た目のものになっていく。

 バリクパパが我々に『止まれ』の合図をした。小さな水溜りがあって二十羽ほどの群れがそこで水分補給をしている。そして小声で

 「今右から追い込むから準備するように」

 と、言ってきた。いつ仲間と合図をしたのか不明だが、確かに右から一人の男が出てきて鳥に近づいていく。鳥達は警戒しているがまだ水を飲んでいる。

 「もう一人が今左から追い込む」

 バリクパパの言う通り、左からも男が出てきた。鳥達は水を飲むのを止めた。

 「風上から追う、こっちに来るから準備」

 バリクパパは網を持った。

 「三……二……一……」

 バリクパパの合図と共にもう一人風上に居た男が走る。同時に左右からも鳥達を追い込む。鳥達は慌てて飛び立とうと助走をつけるが、すでにバリクパパが網を広げて彼らの行く手を阻んでいた。鳥は二羽を残してすべてバリクパパの網に捕えられた。


 「すごい連携だな」

 アフマドが感嘆の溜息をつく。彼らは手際よく鳥の脚を掴んで紐で括り、生きたまま肩に担いで帰路へと着いた。バリクパパと並んで歩いているとマルコが疑問をぶつける。

 「おいどうやって合図を送ってた?ずっと見てたがそんな事してなかったぞ」

 「合図なら送っていたよ」

 「どうやって」

 「俺達の頭の中でさ」

 何を言っているんだろうと私は思った。マルコとバリクパパは暫く身振り手振りで話をしていた。そのうちマルコが要点を得たようで、

 「おいレオン、彼らは相手に自分の思っている事を伝えられるらしいぞ。何もせずに」

 と言った。マルコの話を整理すると彼らは伝心術を持っているという事なのだった。バリクパパはこう言った。

 「そんなに詳しい事は伝えられないよ。簡単な事だけ。だからあらかじめ暗号みたいにして決めておくんだ」

 だがそれでも十分凄い。彼らもクニークル族と同じく特別な力があるのだ。これをなんとか軍事転用できないかと考えてしまう私は矢張り帝国軍人としての職業病があるのだろう。

 アフマドを見ると似たような事を考えているようで、手で陣形を作って空想に耽っている。

 そう言えば前に上流の話を聞いた時にオリムパパがやたらと周囲の人々の顔を見ていたが、あれもこの伝心術によるものだろう。


 十八羽の鳥はすごいご馳走になった。男達が解体した後は女達が料理をする。内臓は半生で焼いたもの。脚は焼き、その他の部分は血と一緒に煮込まれた。私は何もしていないのにご馳走にありつくのが申し訳なくなった。

 「我々は食べないよ。君達だけで食べてくれ」

 私がこう言うとマルコとアフマドが怪訝な顔をした。バリクパパは私の顔を見てこう言った。

 「なんで?遠慮は惜しめって前言ったでしょ」

 バリクパパは少し怒り気味だった。その気迫に押されて我々が鳥料理を食べ始めるとバリクパパは笑顔になった。

 「どんどん食べてよ。余らせることは出来ないからね。全部食べてくれると嬉しい」

 バリクパパの発言で狩猟採集の特徴を見つけた。それは食物の余りを蓄えておけないことだ。

 だから彼等は財を蓄えることが出来ない。よって階級も存在しえない。蓄える事が出来ないので皆で分ける事が美徳とされる。彼らの哲学の源が理解できた。

 十八羽の鳥は結局完食される事はなく、二日後に腐り始めたのでそれらは土に埋めた。


 それからは水の実を集める日々が続いた。彼らの生息圏から離れた場所まで行って水の実を取って溜め込む日々が続いた。目標は我々が持っている水筒分、つまり十日分だ。

 十日分の水を集めるのは容易な作業ではない。ところがまたもやマルコがサボりだして、私とアフマドがマルコを叱咤する事になった。

 マルコはオリムパパといつもお喋りをしている。クニークル族の村でもそうだったが、こいつは女と触れ合っていないと死んでしまう病気か何かなのだろうか。

 水の実を集めている途中、アビーに案内されたのと似たような遺跡を見つけた。倒壊した塔だ。内部にはあのしなるガラスや、奇妙な色の金属ではない何かで出来たもの。同じようにクニークル語の文字の羅列があったがやっぱり意味を為してはいなかった。


 ある日、バリクパパがアフマドの弓を弄くっていた。アフマドがそれを見に行く。バリクパパはアフマドに尋ねた。

 「なあ、これは何だい?」

 「これは……」

 アフマドは周囲を見て矢筒を探した。バリクパパは弦をピンと弾いて、ビヨヨ~ンという音を出す事に夢中になっていた。

 「楽器?」

 アフマドが矢筒を持った瞬間にマルコが叫んだ。

 「アフマド!」

 そして足早にアフマドに近づくと肩を掴む。

 「ちょっとこっちに来い。レオンもだ!」

 突然のマルコの剣幕に私達二人は驚きながら従った。マルコはバリクパパまで声が届かない位置まで来るとこう切り出した。

 「お前、教えるつもりか?それを」

 「何か問題があるのか?」

 「大問題だ!馬鹿野郎!」

 マルコの剣幕にアフマドがたじろぐ。

 「お前の持っているそれは彼等に災いをもたらす!」

 「何でそうなる」

 「いいか、彼等がそれを覚えたらこの森の動物を根こそぎ狩ってしまうだろう。そして次に起こるのは食料の奪い合い、つまり殺し合いだ!アフマド、忘れるなよ。お前が持っているそれは人を殺すためのものなんだぞ」

 「そんな極端な事にはならないと思うが」

 「なる。こういう生活は本能と直結している。俺達が子供の頃にやっていた遊びと、彼等の生活はほとんど変わらない。彼等を見ろ。少年のままだ。子供達にそれを与えたらどうなるかはわかるよな。最後の最後まで狩りつくすんだよ!本能のままに!面白くて辞められないんだよ!この間の鳥だって食いきれないほど取っただろう?地中海の漁師と同じなんだよ!」

 マルコの剣幕に暫し無言になったアフマド。私のほうを向いて口を開く。

 「レオンはどう思うんだ?」

 私はこれまでこの集落でずっと考えてきた事をそのまま喋った。

 「確かにマルコの言う事にも理がある。しかし彼等の文化では知識を共有し、結果を分け合う事を当たり前とする。殆どの狩猟採集民も同じ文化だろう。その基準で考えると教えないという事は悪になる」

 マルコもアフマドも黙って聞いている。

 「反対に我々は知識を隠し、結果を自分達だけで独占する事を当たり前としている。我々の価値基準で考えたら教えるのは馬鹿のする事だ。もし我々がこの集落の隣に住む農耕民だったならどうなのかと考えてみろ。災いの種を撒き散らすようなものだ。だが私にはどちらが良いとは言えない。これは彼等がどうしたいか、そして我々がどうしたいか、ただそれだけの問題だ」

 「何を言っているかわからないな。もう少し解りやすく言ってくれ」

 アフマドが頭を掻いた。マルコが私の前に立ちはだかってアフマドに語りかける。

 「つまりこれは狩猟採集民と農耕牧畜民の価値観の対立なんだ。こういった対立はまだローマがガリアを属州とするずっとずっと前に起きた問題だった。彼等狩猟採集民は環境を出来るだけ変化させずに自然の恵みを得る事を目的にしてきた」

 アフマドが黙って頷く。マルコが続ける。

 「対して我々農耕牧畜民は環境を出来るだけ人工的にし、より簡単に糧を得ることを目的にしてきた。狩猟採集民から見たら農耕牧畜民は獲物の居た土地、果実の実る土地を不毛の地に変えてしまう存在だ。農耕牧畜民から視ると狩猟採集民はいつ自分達の作物や家畜を奪っていくかわからない存在だ。つまり両者が相容れる事は絶対にないんだよ」

 「なんとなくわかったが、俺がこれを教えることによってどう変わるんだ?お前の言う通りになるのか?」

 マルコの代わりに私が答える。

 「その可能性もあるし、より多くの獲物が取れるようになって人口が増え、彼等の領地が周囲に拡大する可能性もある。その場合は文字通り戦争が始まるだろう。しかも農耕牧畜民はその武器を知らない」

 「そうか」

 アフマドは矢を置いてバリクパパの所に戻ると弓の弦を一緒に弾いて遊びだした。アフマドの出した答えは教えない、というものだった。私の心の中には大きなわだかまりが残った。


 私達は彼等の開かれた心に対して、恩を仇で返すような真似をしてしまったのではないか?私達は彼等に対して見下すような心を捨て切れなかったから、彼等の文化を管理するような意見を出してしまったのではないか?私が最終的に言った言葉は農耕牧畜民の文化に味方するような発言で、狩猟採集民が勝って覇権を握るような未来を受け入れたくないと心の底で思っていたのではないか、と。

 戦争が始まろうがどうなろうが本当に中立ならどうだって良かったはずなのだ。文明の衝突については中立の立場で考えなければならないとこの集落で散々考えてきたのに、最後の最後で中立を保てなかったのではないか、と。

 

 やがて出発の日がやってきた。十日分の水を持ち、彼らから食料を沢山もらった。バリクパパは最後まで態度を変えなかった。オリムパパはマルコと何かを囁きあって、悲しそうな顔をしていた。いつの間にそんなに仲良くなったのだろうか。我々はバリクパパに教わった通り、川に沿って上流に向かった。


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