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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
18/70

18 隊商1

ケルウス族の里から戻り、遂に隊商の旅を始めるレオン達




 首吊り遺体を見ていると、戦士階級と思われる角の欠けた一団がやってきて解散を命じる。そして遺体を木から降ろした。私達も木を後にしたが、目の前にフェルコの背中が見えた。私は慌てて追いかけ、フェルコの肩を叩く。

 「おい、フェルコ」

 「何だ、あまり騒ぐな」

 フェルコの握られた拳からは血が流れ落ちている。一緒に居るエスティット、バンブーレンも慟哭を必死で我慢している。

 私はなるべくこういう事態には感情移入せずに中立の立場で見るようにしているのだが、ここまで酷い光景を目の前に叩きつけられるとさすがに彼らに同情的にならざるを得ない。

 マルコは完全に怒り狂っている。

 「サイメルティ、彼らに協力しよう」

 「私としてもそうしたいが、最後に決めるのはトレナヘクトだ。それと」

 サイメルティはマルコを見る。

 「動くのは私達と空の民で、マルコじゃない」

 マルコがそれに反論する。

 「そうか、サイメルティ。何も出来ない癖に口出しするなって事か。でも昨日言うのを忘れたが俺は情報を持っている」

 「何だ?」

 「あの狐みたいな部族にも反乱分子があるんだぜ。ここと連動させたらより成功しやすくなるだろう。名前はアマンドルとリックデル。俺のこの手紙を見せれば協力してくれるはずだ」

 マルコは木の皮の裏にクニークル文字で一筆したためてある物を見せてきた。それを無言で受け取るフェルコ。我が友アマンドルそしてリックデル、という書き出しから始まっている。

 「アマンドルとリックデルだな。確かに」

 フェルコは低いゆっくりとした口調で両名を呼び、それを仕舞った。

 「俺はここに残って一緒に戦いたい気分だ」

 アフマドが馬鹿な事を言い出した。

 「アフマド、今出来る事は何もない。お前一人で一瞬の内に四百人を殺せるとでも言うのか?これまでの相手と違って相手も飛び道具を使う」

 私の諫言にアフマドは溜息をついた。

 「レオン、その通りだ。クソ、俺は無力だな」

 アフマドは肩を落とした。

 「牙はゆっくりと研ぐ。ヤツらには絶対悟らせない」

 そう言ってフェルコ、エスティット、バンブーレンは早足に歩いて私達から離れていった。回りに居た戦士階級は特に私達の動きを気にしている様子もなかった。


 私達は帰る事になった。結局正規軍との交渉は頓挫したままとなった。ダレーマットが交渉を再開しようとしたが、サイメルティがそれをやんわりと断った。

 本当の理由は彼らが自己の欲求に忠実すぎて信用するに値しないからだ。今朝のこの騒ぎを知っても彼らは何をするでもなくのんびりと朝食を食べているだけだった。

 自分のやった事の後始末も出来ないようでは人の上に立つ資格はない。この戦士階級は放っておいても反乱を起こされ、滅びるだろう。それが私達の出した結論だった。


 半日掛けて来た道を戻る。日が高くなってから傾いて来た所で、カペル族の里が見えてきた。あんな荒涼とした場所から帰ってきたせいか、下にある豊かに水を湛えた水路群を見ると心が安らぐ。

 オジークッシュとノーワイドは行政機関の建物の前に降り立つ。迎えに来ていたフェニルプロトと、数名の従者が籠を外し、私達とアルパ族の二名は二階のあの部屋に案内される。

 待ち受けていたのはトレナヘクトと四つの壁、四つの剣。サイメルティが事情を説明し、まず両者の内通の疑いが晴れた。

 次にウルペス族とケルウス族それぞれについて、そして両者が戦士階級を持っている事、その戦士階級が腐敗している事、それぞれに反乱の兆しがある事を伝えた上で、フェルコらの話をした。

 トレナヘクトはサイメルティが見本として持って帰ってきた麻の服をディーエヌトに渡した。

 「これはなかなかよく出来ている。だが交渉の材料としては弱いな」

 「ほぅ、何故だ?」

 「こんなもの、種子を拾ってくればここでも栽培できるだろう」

 「確かにそうだな」

 トレナヘクトは顎に手を当てて考え込む。

 「その、医療用というのはどうなんだ?」

 フェニルプロトがサイメルティに聞く。

 「わからない。見本を貰ってくれば良かったな」

 「おそらくそれは彼らの秘伝の交配方法があるはずだ」

 代わりにアフマドが答える。

 「ふぅん、じゃあそれは簡単には真似できないわけだな。取引材料としてはそっちのほうが主体になるだろう」

 フェニルプロトの言葉を受けてトレナヘクトが私達を交互に見てくる。

 「その反乱軍に加担するかどうかは私とフェニルプロトでよく吟味して答えを出す事にしよう」

 トレナヘクトが締めて会議は終わった。


 二階から下って行政機関の建物の前に出ると、フェニルプロトが話しかけてきた。

 「もう隊商の準備は整っている。明日にでも出発するといい」

 「ありがとう。三日留守にしていたが何か変わったことはあったか?」

 「こっちでは特に」

 フェニルプロトが会話を切ろうとした所にハロテスティが割り込んでくる。

 「おいそこのお前、マルコ」

 「んあ?」

 マルコが素っ頓狂な声で返事する。

 「私は防衛用水路を空の民の集落で作っているのだが、毎晩毎晩クロニクーとノーザライという名前の二人がお前の事を聞いてくる。お前何をしたんだ?」

 「えっ?」

 マルコは何故かオジークッシュを見る。オジークッシュはマルコを睨みつける。

 「べ、別に何も」

 「何もないにしては随分と……」

 ハロテスティは建物の段差に気が付かず、足を引っ掛けて前のめりに倒れそうになる。それを支えるマルコ。

 「おっと」

 「済まない」

 「顔の傷はもういいのか?」

 マルコがハロテスティの顔を覗きこむ。

 「もう十日も経った。大丈夫だ」

 「俺としてはもう二度とこの美しい顔に傷をつけて欲しくないんだけどな」

 「!」

 ハロテスティは一瞬固まる。

 「ありがとう。お世辞がうまいなお前」

 「本音だぜ。俺は自分に正直なだけさ。美しいものは美しい」

 「馬鹿な事言ってないで早く帰れ」

 そう言って建物の中に戻っていくハロテスティ。どことなく照れた顔で、まんざらでもなさそうだった。

 「マルコ、お前は恐ろしいヤツだな」

 フェニルプロトもクスリと笑って建物の中に消えて行った。

 「本当に恐ろしい!」

 マルコの耳を噛むオジークッシュ。

 「イテテテ!何すんだよ!」

 「ふん!」

 「なあちょっと待てよ。そんなに怒るなよ。あ、レオン、先にボルダナティの家に戻っておいてくれ」

 マルコはオジークッシュを連れて別方向に歩いて行ってしまった。


 私達がボルダナティの家に戻ると、恒例のお出迎えがあった。ボルダナティが抱きついてきて、私が頭を撫でる。

 「レオン!遂に明日出発だよ!」

 「ああ、そうだな」

 「ねぇねぇレオン、お腹空いたでしょ」

 「空いたなあ」

 「実はレオン達が好きな味付けを取り寄せたんだよ。空の民から。これでレオン達も満足するはずだよ。早速作るね」

 「ありがとう、ボルダナティ」

 「取り寄せたということは、例の物も届いているのか?」

 サイメルティが尋ねる。

 「バッチリだよ」

 「そうか、では私は家に行ってあれを取ってこよう。私一人では手が足りないな。アフマド、一緒に来てくれるか?」

 「いいぞ」

 サイメルティとアフマドは外に出て行った。一人気まずそうにしているノーワイド。そんなノーワイドにボルダナティは声をかける。

 「空の民の使用人に伝わる料理だからきっと口に合うよ。名前なんだっけ」

 「ノーワイド……」

 「そっか、よろしくね」

 ボルダナティはいつものように凍った魚を出すと、それに下ごしらえとして香辛料を降り、檸檬のような柑橘類を載せていく。それを油を引いた小さな薄い鍋に入れ蓋をし、例の鉄の箱の上に載せて蒸し焼きにする。

 「おお、どうしたんだその鍋」

 「へっへー、いいでしょ。買ったんだ」

 一度蓋を開けて味見をすると、その上から香草を入れ、果実を絞る。部屋中に良い香りが充満して来た所で、マルコとオジークッシュが戻って来た。

 先程とは打って変わって、距離が近く仲が良い。マルコの顔を撫でているオジークッシュ。

 「あっ!マルコ!お帰り!今ご飯作ってるからね!」

 「おっうまそうじゃん!」

 そして丁度よくアフマドとサイメルティも戻って来た。二人とも手に沢山の袋をぶら下げている。袋を漁って取り出したものは靴だった。

 「レオン、アフマド、マルコ。これを履いてみてくれ」

 サイメルティに言われるがままに靴を履く。この靴は踝の上まで覆われている高いものであり、底には鉄の金具が付いている。

 金具は靴底と一体化しており、前から見ると丁子型になっている。その靴底の上には皮と毛皮が貼り付けてあって、足裏から鉄によって熱が奪われないように工夫されている。

 「これはあれか、前に鉄の民の所で型を取ったあれか!」

 「そうだ」

 「何に使うんだ?」

 「それは後でわかる。履いてみて緩いとかキツいとかないか?」

 靴は紐で縛り付けて調整できるようになっている。少しキツめに縛ると足に丁度填まった。マルコもアフマドも問題はない様子だ。それを確認するとサイメルティは袋に靴を仕舞い、私達にそれぞれ一足ずつ持たせた。

 「間に合ってよかった」

 「これは私達だけが使うのか?それとも」

 「みんな使うんだよ。私も持ってるよ」 

 サイメルティの代わりにボルダナティが答える。

 ボルダナティはそのまま鍋を机の上に置き、食事が始まった。七人も居るので少し狭い。

 早速蒸し焼きにされた魚を口に入れてみる。口の中に香草の良い香りが広がる。しかし味はちょっと薄い。これはカペル族が私達より旨み成分を感じやすい舌を持っているためだろう。そうでなければあんな水草なんて食えない。ボルダナティはもう次の料理に取り掛かっている。

 「おいボルダナティ、もうちょい塩を入れてくれよ」

 「ああ、薄かった?ごめんよ」

 遠慮なしに注文するマルコ。どんどん贅沢になるなコイツ……

 「さて今回の隊商だが、ボルダナティが隊長、それから私が副隊長及び土の民との交渉役、もう一人の副隊長はメトロノティに決めてあるんだが……」

 サイメルティは私をチラリと見る。

 「あの動物、馬と言ったか。あれの世話は手間が掛かるものか?」

 「うん?馬と隊商は何か関係あるのか?」

 「伐採所のあたりにあれを飼う広場を作った。今はメトロノティが面倒を見ている。何分私達は牧畜の経験がないのでな、メトロノティの知識に頼るしかない」

 「そうか、知らず知らずの内に世話になっているな」

 馬の面倒か。餌はあれだけ広大な草原があれば十分だろう。

 問題は運動だ。馬は適度に運動させておかないとすぐに腹痛を起こして大病を患ってしまう。いっそのこと連れて行ってしまうか。いや、馬にあの砂漠地帯の気候は無理だ。

 「メトロノティにはやっぱり管理しておいて貰いたい。勝手を言って済まないが」

 病気になった時にメトロノティがいなければ馬達は忽ち死んでしまうだろう。今は三頭だが、これから順次運ばれてくる。最低一頭はあの過酷な輸送で病気を患ってしまうはずだ。

 「そうだ、運賃は幾らだって?」

 「一頭につき金貨二十枚は貰いたいそうだ」

 「二十枚、足元見てやがんな」

 マルコが呟く。

 「私ならタダでいいよ」

 オジークッシュがマルコの肩に顔を乗せる。

 「おっ……そうか。じゃあ頼むぜ。とりあえず先の三頭分の金貨を……」

 マルコは袋を出して中から金貨を机の上に積んでいく。

 まずは三頭の運賃六十枚。そして次に一頭あたりの単価五十枚を十七個の柱にして積んだ。全部で九百十枚の金貨だ。

 「マルコお前こんな大金どうしたんだ?」

 私達が出発した時は全員で三百枚も持っていなかった。いつの間にこんなに溜めたんだコイツは。

 「ああ、途中で宝石を売った。アルパ族の所でな」

 「ふーん、道理で」

 アフマドは魚の骨にむしゃぶりつきながらマルコを見つめる。そんなアフマドの所に次の鍋が置かれた。

 「お待たせ!」

 今度はさっきよりも小さな魚が大量に入っている。油でカリカリに揚げられていて骨まで食べられる。これは大人気であっという間にアフマドとノーワイドによって食べ尽くされた。

 その間にマルコはオジークッシュに金貨を渡していた。無償の頼み事だと言うのにオジークッシュは嫌なそぶりは全く見せない。マルコが小声で何かを囁く度に嬉しそうな顔をする。

 「矢張り頼られるよりも頼るほうが大事だという事か」

 サイメルティがオジークッシュを横目にボソッと呟く。

 「えっ?何だって?」

 「何でもない」

 含み笑いをしながら首を横に振るサイメルティ。

 「それで、結局隊商はどうするんだ」

 「仕方ない。メトロノティは抜きだな。今回の筏は二十。中規模と言ったところか。すでに隊員は十人集めてある。彼らは水を凍らせ続ける事が仕事になる。私達の仕事はその護衛だ」

 「へぇ、襲ってくるヤツらなんているのか」

 「たまにいる。だが今回はお前達がいるからな。私とボルダナティだけで十分だ」

 最後にボルダナティが大きい魚の塩焼きを出して来たのを見計らって、サイメルティは席を立った。

 「とにかく今日は体力を温存するために早く寝よう。私も準備する」

 そう言ってサイメルティは家へと帰っていった。オジークッシュとノーワイドも今から帰るらしい。


 日はすっかり傾き、夕暮れが迫っていた。オジークッシュはマルコと抱擁を交わし、何か一言二言囁き合っていた。

 ノーワイドも同じようにマルコと抱擁を交わしたが、顔を背けて妙に照れていた。無事に三者を見送ると、私達は寝床の準備をした。

 床に就くと何とも言えない感情が込み上げて来た。私達がこの家に到着してから四十二日。明日で四十三日。

 実際ここに居た期間はそんなに長いものではないが、ここは確かに私達の、いや私のカペル族の里における家であった。ここに来るまでの長い道のりの記憶も私を感傷的にさせる。

 旅とは、出会いと別れ。そして自分だけの場所を各地に作る事、私のカペル族の里に於ける自分だけの場所は間違いなく此処だ。果たして次に戻ってこれるのはいつになるのだろうか。いや、戻って来る事が出来るのだろうか。

 先の事は何もわからない。そしてクニークル族の里、私達がこの旅の期間で変わっていったように、あの里もまた変わっていっているのだろうか。

 「レオン、緊張している?」

 ボルダナティが寝返りをうって話しかけてくる。

 「緊張というか……少し寂しい気持ちだ」

 「何で寂しくなるのさ。ここにはいつだって戻って来れる。私は久しぶりの隊商で興奮が止まらないよ」

 「そうか、ボルダナティはしょっちゅうあの川を往来していたんだもんな。こんな事は慣れているのか」

 「明日は夜明け前に出発だと言うのに眠れないよ!レオン、何かお話してよ」

 子供のような無邪気な要求だ。娘が居たらこんな感じなのだろうか。

 「そうだな、では私の帝国ではるか昔に作られた話をしようか」

 私はギリシャ神話のうち、地名がほとんど出てこないアテーナーの話をした。話がギガントマキアーまでいった所で、ボルダナティはすやすやと寝息を立てて寝た。私は彼女の寝顔を見て安心して眠りに着いた。


 次の日の朝、まだ夜が明ける前にフェニルプロトとサイメルティがやって来た。寝惚け眼を擦って対応するボルダナティ。皆で軽く朝食を済ませると肌寒い中眠気を押して堰まで歩く。

 日が登ってきて暖かくなってきた所で堰についた。堰には十人のカペル族の男女が集結していて、ボルダナティがそれぞれに挨拶をする。

 フェニルプロトとサイメルティも全員に挨拶し、私達も軽い挨拶をした。フェニルプロトは水門よりも少し上流の場所に移動し、私達にもそこに来るように指示した。

 よく見るとそこにはもう一つの水門があった。但しこちらは外枠があるだけで、中に板は入っていない。つまり全開状態である。十人のカペル族の隊員のうち五人もこちらへやって来た。

 ボルダナティが分厚い木の板を三人掛かりで持って来て皆でそれを上流側の水門に埋め込んでいく。

 一枚ずつ入れていくが水流が強いので大変な作業だ。隊員のうち三人は水路に入って作業をした。内側と外側の水門を閉めると、ボルダナティが水門で囲まれた水路の表面に手をつけ、凍らせようとするが一度ではうまくいかない。

 凍ったのは表面の僅かな部分だけだ。見かねたフェニルプロトが交替すると、一発で全部が凍った。前にサイメルティが言っていた個人間の力の差というのはこの事か。

 そしてパンパンに膨張した下流側の水門の木の板を外す隊員達。上流側の水門は上から水が溢れ、巨大な氷の塊をズルズルと水路から押し出す。

 ゆっくりと長い時間を掛けて押し出された氷の塊は水門の下の川をぷかぷかと浮いて流れていくが、途中で縄に引っかかって止まる。縄は川の両岸に打ち込まれた杭に結ばれている。

 再び下流側の水門に板を嵌め、今度は上流側の水門の板を一枚外す。空になっていた水路に水が満たされていく。

 水が一杯になると上流側の水門に板を一枚足し、水同士が触れ合わない内に二つの水門内部の水を凍らせる。今度はサイメルティがその役をやった。

 同じ要領で氷の塊を二十個作り出すと、上流側の水門の板を全部取って元に戻す。隊員達の何人かは素早く着替えると、何かの毛皮で出来た敷物を氷の上に乗せ、その上に座ったり寝転がったりする。フェニルプロトが私達を呼んだ。

 「ボルダナティ、今度はうまくやれよ」

 「うん。ありがとう」

 「それから、何かあったらそこから動くな。レオンに指示を仰げ。レオン、お前のその聡明な判断力で彼女を守ってくれ」

 「わかった。約束しよう」

 それだけ言うとフェニルプロトは踵を返して集落の中へと戻って行く。私達も隊員達と同じように毛皮を氷の上に敷いて、その上に寝転がって隊商は出発した。川の流れが思ったより速いので氷の塊はぐいぐい進む。

 「おいレオン、こんな事しているのは俺達が始めてだろう!」

 はしゃぐマルコ。

 「前もそんな事言ってなかったか?ここの部族は日常的にやっているだろ」

 「だから俺達の世界でだよ!」

 「マルコ、あまりその単語は出さないでくれるか?」

 サイメルティに釘を刺されるマルコ。

 「俺達の世界って?」

 早速ボルダナティに突っ込まれる。サイメルティは頭を抱えて顔を逸らした。

 「あ、いや……俺達の中でって意味だよ」

 「そっか、たしかこの川の下流にレオン達の部族が住む集落があるんだよね?」

 何だか話がややこしくなりそうだ。というかサイメルティは本当に誰にもあれを口外していなかったのか。せめてボルダナティにくらいは打ち明けておいて欲しかったものだが。

 「その辺はもう少し落ち着いてから説明しよう」

 私はサイメルティにどうにかしろ!という視線を送った。サイメルティは私の目を見るとおもむろに立ち上がってアフマドの後ろに隠れて寝転がった。私に丸投げか……




 日が一番高く上り、私達の影は殆どなくなる。そんな時にあの森とあの小屋が見えてきた。私達とボルダナティが最初に会ったあの小屋だ。

 小屋の横にはすでに伐採された木が詰まれていた。隊商の先頭の氷は川の両岸に埋め込まれた杭に張られた縄に引っ掛かって止まる。

 縄に引っ掛かった氷は五個ずつ横に並んで四つの列を作った。ここまで来るとあちこちから小さい支流を吸収して川幅もかなりの広さになっている。 


 私達はボルダナティに連れられて川岸に降りる。隊員のうち八人も降りてきて伐採された丸太をドボドボと水の中に放り込んでいく。残りの二人は氷の上からうまく丸太を操り、氷の間に挟んだ。氷同士がくっ付かないようにしているのだろう。余った丸太は氷の後ろにまとめて放り込まれる。

 「随分と慣れているな」

 「私達は長い事やっているからね。熟練揃いだよ」

 「あれ?今回が二回目じゃないの?」

 「マルコ、私が隊長をやるのが二回目だよ」

 「前の隊長は?」

 「配置換えで異動になった」

 と、なると私達が以前見ていたカペル族の隊商は前の隊長の物か。前回ボルダナティは失敗しているという話であるから、私達の所まで届かずに終わったのだろう。


 私達が喋っていると小屋からメトロノティが出てきた。小屋の裏手に案内する。そこには新設の厩舎があり、ウルペス族から買い付けた馬が三頭繋がれていた。

 ボルダナティは隊員達に指示を出し、食事を取るように命じた。メトロノティに私達だけで決定した事項を伝える。

 「……そう、私が面倒を見ていればいいの」

 「嫌だったらしなくていいぜ」

 「……そんな事ない。動物は好きだし……もう少し研究してみたい」

 「じゃあ宜しく頼むぜ。礼は何がいい?」

 「い、いいよそんなの」

 「ではこうしよう。帰りにメトロノティの好きそうな動物を見つけたら捕まえて持って帰ってくる。これが一番いいだろう」

 「……サイメルティがそう言うなら」

 メトロノティとの話し合いが終わって私達も持参した食事を済ませると、氷を止めていた縄を解いて再び旅が始まる。談笑しているとあっという間にあの青い毒の岩盤地帯へ差し掛かった。

 「おい、この氷に毒が付いちゃまずいんじゃないのか?」

 「後で洗うから大丈夫。それより今日中に滝を越えなきゃ。間に合うかなあ」

 あの滝、あんな高低差があるのにどうやって氷を降ろすのか。氷は歩くよりずっと速く下流へと向かっていく。時折隊員達が丸太が離れないように調整する。


 日はすっかり傾き毒の岩盤地帯を抜け、滝の手前に来ると隊員達はそれぞれが川の中に降りる。この辺りは随分と水深が浅い。うまく浅瀬に丸太と氷を引っ掛けると一旦動きを止めた。

 ボルダナティとサイメルティが滝に近づいていき、滝壷まで一直線で繋がれている一番長い滝の上までザブザブと水を掻き分けながら歩いていく。

 サイメルティは滝の上に杭を打ち込み、縄を繋げるとそれを伝って滝の下にもぐりこみ、あの長い滝とその裏面の岩盤を一瞬で凍らせた。

 ボルダナティと二人の隊員は凍った滝と背面の岩盤を交互に蹴り飛ばしながら三角飛びの要領であっという間に滝壷まで下っていった。ザブザブと水を掻き分けながらサイメルティが戻って来て、斜め後方からそれを見ていた私達の前で顔を拭く。

 「カペルだ……」

 マルコが感嘆の息を漏らす。

 「アルプスに居るカペルと同じだ。スゲェ……」

 「ん?マルコ、何を言っている?」

 サイメルティがいつもの含み笑いを見せる。マルコは固まっている。アフマドは何も反応せず、じっと凍った滝を見つめていた。

 私もマルコと同じく衝撃を受けたが、それは彼らの身体能力に驚いたのではなく、普段あれだけ頼りないボルダナティがあれだけ私達を苦しめたこの滝を易々と下っていったという事実になんとも言えない感情を抱いた。

 私は知らず知らずのうちにボルダナティを下に見ていたのではなかろうか。だがそれは大きな間違いだった。

 この世界の住人は私達から見ると信じられない能力を沢山持っている。それだけでも私達より生存能力が遥かに上、ましてや隊商の隊長を勤められるという事はその中でも選りすぐりの存在なのだ。

 「この一連の流れるような作業。ひとつひとつの動作も驚異的だが、阿吽の呼吸でそれが出来るのが凄すぎる。サイメルティ、お前達は素晴らしいな」

 アフマドが口を開く。たしかに武装隊商の文化が根底にあるサラセン人から見たらこれは理想的な人間像なのだろう。

 サイメルティは氷の上から鉄の水筒を取って、水を口に含んでうがいをした。

 「アフマドが私を褒めるのは珍しいな」

 何だか嬉しそうなサイメルティ。

 「いや、お前達、だ。お前一人じゃない」

 「そうか」

 表情は変わらないが少しがっかりした様子のサイメルティ。


 上に残った隊員達はまず丸太を流していく。これには道があるようで、ある場所まで丸太を誘導するとそこから自動的に緩い滝のほうに流されていく。

 丸太はそのまま階段状になっている滝を落下していき、最後は滝壷にドボッ!と音を立てて突っ込む。

 下に落ちた丸太を二人の隊員とボルダナティが縄で引っ掛けて岸まで誘導していく。結構強引なやり方だ。

 続いて流量がたっぷりあって流れが緩い滝に氷を流していく。氷も丸太と同じように流れていく。しかし氷のうちのいくつかは衝撃で割れてしまった。二十個の氷を全部降ろすと、隊員の一人が岸に上がっていた私達の元に来た。サイメルティは私の目を見て頷く。

 「よし、降りるぞ」

 「えっ?どうやって?」

 私は滝壷に落ちている割れた氷の塊を見る。こんな所から落ちて失敗したらあの衝撃が待っている。氷ですら割れてしまうなら人体は……

 サイメルティはザブザブと滝に向かって歩いて行き、滝に手をかざした。一瞬であの大きな滝全体が凍る。それを見るや隊員達は一箇所に集まって、一人ずつ荷物を持って下に滑り降りていく。

 よく見ると細い峠道のように連なっている一連の窪みがあって、隊員達は右に左にと落ち葉のように揺らめきながら滑り降りていく。

 左右に切り返す度に速さが相殺されるようになっており、安全な速さで降りられるようになっている。隊員達はまるで子供達のようにはしゃぎながら下って行き、最後は滝壷に飛び込んだ。

 「まるで道のようになっているな」

 「これは私達にしか使えない道だ。わざわざ手間をかけて堅いところを探して掘ったものだからな。さて、誰から降りる?」

 「じゃあ俺から」

 アフマドが名乗りをあげた。が、サイメルティはそれを止めた。

 「駄目だ。アフマドはこの中で一番重いだろう。私が手伝おう。危険だ」

 「なんだよもう、サイメルティは回りくどいな。俺から行くぞ!」

 マルコが少し苛立ちを見せて、滑り降りていく。

 「うおぉぉおぉぉお!こえぇぇぇぇ!」

 マルコの叫びがだんだん小さくなって行き、最後にドプンという音が聞こえた。

 「じゃあ次は私か」

 隊員やマルコの真似をして凍った滝の上に寝そべる。両手で剣を持って胸の前に置くと、凍った滝の上に新たに運ばれてくる水が私の身体を勝手に動かす。やがてどんどん加速していき、視界は私の脳の処理が追いつかないほど目まぐるしく変わる。

 空、凍った滝、冷たい水、そしてまた空。揺さぶられすぎて気持ち悪くなってきた。と、思ったらドボン!という音と共に視界が青い水に変わる。

 慌てて剣を持ちながら水面に向かって泳ぐ。ボルダナティが縄を投げてくれたのでそれに摑まる。上を見るとアフマドがサイメルティに後ろから抱えられて同じように滑り降りてくるのが見えた。

 「おぉぉぉおぉぉおぉ!」

 さすがの猛将アフマドでもやっぱりこれは怖いか。アフマドとサイメルティはそのまま滝壷に落下し、私と同じように縄で引っ張られて同時に岸に上がった。岸では先に降りていたマルコが焚き火に当たっていた。

 「ううっ……さみぃ」

 鼻水を啜っているマルコ。

 「ほらこれ、ここの水飲んでないよね?」

 ボルダナティに水筒を差し出される。私達はそれを使ってうがいと鼻と目の洗浄をした。


 「急がなきゃ。日暮れまでに終わるかな」

 そう言ってボルダナティは滝壷から川に変わる場所まで走っていった。そこでは隊員達が丸太を集めて筏を作っていた。滝壷とは打って変わって浅いその場所で、プカプカと浮いている氷を細い丸太を使って梃子の原理で転がしながら筏の上に載せていく。

 「あれは筏の上に載せる必要があるのか?」

 私はサイメルティに尋ねる。

 「ここから先は浅いからな。それと水に浸かっていると溶けるのが早い」

 氷を見ると確かに今まで水に浸かっていた部分は角が取れて丸みがかかっている。そして少し段差が付いているのが解った。


 ボルダナティの指示ですべての氷が筏の上に乗せられた。割れた氷もそれぞれ一つにまとめられて筏に乗せられている。すべての筏は縄で繋がれひとつの列を成している。そして川岸に杭を打ち、筏を縄で固定するとボルダナティが皆に言う。

 「みんな今日は有難う。今夜はここで泊まる。暖かくしてね。解散!」

 ボルダナティがそう言うと隊員達はいくつかの集団に分かれた。ある集団は小さな天幕を持参しているし、そうでない集団もいる。

 皆焚き火を使い、衣類と身体を乾かしている。ボルダナティはよろめきながら私達のほうへ歩いてきた。丁度日没だった。

 「ふぁぁ~、疲れた~」

 私に寄りかかってくるボルダナティ。

 「うわっ!冷たっ!」

 ボルダナティの身体は冷え切っている。私は彼女を焚き火の前に立たせ、上着を脱がせて別の場所に置いた。下着姿でちょこんと焚き火の前に座っているボルダナティ。

 「よくやったなボルダナティ、二回目の隊長としてはなかなか見事だぞ」

 サイメルティがボルダナティを褒める。焚き火に放り込んであった水筒を出して例の黒い液体をボルダナティに渡す。

 「そっ、そうかな……」

 ボルダナティは照れ笑いをしながらそれを受け取って飲む。

 「でもサイメルティが居て助かったよ。いつもと違って一気に凍らせられたから」

 「特別な力にそんなに差があるのか?」

 「あるよ。私が凍らせられるのはごく僅かな量だよ。水門の所で見たでしょ?」

 そういえば出発の時にボルダナティが氷を作ろうとしたが、うまくいってなかったな。

 「いつもは少しずつ凍らせていくから、もっと時間が掛かるんだ」

 四つの壁と言われる力は伊達じゃないと言う事か。あの防衛用水路も四つの壁がいるからこそ罠としての効果が期待できる。これがボルダナティのような弱い力なら、あれは何の役にも立たないだろう。

 「さて今夜のうちに服を洗って干しておきたいな。雨が降る気配もない」

 サイメルティが話題を変える。

 「ん?やっぱりこの毒は乾燥しても駄目なのか?」

 「駄目ではないが、乾燥した物が口に入ったりするのを避けるために服を洗いたい。レオン、アフマド、マルコは……いいや。手伝ってくれるか?」

 「おい俺はいいやってどういう事だよ」

 「氷を運ぶんだ。やってくれるか?」

 「寒すぎて風邪ひきそうだ!焚き火から離れられない!」

 あっさり態度を変えて逃げるマルコ。そんなマルコを置いて私達三人は筏に乗せられた氷へと向かう。いくつかの氷を吟味して、比較的細かく割れた氷の一部を持ち出す。私達以外にも隊員達は同じように小さな氷を運んでいた。

 「氷が溶けているように見えるが、これは放っておくのか?」

 「一晩放っておく。そうすると氷の周りに付いた汚染物質が溶けた水によって洗い流されて下に落ちる。勿論明日からは常に凍らせるようにする」

 中々うまく考えられている物だ。効率が良い。


 私とアフマドとサイメルティは小さな氷の塊を筏の上から降ろし、縄を括り付けて地面を引っ張っていく。焚き火の傍までそれを運ぶと、縄を解く。

 最初サイメルティがボルダナティと私達の服を敷き詰めてその上に氷を置いたが、私はそれを見てある事を思いついた。

 「それは随分非効率的だな。アフマド、マルコ、穴を掘るぞ。サイメルティ、ここの土までは汚染されていないよな」

 「それは大丈夫だと思うが」

 「なら決まりだ。手ごろな大きさの石を探してきてくれ」

 「あっ!いつかの簡易浴場!」

 私達は人がギリギリ二人入れる程度の穴を掘り、その中に氷をぶち込む。サイメルティが拾ってきた石を焚き火に放り込んだら、取り出して氷の上に置く。


 何度も繰り返していると氷が溶けて天然の水桶が出来上がった。脱いだ服を片っ端からそこに入れて洗っていく。焚き火の傍に拾った木の枝で衣服掛けを作り、そこで服を乾かしていく。

 「身体も洗いてぇな」

 マルコがボソッと呟く。私もアフマドもボルダナティもそれには同意だ。身体が冷えすぎているし、暫く浴場に入っていないから気持ち悪い。

 早速氷をもう一つ持ってきて、穴にぶち込む。洗濯に使った汚染された水は溢れ出て勝手に流れ出ていく。

 浮いている氷を上から押し込んで先の水をほぼ完全に追い出すと、再び焼いた石を氷の上に乗せて水を作り出す。更に焼いた石を追加するといい湯加減になった。濁った湯だが問題はない。いきなりマルコが下着になって飛び込む。

 「いっちば~ん」

 「おいマルコお前勝手な!」

 「勝手じゃねぇよ。俺はお前らの事を考えてやってんだよ!」

 鼻歌を歌いながらくつろぎ始めたマルコ。大股開きで狭い浴槽を占領している。そして焚き火を見てこう言った。

 「こりゃ焚き火は長く持たねぇな。とても一人ずつ悠長に入っている場合じゃねぇぞ。俺は百数えたら上がる!」

 マルコは数を数え出し、百に到達しない九十六でザバッと湯から上がった。

 「お前達も急げよ!」

 そう言ってボルダナティとサイメルティの肩を叩くマルコ。水に濡らさなかった寝床三人分を焚き火から少し離れた所に急いで敷き詰める。

 私とアフマドが同時に入ろうとすると、サイメルティに止められる。

 「レオン、お前達二人は無理だ。狭すぎる。入れたとしてもお湯が溢れて減ってしまう。だからここはまずお前とボルダナティ、次に私とアフマドが一緒に入るのが得策だ。体積的にそれが一番いい」

 「確かにそれもそうだな」

 しかしサイメルティは人前で肌を晒さない主義じゃなかったのか?今だって下着にならずにわざわざずぶ濡れの服を着ている。気でも変わったのか、或いはあまりの寒さにそんな事言ってられなくなったのか。

 「やったあ!レオンと一緒だ!」

 ボルダナティは無邪気に湯桶に飛び込む。

 「レオン!はやくはやく~!」

 私が湯桶に入るとボルダナティは身体を寄せてくる。やっぱりまだ身体は冷たい。

 「うう~、あったまる」

 ボルダナティの肩を掴んで湯の中に沈める。

 「ちゃんと肩まで浸かれ」

 「うん」

 やっぱりボルダナティは娘のようだ。モゾモゾとボルダナティが動いて私に何か渡してくる。

 「何だこれ」

 「下着、絞って干しておいて」

 「いやこういうのは普通男に渡すものじゃないだろう」

 カペル族を観察していてわかった事は異性でも下着までなら羞恥の範疇には入らないと言う事だ。だがこれは確実に駄目な区分だ。全くこの娘は……恥じらいがないのか何なのか。

 「レオンだからいいんだよ」

 それはどういう意味だろうか。私を全く異性として意識していないという事か。尤も私もボルダナティの事は異性として見るより、出来の悪い娘を見ているような感じだ。


 サイメルティが私からボルダナティの下着を取って、絞って焚き火の傍で干す。サイメルティが私にも下着を脱ぐように合図したので、脱いで渡した。

 これが乾くまでは上がれないのか。早く乾けばいいが、マルコの言う通り焚き木にあまり余裕がない。

 ふとボルダナティが身体を寄せた拍子に私の股間のそれに手が当たった。

 「あっ!レオン」

 「ん?どうした」

 「どうした、って。う、うわ~」

 「うわ~じゃない。お前が触ったんだろう」

 「えへへ」

 何だか嬉しそうなボルダナティ。そこにサイメルティが釘を刺す。

 「くつろいでいる所悪いが、そろそろ交替してもらわないと焚き火が持たない」

 「えっでもまだ下着乾いてないだろう」

 「大丈夫、上着は乾いている。先に上着だけ着てくれ」

 そう言って上着を取り込みだすサイメルティ。仕方が無い。上がるか。サイメルティに大きな布を渡される。それで身体を隠しながら拭く。この肌触り、綿ではないか?

 「この布はどこで手に入れたんだ?」

 「それは鉄の民のずっと下流の部族が作っているものだ。直接取引したのではなく、鉄の民から買ったものだ。それより早く服を着てくれ」

 私は大急ぎで上着を纏う。下着がないのは妙な気分だが、どうせ寝床に入ってしまえば関係なくなる。ボルダナティを見ると同じように大きな布で身体を隠しながら拭いている。

 「もうレオン、こっち見ないでよ」

 今更何を言っているんだと思ったが、その恥らう姿には少し心動かされるものがあった。


 「では次は私達の番だな」

 サイメルティはそう言うと、服のまま湯桶に入る。アフマドが下着姿になると、凄まじい筋肉質の身体が現れた。そんなアフマドの手を掴んで強引に湯桶に入れるサイメルティ。

 「ふふ、アフマド、矢張りすごい身体だな」

 「身体ならあのトレナヘクトやフェニルプロトのほうが凄いだろう」

 「そうでもないぞ。毛皮の分彼らのほうが太く見えるだけで、中身はあまり変わらない。むしろアフマドのほうが力は強いかもしれない」

 サイメルティはアフマドの身体を撫でる。

 「おいくすぐったいぞ」

 「前に言ったろう。私はお前の強さの秘密を知りたいんだ。どうやってこんな身体になったんだ」

 喋りながらサイメルティは服を脱いで濯いだ傍からボルダナティに渡していく。ボルダナティはそれを絞って焚き火の脇に掛けていく。

 「アフマドも下着を脱げ」

 「何でだ」

 「衣類は全部ちゃんと洗ったほうがいい。用心のためだ。ボルダナティ、マルコから下着を貰ってきてくれ」

 「うん。わかった」

 マルコは寝床ですでにグーグー寝ていた。ボルダナティがマルコを必死で起こしている。

 「熱っ!」

 サイメルティが急に飛び跳ねてアフマドに抱きついた。熱した石に触ってしまったのか。

 「おいおい気をつけろよ」

 アフマドがサイメルティの腕を掴んでお湯の中で少し持ち上げる。

 「ふふ、アフマド。やっぱりすごい力だ」

 サイメルティは嬉しそうだ。ふとボルダナティとマルコを見ると、マルコが手招きをしている。私は何かと思って駆け寄った。

 「ほらよ、俺の下着。これをアフマドに渡したら、お前達もう寝ろよ」

 ボルダナティがそれを受け取って風呂に戻ろうとするとマルコがそれを止める。

 「お前じゃなくてレオンが行け。ボルダナティはもう風呂に近づくなよ」

 「何でお前にそんな事指図されなきゃいけないんだ」

 「いいから寝ろ。俺を不機嫌にさせるな」

 妙な殺気を放っているマルコ。何だかわからないが普段温厚なマルコが怒るとは只事ではない。私は言われた通りアフマドにマルコの下着を預け、寝床に入った。

 ボルダナティも薄い簡易的な袋状の寝床を二人分用意し、私達の寝床の横に並べるとその中に入る。隊商最初の夜はゆっくりと更けていく。焚き火の心配をしたが、焚き火が燃え尽きる前に私の意識が無くなった。


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