16 ウルペス族2
ウルペス族と交渉するレオン達。茶番再び
押し合いを続ける両軍。しかし一向に怪我人も死人も出ない。そのうち敵の左翼が敗走を始め、それに釣られるように全軍が退いていった。
ウルペス族側は追撃も行わず、もう帰る準備をしている。私もアフマドもサイメルティも頭が混乱している。一体何なんだこれは。
縦列陣形に切り替えて早くも帰還を始めるウルペス族。私達もプラッビーと合流する。
「ふぅ~今日も激戦だったな」
何を言ってるんだお前は。私達を素人だと思って舐めていやがるな、と言いたい所だが真意がわからないので黙っておく。
「なっ、言ったろ。絶対負けないって」
「ああ、プラッビー達は強いな。凄いよ」
私のこの一言で意志を察したのか、アフマドとサイメルティは何か言いたげだった態度を辞めて、ウンウンとわざとらしく頷きだした。アフマドが顔を寄せてくる。
「レオン、これ」
アフマドが持っていたのは細長い針を大きくしたような物で、色は白い。これを敵は飛ばしていたのか。
手に取ってみる。確かにこれはある一定以上の速さで飛ばしたら突き刺さる。だが一体どうやって?
「おかしいぞ。沢山撃っていたように見えたが、ほとんど落ちていない」
アフマドが耳打ちしてくる。辺りを見渡すが確かに全然落ちていない。
腑に落ちない事だらけで頭が混乱したままウルペス族の里に戻った。出迎えのために列を作って並んでいる戦士階級以外の人々。熱烈な歓迎を受けてプラッビー達は凱旋する。
私達が一緒にいるのも憚られたので途中で抜けて歓迎の列に紛れ込む。するとテーゴカルデと共に肩を他の兵士に支えられた負傷者が三十人程入ってきた。
頭や身体から血を流している。
「おいレオン、あんなに怪我人いたか?」
「いや、いなかっただろう。一人も怪我していなかったぞ」
「ひなひゃった。ひぇがひんはひなひゃった」
サイメルティがだんだん何を言っているのかわからなくなってきたので、先にマルコ達の所に戻って休むように伝えた。サイメルティはしょんぼりしながらトボトボと歩いて行った。
凱旋部隊はそのまま里の中央部の広場に集まる。それにつられて観衆達も広場に集まった。すごい熱気だ。
そのうち高く盛られた土の台の上に一人の男が立った。男は派手な装飾品を沢山身に付けている。特に首からぶら下げている大きな鎖が印象的だった。見た感じあれは銅で作ったものではない。
男は私達の頭髪に当たる部分を短く刈っており、横には細かい剃り跡の溝を何本も入れている。中々洒落たヤツだ。男が腕を低く構えて、上下に動かすと観衆は静まり返った。
「今回はかなりの戦士が負傷したが、撃退には成功した」
男の一言で皆が歓声を上げる。男は両手を上げて、その歓声に合わせて拍子を取りながら腕を動かし続ける。そして再び下に降ろした。その瞬間に歓声は止んだ。
「今回の英雄達を紹介しよう」
男は四人の将を並べ、順番に紹介していく。
「まず第一陣のルフーコ。先頭を勤めてよくやってくれた」
観衆は再び沸きあがる。それに合わせて両手を上に挙げて叩く男。観衆も拍手を贈る。
「次に第二陣のネホマダル……」
同じ要領でテーゴカルデまで紹介すると、次は負傷兵の紹介に移った。観衆達は負傷兵の怪我を見て涙し、ある者は敵に対する憎悪を口にする。
一番酷い出血の負傷兵が壇上に上げられた時、観衆の熱気は最高潮に達した。
「皆の衆、見て欲しい!これが我が戦士だ。命を懸けて民を護った!そして私を護ってくれたのだ。私はこの戦士に感謝と恩賞を惜しまない!民よ!協力してくれるか!」
観衆は口々に『ディダーヤ!』という言葉を口にする。バラバラだったそれはやがて同じ拍子になり、『ディダーヤ!ディダーヤ!ディダーヤ!ディダーヤ!』という唱和に変わって行った。観衆の一体感が凄まじい。
「俺達は大きな家族だ!お前達個々の家族の小さな幸せのために戦士達は喜んで犠牲になろう!戦士達はお前達の父でもある!父達を労ってくれ、我が子達よ!」
観衆の勢いは止まらない。『ディダーヤ!ディダーヤ!ディダーヤ!ディダーヤ!』という唱和がどんどん大きくなる。
そのうち観衆の一部が負傷兵の元に駆けつけ、金貨や装飾品を壇上に掲げ始めた。
壇上の男はそれを一つずつ受け取って観衆の両の頬に口付けし、感謝の言葉を述べる。それがひと段落すると男は腕を下げて観衆を鎮め、こう言った。
「我が戦士達がいる限り我々は安泰だ。何も心配する事はない。次は反撃に転ずる。ヤツらから必ずや草原を奪い、諸君の生活を護ろう!引き続き金銭と食料の応援を頼む。苦しいかもしれないが今が耐える時だ。我々は必ず勝利する!」
観衆の熱狂的な声援に手を振りながら、男は負傷兵達を引き連れて壇上から去っていった。
「ちょっと済まない。ディダーヤというのは何だ?」
私は傍にいたウルペス族の男に尋ねる。
「ディダーヤはさっき演説していた俺達の頭領だよ。あんたどっから来た?見かけない部族だな」
「ちょっと下流からね。商人として来たんだ」
私は製作中の木の皮の地図を出した。
「珍しい物持っているな。あっ俺は文字が読めないんだ。何て書いてあるのかわからん。すまんな」
うん?これまでの部族で文字が読めない者はいなかったぞ。
「皆読めないのか?」
「読めない」
「それじゃ商談も出来ないな」
「ディダーヤをはじめとした戦士の上のほうは読めるから大丈夫だろう。ディダーヤは最高の人格者だ。あんたらを粗末に扱ったりはしないだろう」
「ありがとう」
私とアフマドはその場を離れ、マルコとサイメルティが居る場所に戻る。
すでに日は大分傾いていた。食事をしていた場所にはもう誰もいない。辺りを見回していると一つの天幕からサイメルティが手を振っていた。
天幕の中に入る。他の天幕と違って巨大だ。おそらく来客用なのだろう。アルパ族の四人は隅でグーグー寝ている。私とアフマドは広場で見たことをそのままマルコとサイメルティに伝えた。
「茶番、恩賞、金銭と食料の応援……ひょっとしてこいつらは」
「アフマド、私も思っていた事だ。彼らは戦争を階級維持のための道具にしているのではないか?」
「らとひたらあのやるひないたたひゃいもなっとふだな」
「ぶはははは!サイメルティ!」
マルコを引っ叩く。
「つまり戦っているフリをしているだけで、実際は戦っていない。そしてその戦争のフリを民に見せ付けたり、負傷兵を見せる事で民は戦士階級に畏怖と尊敬を覚える。そして戦士階級以外は戦士階級が富を吸い上げるのに何の抵抗も持たないどころか、進んで財を差し出す。完成された搾取構造だ」
「だがその制度を作り上げるには敵側の協力も必要だな。今回の戦では特に会話したりしている様子はなかった」
「おほらふあいてもおなひようなせいどをもってひるはず」
確かにこれは部族対部族という話ではなく、いかにして戦士階級同士で結託して庶民から搾取するかという話なのだから、相手側にも共通の意識があるはずだ。
「調べたい事が増えたな」
「なんら、レオン」
「遺跡、は後回しにするとして、まずはここの税制。それから敵側の視察だ」
「おいおいレオン、そんな事知って俺達に何か得あんのかよ。勝手にやらせておけばいいだろう」
マルコは反対の様子。
「ほうはいひゃない、ほのぶぞくがひのたみのあひどめになるなら、よくひっておふひふようがある」
「いよいよ何言ってるかわからなくなってきたな」
私は木の皮とペンをサイメルティに渡した。サイメルティはすらすらとそれにクニークル文字を書いていく。
『この部族が火の民の足止めになるなら、よく知っておく必要がある。今日戦った相手の事もよく調べたい。勿論遺跡も』
「えーもういいよ。帰りてー」
「マルコ、その帰りたいはどっちにだ」
アフマドの言葉に固まるマルコ。
「そうだぞマルコ。私達が旅をしている目的は何だ?」
「でもここまで来て何の手掛かりもねーしよ、もういいよ。俺はアルパ族の里で暮らす」
「お前随分とあそこがお気に入りだな。確かに飯はうまかったが」
「だいたいどうやって暮らしていくんだ?収入はどうする?あんな移動もままならない所で?私達のあの砂漠での誓いは何だったんだ?」
この一言でマルコは固まった。そして項垂れる。
「ああ、そうだな。どうかしてたぜ。俺達はずっと一緒だったな」
私達三人は手を握り合った。これはサラセン人の習慣だが、なかなか良いものだ。一体感がある。サイメルティがそれに加わろうとしてアフマドの手を握ったらアフマドがきつく言った。
「サイメルティお前は駄目だ!」
ビクッとして手を引っ込めた後、がっくりと肩を落としたサイメルティ。
「あ、いやこれは男と男、女と女でやるものだ。男女ではやらない」
「ほうか……」
口ではそう言うものの、サイメルティは落ち込んだままだ。
「おいアフマド、サイメルティを休ませてやれ」
アフマドに意見するマルコ。珍しい。
「えっ?何で」
「いいから、お前あの水草も持ってたろ?食べさせてやれ」
「何で俺がそんな……」
「うるさい早くやれ!治療の一貫だと思え!」
何故か妙に怒っているマルコにすごすごと引っ込むアフマド。サイメルティを連れてアルパ族達が眠っている隣に寝かせ、あの水草を食べさせる。それを見ると満足げに頷くマルコ。
「全く鈍感でイライラする」
「お前何でそんなに怒ってるんだ?」
「レオン、お前も同じだ!」
マルコは私にもお怒りのようだ。
「とりあえず今日はもう動けない。ここに泊めて貰えるかどうか聞きにいくぞ」
急に主導権を握ったマルコに驚きながら、一緒に外に出る。マルコは集落の家を見回して、ひとつのボロボロの天幕を指さした。
「多分これが戦士階級の家だ。お前達の説が正しければな」
「何でわかる?」
「不自然なほどボロボロだ。自分達が金を持っている事を隠している。見ろ、天幕はこんなに汚れているのに外に置いてある壷は質が高い」
確かに天幕の入り口周辺にまとまって置かれている壷は派手な装飾で立派なものだ。しかもこれは帝国でも今まで見たことのない種類だ。艶が美しく、非常に薄い作りをしている。他の天幕の周囲に並んでいる壷は野暮ったい土器しかない。
「おーい誰かいるかー」
マルコが天幕の入り口に手を掛ける。
「待て待て待て!」
後ろから声が聞こえた。見るとプラッビーが走ってきていた。マルコはそれを無視して天幕を開く。豪勢な絨毯の上に沢山の壷、装飾品、衣類、銅の鎧兜が所狭しと並べられていた。
「ああっ!おめーら、なんで勝手に!」
「えっ何かまずかった?」
すっとぼけるマルコ。
「ここでは勝手に人ん家に入ることは禁止なんだよ」
「そうかそれは悪かったな。ところでもう日が暮れそうだから帰れない。一晩泊まっていっていいか?」
「ま、それはいいけどよ……」
「豪華な飯も頼むぜ!」
「なんだおめー随分厚かましいな」
「ところでこの家、中は随分豪華だな。他の家もそうなのか?」
マルコはプラッビーを無視してもう一度天幕を開ける。慌ててそれを止めるプラッビー。
「い、いやこれは感謝の品として貰ったものだからな。ウチは貧しい。豪華な飯は出せないぞ」
「ふーんそうか。じゃあ他の家のヤツに頼むか」
マルコは他の天幕に歩み寄って手を掛ける。
「おいおいおい!待て待て待て!」
「何だ?」
「面倒見るから!豪華な飯もなんとかすっから!大人しくしててくれ!」
「ついでに馬も見せてくれよ。今案内してくれ」
「馬鹿言ってんじゃねえ。俺は忙しいんだぞ!」
「あっそう、じゃあ別にいいよ。勝手に行くから。あっそうだそこの家の人に聞こう」
今度は違う天幕に向かうマルコ。
「待て待て待て!俺が案内する!」
「おうおう、わかればいいんだよ。お前が見てないと何するかわかんないぞ~」
マルコの交渉術は大したものだ。相手に反撃する隙を一切与えない。コイツに弱みを握られる事は絶対に避けよう。
私達は集落の外れにある厩に案内される。それは簡単な造りの厩舎で、木で作った枠組みと、上に天幕が貼られているだけの質素なものだった。
馬は一頭ずつ分けられているが、大型の個体が居ない。すべて子供だ。全部で三十頭も居る。
「大きなのはいないのか?」
「それは別の所だ。繁殖用。こいつらは食べる用」
「食べる以外の使い道は?」
「引越しの時に使うかな」
「戦には使わないのか?」
「使わねーよ。どうやって使うんだよこんな遅いの。あ、でも負傷兵を運ぶのにたまに使うな」
「今日の戦では使っていなかったようだが」
「……今日のは重症じゃなかったからよ」
見え見えの嘘をつくプラッビー。あの負傷兵達は歩いて帰ったのだろう。そして歩いて帰れるような軽度の出血ではなかった。
つまりあの負傷兵はでっちあげられた物、偽者だ。
それにしても妊娠期間がユリウス暦で一年近くもある馬を食用にしか使っていないとは随分と効率の悪い話である。ひょっとしてこれを食べているのは戦士階級だけなのではないだろうか。
今日の兵士が二百、軍隊の規模というのは最低総人口の十分の一、平均的な遊牧民なら二十分の一程度だ。だが実際ここは階級性なので、軍隊の割合はもっと少ないと思われる。三十分の一と見積もったら六千もの人口がいる事になる。
続いて成獣の居る厩舎に案内される。どの馬も痩せていて元気がない。飼料が少ないのだ。だがこの馬、体格はそこそこ良く、私達の肩と同じくらいの位置に肩がある。
「レオン」
「なんだ?」
「この馬大人しくて扱いやすそうだぞ。何頭か買って、育てよう」
マルコは一頭のオスを撫でながら話す。
「どこで?見た所暑い所には弱そうだ」
「とりあえずいろんな所で飼って試そう」
「使いどころが難しいだろう」
「平時は荷物用として使えるだろう。おいプラッビー、これ子馬は幾らする。乳離れしたヤツだ」
「え……誰も売るなんて言ってないぞ」
プラッビーは拒否する。
「何だ、これ全部お前の物か。随分金持ちだな」
「あっ、いや……」
マルコと話すとボロが次々と引き出されてしまう。恐ろしい。
「別にいいんだぜ。お前が売ってくれないなら他の人に頼むだけだし」
「それは……駄目だ!」
「何でだ?みんな馬持ってるんだろう?」
「持ってねーよ。戦士の一部しか持ってない」
ニヤリと悪魔的な笑顔を浮かべるマルコ。戦士の一部しか持っていないという事は戦士内にも階級があるのか。
「そうかそうか。じゃあその一部の戦士達は大変だな。馬は水を必要とするからな。見た所水が足りないみたいだし、何頭か売ってしまったほうがいいんじゃないか?死ぬ前に」
「それは……」
「どうするんだよただでさえ水が足りないのにこっそり独り占めしようっていうのか?これが知れたら大変な事になるな」
「うう……」
相手が弱った所を徹底的に突くマルコ。そうか商談というのはこうやって進めるものなのか。勉強になる。
「何も俺はお前を困らせようって訳じゃないんだぜ。馬は七百日もすれば子供を産める。その時にお前が必要なら買った分返してやるよ。いい話だろ?七百日もしたら水もなんとかなってるだろうし、今馬を殺すよりいいだろう」
「本当か?」
「本当だ。で、幾らだ?」
「そうだな金貨百枚で」
金貨という単語で思い出した。ここの金貨はどうなっている?
「おいちょっと金貨を見せてくれ」
「ん?」
服の中を弄り、金貨を取り出すプラッビー。矢張りこれまで見たものと同じだ。この水系は他と交流がないはずなのに何故同じ金貨を使っている?元々は同じ所に住んでいたのか?
「ありがとう。金貨は同じだ」
「おう」
マルコは金貨を数え出す。
「高いなあ。三頭で九十枚でどうだ?」
「おめー、馬鹿な事言うな。安すぎる」
「わかった。じゃあ二頭で百枚」
腕を組んで考え込むプラッビー。
「四頭で二百だ。六頭で三百」
「おめー本当に払えるんだろうな」
プラッビーが折れはじめた。
「十二頭で六百」
「そんなに要るのか」
「よし二十で千でどうだ。但し血が遠いのを半分ずつだ。ここので足りなければ友達のと交換したりして揃えてくれないか?」
ここを機と見たのかマルコは一気に畳み掛ける。プラッビーは大金に目が眩んだ。
「わかった。なんとかしてみる」
「決まりだな。金は先に半分払う。一回では運びきれないだろうから何回かに分けて運ぶ。全部揃ったら後の半分を払う」
「信じられないぞ」
「別に信じなくてもいいぞ。駄目なら他のヤツに聞くだけだ」
「おめー……」
プラッビーは怒った様子だ。
「よしわかった、都度払いっていうのはどうだ?空の民に金貨を持たせる。頭数分その都度払う」
「ま、まあそれならいいけどよ」
プラッビーは納得した。今回アルパ族は四人。うち籠が空いているのは二人。子馬とは言え乳離れした個体は人間四人分以上の重さがある。アルパ族二人で一頭運べるかどうかと言ったところか。
私達は子馬の厩舎に戻って最初の一頭を選ぶ。マルコが私に選べと言うので毛並みの良い牝馬を選んだ。それを連れて天幕に戻る。
アフマドとサイメルティを含め全員がグーグー寝ていた。マルコは隅に走っていって寝ているアルパ族の一人、茶色い羽で覆われているオジークッシュを起こした。オジークッシュは服をまともに着ていなかったのでマルコが手伝って着させている。
「おいマルコ、何でお前ペヨータみたいな事してるんだ」
「いやお前らが行っちゃうからさあ、一人残された俺が全員の世話したんだぜ。服着たままだと用も足せないから俺が全部着替えさせてやったんだよ。大変だったんだぞ」
「そうか、それは済まないな。有難う」
とは言うものの、オジークッシュとマルコの距離は異常に近く見える。まるで夫婦のような。そういえばこいつクロニクーとノーザライの時も……
マルコはオジークッシュに馬を見せて、運べるかどうか聞く。オジークッシュが言うにはアルパ族は個人によって操れる風の強さが違うらしく、
今回居る面子だと一人一頭運ぶ事も可能だとの事だ。中でも一番大きな白黒のはっきりした色分けの羽毛を持つタンジーという名前の女は特にそれが強く、二頭運べるかもしれないとの事だった。
三頭分の代金百五十をその場で支払い、プラッビーに食事を持って来るように言う。プラッビーはどことなく腑に落ちなそうな表情で戻っていった。
「とりあえず半額にしてみたけど、あの様子だとこの取引はこっちの勝ちだな」
「なんだお前、相場がわかってなかったのか」
「わかるかよそんなもん。相手の言い値の六から七割ってのがだいたいの相場だ。でも今回は半分だぜ。得したな」
オジークッシュがマルコの肩に顎を乗せる。
「マルコ、凄い」
「ふふん」
「マルコ……」
マルコの顔に頬を寄せるオジークッシュ。
「もうしょうがねえなあ」
マルコはオジークッシュを連れてどこかに行こうとする。
「おいどこに行くんだ?」
「用を足したいってよ。ちょっと外でやってもらってくるわ。飯は先に食ってていいぞ」
二人は早足で遠くに消えて行った。
日は完全に落ちて夜の闇が広がる。やがてプラッビーが食事を持ってきた。部屋の隅で寝ている三人のアルパ族とアフマドを起こす。
サイメルティはアフマドの横でスヤスヤと眠っていた。同じ食事が出来るわけではないので起こさない事にした。
夕食はマルコの注文通り豪華な物だった。昼も結構良かったが肉の量が違う。例の赤い生肉から始まり、串に刺して焼いたもの、細かく切り刻んで焼いたもの、そして内臓の煮込みだ。
皆夢中になって食べている。私はプラッビーにひとつの質問をぶつけた。
「プラッビー、遺跡を知らないか?」
「遺跡?古代人のヤツか?」
ここでも古代人という概念が出てきた。言語といい通貨といい古代人の共通認識といい、やはりすべての部族は最初は同じ場所で暮らしていたのではなかろうか。或いは最初はもっとこの世界が豊かで、彼らを取りまとめる帝国のようなものが存在していたとか。
「遺跡なら二つあるぜ。ひとつは元々俺達が居たところのやつ。もう一つは今争っている場所にある。川の傍だ」
「どちらかに案内してもらえないだろうか」
「そうだな……俺は軍を離れられねえ。だから案内できるとしたら川の傍のほうだ。それに元居た所のヤツは中身すっからかんだよ」
「じゃあ明日そこに案内してくれ」
「いいけど、軍の通り道だから途中まで軍と一緒だぜ」
「それでいい」
私はプラッビーと約束をした。サイメルティの許可を貰わなかったが多分大丈夫だろう。
食事が殆ど終わりかけた時マルコとオジークッシュが戻って来た。なんとなくマルコは疲れた様子だった。
「ずいぶん長かったな」
「ああ、人目を避けるのに時間がかかった」
「ちょっと、殆ど残ってないじゃん」
オジークッシュが文句を言う。
「何でも早い者勝ちさ。お前にそれを攻める権利はないはずだぞオジークッシュ」
ノーワイドが意味深な事を言う。オジークッシュとマルコは残り少ない肉を分け合って食べ、私達は眠りについた。
翌朝、プラッビーに起こされて残りの二頭を見に行く。雄と雌のそれぞれ毛並みの良い健康そうなのを選び、タンジーとシンテクスに見せる。
タンジーはこの程度の重さなら二頭いけるとの事だった。籠の中に入れようとしても入らないので、縄を直接前足と後ろ足の付け根に掛ける。勿論防寒対策に毛布で巻いてからだ。
タンジーとシンテクスに料金を聞いたが、どれくらい暴れられて苦労するかわからないので後で貰うとの答えだった。サイメルティと相談して、私達が最初にボルダナティと会った小屋の傍に運んでもらう事にした。
あの辺なら草も水も豊富だし、殆どボルダナティの私有地状態なので大丈夫だろうとの事だった。タンジーとシンテクスは翼を開いて飛んでいった。
私は昨日プラッビーと約束した事をサイメルティに話す。サイメルティは特に反対はしなかったが、残りのアルパ族二人をどうするか悩んでいた。
出来れば一緒に来てほしいが、彼女らは敵から目立ちすぎる。かと言って一緒に行くには速度が速すぎる。
悩んだ結果彼女らにはここに留まってもらう事にした。もし一日で戻れなかった場合食事の用意がないからだ。昨日と同じで彼女らの面倒はマルコに見させる事にした。
暫くするとプラッビーがやってきて、また広場に連れて行かれる。前日と同じように観衆が大声援を送る中、ウルペス族の四部隊は出陣した。
日が高く上るまで歩き続けると、途中で総指揮を取るテーゴカルデが号令を発する。そして二列横隊に陣形を変えるウルペス族の兵士達。
昨日と同じで先に敵の存在に気付いたのだろう。私はどうすれば良いかプラッビーに聞いた。
「後ろで見てろ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。今日は相手を押し返す」
アフマドと私は顔を見合わせる。これも茶番だとしたら随分と手が込んでいる。予めどちらが勝つかが決まっているのか。
「遺跡はどこにあるんだ?昨日は途中にあるって」
「その予定だったけどよ、敵が思ったより前に出てきてんだよ」
再びアフマドと顔を見合わせる。予定調和ならばこうはならないはずだ。どこでぶつかるのかは決めておくはず。私は不安になった。もしこれが茶番でも何でも無くて、本気の戦いだとしたら負けた時私達はどうなってしまうのだろうか。
だがそんな私の不安は見事に裏切られた。期待通り敵はその姿を見せると意味のない射撃を繰り返し、勝手に退却を始めた。隊列を組んだままゆっくり追いかけるウルペス族。
伏兵の心配をしたが、彼らは音で相手の位置が把握できるのだった。この能力は軍事利用には便利すぎる。勝利の必要条件を最初から持っているわけだ。機動力が備われば戦場の選択権は常に彼らの側にあるようになる。
今回は近くで見ていたため、敵がどのような攻撃をしているのかはっきりと見えた。敵は手に持ったあの細長い針を大きくしたようなものを投げてくる。それがウルペス族の盾に当たり跳ね返ると、彼らの手に再びそれが戻っていく。
おそらく彼らの特別な力は物体を飛ばしたり戻したりする事だ。ぐるぐると回る輪のような陣形を作って、端から次々と投げてくる。
そしてもう片方の端でそれを回収して、回りながら次の攻撃に備える。なんかこんな動きを戦術書で読んだ事がある。確か古代にパルティア騎兵が使っていたように覚えている。
敵兵は私の説つまり鹿説が正しければすべて男。皆角を途中で切っている。中には生えかけの者もいる。おそらく戦闘に邪魔なので切ってしまっているのだろう。
やがて敵が横隊を解いてバラバラに逃げ出した。それをのんびりと追いかけるウルペス族。やっぱりこれはただの茶番だ。暫く歩いていると遺跡らしき物が見えてきた。横倒しになっている小さな塔だ。
「俺達はもうちょい進んだ所で休憩するからよ、遺跡見て来いよ」
「休憩した後はどうするんだ?」
「どうもしねえよ。陣を作る」
「陣って、何も持ってきていないじゃないか」
「後で持って来るんだよ。戦士じゃないヤツらがな」
やっぱり予定調和じゃないか。私はがっかりしたと同時にあの仮説が正しい事を確信した。何故兵士じゃない者が工作兵のような事をするのか。答えは明確である。戦士階級の怠慢と堕落である。
私とアフマドとサイメルティは遺跡に入る。遺跡は私達が今まで見てきた物と同じ、つまりサイメルティが見つけたという新時代の物ではない。
そしてこの遺跡は他に比べるとかなり小さい。そして今までの遺跡と比べて明らかに物が少ない。錆びない鉄や腐らない木、曲がるガラスは見つからなかった。
「レオン、アフマド」
地面を調べていたサイメルティが何か文字が書いてある薄い物を見つけた。前にサイメルティが持ってきた冊子に使われていた素材―アフマドがワラカと呼んでいた物によく似ている。
だがこちらは劣化が激しく、殆どの文字は読む事が出来ない。かろうじて読めるのは順番に、
『山』『爆発』『同じ』『最後』『託す』『勝てない』『破壊する』『壊れた』『捨てる』
そしてたびたび文中に出てくる『トバ』と読める文字列。
「山、爆発、同じ、最後、託す、勝てない、はなんとなくわかる。あの聖なる山が爆発したという事だろう。それで後世に何かを託したい、みたいな内容が推測できる。だが次の破壊する、と、壊れた、というのはどういう事だ。矛盾している」
サイメルティが文字をなぞる。破壊するのすぐ後に壊れたが来ている。たしかに意味が通らない。
「このトバというのは何だろうか。あまりにも頻繁に出てくる」
サイメルティは興奮気味だ。
「異世界の住人としてこれに意見はないか?レオン、アフマド」
前にサイメルティが見せてくれた資料によるとユリウス暦で五百年程前に火山が噴火し、それを機にいろんな部族が移動した。
そしてサイメルティが見つけた新しい遺跡はおそらくその後のもの。そう考えるとあの手記の内容にも納得がいく。
ではそれより更に古い年代だと思われるこの遺跡にも火山の噴火が記録されているのは何故だ。実際に古い時代に噴火があったのか、それとも同じ噴火の事を言っているのか。
「うーん……わからないな」
「そうか。これは持って帰って色々試してみよう。ん……?」
遺跡が大きく揺れている。いやこれは
「地震だ!」
「デカいぞ!」
私達は頭を守り身を屈める。塔の壁は崩れ出し、私達の頭上に降り掛かった。揺れは強烈な縦揺れで、かなり長い時間続いた。
私とアフマドは崩れた隙間から逃げ出そうとしたが、サイメルティが動かなかったので戻ってサイメルティをかばった。塔の半分が崩壊して、ようやく揺れが収まった。
「ふぅ、資料は守りきったぞ」
サイメルティは例の文字が書かれた物の上に覆いかぶさっていた。私もアフマドも上から降ってきた石に散々打たれ、あちこちに痣が出来ている。サイメルティが一番酷い有様だった。
「サイメルティ、踏んだり蹴ったりだな。せっかく顔が治ってきたのに」
「ふふ、そうでもないぞレオン。落ちてきた石を見ろ」
石を見るとその切り口は独特で、無数の穴が空いているのが見えた。拾ってみると思ったよりも軽くてびっくりした。どの石も規則正しく無数の穴が空いている。つまりこれは人工的に作られた石だという事だ。
「これは……」
「お前達の世界にもこんな石があるのか?」
人工的に作られた石なら我が帝国には古代から煉瓦というものがある。他の国々と比べてその品質は高い。
だがこれはそんな次元の製造物ではない。規則正しく穴を開けて軽量化に成功している。ひとつひとつの穴は小指より細く、かといって耐久性を失っているわけではない。事実落ちてきた石はひとつも割れていない。
すべての石は緩やかに曲線を描いていて、組み合わせると円柱状の建物が出来上がるようになっている。
どの遺跡も大きさに関わらず継ぎ目のない同じ円柱状の造りをしている所を見ると、最初に建物の大きさを計算してから石の曲がり具合を決めて作ったと思われる。
「こんな高度な技術のものはない。一体どうなっているんだこの世界は」
「ふむ……」
サイメルティは資料を小さな包みに入れる。私達は外に出た。外に出るとさっきまで戦っていた敵軍の行進と遭遇した。
「あれ?」
「ん?なんだお前達。見ない部族だな」
鹿のような部族達は私達を取り囲む。お互いどうして良いのか戸惑っているうちに敵の指揮官と思われる男が兵士達を掻き分けて出てきた。
「なんだお前達、こんな所で何をしている。どこから来た」
男は手にあの大きな針のようなものを複数持っている。その気になれば一瞬で私達を殺せるだろう。
「この遺跡を調査していた。山の向こうから来た」
サイメルティが飄々とした様子で答える。
「あの山を越えて来ただと?信じられん」
男は兵士達に手で合図を送る。忽ち私達は抑え込まれた。アフマドが抵抗しようとする。
「やめろアフマド!敵じゃない!」
サイメルティが叫ぶ。
「ほぅ、初めて会ったのに敵じゃないと言えるなんて大した余裕だな」
男は私達の拘束を解いた。
「だがこのまま帰すわけにはいかない。一緒に来てもらおう」
私達は兵士に取り囲まれ、一緒に行軍する事になった。