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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
15/70

15 ウルペス族

山を越えるレオン達。アルパ族に内通の容疑がかかる。




 「やっと来たか。サイメルティ」

 トレナヘクトが低い声で喋る。

 「トレナヘクト、もう俺のほうで制裁はしておいた。本人も反省している」

 フェニルプロトがそう言ってサイメルティの顔を指さす。サイメルティの口から出た血は顔の毛に張り付いて黒ずんでいる。

 「フェニルプロト、お前はどういう理由で制裁を加えたんだ?」

 「火の民と争った事だ」

 トレナヘクトはゆっくりと立ち上がる。

 「フェニルプロト、お前は解ってない。争った事が問題なのではない。争ったにも関わらず四日もその連絡をしなかったのが問題だ」

 そう言うとトレナヘクトはサイメルティの角を掴んだ。

 「この程度ではとても足りん」

 トレナヘクトはサイメルティを別の部屋に連れて行く。サイメルティは何の抵抗もしなかった。

 別室に二人が入ると物凄い音が聞こえてきた。暫く経つとその音が止まり、先にトレナヘクトが戻って来た。

 続いて部屋に入ってくるサイメルティ。顔のあちこちが滅茶苦茶に腫れていて歪な形をしている。瞼が開けず目がよく見えていない。サイメルティはよろよろと歩きながら壁を手で触って位置を確認すると席を見つけ出し、無言で座った。


 カペル族は徹底して男女平等主義である。前回もハロテスティが兄であるトレナヘクトにボコボコに殴られていた。男女平等と言う事は同権という意味でもある。各々の独立性が高いが故にこうなったのだろう。

 「さて本題に入ろう。そこの三人」

 「えっ?ああ」

 「前にフェニルプロトと一緒に空の民が飛んでいるところを見たな?」

 「ああ、飛んでたよ。山を横切って。その前にも一回あった」

 「それについて私のほうで調べたところ、一つの疑惑が持ち上がった」

 トレナヘクトは横目でサイメルティを見る。しかしサイメルティは返事をする元気もない。

 「空の民の一部が火の民と通じているという情報を掴んだ。丁度今空の民が二人居るな?サイメルティ」

 サイメルティは尚も無言。

 「その二人を尋問する。さあ行くぞ」

 トレナヘクトが立ち上がるとフェニルプロト、クレンビュート、ハロテスティがそれに続く。

 トレナヘクトはサイメルティにも立つように促すがサイメルティが立ち上がると脚が痙攣して倒れてしまう。アフマドがそれを支えて立ち上がらせる。

 一向は勇み足で建物の中を歩いていく。アフマドに支えられたサイメルティは付いていけない。

 アフマドがサイメルティを背負った。そのままトレナへクト達に着いて行く。サイメルティが何かを喋ったが聞き取れない。

 「サイメルティ、喋るな。口の傷が開くぞ」

 アフマドはサイメルティの脚を抱え直した。

 「済まない、私が我侭を言ったばかりに。すべて私のせいだ」

 私の謝罪に対してサイメルティは無言で首を横に振った。


 私達はボルダナティの家を通り過ぎて、メトロノティの家にたどり着いた。トレナヘクトが扉を叩く。すると中からメトロノティが出てきた。

 奥にアルパ族の二人が寝ている姿を確認すると、有無を言わさず中に入り込むトレナヘクト。気配で起きたアルパ族の二人は一瞬で自分達の危機を察知し、立ち上がった。

 これは確実に何かある。そうでなければこんなに警戒するはずがない。トレナヘクトは中央に置かれていた椅子に座った。

 「空の民の客人、座ったらどうだ?」

 トレナヘクトの眼光は鋭い。アルパ族の二人はびくびくしながら椅子に座る。

 「少し聞きたい事がある」

 トレナヘクトから出ている殺気は凄まじい。空気が凍っているようだ。

 フェニルプロトが椅子を並べてトレナヘクトの後ろに皆を座らせる。サイメルティはアフマドから降りて支えられながらなんとか座った。

 サイメルティの顔がボコボコになっているのを見て表情を変えるアルパ族の二人。

 「ここにいる他部族の三人が、お前達空の民が私達の里の上を飛んでいるのを見たと言っていた。場所は……どこだったかな?レオン」

 トレナヘクトは私を見る。アフマドが言うようにこの男、とんでもない怪物だ。確かに何をどうやっても勝てる気がしない。

 「あの浴場で見たんだよ。右から左に」

 「高さは?」

 「かなりの高さだった」

 次に簡単な地図を取り出すトレナヘクト。この集落の見取り図だ。そこに羽筆で横に線を引く。線は集落を真っ直ぐ横切り、端に描かれている山脈の稜線を越えた。

 「こういう経路を取っていたそうなんだが、心当たりはないか?」

 アルパ族の二人は首を横に振る。

 「とぼけても無駄だ。俺もこの目で見ている」

 フェニルプロトが厳しい口調で言う。

 「違うあれは」

 初めて口を開いたアルパ族の女。確かノーワイドと言ったか。

 「何がどう違うんだ?」

 トレナヘクトが凄まじい殺気を放ちながらノーワイドに問い正す。

 「最近火の民の里の下流に新しい部族が来て、元居た住人と戦っている。そこから使いが来て私達に武器を売ってくれと言ってきた。だから届けた」

 「本当か?」

 トレナヘクトはもう一人の女、オジークッシュのほうを見る。コクコクと頷くオジークッシュ。明らかに怖気づいている。

 「そうか。だがそれがデタラメではないという保障はないな」

 トレナヘクトは椅子の背もたれに身体を預けて反らす。

 「確かめなければなるまい。この役に適任なのは」

 辺りを見回すトレナヘクト。

 「サイメルティ、お前に任せよう。この二人と一緒にその新しい部族とやらに会いに行って確かめて来い。すぐに出発しろ」

 「いやサイメルティは……」

 抗議しようとした私の袖をサイメルティが引っ張り、首を横に振る。

 「では任せたぞ。空の民の二人、逃亡した場合は有罪とみなす」

 トレナヘクトが立ち上がって表に出て行く。クレンビュートとハロテスティも後に続いた。フェニルプロトが残って、メトロノティが入ってきた。


 「何でこんな酷い扱いを?」

 「これがトレナヘクト流の償いのさせ方なんだろう。それに、実際自由に動けるのはサイメルティだけだ。クレンビュートは防衛柵の強化をしなきゃいけないし、ハロテスティは空の民の水路作りで忙しい」

 フェニルプロトは溜息をつく。

 「俺達は愚かだ。こうやって恐怖で支配しないと纏まらない。それくらい個々の我が強い。いつまでこんな事をやるんだ」

 「フェニルプロト、それはどの部族も同じだ。私達だって……」

 サイメルティが弱弱しく喋る。大衆は刑罰を持って治めるしかない。また軍隊の錬度はそのまま上官が恐怖をどれだけ作れるかに直結する。私はそんな研究ばかりしてきた。

 「おい、ちょっとこれを冷やしてくれないか?」

 アフマドが水の入った湯沸しをフェニルプロトに渡す。

 「冷やすってどれくらい」

 「中の水を氷にしてくれ」

 「わかった」

 フェニルプロトが湯沸しに触れると、湯沸しは一瞬で白いモヤが出るほど冷たくなった。

 「我慢しろよ」

 アフマドはサイメルティの顔にそれを押し当てていく。サイメルティはじっと大人しくそれに耐えている。

 「アフマド、それは?」

 「腫れはこうすると早く治る。冷やして圧迫する。両親がやるのをよく見ていた」

 私達はアフマドの治療を見守った。フェニルプロトが話しかけてくる。

 「お前達に頼みがある」

 「何だ?」

 「サイメルティを護衛してくれないか?」

 「言われなくてもやるさ。散々世話になったからな」

 私はアフマドを見る。頷くアフマド。次いでマルコを見る。目を逸らすマルコ。私はマルコの両肩を掴む。顔を覗きこむと逸らすので両手で頭を掴んで目を見させた。

 「お、おう任せろよ。でも俺なんかが役に立つのか?」

 「交渉は得意だろう?」

 「そ、そうだな」

 「じゃあ頼むぞ」

 「ああ……」

 強引にマルコも説得した。

 「レオン、これはもう暫く掛かりそうだ。俺の荷物を取ってきてくれ」

 「アフマド、俺は風呂に入りたい。大丈夫か?」

 マルコは身体を掻き毟っている。コイツ何時の間に蚤だの虱だのを付けて来たんだ?マルコの身体を見てアフマドが言う。

 「うわっ、汚っ!さっさと行って来い」


 私達は先に浴場に行き、身を清めてから準備に取り掛かる事にした。フェニルプロトも同行する。浴槽でくつろいでいると、フェニルプロトが話を振ってきた。

 「お前達は隊商と共に土の民の里に帰る予定だったな?」

 「ああ、そうだ」

 「実は隊商はもう殆ど準備出来ている。明後日にでも出発できるはずだった」

 「そうだったのか」 

 「サイメルティがあんな任務を押し付けられなければ、すぐに旅立つ事が出来た。もしお前達が望むなら、サイメルティ抜きで帰ってもらっても構わない」

 フェニルプロトは一息置く。

 「だが頼む、サイメルティと一緒に行動してくれないか?」

 この男は一見して非情に見えるが、とても優しい心の持ち主だ。

 「さっき護衛すると約束しただろう?なんで帰れるんだ」

 「そうだったな。有難う」

 「おい、お前なんでそんなにサイメルティに優しいんだよ。惚れてんのか?」

 「マルコ、この男は皆に優しいぞ。ボルダナティにも。むしろ私はお前の非情さにがっかりだよ」

 マルコは気まずいのか、顔を湯に沈めてブクブクやり出した。

 「俺とサイメルティはここの二番手を争った仲だ。二人とも子供の頃から期待されていた。俺はあいつに勝ちたくて、努力した」

 フェニルプロトは自分の手を湯から出して握り締める。

 「努力した俺に対して、あいつは自分の好きな事だけをやった。それがそのまま今の実力の差だ」

 「好きな事?」

 「歴史研究だよ。知ってるだろ?そうやってあいつは自由に生きている」

 「羨ましいのか?」

 「どうかな、人には向き不向きがある。俺はああいう事を楽しいとは思わないからな。だがあいつの自由な生き方は肯定してやりたいと思っている」

 フェニルプロトは若いのに随分と老けた考えをしている。きっと相当な苦労をしたのだろう。


 「おい!レオン!」

 マルコが突然叫んで空を指さす。その先には二人のアルパ族が飛んでいる姿があった。

 「クソッ」

 フェニルプロトが慌てて浴槽から上がる。私達も急いで上がる。

 「お前達の荷物を取って来てくれ。俺は籠を取ってくる。メトロノティの家で集合だ」

 私達は慌てて服を着て、ボルダナティの家に戻る。扉を叩くとボルダナティが眠そうな様子で扉を開けた。私達は急いで荷物を纏め、旅用の服を着てアフマドの弓矢と荷物を担いだ。

 「レオン、どこに行くの?」

 ボルダナティに呼び止められる。

 「山の向こうだ。ボルダナティ、私達は急いでいる」

 するとボルダナティは三枚の布を持ってきた。

 「これ、レオン達が留守の時に作ったんだ」

 布を広げるとそれは厚手の毛糸の生地で出来た外套だった。

 「下手糞だから合うかどうかわからないけど」

 私とマルコはそれぞれ渡されたものを着る。私のは紺で、マルコのは臙脂。もう一着のアフマドの分は深緑だ。なかなか暖かい。そして粋な感じだ。

 「ありがとうボルダナティ」

 「おっイイねぇこれ!お前才能あるよ!」

 「そっ、そうかな……」

 ボルダナティは照れ笑いする。

 「お礼も積もる話も帰ってきてからだ。心配かけて済まない」

 私達は急いでメトロノティの家に向かった。


 「ぷっ、心配かけて済まないだって。お前もう夫になっちゃえば?」

 マルコがおちょくって来るので軽く叩く。

 「マルコ、お前も心配されていたんだぞ。だからお前の分まで外套を作ってくれたんだろうが。馬鹿な事ばかり言うな」

 「まあそうだけどよ、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……まあいいや」

 「いいなら最初から何も言うな!」


 私達がメトロノティの家に着くと、籠を脚にくくり付けたノーワイドとオジークッシュが準備をしていた。外に出てきたアフマドと抱えられているサイメルティ。

 サイメルティはメトロノティに借りたのか、厚手の服を着せられていた。アフマドがサイメルティを籠の中に座らせる。私はボルダナティが作った外套をアフマドに渡した。

 「これは……」

 「ボルダナティが作ってくれた」

 「有り難いな。しかもそれぞれ好みの色じゃないか。ボルダナティは観察力があるな」

 そういえば紺は私の好きな色だ。染料もいい物を使っていて艶やかだ。

 「……レオン」

 メトロノティが毛布を渡してくる。それぞれ二枚ずつ受け取った。

 「……これも」

 メトロノティに例の鉄製の水筒と、火付け道具一式を渡される。水筒の中は例の黒い液体だ。そしてメトロノティは私に一つの巻物を渡した。

 「……道中で読んで。これは写し」

 「わかった」

 私は巻物をマルコに渡し、籠に乗り込んだ。アフマドはメトロノティから食事用の水草を受け取ってサイメルティが身を預けている籠に乗り込む。全員が乗り込むとフェニルプロトが合図する。

 「いいか、なるべく感取られないように飛べ!最悪見失っても構わない!」

 二人のアルパ族が羽を広げると、下から風が吹いて急速に上昇する。

 「頼んだぞ!レオン!」

 「ああ、任せておけ!」

 私は小さくなっていくフェニルプロトに手を振った。


 オジークッシュはどんどん高度を上げていく。ノーワイドもそれに続いて来る。上から見るとサイメルティがぐったりしているのが見える。

 こんな寒い中で大丈夫なのだろうか。私はアフマドに大声でサイメルティの安否を尋ねるが、風を切る音のせいで全く聞こえていない。

 アフマドも何かを喋っているがやっぱり全く聞こえない。サイメルティはこちらの言いたい事を察したのか、手を上げて振る。目が見えるくらいには回復したようだ。

 アフマドはサイメルティの身を毛布で包み、火打ち金で火を起こそうとしている。

 ボルダナティに貰った外套を着て、毛布に包まっているがそれでも寒い。昼間なのにこれだけ寒いとは、高度が高すぎるんじゃないのか?

 「オジークッシュ!」

 私は風切り音に負けないように大声を出す。

 「何?」

 「なんでこんなに高く飛ぶ。寒すぎるぞ!」

 「そりゃあんた、向こうの死角に入るためだよ!」

 「死角?」

 「私達は下を見ながら飛ぶ!だから相手より上に居れば見つかりにくい!」

 「相手って、相手なんか見えないじゃないか!」

 「あんた達には見えない!私達には見える!」

 そうか、アルパ族達は我々より遥かに目が良い。私達にとっては空のゴミ粒にしか見えないような物でもきちんと物体として認識できていると言う事か。

 「おいレオン」

 「何だマルコ」

 「最悪の場合どうするんだ?」

 「最悪?」

 「こいつらが嘘をついていて、口封じに俺達を殺す事だよ」

 「なるほどその可能性も疑ったほうがいいな。籠をひっくり返されては元も子もない。この籠に繋がっている紐を私達の身体にも付けておこう」

 私とマルコはお互いにオジークッシュの脚についていた紐のあまりを手首とに縛り付けた。同時に下を覗き込んでアフマドにそれを見せる。

 アフマドはすぐ理解したようで同じ事を自分の手首にやった。下を飛んでいたノーワイドが私達を見て怪訝な顔をしていた。


 ようやくひと段落したので私は籠の中でメトロノティに渡された巻物を広げた。それは動物図鑑であった。

 カペル族の文献なのか、カペル族の集落を中心に地図が描かれていて、クニークル族が居る水系は最後まで描かれているが、アルパ族のところはジャルブ族の少し下流まで、火の民の所は何も描かれていなかった。

 「マルコ、これを見ろ」

 私は馬の絵を見つけた。そしてそれは丘陵地帯すべてに分布図が描かれていた。カペル族の水系ならあの沼地よりも少し高く行った所から始まり、カペル族の集落の手前まで分布している。アルパ族の水系ならジャルブ族の滝から先に分布図が広がっている。

 「なんだ?馬が居るって事か?それにしては見てないぞ」

 「こっちに別の事が書いてあるな。どれどれ」

 別の場所にはこう書いてあった。

 『脚が遅いため色んな部族の格好の餌食となった。特に空の民は彼らが夜間寝ている所を襲撃して大量に捕獲したため、今現在生存は確認できていない。肉は固いが甘いらしい。皮は強く色んな物に利用された』

 「レオン、脚が遅いってどういう事だ?」

 「多分ここの部族達からしてみたら遅いのだろう。特にこのカペル族は素早い上に持久力もある。騎乗する利点がないから家畜化されなかったと考えたほうがいいな」

 「そっかー。それでも俺は馬に乗りてぇよ」

 「確かに自前の移動手段が徒歩だけというのは困る」

 上のオジークッシュを見る。彼女らが暑い所も平気ならば、と考えてしまう。

 オジークッシュとノーワイドは山脈のかなり外側を通り、雪と平原がまばらな丘陵地帯に入っていく。

 下には点のように見える木々があるが、カペル族の水系ほど豊かではない。前に火の民とかち合った所にあったような針葉樹だ。上から見ると広がりは全くない。


 そこから更に進むと雪はより少なくなり、針葉樹と時々それに混ざって半分枯れた草原が広がるようになった。ここも雨は降るようだ。

 そのうちポツポツと家と思わしき物体が増えてきた。オジークッシュは尚も高度を保って飛び続ける。あまりにも高いため、下の家がどんな物なのかも、どんな部族が住んでいるかも全く確認できない。まさか火の民の集落ではあるまいな。

 「おい!ここは何が住んでいるんだ?」

 私は大声でオジークッシュに尋ねる。

 「私も知らないよ!ここで降りた事はない!」

 オジークッシュの言葉を受けてマルコが耳打ちしてくる。

 「おいレオン、そもそもなんで前に居る奴等がこんなに高い位置を飛んでいるんだ?」

 「それは、下から見つかりたくないからじゃないのか?」

 「そうか。何か引っかかるな」

 後ろのアフマドとサイメルティを確認する。アフマドはサイメルティに例の黒い液体を飲ませていた。だがサイメルティの顔の腫れは相変わらずだった。

 暫く飛ぶと少しずつ高度が下がってきた。さっきの集落は見る影も無くなり、再び雪と半分枯れた草原が広がる。

 やがて先に集落が見えてきた。さっきの集落と違って大分固まって家が並んでいる。オジークッシュはそのまま大きく旋回して、集落の裏手に回る。

 後ろに付いているノーワイドも同じだ。そのまま私達は集落の裏にある雪が掛かった丘に降り立った。

 「どうした?何でこんな所で降りる」

 「だって感取られないように飛べって」

 「もういいんだよ。相手に撒かれなかったから」

 私の言葉をサイメルティが手で遮る。

 「レオン、しゅこしようしゅをみよう」

 サイメルティの滑舌は絶不調だ。

 「ぶはははは!何言ってんだサイメルティ!」

 マルコが爆笑したので頭を引っ叩いておく。

 「これが罠で飛び込んだ途端に囲まれたら敵わないからな」

 アフマドも同意見のようだ。オジークッシュは溜息を付く。

 「はぁー、本当に疑い深いねあんた等」

 私達はまだ彼女達の脚に括り付けた紐を解いてはいない。

 「おい、あそこ」

 マルコが指さす先に、アルパ族の二人が居た。一人は黒と白の羽毛に覆われており、今私達の後ろにいるノーワイドより更に大型だ。

 もう一人はこちらの二人とそんなに変わらない体格に見える。服の後ろから飛び出ている尾羽根だけが白い。他はオジークッシュと似たような茶色い色だが、頭部だけ少し色が薄い。

 私達が身を屈めて見ていると、その二人を取り囲む小柄な部族が出てきた。金色の毛皮を纏い、大きな尻尾が服の後ろから飛び出ている。

 耳は大きく、穏やかに尖っていて頭の上方向に飛び出している。よく確認できないがこれまでの部族と違い吻というか鼻が飛び出している。

 「おいレオン、あれはウルペース」

 ウルペースはラテン語で狐である。確かに特徴はまんま狐だ。

 「俺もあの部族に似ている動物を知っているぞ。シリアとエジプトの山に住んでいる」

 「アフマド、じゃあ彼らの食性も知っているよな?」

 「勿論」

 マルコとアフマドはニヤリと笑う。

 「おいお前達、今回はもてなしを受けに来たんじゃないんだぞ」

 「もう野菜は嫌だー!」

 雪の上をゴロゴロ転がって駄々をこねるマルコ。アフマドも爪を噛んで何かアラブ語でブツブツ言っている。

 こいつら段々我慢出来る時間が短くなってないか?昨日の昼に食べたばかりじゃないか。

 しかもマルコは私と一緒に夜に干し肉まで食べている。クニークル族の里で三年も肉を食わなかった生活を忘れたか。

 私はハッと気付いた。人は贅沢をするとどんどん傲慢になって行くと言う事だ。今回の場合はペヨータのあの料理がいけなかった。もっと粗食に徹しているべきだったのだ。

 これは兵を行軍する時に応用できる。軍は粗食に徹するべきだ。一度でも美味いものを食べさすと士気が下がるだろう。

 先に居る二人のアルパ族の籠から大量の刀剣と四角い盾が地面に撒かれた。それを数え出す狐っぽい部族達。もう一方では金貨を数えている。

 これだけ見ると正常な取引である。ここで私達が出て行って向こうが何の反応も示さなければオジークッシュとノーワイドの言っている事は本当だと証明できる。もし隠そうとしたり、襲ってくるなら何かを隠している。

 「サイメルティ」

 私はサイメルティの顔を伺う。相変わらずボコボコで表情が読めない。

 「いってみひょう」

 「この二人はどうする?」

 私はオジークッシュとノーワイドを指さす。

 「もひろんいっしょにいってまらう」

 「ぶはははは!何言ってんだサイメルティ!」

 マルコがまた爆笑したので頭を引っ叩いておく。

 「この部族は知っているのか?」

 サイメルティは首を横に振る。

 「賭けだな。戦闘系の特別な力があったらどうする」

 「よし、じゃあこうしよう。まずマルコとサイメルティを先に行かせる。商取引があるなら攻撃されはしないと思うが……万が一攻撃されたら俺とレオンが後から救出に行く」

 「なんで俺が!」

 「口が立つ」

 抵抗するマルコを無理矢理ノーワイドの籠に乗せて、先に行かせて様子を伺う。


 別のアルパ族の出現に戸惑った狐のような部族達とアルパ族の二人。着陸して籠を外すマルコ。何やら話をしているサイメルティ。そのうち私達に向かって手を振る。

 アフマドは弓を背負って、私は剣を握り締めてオジークッシュの籠に乗り、取引場所へ向かった。降りて籠をオジークッシュから外す。狐のような部族の一人が私達が来た方向に耳を向けて、ピクピクと動かしている。

 「もういないか。さてと……」

 この部族も流暢なクニークル語である。男は薄手の一枚が股下まである服を着ており、そこから伸びている手は私達と同じ、だが爪が鋭いという特徴を備えている。

 脚はこの寒いのに素足だ。毛皮に覆われていて先端は黒くなっている。踵が高い獣足で、爪先から伸びている爪もやっぱり鋭い。

 毛皮は狐のように分厚く、個人個人で少しずつ色合いが違う。背丈は私達の肩くらいが平均だ。

 「銅の剣はどうする?必要ないか?」

 男が指さした先を見ると大量の青銅の剣が散らばっていた。先着のアルパ族の二人は顔を見合わせる。

 「鉄の民の所に持っていけば何か新しい使い道を見つけてくれるかもしれない」

 オジークッシュの一声で、銅製の剣を先着のアルパ族の二人の籠に入れる事になった。

 「じゃあ少し待っててな」

 男と、周りに居た狐のような部族は鉄の剣を持って集落の奥へと消えていく。集落の建物は天幕式で、遊牧民族を思わせる。

 但しオウィス族やラチェ族の天幕とは違い、極端に鋭角になっている。これは降雪対策のためだろう。彼らの後姿を見ると服に空いた穴からフサフサの尻尾が飛び出している。これはもう狐でいいだろう。

 「マルコ、ウルペス族な」

 「おっし把握」

 恒例の命名の儀式が済んだら、アルパ族同士でなんとも言えない険悪な雰囲気になった。

 「オジークッシュ、ノーワイド、なんでここに来た」

 尾羽根が白いほうが少し怒った様子を見せた。

 「シンテクス、実は追跡させてもらったんだ。ごめん。でもこっちも事情があるんだ」

 「しょのへんはわたひからせしゅめいひよう」

 「ぶははは!やめろサイメルティ!」

 マルコが笑うので頭を引っぱたく。もう三回目だ。

 「あれ、あんた四つの壁のサイメルティじゃないのか?どうしたんだその顔」

 アフマドがサイメルティの顔を手で隠して首を横に振る。アルパ族は空気を読んでもうそれ以上サイメルティの顔について言及するのは辞めた。

 「端的に言うと私達は火の民との内通を水の民から疑われている。だからこうして監視を命じられたんだ。私達と、彼らに」

 オジークッシュの言を受けて、シンテクスと呼ばれた女は鋭い目で私達を見る。

 「何を馬鹿な事を。内通してどうするんだ?私達の脅威となる火の民に武器を提供してわざわざ滅ぼされようっていうのか?」

 「たひかにふひゅうにかんがえたらありえないことだが、じぇったいはないからな。いひぶのれんひゅうが金ほしさにやるかもひれん」

 「その一部の裏切り者かもしれない、と疑われたわけか」

 黒と白の羽毛の大きなほうが首を横に振る。

 「まあいいさ、いくらでも見ていけよ。やましい事は何もしていない」

 

 そのうちウルペス族のさっきの男が戻って来た。後ろに居る別の連中は鍋や皿を持っている。木や銅で作られた食器だ。肉の香りが漂ってくる。それを見て興奮するマルコとアフマド。

 「待て、お前達に持ってこられた物とは限らないぞ」

 「うっ……」

 「おめーさん方も食っていきなよ」

 ウルペス族の男は気さくだ。敷物を敷いて床に料理を並べる様式はやはり遊牧民伝統なのか、彼らも同じやり方をする。

 肉料理は全部で四種類。一つは生である。赤い切り口が新鮮さを物語っている。細かく切り刻まれ、香辛料が振り掛けられている。

 次は定番の肉と野菜の煮込み料理だが、汁の量が少ない。三つ目は焼いたもの。一つ目の生のものをそのまま焼いたのだろう。結構カチカチに見える。これも香辛料が塗されている。

 最後は内臓の煮込みだ。これも野菜がふんだんに使われている。

 「おいお前達……」

 私がマルコとアフマドを見るとすでにウルペス族、アルパ族を出し抜いて猛烈な勢いでバクバク食べていた。こいつらは毒殺される類だな。さっきまで罠がどうのこうのって言ってたじゃないか……

 何も問題が起きていないようなので私も一口手をつける。うん?この味は……

 「アフマド、これは」

 「馬だな」

 「おい、いきなり大当たりじゃねえかよ。ええと、お前名前なんて言うんだ?」

 マルコがウルペス族の男に尋ねる。

 「プラッビー。おめーは?」

 「俺はマルコ。こっちの筋肉野郎がアフマド、で、このおっさんがレオンだ」

 「へぇ、そこの顔が非道い事になっちゃってる人は?」

 「彼女はサイメルティ」

 「ひゃじめておめにひゃひゃるな。このやまのむひょうからきた」

 「おい何言ってるかわかんねーよ」

 「ぶはははは!サイメルティ!わかんないってよ!」

 マルコが爆笑したので頭を引っ叩いておく。もう四度目だ。何ツボにハマってるんだこの男は。

 私は木の皮と羽筆を取り出し、サイメルティに渡した。サイメルティがサラサラとそれに書くとそれをアフマドが取り上げる。

 「ええと、少し質問してもいいか?」

 「いいぜ」

 「まずお前達はどこから来た?」

 「この少し下からだ。川の水がどんどん少なくなって、草原が枯れた。だから登ってきた。でもここもまた少なくなってきた。俺達は馬を養っているが……」

 「馬!それ見せてくれ!」

 マルコが速攻で会話に横槍を入れるので口を塞いで引き剥がす。

 「このままだと馬も全滅だ。上流を占拠している火の民と言う奴等はなんとかすると言ってるけどよ」

 「そうか、火の民とは一応交流があるんだな。敵対していないのか」

 「特に今はな。でもあいつらは強い。俺達に対抗する力はない」

 「よし次の質問だ。下流はどうなっている」

 「この高地まで来ちゃえばいいけど、そっから下は塩がひでえよ。丁度この高地の下にデケェ湖があるんだけどさ、真っ白なんだよ。そこで川が塩水になっちまう。下の部族はなんとか塩水を熱して真水を作るんだけど、微々たるもんだ。飲み水くらいしか作れねえよ」

 サイメルティがサラサラと質問を付け加えていく。アフマドがそれを読み上げる。

 「すると農業をやっている部族は全滅か?」

 「昔は居たみてぇだけどな。今あそこは最悪の場所だ。いろんな部族が残された資源を奪い合って争っているよ。心が休まる暇なんてねぇ」

 「そこに居たのか?」

 「いや俺達はその湖の少し上に住んでたんだ。だから争いには巻き込まれていない」

 サイメルティがまたも質問を書き加え、アフマドがそれを読む。

 「見た所ここも草原が枯れつつあるようだが」

 「そう。だから俺達は川に近づくように努力しているんだ。ここは川からは外れている。川の付近にはまだ草原が十分に残っている」

 「どんな努力だ?」

 「ここの川は火の民の下に草を食ってる部族が住んでいやがる。そこを攻めて草原を切り取る」

 ここの水系はその塩湖の下流も上流も常に争っているのか。三つの水系の中では一番過酷な状況にあるな。となると戦術も発達しているのではないか?

 そんな職業病的なことを考えていると、一人の若いウルペス族の男が走ってくるのが見えた。

 「プラッビー、ヤツらがまた来た!」

 「何ぃいい!しつこいヤツらだ」

 プラッビーは立ち上がる。

 「中座して済まねぇな」

 若い男衆が鎧兜を持ってきてプラッビーに着せていく。おお、この世界で初めて鎧を見た。矢張りこの水系は戦闘体系が発達しているのだ。

 鎧は大きな銅版を重ね合わせた構造をしており、肩もそのように覆われている。下半身はすっきりと動きやすくなっており、騎乗用の鎧ではない事が伺える。帝国古代時のそれに少し似ている。

 「プラッビー、私も戦を見たい」

 駄目元でお願いしてみる。

 「別に構わねぇけどよ、死んでもしらねーぜ」

 許可が出た!私は辺りを見る。アフマドとサイメルティは頷く。マルコは苦い顔、アルパ族の四人は首を横に振る。

 「羽を休めたいし、どちらかに加担していると誤解されたくない」

 「そうか、マルコ」

 「お、俺も羽を休めたい」

 何言ってんだと思ったがあえて放置しておく。アルパ族の監視役も必要だろう。プラッビーは最後に兜をかぶり、上に二つ空いていた穴から耳をピョコっと出す。

 購入したばかりの鉄の剣と盾を従者が持ち、別の場所に向かって歩いていく。それに着いて行く私と、肉を持って食べながら歩くアフマド、顔がボコボコのサイメルティ。


 やがて広場が見えてきて、大勢の武装したウルペス族達が集合しているのが見えた。従者二人はプラッビーに剣と盾を渡し、プラッビーの前に跪いて手を眉間、口、胸の順番に当てて何かを唱えた。祈りだろう。

 「プラッビー、頼んだぞ」

 「ああ任せておけ」

 「俺も戦いたい。俺が戦士だったなら……」

 「馬鹿野郎おめー、こういう事は俺達に任せておけ。お前らが命を散らす事はない」

 「ううっ……プラッビー」

 若い男は感極まってプラッビーに泣いて抱きつく。剣を持った手で軽く頭の後ろを撫でるプラッビー。私達にここで待っているように伝え、広場の中央へ歩いていった。

 武装している軍勢は全部で四部隊。プラッビーは五十人程度の整列している部隊の前に立って何かを喋っている。いつの間にか周りは同じような従者や若者達で埋め尽くされていた。

 「アフマド」

 「何だ?」

 「何故こんな重装備なんだ?わざわざ機動性を殺すような装備を」

 「俺も今それを考えていた。普通機動性を諦める時は相手のほうが速い場合だ。となると馬には乗らないのかもしれないな。サイメルティ、彼らが着ているような金属の服を見たことはあるか?戦争用の」

 サイメルティは顔を横に振る。

 「これは戦いを見てみないと何とも言えないな」


 全体の行進が始まった。最初の部隊が広場を出て、次の部隊が広場を出る時にプラッビーが私達に来るように合図する。プラッビーの元に駆けつけると一人の男が私達を下から上まで舐めるように見て、頷く。

 「大丈夫か?テーゴカルデ」

 「問題ないだろう。だが全部お前が面倒見ろよ」

 「わかった」

 テーゴカルデと呼ばれた男は随分と老けている。

 「おい、あいつらは連れていかないのか?」

 アフマドが見送りに殺到している若いウルペス族の男達を指さす。

 「あいつらは戦士ではない。戦士は戦士の家からしか出ない」

 テーゴカルデは堂々と答える。遊牧民なのに階級が存在するとは珍しい。ラチェ族も戦士が存在したが、あれはそもそも対他部族用の戦士ではないし、全員が参加して年齢と共に引退するという非階級性だ。

 この男が老いてなお現役である事と発言から考えると、完全に固定された戦闘を専門とする階級が存在している。しかし遊牧形態でそれが保てるというのも変な話だ。普通常時戦闘の危険に晒されている遊牧民は皆戦士が原則である。

 二番目の部隊が広場を抜けかけると、その後をプラッビーが追う。私達もプラッビーに続く。位置関係からしてプラッビーは上官のように見える。テーゴカルデはそのままそこに残った。

 「プラッビー、指揮系統はどうなっている?」

 「第一部隊はルフーコ、第二はネホマダル、第三が俺、第四がテーゴカルデだ。全体の指揮はテーゴカルデが摂る」

 「そうか」


 集落を抜けてかなりの距離を歩くと禿げた草原が見えてきた。プラッビーが耳をピクピクと動かしている。

 「敵も四部隊。全部で二百。互角だな」

 「何故わかる?」

 「俺達はわかるんだよ。どこにどうやって配置されているのか、音でわかる。真ん中の二部隊が二列横隊、右と左は丸いな」

 私はサイメルティを見る。サイメルティがボコボコの顔で頷く。おそらくこれが彼らの不思議な力だ。

 更に歩いて行くと敵の全貌が見えてきた。プラッビーが言った通り、真ん中の二部隊は二列の横隊、右翼と左翼は輪のような陣形を作っている。

 彼らは甲冑など着ておらず、普通の薄手の服を着ている。背丈は私達と同じで、時折背が高いのが居る。脚は蹄であり、踵が高い獣足である。靴は履いていない。

 短い髪のような物がありその間から小さな角が生えている。一見するとカペル族によく似ている。カペル族と違う点は、その毛皮の厚さと角の形、そして色。こちらは全体的に赤茶色から灰色である。

 「サイメルティ、この部族は知っているのか?お前達に似ているが」

 「ひらない。おろろきだ。たひかににてひる」

 アフマドもサイメルティも私と同じ感想を持ったようだ。私はこの部族と共通する要素を持っている動物を知っている。それは鹿だ。

 生えかけの角が皮膚で覆われている点が同じだ。ただ多くの固体が角を途中で切除してあるのでわかり辛い。

 「おめーら、ちょっとそこら辺で見てろよ」

 プラッビーが少し小高くなった丘を指さす。

 「もし負けたらどっちに逃げればいい?」

 「負けねぇから大丈夫だよ」

 「いや、そんな絶対はないだろう」

 「大丈夫だから。ほら行った行った」

 プラッビーはそのまま部隊に戻って行った。絶対負けないなんて、兵家の言う事ではない。あの自信はどっから湧いて来るのだろう。


 私達は言われた通り丘に登る。ウルペス族は横に二列の横隊を展開して、第一から第四までが綺麗に横に並んだ。そして前進を開始する。敵は右翼と左翼を素早く動かし、輪のようになっていた右翼と左翼が前に出る。

 ウルペス族はそれに呼応するように盾を前に構えて中腰になりながら前進する。二列目の兵士達は前列の兵士の頭の上から斜め上方に盾を構え、前列と自分を保護するようにしている。鉄と何かがぶつかる音が響き渡る。ウルペス族は掛け声を合わせながら少しずつ前に出て行く。敵の輪のような陣は素早く回転している。

 「あれは……」

 「何か武器を飛ばしているな」

 「あの速さ、まるで弓騎兵だな」

 そのうちウルペス族の横隊が敵に接近し、輪になっていた敵両翼は一旦後ろに引く。入れ代わりに二列横隊を作っていた中央の部隊が出てきてウルペス族の中央とぶつかる。互いに剣を抜いた接近戦だ。

 ウルペス族の右翼左翼は動かない。そのうち敵右翼左翼が輪のような陣形を解いて二列横隊になり、互いの右翼左翼と接近戦を展開する。

 「おかしい」

 この戦いはおかしい。すべてがおかしい。

 「茶番だ」

 アフマドも吐き捨てるように言った。そのまま続ける。

 「なんだこの戦いは!すべてが予定調和か!どうなっている!サイメルティ、こっちの戦争はいつもこんななのか?」

 サイメルティは首を横にぶんぶん振る。

 「ふひぎなひからをふかってもこんなふうにはならなひ」

 矢張りそうか。この戦いは最初からすべてがおかしい。何故機動力に勝る敵がこちらの陣形の完成をわざわざ待っていたのか。

 敵の両翼が崩れた時にウルペス族側が何もせずに待っていたのは何故か。そして現状、一人の怪我人も出ていない。

 一見して争っているように見えるが、これは完全に茶番だ。プラッビーが負けないから大丈夫だと言ったのはこれがわかっていたからか。しかし一体何のためにこんな事をしている?


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