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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
13/70

13 カンケル族

ジャルブ族の里で戦闘に巻き込まれるレオン達




 鐘が鳴るとすぐまたジャルブ族の戦士達が表に出てくる。しかしすでに桟道のあちこちに奇妙な生物達が着地している。

 ジャルブ族の戦士達は多対一の状況を作り出すために桟道に展開した。すぐに戦いが始まる。アフマドがメキシの剣を握り、奇妙な生物に襲い掛かろうとしたがサイメルティに腕を摑まれ、止められる。

 「止めろ、アフマド」

 「何故だ」

 「私達は中立の立場を貫かなければならない。ここと私達は軍事同盟を結んでいない」

 アフマドは剣をメキシに渡し、しぶしぶ引き下がった。


 私達はサイメルティに手を引かれて狭い坑道に入る。桟道の一部が崩壊してジャルブ族の戦士達と奇妙な生物の一部が落下した。桟道はこの人数を支えるには弱すぎたのだ。

 それを見てメキシが叫ぶ。

 「全員中に入れ!戻るんだ!」

 しかしこれは悪手である。個の力に劣るジャルブ族が狭い場所で戦うと、数の優位が生かせない。兵法としては最悪の死に手である。

 案の定坑道の中でジャルブ族は押し込まれ、入り口から広い坑道までの通路はすべて相手に占領された。ジャルブ族は中の広い横に走る坑道で展開し直し、狭い坑道の出入り口一つ一つを取り囲むように布陣した。

 睨み合いの状況が続く。奇妙な生物が攻めに出ると囲まれてやられる。ジャルブ族が攻めに出ても一対一になるので勝てない。戦闘は膠着状態に陥った。

 私達は広い坑道を走り、マルコ達が居る客間に向かった。

 「おい何だこれ、何が起きた!」

 マルコが叫ぶ。すると明かり取りの窓の外から、奇妙な生物が手を伸ばして来る。

 「うお何だコイツら!気持ち悪い!」

 ジャルブ族ほど小柄ではないが、この生物も私達に比べたら大分小さい。そのうち明かり取りの窓に身体を突っ込み、侵入を試みだした。なんと窓の淵を噛み砕いて広げている。

 「ここはもう駄目だ。奥へ行こう」

 サイメルティに連れられてクロニクー、ノーザライと共に広い坑道まで戻る。アルパ族の二人は特に驚いている様子もない。

 「空の民はここと軍事協定を結んでないのか?」

 「私達は商売の契約はしているけどそれ以上はしてない。ここはどこの勢力とも手を組みたがらないから」

 「こいつらの存在を知っていたのか?」

 「うん」

 「でもどちらの見方もしないのか」

 「この部族が何を持っているのかわからないから。もし良い物を持っていたら商売の幅が広がる。敵対したらお金にならないでしょ」

 アルパ族は徹底して商業主義だ。まるでどこかの国のようだ。金次第でどこにでも武器を調達する地中海の半島の付け根にあるあの国。

 「参ったな。終わるまで帰れないぞ」

 サイメルティの心配は私とは違う所にあるようだ。私にはこの部族が私達をタダで帰してくれるとは思えない。

 製鉄炉傍のジャルブ族達が何か騒いでいる。そのうち方々から「熱い!」という声が聞こえてきた。確かに熱い。

 「おい奴ら水車を止めやがったぞ!」

 「今ある鉄を全部出せ!」

 怒声が聞こえてきて、製鉄炉のほうからドロドロに溶けた鉄を運んでくるジャルブ族達。

 「ぶちかませ!」

 掛け声と共に一つの穴に攻撃が集中する。ジャルブ族達は次々と橙色の溶けた鉄を運んできて奇妙な生物に浴びせる。奇妙な生物は叫び声を上げて後退していく。

 それに追い討ちをかけるように次から次へと水を浴びせるジャルブ族達。溶解した鉄が奇妙な生物の皮膚とくっ付き、それが冷やされて硬くなっていく。まだ橙色を保ってはいるがすでに固形化が始まっていて、奇妙な生物は身動きが取れなくなった。

 「よしこれだ!行けるぞ!」

 一つの外に抜ける坑道を同じ作戦でどんどん押して行くジャルブ族。彼等の士気は非常に高い。遂に一つの通路を取り返し、表に出た。

 「マッケン!来い!」

 メキシが大きな槌を持って表に出て行く。マッケンと呼ばれた男が持っている槌は更に大きい。表で金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、ジャルブ族の歓声が響き渡る。突撃が成功したのだ。

 「アフマド」

 「ああ」

 アフマドの心中は私と同じだ。この熱気、生死のやり取りをする緊張感、そして成功がもたらす究極の興奮、これが戦場だ。

 私は今すぐ武器を持ってこれに加わりたい衝動を必死に抑えた。アフマドも拳を握り締めて震えている。矢張り私達は軍人なのだ。


 私とアフマドは小さな坑道から溢れ出るジャルブ族に押されて、一緒に表に出た。サイメルティが何かを叫びながら止めようとしていたが、外で観戦をするくらいは許されてもいいだろう。

 ジャルブ族達は槌と細長い剣を手に、水車に向かって突撃を繰り返す。対する奇妙な生物達は桟道を三列になって塞ぎ、最前列がしゃがんで次列がその上に圧し掛かり、三列目以降が立ってそれを押すという形になった。

 これは集団密集陣形に似ている。唯一の違いは彼等が武器を持っていない所だ。彼等の手は指まで光沢のある鉄で出来ている。あれでは滑ってしまって武器を持てないだろう。

 但し彼等は素手でも十二分な破壊力を持っている。最前列で対峙するジャルブ族は殴られると鼻が折れたり歯が折れたりして後退していく。

 この陣形の対決では重量で勝る奇妙な生物のほうが有利だ。奇妙な生物達に押されていく。このまま押し込まれて突撃が成功した坑道を失えばこの表の部隊は孤立する。せめて大型の弩砲があれば。

 「マッケン!」

 メキシが叫ぶとマッケンと呼ばれた男は三人のジャルブ族が手を組み合せて待ち構えている所に走りこみ、彼等の手が重なっている部分に乗った。三人のジャルブ族は力を合わせてマッケンの足を下から押す。

 そのまま大きく跳躍するマッケン。大きな槌を持って密集している奇妙な生物の集団の中に飛び込む。攻撃されると思っていなかった三列目以降の敵は混乱に陥った。槌を大きく振り回し、その内の一人に打撃を浴びせるマッケン。

 マッケンの力は強く、次の一打で横に居た敵一人を吹っ飛ばして地面に落とした。

 勢いに乗ったジャルブ族は同じ方法で戦士達を相手戦列の後方に投げ飛ばす。敵の集団密集陣形は崩れ、混戦になった。桟道が軋む音が響き渡る。

 「おいレオン」

 「危ないな」

 私は戻ろうとして後ろを見たが、勢い付いたジャルブ族は止められない。狭い坑道から次々と湧いて出てくる。とても戻るなんて出来ない。暴走気味である。こういう時に敵に知略があると非常にマズい。

 案の定敵はあっさり引いていく。これは偽退却であろう。私が敵の立場なら当然勢いに乗る相手を縦に伸ばし、分断する。

 しかしここでは伏兵を忍ばせておく場所がない。この戦場は左右には展開できない。上下には展開できる。上下……ひとつ上の桟道を見ると敵が集結していた。


 私は前に居たメキシの肩を叩き、上を指さした。参戦が敵わないのならせめて助言くらいしてもいいだろう。メキシは敵の姿を確認すると、前を行く戦士達に声を掛けて止めようとする。

 しかし誰も止まらない。前は詰まり気味で完全に士気が暴走状態になっている。メキシは身体を張って後列を引きとめ、それ以上追撃に人手が回らないようにした。

 そして五人の戦士を引き連れ、後列から少し離れた位置で止まった。上を見るとその隙間を搦め手と見たのか、丁度敵が降ってきた。

 「今だ!やれ!」

 メキシの号令でメキシの分隊と後列がそれぞれ桟道の杭の上に渡してある木の板を横に引っこ抜いた。

 メキシの分隊と後列の間の桟道は無くなり、そこに落ちてきた敵はそのまま下の桟道まで落ちていく。勢いがつき過ぎて下の桟道で跳ね、そのまま崖の下に落下していった。

 彼等の作戦はメキシの好判断でただの自殺突撃になってしまった。メキシ達は板を元に戻すと、前に突撃していく。

 敵は隊を分断作戦に割いた分、水車の前を守る兵力が少なくなっている。次第にジャルブ族が水車手前で優勢になった。上の桟道に残っていた敵兵力が慌てて水車まで戻るがもう遅い。ジャルブ族はそのまま押し込んで水車の統制を取り戻した。


 こうなると今度は逆に敵のほうが兵力を分断された形になる。今敵は上の桟道に残っている兵力、水車の向こう側に退却した主力、そして私達が出てきた坑道の反対側に残っている兵力と三つに割れてしまった。

 水車が動く。更に勢いに乗ったジャルブ族はまず上に残った残存勢力を攻め立てる。これも良い判断だ。

 敵は階段なしで上下に動く事も出来るのだからまずはそこを潰す。通常の会戦で言うと敵が側面に回りこんできたのを孤立させて撃破する形だ。

 ジャルブ族の士気は落ちる事がない。上からは怒声と歓声が聞こえ、敵がこちら側にどんどん押されているのがわかる。

 だがその時、上の桟道が崩壊して私達の階層まで敵とジャルブ族の戦士達が落ちてきた。

 落下地点の桟道は頑丈で戦士達がそこから更に下に落ちることはなかった。桟道は場所により強度が異なるようだ。しかし桟道の脆さが再び露呈した以上兵力を密集させる訳にはいかない。兵士が不安に駆られて士気が落ちてしまう。

 「全員!散れ!」

 上から落ちてきた中にはメキシとマッケンが居た。メキシのこの判断は正しいが、再び戦闘は膠着状態に陥ってしまう。

 桟道の上で睨みあう状態が続いた。メキシはそこをマッケンに任せ、私とアフマドの腕を引っ張って坑道の中に戻る。息が荒いメキシに問われる。

 「おいあんたら、どこの部族か知らないが、軍人だな?」

 「よく解るな」

 「解るさ、あの状況で涼しい顔して見ていた。俺はメキシだ。名前は」

 「レオン」

 「アフマドだ」

 「レオンにアフマド、頼みがある。あんたらの知恵を貸してくれないか?」

 突然の提案。私は近くに寄って来たサイメルティの顔を伺った。

 「手を貸す事は相手部族を敵にまわす事を意味するぞ」

 「サイメルティ、しかしこのまま戦闘が続くとその間私達は帰れないのだろう?」

 「そうだが、彼等からしたら私達とお前達は同じ仲間に見えるだろう。だからお前達が彼等に手を貸すと、私達も自動的に敵認定される」

 「この坑道の中で知恵を貸す事が奴等に見られるのか?」

 アフマドがサイメルティに突っ込む。

 「それは……見られないと思うが」

 「なら構わんだろう。このメキシがそれを相手に公表しない限り俺達が手を貸した事は伝わり様がない」

 「アフマドがそう言うのなら、仕方ないな。好きにすればいい」

 サイメルティはあっさり折れた。あれだけ頑なに中立を守ろうとしていたのに。私は拍子抜けした。


 「それで、メキシ。何を聞きたい」

 「あの敵の計略を見破ったあんただ。きっと俺より良い作戦が建てられるだろう。まずどこにどう兵を配置するのが最善か聞きたい」

 「あの水車を取られると何が起こる?」

 私の質問にサイメルティがピクッと反応した。この顔はいつも議論をしている時に見せるあの顔だ。彼女の好奇心にグサリと突き刺さった。

 「あの水車は製鉄炉に風を送り込むのと、この地中全体を冷やす水の循環の動力源だ。あれを取られたら俺達は鉄を作れなくなるし、内部は暑くなってとても過ごせなくなる」

 「水車で風を。そうかそれであんな熱い炉が……」

 「溶けた鉄は俺達が今アイツ等に対抗するのに一番有効な手だ。これが使えなくなるとまた坑道まで押し戻されてしまう」

 「なるほど。では」

 私は壁に木の皮を押し当てて図を書く。

 「この上の段の桟道を全部撤去する。その時に岸壁には油を撒いて敵が張り付けないようにする。下の段の桟道もすべて撤去だ。こうする事で防衛をこの段の桟道だけに集中させる事が出来る」 

 メキシは黙って頷いている。

 「次にこの段に残っている敵勢力だ。あの製鉄炉はどれくらいの溶けた鉄を生産できる?」

 「あれは休み無く稼働させている。それで一日に出来るのはあの桶二十個分くらいだ」

 一つの桶の半分くらいであの敵を追い払う事が出来ることは確認済みだ。すると半日で二十回攻撃が出来るという計算になる。

 「兵力は?損害は?」

 「百人戦士が居る。予備が五十人待機している。損害は下に落ちたのが五人、負傷が八人」

 「百人中五人も死んだのか。大激戦だな」

 損耗は一割強、まだ士気は落ちない。これが二割を超えると危うくなる。私は広い坑道を見渡す。製鉄炉の上段に原料を投げ込むための通路がある。

 「あの通路は外に繋がっているのか?」

 「中の通路は全部繋がっている。中からも階段で上がれるようになっている」

 「よし」

 私は木の皮に見取り図を描いた。

 「まず水車回りの防御を厚くする。ここは絶対死守だ。さっき言ったように桟道を外して油を塗れば防御はこの段だけでいい。この坑道の前に敵を集中させたい。まずは今この段に残っている敵をここで抑えるように陣形を組む」

 「敵を集めても、味方を集めても桟道が壊れるぞ。どうやって」

 「敵とこっちの差は重さだ。同じ重さにするために防御を二重にする」

 「だからどうやってやるんだ?」

 「向こうも馬鹿じゃない。二度も崩落を目にしているんだ。密集陣形では来ない。上で外した桟道の板を何枚かこの坑道から横に出す。敵を止めるのと桟道の補強を同時に行う。そこで奴等を迎え撃つ。向こうが集まって勝手に落ちてくれたらそれはそれでいい」

 「わかった」

 メキシは大声で指示を出し、上下の段の桟道を撤去させ、その板をこの大きな坑道に持ってきた。外では相変わらずマッケンが奮闘している。

 「マッケン!戻れ!」

 メキシの指示でマッケンは下がる。追撃して来る敵。

 「まだだぞ」

 坑道の中では三人のジャルブ族が板を持って待機している。敵が坑道の入り口に差し掛かった時、メキシが叫ぶ。

 「やれっ!」

 まず三人のジャルブ族が板を坑道から横に出す。板に阻まれる敵。しかし強引に突破を試みる。板の反対側に居たジャルブ族の戦士達は板に摑まり、上下二段の三列横隊を作る。

 「もっと人を足せ!」

 メキシの指示で坑道内で板を支える戦士を増やした。敵はこちらの動きに気付いて坑道内部に侵入しようとする。板と上下二段の人海戦術で抑えられた敵は見事に一箇所に固まっている。

 桟道の軋む音が聞こえる。私はひとつ上の段の坑道に居るジャルブ族の戦士達に指示を出して運んでおいたドロドロの鉄を上の坑道から下に撒き散らす。

 敵は阿鼻叫喚を上げてもがき苦しむ。その上から更に水を撒き散らす。敵は下がろうとするが、後ろが詰まっているので下がれない。そのうち一箇所に集中しすぎたのが祟って桟道が崩れ落ち、かなりの数の敵が下に落下した。

 こちら側に残っている敵の残存勢力にもう士気はないはずだ。私はメキシに追撃をするように伝えた。槌を持って別の坑道から飛び出して行くメキシとマッケン。

 歓声が上がり、それが遠ざかっていく。私とアフマドは表に出た。ジャルブ族の戦士達はもう水車まで奪還していた。

 「こっちは片付いたな。後は水車の向こうに居る敵だ」

 「レオン、これだけ士気が高いと楽でいいな」

 「ここは彼等の住居なんだろう?必死になるさ」

 「ところでどうするんだ?向こうの桟道はこっちみたいに頑丈である保障はないぞ。しかもあれは敵の主力だろう」

 水車の向こう側では一進一退の攻防が続いている。但し敵もこっちも兵力が集中すると桟道が壊れる事を警戒しているため、ぶつかり合ってせめぎ合うような事はしない。

 間合いの取り合い、牽制状態が続いているだけだ。

 「メキシが戻ってこない。私が直接指揮を出しても誰も聞かないだろう。アフマド、お前を向こうで戦わせられたら……」

 「それは駄目だろう。お前が直接指揮を出す事も、俺が直接戦いに加わる事も駄目だ」

 「何か良い手は……」

 ふと考えを巡らせてみる。この敵は甲殻類のような特徴を備えている。もし彼等がこれまで見てきた部族のように我々と動物の特徴を合わせ持つとしたら、自分で熱を発する事が出来ない生物である可能性が高い。

 ラチェ族のように身体が冷めてしまうと動きが鈍くなったりするかもしれない。現にこの桟道の戦いでは水車を簡単に奪還出来た。水車の回りは大量の水飛沫が飛んでいて霧が濃く、冷え込んでいる。

 「アフマド、一緒に来てくれ」

 私はアフマドを連れて中の広い坑道に戻ると、上の段に上がり水車の方向に向かって走った。そして水車を動かしている小さなほうの滝の傍の坑道にたどり着いた。

 桟道は撤去されたが横に打ち込まれている杭は残っている。丁度斜め下に敵主力が居た。

 私は外された桟道の板を持って、上から落ちてくる水の流れを変えようとした。これを直接相手にぶつければ何かの反応が見られるはずだ。

 「レオン、それは無茶だ。水の力は強い。俺達二人だけでは……」

 アフマドに制止される。その時敵の司令官のような男が指示を出して、全員が退却していった。水車から離れて下まで降りられる縄を伝ってどんどん降りていく。

 ジャルブ族が追撃をかけるが、殿を勤めている司令官のような男は強く、戦士達を寄せ付けない。


 敵の退却先を見るとそこには川があり、それに沿ってジャルブ族の畑がある。その遠くでジャルブ族の女達が不安そうに戦闘の様子を見ていた。

 「あいつら、女達を襲うつもりか?」

 「それはないだろう。足の速さに致命的な違いがある。追いつけまい」

 「じゃあなんで退却した?」

 殿を務めていた司令官の男は、部隊全員が地面に降り立ったのを確認してから綱に摑まりすごい速さで滑り降りていく。ジャルブ族の戦士達は剣で縄を切ろうとしたが、後から来た味方に止められて縄を切るのを止めた。

 奇妙な生物達はジャルブ族の女達の横をそのまま通り過ぎて退却していく。ふと上を見ると、太陽が崖に阻まれて見えなくなっているのがわかった。

 太陽は丁度崖を横切るように動いている。日没に至らなくてもここに日光は当たらなくなるのだ。

 「アフマド、奴等は多分ラチェ族と同じだ。寒くなると動けないんだ」

 「それで太陽が見えなくなる前に退却したのか」

 私とアフマドは広い坑道の製鉄炉まで戻る。するとそこにはメキシとマッケンが待っていた。サイメルティとマルコ、アルパ族の二人も一緒に居る。

 「おお、戻って来た。良かった。頼みがあるんだ」

 「何だ?」

 「奴等を撃退するまで力を貸してくれないか。あんたはスゲェよ。用兵の天才だ」

 「残念だが私達は帰らねばならない。部族間の抗争に首を突っ込む訳にはいかない」

 サイメルティがメキシの申し出をズバッと切り捨てる。

 「そうだぜレオン、何時まで掛かるかわからないじゃないか」

 マルコも断るのに賛成だ。後ろのクロニクーとノーザライもうんうんと頷いている。

 「敵はあれで全部か?」

 「おそらく全部。だが予備がいると思う」

 戦力の逐次投入という愚を敵が犯しているとは思えない。あの司令官の動きからしてかなり戦い慣れた部族である。上下を使った分断作戦も私が見破らなければ通っていたであろう。あれで全部のはずだ。

 「頼むっ!あんた等だけが頼りなんだ!」

 メキシに手を摑まれる。丁度手の位置にメキシの顔があり、メキシは手の甲に顔を付けて額を摺り寄せて来た。

 「レオン、もしそうしたいのなら置いていくという選択肢もあるぞ」

 サイメルティのキツい言葉。

 「俺はここで帰る事には反対だ。一度引き受けた以上、最後まで面倒を見るのが筋だろう。先に帰ってていいぞ」

 アフマドは残る方針のようだ。

 「アフマドの言う事は尤もだな。私達も残ろう」

 あっさり折れるサイメルティ。さっきのキツい態度は何だったんだ。私はまたもや拍子抜けした。マルコとクロニクーとノーザライはいつまでもブツブツと文句を言っていた。


 「あれ」

 坑道を進んでいると最初に捕えた奇妙な生物が縛られたまま運び込まれている現場に遭遇した。てっきり敵が救出したのかと思っていたが、違うようだ。傍にはパナムとジャルブ族の女が居て、身体のあちこちを触っている。

 「オリッサ!」

 サイメルティが女を呼ぶ。女は立ち上がるとサイメルティに抱きついた。

 「サイメルティ!会いたかったよ!」

 「サイメルティ、この方は?」

 「オリッサと言う。私と同じで歴史研究をしている。長い付き合いだ」

 ジャルブ族は中々文化的な活動が盛んなようだ。

 「オリッサ、何かわかったのか?」

 「今色々聞いているんだけど、どうもかなり川下から来たみたい」

 「そうか、喋ってくれるのか。そこまで話が通じない相手でもなさそうだが」

 「別に俺達に不利になる事じゃなければ喋るぜ」

 奇妙な生物が喋る。

 「では聞きたいのだが、何故ここに執着する?崖の他の場所でもいいだろう。共存する道はないのか?」

 「この辺りの鉄は純度が高い。他の良い場所はもう食べつくしたよ」

 「何故そんなに鉄が必要なんだ」

 「俺の身体を見ろ。何故俺がお前達の攻撃を食らったのかわかるだろ」

 男の関節の節目は大きく隙間が空いている。そして中身がはち切れそうに膨らんでいる。

 「レオン!こいつらはカンケルだ!間違いない」

 マルコが叫ぶ。カンケルというのはラテン語で蟹である。蟹であるとするとこの現象は脱皮の兆候か。

 「ひょっとしてお前、今の身体を脱ぎ捨てるのか?」

 私の言葉に男は反応する。目と頬が動かないので相変わらず表情が読めない。

 「ご名答だな。この下にある新しい身体を作るために鉄を補給しないと死んでしまう。俺だけじゃない、もう皆限界だ」

 「長い移動で鉄が補給できなかった反動と言ったところか」

 サイメルティが顎に手を置く。

 「ここにある鉄を分けてあげる事はできないのか?」

 「一体どれだけの量が必要になるんだ。それ相応の金貨を貰わないとそんな事は出来ない」

 パナムが首を横に振る。

 「俺の身体の重さと同じだけ必要だ。それから仲間の分も。しかもこれは一度で終わりではない。百十日に一回必要だ」

 「仲間ってどれくらい居るんだ」

 「そうだな……あの戦闘部隊と、一般人、女子供の分だ。具体的な数は言えないが」

 確か戦闘部隊の数は……

 「戦闘部隊は少なくとも五十人はいたな」

 アフマドが答える。

 「少なく見積もってもその五倍以上、おそらくは十五倍以上。相当な量が必要になる。全ての作業を辞めてそっちに人手を回さなければならない。いくら金貨を貰ってもそれは出来ない。私達は生きる術が無くなってしまう」

 「交渉決裂だな。だがまあ、どちらにせよ一介の戦闘員である俺にそんな権限はない」

 男は首を横に振った。

 「俺達がここに篭ってお前達を放っておけば自滅するって事か」

 パナムの言にこの男は全く反応しなかった。確かに言う事が本当であるならば、篭っていれば兵糧が尽きて自滅する事になる。だがそんな様子は微塵もない。


 ガヤガヤと坑道内が騒がしくなる。崖の下から女衆が戻って来て、夕食の準備が始まるようだった。

 「貴方、名前は?」

 オリッサが男に尋ねる。

 「ブロムだ」

 「そう、ブロム。貴方に食事を与えるわ。何がいい?鉄?」

 「いや何でもいい……俺に食事を……くれるのか」

 「あげるわ。それより何でも良いって、貴方達は鉄を食べるんじゃないの?」

 「普段は食べない。普段は肉から……野菜までなんでも食べる……この身体を入れ替える時期だけ……鉄を……食べる。ところで寒く……なってきた……な。火を……寄越せ」

 ブロムと名乗った男の口の動きが鈍い。やっぱり自分で熱を発する事が出来ないのか。

 「何でも食べる!カンケルだ!間違いない!」

 マルコが喚いている。たしかに雑食なら蟹と食性が一致している。待てよ、雑食。もしジャルブ族と同じ食料で事足りるなら、彼等は下にある畑から略奪が出来る。いやその前にあそこに陣取られてしまえば窮するのはジャルブ族のほうだ。

 「マルコ、ご名答だ。カンケル族でいいだろう」

 私はマルコの肩をポンと叩いてメキシを探すためにその場を離れた。製鉄炉まで戻るとそこにメキシとマッケンが居た。

 「メキシ、話がある」

 私はメキシを連れ出し、誰も居ない一つの小さな坑道に入った。

 「明日の朝、部隊を展開する事は出来るか?」

 「出来るぞ。今日早く休ませれば大丈夫だ」

 「ではそうして欲しい。下の畑はどこまで続いている?」

 「来てくれ」

 メキシに連れられて坑道から表の桟道に出る。一面に広がる草原の真ん中を川が蛇行しながら進んでいる。川の幅は場所によって異なる。空は赤くなっており、日没が近いことを知らせてくれる。

 しかしここから夕日は見えず、陰になっているため空気が冷たくなっている。崖の影が途切れる所からはまだ日が差している。おそらくあの地点がこの時間帯でこちらが有利に動ける限界点だろう。

 私はその場所を指さし、空中で線を横に引く仕草をする。

 「あの地点を最終防衛線とする。太陽が隠れるまでにあそこを突破されたら我々の負けだ」

 「外で戦うのか?」

 「おそらく敵は畑を荒らしてこっちを誘い出そうという魂胆だ。それを逆手に取って逆に迎え撃つ。敵はいつもどっちの方向から来る?」

 「こっから見て左だな。必ずあの隅のほうから来る」

 「川を盾に使える場所に布陣したほうが良い。ここから見て川の幅が最も狭くなっている場所。あそこだな。あそこに日の出前から布陣しておく」

 丁度川が蛇行して斜めになっている場所を見つけた。あそこに布陣すれば左方面に対応できる。問題は陣形だ。

 「メキシ、陣形はわかるか?」

 「わかるぞ。戦士で形を作るヤツだろう?」

 ジャルブ族は士気が高い。密集陣形じゃなくても長い横隊で対応できるだろう。敵は戦える時間がこっちよりも短い。おそらく一点集中で来るはずだ。

 この戦いは撃退を勝利条件にせず、包囲殲滅を勝利条件にしなければならない。いくら撃退を繰り返しても田畑を脅かされ続ければこっちが先に飢餓に陥る。

 あのハンニバルがカンネーで見せたような戦いをしなければならない。サラセン帝国やアヴァールなどの偽退却部分包囲戦法ではなく、完全なる全面包囲が必要になる。

 「配置はこうする」

 私は木の皮の裏に簡単な地図を写し、川に沿って歩兵横隊を組むように描いた。最左翼はさっきの崖の影が始まる部分。ここは二列にし、他は一列。川の一番狭い場所はわざと横隊の隙間を広げ手薄にし、少し離した位置に自由に移動できる部隊を二つ、十名ずつ描いた。

 「予備兵はどうするんだ?今夜に備える予定だが」

 「いや、敵が夜襲してくる事はないだろう。今まであったのか?」

 「ないが一応」

 「ふむ。では桟道を取ってしまおう。その上で油を壁にまた塗る。各坑道に二人ずつ守りを当てて、それ以外はその周りで寝る」

 「わかった。明日の朝レオンはどうするんだ?指揮を執ってもらいたいんだ」

 「出来れば戦を間近で見れる場所に居たい。何か良い手はないか?」

 「要は相手からレオンの姿が確認できなければ良いのだろ?それなら」

 メキシは近くにあった布を取った。

 「こういう物で隠してしまえば良い。というかこれ以外の方法がない」

 「そうか。じゃあそれでお願いしよう」

 つまり私がこれを剥がされたりして敵に正体が露呈してしまったら、カペル族やアルパ族を含む一大抗争に発展するという事か。

 敵の突破を許してしまったら文字通り身の破滅……それが嫌なら相手を皆殺しにするしかない。負けは決して許されない。

 「メキシ、最後に」

 「何だ?」

 「メキシは私の傍を離れないようにしてくれ。指揮官が自分だと言う事を忘れないでくれ。今日のように追撃に走ったりされては困る」

 「わかった。攻撃はマッケンに任せるようにする」


 私達は早い夕食を済ませ、眠りに付いた。翌朝、日の出前に部隊を川に沿って展開させる。私自身は布で自分の顔から身を隠し、アフマドにも同様の格好をさせ川の狭い場所に陣取る。

 日が昇ってきて平原を照らす。完全に昇りきった時、地平線の向こうから敵が現れた。

 カンケル族達はこちらがすでに布陣しているのを見ると、それに合わせて横隊を展開した。両軍は川を挟んで睨みあう。敵は昨日より多い。こちらが百弱なのに対して向こうは七十程度。双方共に身を隠すような場所はない。これは予想していたよりはるかに苦戦しそうだ。

 敵の揃った動きを見ると相当士気が高い事が伺える。昨日ブロンが言っていた事が本当ならば、彼等はこれで勝たなければ後がない。だが士気はこちらも高い。今日この戦いで勝てなければ糧がないとメキシが演説したからだ。

 ジャルブ族達は攻撃の号令を待ち侘びている。川に合わせて布陣しておいて良かった。川が無ければ兵士の暴走もあり得た。

 カンケル族達は川に近づくと、小石を拾って投げ始めた。小石ならばあの滑る手でも投擲は出来る。これは大きな誤算だった。こちらには盾も鎧もない。投げ合いになったら天然装甲を持つ敵が圧倒的に有利だ。

 しかも敵は戦慣れしている。むやみやたらに投げるのではなく一箇所に集中してぶつけてくる。横隊のあちこちが崩れ出してしまった。

 「メキシ、予備兵を投入するぞ。敵の後ろにぶつける」

 「でもそうしたら守備が」

 「敵の数が思ったよりも多い上に錬度も高い。ここで負けたらどちらにせよ終わりだ」

 「わかった」

 メキシが小さな旗を崖に向かって振る。縄を伝って下に降りて来る予備兵達。予備兵三十名程は川の向こう側に展開し、それを見たカンケル族達は横隊右翼を曲げてそれに対応する。

 「メキシ、こっちから仕掛けるぞ」

 敵右翼の丁度曲がっている位置にマッケン以下自由に動ける十名を派遣した。予備隊の突撃と共に渡河させる。

 だがその時、守備が薄くなった味方右翼に相対する敵が前進を始め、渡河してきて混戦になった。


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