12 ジャルブ族
渓谷を飛び越え、鉄の民の元へたどり着いたレオン達
肌色の岩の間を通っていく細い川。川の上、谷の合間を縫うように飛んでいく。その深さは下流に行く程深くなり、両側は巨大な壁となって私達の視界を塞いだ。壁の頂上は霞んで見える。
川は複雑に蛇行しているため、先が見えなくて恐ろしい。上を飛んだらどうかと提案したら、上は砂埃が凄いらしくその案は却下された。
途中で岩の質が変わって、肌色から赤茶色になる。そして突然両側の壁が無くなり目の前が開け、川が二つに分かれた。
太いほうを直進すると急に草原が広がった。下を見ると断崖絶壁。川は長い滝となってまるで天から桶をひっくり返したかのように地上に注がれている。
さっき脇に反れた小さい流れも細い滝を作っていて、その姿はまるで親子のようだ。滝の長さはアルパ族の集落の中央部にあったものよりはずっと短く、我々が踏破した毒の滝よりは長い。滝の周りは霧に包まれている。
「ノーザライ、このまま鉄の民の所を飛んでくれ」
サイメルティの頼みを頷いて聞くノーザライ。ゆっくりと旋回しながら降下を始めた。
滝の途中から崖に穴が沢山空いていて、それぞれが外側に作られ得た通路で繋がっている。
通路は崖に穴を開けた所に木の杭を差し込んで桟道にしたものであり、それが三本壁の上下に並んでいる。所々上下が階段で繋がっている。これが彼等の住居だと言うのか。凄い場所に住んでいるものだ。
更に下がると小さい滝のほうに巨大な水車が見えた。その周りにはペヨータと似たような顔の部族がちらほら見受けられた。
水車の上に空いている数箇所の穴からは白い煙と黒い煙が出ている。サイメルティは水車の傍に止まるよう、ノーザライに指示した。
「レオン、ここの着地は難しいぞ。一、二の三で飛び移るんだ」
「えっ?強引だな」
「ほらもう来たぞ。一、二、三!」
サイメルティに手を引かれて、桟道の幅が広くなっている所に飛び移る。そのままノーザライも着地する。
足に取り付けられた籠が横倒しになって、中の荷物が吹っ飛び壁にぶつかった。何人かの住民達が慌てて手伝いに来る。
「おっ、サイメルティ。やっと来たか」
その中の一人が声を掛けて来る。
「パナム、久しぶりだな」
男の顔も背丈もペヨータによく似ているが、被り物の隙間から長い耳が垂れているのが確認できる。足はペヨータのように短くなく、細くて長い。長靴を履いており全体的にゴテゴテした服を着ている。
歯はクニークル族、スキ族そしてペヨータと同じく前歯の発達が目立つ。
「先の客は?」
「もう中に入っているよ。こっちだ」
パナムと呼ばれた男がサイメルティを案内しようとすると、他の住人に足の籠の紐を解いてもらっているノーザライが、
「ちょっと、クロニクーは?」
と、怒った調子で聞く。男は無言で遠方を指さす。そこにはクロニクーが佇んでいた。
「あいつ!」
ノーザライは籠を置き去りにしてクロニクーの所に飛んでいった。私とサイメルティは男の案内で壁の穴の一つに入る。中は狭く私の肩幅でも精一杯だ。恐らくアフマドは身体を斜めにしないと通れなかっただろう。
暫く狭い道を行くとやがて横に交差している広い坑道に出る。中は油を燃やした灯火があちこちの壁に掛けてあってそこまで暗さを感じない。
大きな道を行くとやがてだだっ広い作業場のような所に出た。ここはものすごく熱くて皆半裸で働いている。彼等の身体がよく見えた。
彼等の脚はペヨータとは大きく異なる。毛が短くて踵が高く、爪先から踵、踵から膝がとても長い。
細長い尻尾が服の下からはみ出しているが、それは身体と同じくらいの長さがある。光が外から差しているところを見ると、煉瓦で組まれた巨大な建造物があった。
「これは?」
「鉄を作る奴」
なんともいい加減な説明だ。しかし注視していると驚くべき事が起きた。煉瓦の扉を開けると橙色に熱された灼熱の鉄がドロドロになって出てくる。
そして次に上の階層に居た連中が鉄鉱石らしき材料と燃料を上の扉からガラガラと入れていた。
「これは冷やす必要がないのか?」
「ああ、そのやり方は燃料が多く要るから辞めたんだよ。今はこれ」
これは製鉄炉で間違いない。我が帝国でも珍しいものではなかったが、ここまで大規模なものは見た事がない。
何よりも炉は一度冷ましてからでないと次の鉄の生産が出来なかったのだが、ここでは連続して行っている。ここの製鉄技術は私達の世界のそれを大きく上回っている。
作業していた男達が出来上がったドロドロの鉄を作業場の中央に置くと、それが入った桶をひっくり返して大小それぞれ別の桶に分け、それぞれ違う場所に運んで行った。
この炉は相当な高熱を出せるのだろう。あれだけ鉄を柔らかく出来れば精巧な物を作るのも容易いはずだ。
炉に見とれていると、サイメルティ達が大分先に行ってしまった事に気付いた。慌てて見失わないように追いかける。
再び小さな通路に入る。その先は部屋になっていて、そこにはマルコとアフマドが居て、大きな長椅子でくつろいでいた。外に面した壁に明かり取り用の窓が付いていて快適だ。
私とサイメルティもマルコ達と反対側の長椅子に座る。パナムは食事を用意すると言って出て行った。
「おうレオン、遅かったな」
「なんだここは随分と広いな」
「来客用の部屋なんだとよ」
「ここは全体的に他部族には狭すぎるからな。っと、外の二人も呼んでこよう」
そう言ってサイメルティも出て行ってしまった。
「で、レオン。この部族は何と命名するんだ?ペヨータとかサンドロに似てる、スキ族にも似ているけどやっぱり違うな」
「うぅむ、ペヨータやサンペドは鼠でいいだろう。ラットゥス族だ。ところが今ここに居る彼等に似ている動物は見たことがない」
「俺はこれに似ている動物を知っているぞ」
「何だ?アフマド」
「俺達がジャルブアと呼んでいる生き物だ。砂漠に穴を掘って暮らしている。昼間はその中で寝ているが、夜になるとピョンピョン飛んで出てくる。脚とか尻尾とかソックリだ」
「じゃあそれでいいんじゃね。ジャルブ族」
「その生き物は何を食べるんだ?食性を見てから判断しよう」
「確か植物の種とか、根っことか、若い芽を食べる。だから俺達も食べられる」
「えっ?食べるのか。うまいのか?」
「うまいぞ」
そんな不謹慎な会話をしている所にパナムが入ってきた。
後ろに幾人かを並べ、それぞれに盆を持たせている。盆から部屋の真ん中にある細い机に鉄の鍋を並べていく。最後に干し肉を机に並べ、食べるように促すとまた出て行った。
私達は早速鍋の中身を見る。何かの根っこ、球根、草っぽい何か。
「うーん、決まりだなこれは。ジャルブ族」
「待て、最後の干し肉はなんだ?」
「何だろうな。明らかにオマケだよな。置き方からして」
「外に居る二人用じゃないのか?そう言えばマルコお前、昨日の夜どこに居たんだ?と、いうか一昨日から何をしているんだ?」
「えっ?いや……」
うろたえるマルコ。その時扉が再び開いて、サイメルティとアルパ族の二人が入ってきた。クロニクーとノーザライは何か険悪な雰囲気を醸し出している。サイメルティが用意された食事を見ながら二人をなだめる。
「二人とも、パナムが干し肉を用意してくれたぞ。一旦喧嘩はやめて頂こうじゃないか」
しばしの沈黙の後、私は叫んだ。
「決まり!ジャルブ族!」
そして私達はクロニクーとノーザライが席に座る前に慌てて自分達のぶんの干し肉を確保するのであった。
食事を終えると、クロニクーとノーザライが再び険悪になり、火花を散らし出した。それを無視してサイメルティが尋ねてくる。
「レオン、どうだ?何か見たいものはあるか?」
「さっき製鉄炉を見た。すごい技術を持っているな。鉄が溶けていたぞ。あれをどう加工するのか見たい。それと……」
「それと?」
「ここには遺跡はないのか?空の民の所でも見なかったが」
「ある。ここに遺跡はある筈だ。私がわざわざ何度もこんな所に来ているのは、遺跡を調査したいからだ」
「ある筈ってどういう事だ?見つかっていないのか?」
「ここの民は遺跡の存在を隠している。間違いない」
「何故そう思う?」
「彼等は遺跡の話をすると必ずそれが何であるか尋ねもせずに無いと言う。だがその時目が泳いでいる。おそらくここの高度な製鉄技術そのものが遺跡から得たモノなのだろう」
「独占しておきたいわけか」
「彼等は渓谷の民同様脆弱だ。この技術があるから独立を保っていられる。尤も脆弱じゃなかったとしても独占しておきたいのは生存の本能だと思うが」
確かにそれもそうだ。我が帝国もあのギリシャ火を筆頭に国家機密が沢山ある。他の国も同様に固有の秘密を抱えている。しかしそうなるとひとつの疑問が生まれてくる。
「サイメルティ、この川の流域は向こうと違って戦争が激しいのか?」
「ここは水が使えるからな。集団が移動すると戦争が起きる。向こうは水が無くて移動が出来ないから戦争どころではない。歴史を見ればわかる事だ」
「まあ確かに、よく移動する奴等はよく戦争するよな」
アフマドがボソッと呟く。確かにアヴァール人やブルガール人、マジャールはよく戦争をしていた。アフマドのサラセン帝国などはその最たる例だ。
「おっ、サイメルティ、ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
扉が開いて、パナムがサイメルティに声を掛けた。
「わかった。レオン、アフマド、一緒に来てくれ」
私達は無言で立ち上がる。マルコも同時に立ち上がったが、サイメルティに制止される。
「マルコ、お前はここに残っていろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
マルコは私達を追いかけようと立ち上がったが、ノーザライの羽に遮られる。
「マルコ」
ノーザライの剣幕に押されてマルコは座った。
「せっかく話し合いの場を設けてやったんだ。よく話し合え。あっちじゃ出来ないだろうしな」
サイメルティはそう言い残して、客間を後にする。私達も後に続いた。
再び狭い坑道を通る。そして太い坑道に当たると、そこを左に向かって進んでいく。来た方向とは逆の道だ
。時折灼熱に溶けた鉄を運ぶジャルブ族達に追い越される。鉄を冷まさないように急いで運んでいるのだろう。
パナムは何本か交差している別の坑道のうちの一つに入っていく。そこには木の枠と砂が大量に置かれており、数人のジャルブ族が作業をしていた。
ここは型を作る場所か。型で鉄を形成するとは随分と高度な技術を持っている。
「サイメルティ、この間クレンビュートから注文を受けた品なんだが」
そう言うとパナムは目を閉じて両手を前に突き出した。すると目の前に光り輝く不思議な物体が現れた。それは平たい板に深い溝を付けたような形をしていた。
「こんな感じでいいのか?もう型は出来ている」
「レオン、どう思う?」
「どう思うって、これは何だ」
「あの浴場に使う水を温める金属の部品だよ」
「いやそうじゃなくて、今私達が見ているこれは何だ」
「ああ、これか。これは何て呼んでいたか」
「想像具現化」
パナムが答える。
「そうそう。想像具現化だ。彼等の特別な力だ」
「想像具現化?つまり頭の中で考えたものが形になるのか?」
「触れないけどね。あくまで他人にも見せられるだけ」
パナムは目の前に出来た物体に手を伸ばす。手は物体を突き抜けている。つまりこれは自分の考えた事を可視化して他人にも見せるという力か。物を作るにはもってこいの力ではないか。
そうなると元々この部族は物作りに関して圧倒的な優位性があったと考えられる。この力に製鉄技術が加わったのならもう無敵だ。
「これはあの釜の役割をする部品か。もう少し長くしたほうがいいんじゃないか?」
アフマドが助言する。
「こうかな」
パナムが目を閉じると、溝は横に広がった。
「あ、違う違う。そっちじゃない」
「じゃあこうか」
溝の広さが一旦戻って、今度は溝の高さの部分が広がった。
「違う違う」
「こっちか」
溝の縦部分が長くなった。
「俺的にはこっちのほうが良いと思うが、どうだ?レオン」
この不思議な力を目の当たりにして一瞬で順応しているアフマドが驚きだが、長さを変えるとより多くの火力が必要になる可能性がある。或いはその反対で少ない火力で多くの水を温める事が出来るようになるのか、やってみないと何とも言えない。
「現状でうまくいっているのだから変える必要もないのではないか?」
「実はあの浴場は好評でね、増築することが決まっている」
飄々と答えるサイメルティ。
「じゃあやっぱり長くしたほうがいいな。火力はあれ以上増やせるのか?」
「長く伸ばしたぶん薄くすればいいんじゃないか?」
アフマドが良い事を言った。
「うーん、じゃあこんな感じか」
今度は全体的に長いまま薄くなった。
「これだな。これでいい」
「この薄さだと、柔らかい鉄じゃないと駄目っぽいな。おい、ゴールティー」
「何?」
ゴールティーと呼ばれた男が近寄ってくる。
「向こうのほうにこれを伝えてくれ」
「わかった」
ゴールティーが目を閉じると、パナムと全く同じ光の像が目の前に現れる。
「パナム、こうか」
パナムはゴールティーが出した光の像をまじまじと見つめて、
「これで大丈夫だろう」
と、言った。
「でもパナム、これは熱器具だろう?調理器具と同じ」
「そうだけど?」
「硬い鉄のも作ったほうがいい。熱が逃げにくい」
「うーんそうか。じゃあこっちでも作っておくか」
パナムはそう言って木枠を漁り出した。
「二つ作るから金貨を三倍貰うけど、いいかな?」
ゴールティーと呼ばれた男がサイメルティに尋ねる。
「構わないだろう。もう一つは予備にするか、新しい浴場に使う」
「ちょっと待てなんで三倍なんだ?」
「柔らかい鉄は硬い鉄より二倍の手間が掛かるから」
「よくわからないな」
私の言葉にゴールティーは困った顔をする。そこに話しかけるサイメルティ。
「ちょっと色々見せてやってくれないか?ゴールティー」
「しょうがないな。他でもないサイメルティの頼みだ。付いて来い」
サイメルティはここでも顔が効くのか。
「おいサイメルティ、顔が広いな」
「色々やっているからな」
アフマドの言葉に対してサイメルティはいつもの含み笑いで返す。
ゴールティーは小さな鉄を拾うと、そのまま細い坑道を進んでいく。またもあの太い坑道に戻って、今度は来た道を引き返す。あの巨大な炉を通り過ぎて、私達が入ってきた道を通り過ぎる。すると左手に巨大な鉄の塊が現れた。
どけどけどけ!と大きな声がして、大勢のジャルブ族の男達がドロドロに溶けた橙色の鉄を運んできた。それと同時に巨大な鉄の塊の傍に居た数人の男達が備え付けられた鎖を下に引っ張る。すると巨大な鉄の塊が傾き、その上に空いていた穴を見せる。
男達は大声で掛け声をかけると、溶けた鉄の容器の四箇所に鎖を取り付け、それを持ち上げて巨大な鉄の塊の穴に注ぎ込んだ。
後から来たもう一つの集団も同じ作業で溶けた鉄を巨大な鉄の塊に注ぎ込む。それが終わると鎖がさっきとは逆に動かされ、巨大な鉄の塊は再び元の位置に戻った。そして物凄い熱が発生し、私達を含めた全員が一度巨大な鉄の塊から離れた。
「な、これでわかったろ?」
ゴールティーはそう言うがさっぱりわからない。
「いや全然わからんぞ。何をしているんだ?」
アフマドが突っ込む。するとゴールティーは近くに落ちていた鉄を拾って、さっき拾った鉄と並べた。二つとも釘のような細長い形をしている。
「よく見てろよ」
二つの鉄を同時に曲げていくゴールティー。片方はあっさり折れて、もう片方は曲がったままになった。
「こっちのすぐ折れたほうが硬い鉄。曲がったほうが柔らかい鉄。柔らかい鉄を作るためにはさっきの装置に入れて硬い鉄から色々抜かなきゃいけない」
「抜く?何を?どうやって?」
「それは俺の専門外だ。わからない。俺は設計担当だからな」
そう言うゴールティーの目は思いっきり泳ぎまくっていた。私がサイメルティの顔を見るとサイメルティは首を横に振った。
なるほど、しらばっくれているのか。何をどうするかくらい教えてくれたって良いだろうに。わかった所でやり方がわからなければどうしようもないのだから。
次にゴールティーは私達を連れて更に奥に進み、また別の大きな坑道を歩いていく。この坑道は外の崖からは内側に潜り込んで行くものであり、同時に下り坂になっている。
暫く歩くと大きな空洞の場所に出た。渦を巻くようにすり鉢状に道が彫られており、一番下の部分では多くのジャルブ族が作業をしている。
「これは鉄の元を取っている場所だ。と言ってもまあ、この辺はすべて鉄の元の石で出来ているんだけどな」
そう言ってゴールティーは近くの壁を撫でる。壁は外の崖と同じく赤茶色である。鉄の原料と言えば鉄鉱石であるがそれは確かに赤茶色をしている。
となるとこの土地はすべてが鉄鉱石で出来ているのか。だがそれは不毛の地でもある。
「この土地でどうやって食料を得ているんだ?」
「ああ、それは外だ」
ゴールティーに連れられて来た道を戻り、二つの炉がある坑道を通り抜けて外に繋がる狭い坑道を進む。アフマドは矢張り窮屈そうで、身体を横にしている。
「ここは何でこんなに狭くなっているんだ?」
「防衛のためだよ。俺達だけが通れればいい。外に繋がる通路は全部そうなっている」
「それじゃ大きな製品は運び出せないだろう」
「今の所そんな大きな物は作ったことがないな。まあいざとなれば穴は広げたり閉じたりできる」
確かに彼等の技術なら鉄を補充して坑道を覆う事も出来るだろう。
外に出て桟道を歩く。巨大な水車を前に、桟道のかなり出っ張った部分でゴールティーは足を止める。
「ほら、下を見てみ」
下を覗き込む。なんと断崖絶壁の真下は普通の草原になっている。川に沿ってあちこちに畑もある。畑ではジャルブ族が農作業をしている。
「畑は女の仕事だ。男は鉄をやる。それがここの掟だ」
「女と言えばゴールティー、奥さんとはうまくやっているのか?」
「おかげさまでな。サイメルティこそ早く結婚したらどうなんだ。いい相手がいないのか?」
ゴールティーが振り返る。
「大きなお世話だと言っておこう」
サイメルティは含み笑いで返す。
「ふーん、そうか。あっ!」
ゴールティーは私達の向こう側を見つめている。私達が視線の先を辿るとそこには奇妙な生物が群れを成して崖の下に集まっていた。
遠目には私達のような姿形をしているが、光を反射する光沢があって目立つ。
「また懲りずに来やがったか」
ゴールティーは壁に掛かっていた紐を引っ張る。すると坑道内から大きな鐘の音が鳴り響いた。
穴という穴からすぐに沢山のジャルブ族達が出てきて、奇妙な生物の方向に向かって桟道を走っていく。皆手に大きな槌や、細長い剣を持っている。
奇妙な生物の真上にたどり着くと、長い縄を数本垂らして一気に降下を始めた。ひとつの縄に等間隔で摑まり、上から降ろす役が縄を下に送り込んでいく。
「なんだあれは」
「あいつらは鉄を食べる部族だよ。時々こうやってこっちに来る。どうもここは断層になっているらしくてな。こっから先は普通の土なんだ。鉄がないからこっちまで来るんだが、場所が悪い」
「場所?」
「なんかあいつらには好き嫌いがあってな、この崖のどこでもいいってわけじゃないらしい。他所に行ってくれればいいのに、わざわざ俺達の住んでる所の真下を掘りやがる。あいつらの食欲は底なしで、どんどん食い進んでいっちまうからそこに水が入って崖が崩れたりするんだ」
「私が前に来た時にあんな連中いたかな?記憶にないが」
サイメルティは知らない様子。
「ここ三ヶ月前くらいからだよ。前はもっと下流に居たんじゃないか?餌が無くなったからこっちに来たんだろう」
総勢百人ほどのジャルブ族達が地面に降り立ち、奇妙な生き物を槌で殴ったり剣で斬りつけたりしている。対する奇妙な生物はざっと見て二十程度。
ジャルブ族達は奇妙な生物達より二回りも小さいが数で圧倒し、奮闘している。そのうち趨勢は完全にジャルブ族に傾き、奇妙な生物達は逃げていく。それを追いかけるジャルブ族達。
「だからああして追っ払うのか」
「そう。あいつらはしつこいんだ」
「戦争にしか見えないが……」
アフマドが呟く。
「こっちにとっては戦争だよ。でもあいつらにとっては違う。あいつらは身体が鉄で出来ていやがるんだ。いくら殴っても大した損傷にならないんだ」
「なんだかこっちの水系は激しいな」
「私達の所が平和なだけだ」
サイメルティが争いを見ながら答える。奇妙な生物の脚は遅く、ジャルブ族の執拗な追撃を受けている。中には数人に押さえつけられてボコボコに殴られているのもいる。
「不毛な争いだ。和平交渉をしたらどうだ?」
「あいつらは約束を守らない。和平を結んでは破られての繰り返しだよ。今回の和平もたった半月だったな」
なんだか帝国の周辺に居る遊牧民達のようだ。
下の攻防は終わったようで、奇妙な生物達は完全に敗走した。再び縄に摑まるジャルブ族の戦士達。それを引き上げる役の男達が渾身の力で縄を巻き取っていく。
桟道に上がると訓練された動きでそれぞれの穴に戻っていく。私達の前を通り過ぎようとした一人の男にゴールティーが話しかける。
「よう、メキシ。連日ご苦労様だな」
「今回は一人生け捕りにしたぞ。今運んでくるから見ていろ」
メキシと呼ばれた男は細長い剣で地面を指す。そこには数名のジャルブ族と、それに押さえつけられて縄でグルグル巻きにされている奇妙な生物の姿があった。
そのまま奇妙な生物は上に巻き取られて運ばれて来る。
アフマドはメキシの細長い剣をジロジロと見ている。そのうちそれを触り出した。
「なんだ、見たいのか。ほら」
メキシから剣を受け取るアフマド。剣の長さは私達の背丈の三分の二ほどある。ジャルブ族からしたら相当な長さの剣だ。
これまで見てきたカペル族やラチェ族の剣と違って、まさしく戦争専用の剣と言った感じだ。アフマドはまずそれを振り回し、次に崖を突っつく。
「おいレオン、これはすごいぞ」
アフマドは剣を崖に差し、押し込む。すると剣はしなって曲がり、アフマドが手を引くと元の形に戻る。そしてアフマドは更にそれを押し込んで更に曲げる。
私はアフマドが剣を折ってしまうのではと心配になってメキシを見るが、メキシは全く構わない様子だった。
「おいおいどこまで曲がるんだこれは」
メキシの剣は丸い形まで変形し、アフマドが手を引くとまたもや真っ直ぐに戻った。
「おいこれ売ってくれないか?」
アフマドは少年のように目を輝かせている。
「いや、あんたどこの部族だ?取引の契約をしてないと売れないよ」
「私が買おう。それなら文句ないだろう」
サイメルティが前に出る。
「あんたは確か水の所の……。いいだろう。だがこれは俺のものだ。新しく作るからそれまで待ってくれないか?」
「どれくらい掛かる?」
「次の大量生産の時までだ。っと、運ばれてきたぞ」
五人のジャルブ族に抱え挙げられて、奇妙な生物が運ばれてきた。手足と口を縛られている。その姿はまるで甲冑を着た重層歩兵、だが私達と違って鉄の鎧が全身をくまなく覆っている。
海老や蟹、はたまた甲虫のように身体全体が甲冑に覆われている。関節部もまた別の甲冑が内側に潜んでいる。
「これは……この剣でも通らないのではないか?」
「うまく緩んでいる所を探せば隙間を突ける。こいつを見ろ」
メキシは運ばれている生物の膝を指さす。そこからは青い液体が流れていた。
「うお、こいつ、血が青いぞ」
「だが折角こうやって切っても、暫くしたら生え変わって来るんだこいつらは」
海老や蟹そっくりではないか。
「これを中に入れるのは一苦労だな。ここで一度縛りなおそう」
ジャルブ族達は奇妙な生物を桟道に置き、身体を曲げた姿勢で固定するために膝裏と首に縄を通して縛る。
頭には平たい板状の兜のような物が後頭部まで伸びて付いているため、上側から抜ける事はないだろう。目は昆虫のそれである。不気味だ。
メキシが口の縄を解いた。するとそこには二段階になっている口が現れた。外側の口は縦方向に開くようになっており、それが開くと私達と同じような横方向に裂けた口が現れた。この内側の口は唇を内包しており、柔らかく動く事が見て取れる。
「気分はどうだ?」
「……」
メキシの問いかけに奇妙な生き物は無視で返す。
坑道から出てきた一人のジャルブ族がメキシに焼きゴテを渡す。それを受け取ると奇妙な生き物の腕に押し当てるメキシ。焼きゴテは奇妙な生き物の鎧のようになっている所を橙色に染める。本当に身体が鉄で出来ているのか。
「拷問か。無駄だ」
奇妙な生き物が喋った。流暢なクニークル語だ。その歯にも鈍い光沢があり、金属で出来ている事が伺える。
鉄を食べると言っていたから、歯はそれ以上の強度があるのか。メキシは尚も焼きゴテを押し付けていくが、奇妙な生き物は全く堪えた様子がない。鉄で出来た皮膚だから痛覚がないのではないだろうか。
「お前は俺を痛めつけて何をしようというのだ?」
奇妙な生き物がメキシに問う。目や頬が動かないので表情が読み取れない。
「お前達に二度と来させないためだ」
「ふーん、もう遅いな」
「おい大槌を持って来い!」
メキシが大声を上げる。
その時、上から土がポロポロと落ちてきた。私達が上を見ると、奇妙な生き物の集団が崖を降りてきているのが見えた。崖の隙間を利用して降りてきている。ゴールティーが再び紐を引き、鐘の音が坑道内に響き渡った。