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ファーリートライブ(全年齢版)  作者: うちだたかひろ
10/70

10 接触

火の民を見るために、空の民にぶら下がって山を越えるレオン達




 高く高く高度を上げていくクロニクーとノーザライ。時折こちらを見て無事を確認してくる。サイメルティが籠から半身を乗り出して何かを叫んでいるが風切り音が激しくて何を言っているのかわからない。

 サイメルティは一旦籠の中に身を潜めると、毛布を取り出してアフマドの身体に巻いた。そしてそれを指さしてまた何かを叫んでいる。

 「おいマルコ、毛布はあるか?」

 「うおお~レオン、さみぃ」

 マルコは身を竦めて歯をカチカチ言わせている。そのマルコの足元に毛布があった。早速取り出してマルコを包んでやる。それを見るとサイメルティは頷いて元の位置に戻った。


 更に時間が経つと寒さは毛布だけでは凌げない度合いになった。苦肉の策で二人で同じ毛布に包まり、もう一枚を更に外から掛けてぐるぐる巻きにする事で凌いだ。前を行くアフマドとサイメルティも同じようにしている。

 「レオン、なんか俺眠くなってきたぞ」

 あれ?これはマズいのではないか?確かアルプス越えやディナル山脈でよく起こる事故に寝たら死ぬというのがあったような。

 こちらの様子を伺っていたクロニクーが大声で何かを叫ぶ。サイメルティが慌てて黒い塊を投げて寄越した。それは毛皮で作られた袋であった。

 中には鉄製の水筒と皿、黒い塊と綿、そして火打ち金が入っていた。水筒の中を見ると例の黒い飲み物が入っていた。

 私は風が吹き荒ぶ中、一心不乱に火打金を擦った。その甲斐あってようやく火が着き、黒い塊の燃料の上に鉄製の水筒を置いて黒い液体を暖めた。

 「マルコ、これを飲め。寝たら死ぬぞ」

 「んが……」

 マルコの意識は朦朧としている。私は必死でマルコに黒い液体を飲ませた。

 「どうだマルコ、私がわかるか?」

 「お、おう……レオン。今どこだ?」

 まだ意識がはっきりしない。もう一度マルコに黒い液体を飲ませる。

 「苦いなこれ……」

 「おいマルコ!しっかりしろ!」

 「レオン、この旅はキッツいぜ……」

 マルコの吐息は真っ白になり、無精髭にくっついている。

 「この山はアルプスより高いんじゃないのか?」

 目の前にそびえる中央部を見上げる。上は雲に突き刺さっていて頂上まで見えない。

 「レオン、俺達の世界にもこんな奴らが居たらいいのにな……」

 「そうだな。ガリアまでひとっ飛びだ」

 私達は無言になった。私も黒い液体を飲んで、マルコの様子を注意深く見守った。マルコはずっと上を見上げていた。そして不意に尋ねてくる。

 「なぁレオン、彼女らはなんて命名するんだ?」

 「普通にアウィス・ラパクス族とか。いや長いし語呂が悪いな。アルパクティコ族でどうだ?ギリシャ語だが」

 「それは彼女らに性器があるかどうか確かめてから命名しないか?」

 マルコはノーザライの下半身を覆う短い服の股部分を眺めていた。こっちの心配も知らないでこいつは全く……

 「それはそんなに大事な事なのか?」

 「大事だよ。鳥だったら無いだろ?無ければ男と同じ、あれば女だ。俺は女が好きだ!」

 「マルコ、お前随分と元気じゃないか。そんな事を考える余裕があるとは」

 「あ、なんかあれ飲んだら暖かくなってきたんだよ」

 そんな効果が。確かにさっきより寒さを感じない。

 「ところでさ、小便したいんだけど」

 「困ったな、そんな場所ないぞ」

 「いやー駄目だこれは。我慢できない」

 マルコは毛布から出て、籠から半身を乗り出した。片手で籠の紐を掴み、片足を籠の外にやり、文字通り身を投げ出すようにして小便をしだした。重心が変わったのでノーザライがこっちを見る。彼女はとても嫌そうな顔をしていた。

 「おいレオンすごいぞ。空から小便なんてした男は俺が始めてだろう!」

 「いや、ここの部族は日常的にやってるんじゃないか?」

 「俺達の世界の男でだ!」

 「ああ、そうかもな」

 付き合いきれないので私は毛布に包まって座った。するとマルコが小便を終えて入ってきた。

 「おおー、寒い寒い」

 当たり前のように私の手を撫でてくるマルコに腹が立った。

 「おいマルコ、お前手は洗ったのか?」

 「洗ってるワケないだろ。水どこにあるんだよ」

 こいつ……


 マルコは小便の時に風に身体を晒しすぎたのか、また歯をカチカチさせて身体を震わせ出した。私は根気強く黒い液体を飲ませ続け、体を摩ってマルコを温め続けた。

 長く飛び続けていると、遠くに明かりの群れが見えた。その近くの小高い山頂にクロニクーとノーザライは降り立った。

 このあたり一帯は何故か雪がない。籠の紐を外し、休憩する。二人はサイメルティに何かの肉を与えられて食べていた。

 「アフマド、途中寒くなかったのか?」

 「そこまで寒さを感じなかったな。サイメルティが暖かいからな」

 「身体の熱が違うのか。私達は死ぬところだったぞ」

 「おい……熱と言えば、鳥は熱いよな……」

 マルコはそう言うとクロニクーとノーザライの所に行き、寒いという事を身振り手振り交えて必死に訴えた。

 すると二人はマルコに身体をくっつけた。そのまま羽で覆われてマルコは幸せそうだった。私はほっとした。

 「レオン、大丈夫か?寒くなかったか?」

 何かの肉が入っていた袋をぶら下げたサイメルティが近づいて来る。

 「寒かったよ。マルコが死に掛けた。ところであれは何の肉だ?」

 「ああ、あれはネズミの干し肉だ。この辺りにはいない。下流から隊商が買い付けてくる。彼女達はあれが好きなんだ」

 「ネズミ……食べる所なんてあるのか?」

 「下流のほうに行くと大きなネズミが居るんだ。大きさはこれくらい」

 サイメルティが示した大きさは犬並みであった。うーんデカい。

 「ところで眠気は大丈夫か?」

 「まあ、そんなに眠くはないが」

 「私達には二つの選択肢がある。そこの空の民の集落で休んでから、明日の夜火の民との境目に行く。もう一つは今そのまま行ってしまうことだ」

 「昼間に行けないのか?」

 「駄目だな。目立ち過ぎる。最悪撃ち落される」

 撃ち落とされる?投石兵器でもあるのか。

 「そうか。どうするか」

 「私としては今日は天候がいいからそのまま行ってしまいたいのだが」

 私はマルコを見た。マルコは二人の半鳥に囲まれてほくほくしている。マルコは私とアフマドより細身なせいか寒さに弱い。

 今日このまま連れて行ったら死んでしまうのではないだろうか。私はクロニクーとノーザライの傍に近づいていった。

 「おいマルコ」

 「おっ?なんだレオン。お前も入るか?あったかいぞ」

 二人はマルコにぴったりと身体を寄せている。確かにあったかそうだ。

 「今日これからまた飛ぼうと思うんだが、大丈夫か?」

 するとノーザライが代わりに答えた。

 「駄目だと思う。この人の身体は冷え過ぎた」

 流暢なクニークル語だ。

 「じゃあどうする?」

 「今日は私が家に連れて帰ってこの人を休ませる。このままだと危ない」

 「そうか。じゃあ明日だな」

 そう言うとマルコに腕を掴まれる。

 「レオン、俺はこのままここで待っていてもいい。俺一人がお前達の足を引っ張るのは忍びない」

 「お前は火の民を見たくないのか?」

 「見たいけど、明日また同じ目に遭って引き返すなんてことになったら最悪だろ?今日行くならお前達が失敗してもまた明日機会がある」

 確かに合理的な考えだ。しかしこれには問題が一つある。

 「サイメルティ」

 サイメルティを呼ぶとトコトコと歩いて来る。

 「この籠に三人乗って、飛べるものなのか?」

 「三人か、それは少しキツいな。丁度彼女達も疲れている事だし、別の人に変えよう」

 「サイメルティ、それは……」

 クロニクーが訝しい顔をする。

 「スパンクを呼んでくれないか?彼女なら三人でも平気だろう」

 「それじゃ分け前が減っちゃうじゃない」

 「また持って来る。今回は済まない」

 「しょうがないな。他でもないサイメルティの頼みだ。伝えてくる」

 クロニクーとノーザライはマルコを籠に乗せて集落の灯火の群れへと飛び立って行った。


 「随分と顔が効くんだな」

 アフマドがサイメルティに尋ねる。

 「四つの壁はよくこっちに来ているからな。だが一番ここで顔が効くのはハロテスティだろう。だからなるべくここで姿を見られたくない」

 「え、何で」

 「私は籠を使う許可を取るために交易所に掛け合った。明日になって皆が私達が消えたと気付いたら、まずここに来ている事が疑われる。その時ハロテスティの懇意にしている空の民に見つかったら私達は帰されてしまうだろう」

 「だったら尚更今晩中に行く必要があるな」

 「そうだな。マルコには悪いが、いや悪くはないのか」

 「ん?何だそれは」

 アフマドが突っ込むが、

 「いや個人的に思った事だ。気にするな」

 と言ってサイメルティは流した。


 暫くすると集落の方向から二つの眼光がこっちに向かって来るのが見えた。この半鳥、デカい。クロニクーとノーザライの二回りはデカい。

 半鳥は全く音を立てずに私達の前に降り立った。見事に真っ白な羽毛を身に纏い、堂々としている。

 「サイメルティ、三人も運ぶんだって?」

 「そうだ。苦労掛けるな」

 「しかも奴らとの境までか」

 「礼ならたっぷりあるぞ」

 サイメルティは籠からネズミの干し肉が入った袋を三つ取り出す。

 「しょうがないな。他ならぬサイメルティの頼みだ。それで納得してやろう」

 口では強気だが彼女がそれを見て唾を飲み込んだのを私は見逃さなかった。よっぽど好きなのか、食欲に走る習性がある部族なのか。

 お互いに自己紹介をする。スパンクの結膜は先の二人に比べると赤みが強い。羽毛の量も多く、より寒冷地に適応しているように思える。

 そして先の二人が私達の女やカペル族の女と対して変わらない背丈をしているのに対し、彼女は私より少し大きいくらいだ。

 私はサイメルティに耳打ちする。

 「この部族の男はもっと大きいのか?」

 「いや、この部族は女のほうが大きい」

 やっぱり猛禽類と同じ特徴を備えている。

 「しゅっぱ~つ」

 私達が籠に乗り込み、スパンクが翼を広げるとものすごい風が下から上に吹く。スパンクの浮いた足を捕まえて紐を結び付けると、旅の再開だ。

 「この風が彼女達の特別な力か」

 「そう、スパンクの力は特に強い」

 「この力を使えば自分で飛ばなくてもいいんじゃないか?」

 「それは無理だな。この力は彼女らの翼の周りでしか発生しない」

 「そうか。ところで」

 「ん?」

 「そんなに寒いか?サイメルティ」

 サイメルティは早くもアフマドとくっ付いて毛布に包まっていた。

 「アフマドが寒いと思ってな」

 「いや、まだそんなに寒くないぞ。それよりあの黒いのを飲もう。眠気が飛ぶ」

 アフマドが答える。

 「おっと、そうだったな」

 サイメルティは毛布から出て火打ち金を擦って火を起こした。私達はあの黒い液体を飲みながら三人揃って首を籠から出す。スパンクが一定の高さまで上昇すると再び山に雪が掛かった。

 空の民の集落の灯火もあっという間に遠くに離れていく。私達の左手には雪山がそびえ立ち、大いに冷え込んだ。さすがに寒くなったので私もサイメルティの毛布に入れてもらった。確かに暖かい。サイメルティの熱が高いおかげだ。


 二つの月が大分傾くまで飛ぶと、景色に変化が見られた。雪に紛れて少し木々が生えている。それはだいぶ疎らだが、緑を保っている。植生が変化しているという事は高度が下がったのか?しかしそんな様子はない。

 「サイメルティ、木が見えてきたぞ」

 「そろそろ空の民の領域を抜ける。今私達が居るのはこの辺だ」

 サイメルティが簡略化された地図を広げる。三角形の上の部分の少し右が指し示されている。サイメルティは三角形の右上から左下をなぞる。

 「太陽はこうやって昇る。ここは朝の日が当たるから高い所でも木がある」

 続いて逆方向に地図をなぞるサイメルティ。

 「風はこう吹く。丁度空の民の領域、この右の部分は風裏になる。私達の所は雲が運ばれてきて山に当たるから、雨が降る。こっちはあまり降らない」

 成程カペル族はこの山周辺で一番水に恵まれている所を占拠しているのか。


 進行方向の空が白んでいる。夜明けが近い。丸一晩飛び続けた事になる。サイメルティが前方を見てスパンクの足を掴んで合図を送った。

 私達が顔を出すと、雪が積もった稜線の上で野営している集団が見て取れた。薄暗くてよく見えないが、何か大掛かりな物を建設中の様子だ。

 「もうこんな所まで伸ばしていたのか!」

 サイメルティが感嘆の声を上げる。

 「おいサイメルティ、あれは何だ?」

 「彼らの水だよ。後で見ればわかる」

 スパンクは大回りして野営地の上を避け、更に朝焼けの方向に進んで稜線の上に止まった。

 籠はそのままにして、三人で稜線の上を歩く。尾根の下は両方とも急斜面であり、彼等の野営地までは細い足場が続く

 「おい何であんな遠くに止まったんだ?」

 アフマドが尋ねる。

 「彼らは匂いと音に敏感だ。あれくらい遠くないと反応されてしまう。風下からじゃないと近づけない」

 サイメルティが小声で話すので、私達も息を潜めた。少しずつ近づいて行くと大掛かりな装置の正体が見えてきた。

 それは大きな漏斗だった。素材は土だろうか。木で出来た溝に繋がっている。溝は山の麓まで長蛇のように続いている。

 丁度身を隠せる窪みがあったのでそこに三人で腹這いになる。

 「あれは何のために作っているんだ?」

 「静かに。そろそろ彼らが起きる」

 サイメルティがそう言うのでじっと黙って見ていると、ひとつの小振りな天幕の布がめくれて小さな生き物が出てきた。

 「あれが火の民?」

 私の言葉に黙って頷くサイメルティ。火の民は被り物がついた外套を身に纏っていて、顔がよく見えない。

 一人が伸びをしながら欠伸すると、天幕からもう一人が出てきた。

 二人とも背は低い。私達より頭二つ分小さいくらいか。胴が長いせいか動きが可愛らしく、とてもそんな恐れられるような攻撃力があるようには見えない。

 やがて方々の天幕からワラワラと火の民が沢山出てきた。だいたい同じ大きさで、集団で何かを運んでいる。

 火の民達はその運んできた何かを一箇所にまとめると、その周りを囲んだ。集団の中の一人が号令を掛けると、一斉に周りの集団が手をかざす。腕が短いが手は私達のそれと変わらない見た目だった。手の甲は毛皮に覆われている。爪は鋭いがラチェ族ほどではない。

 次の号令と共に巨大な火柱が上がった。私とアフマドは顔を見合わせた。そして暫くすると肉の焦げる匂いが漂ってきた。火の民は肉食なのか。

 やがてそれぞれが肉の塊を小さな刃物で切り分け、無言で食んでいく。途中雪を掴んで口に放り込んだりしながら、彼らの食事は終わった。


 食事が終わると全体で二つの列を作って稜線に並ぶ。それぞれが木で出来た皿のようなものを持ち、あの大きな漏斗の周りには七人が立つ。

 先の号令を掛けた者が再び号令を掛ける。すると二つの列のうちの一つが皆で雪を掬い、自分のすぐ後ろの火の民に渡す。最後尾の者は漏斗の傍に立っているうちの一人に渡す。

 その一人が漏斗の中に雪を入れると、隣に居る者にそれを渡す。それを今度は二つの列のうちの最後尾の火の民に渡し、木の皿は雪を集めたものと空になったものが二つの列で右回りに送られていく。

 漏斗の周りに居る残りの五人は漏斗に手をかざし、手から火を出して雪を溶かしている。

 「あれで水を作っているのか」

 「そうだ。あれは労働要員だ」

 やがて列は周囲の雪を取り尽し、少し移動してまた同じ作業を始めた。

 「そこまでして水が欲しいのか」

 「もう供給が追いつかないんだ。こうして雪を溶かして水を集める作業で凌いでいるが、雪も無限にあるわけではない」

 暫くすると彼らは作業を止め、休憩に入った。そのうちの一人がこちらに向かって来る。

 「おいこっち来るぞ」

 「静かに。あれは労働要員だ。耐火装備をしていないから大きな力は使えない」

 その労働者は私達の傍に来ると、辺りの匂いを嗅ぎ出した。暫く匂いを嗅ぐと労働者はそのまま天幕の方向へ戻っていく。労働者は仲間に何かを話してこちらを指さしている。

 ずっと様子を伺っていると、大きな天幕から三人の火の民が出てきた。全身ゴテゴテの真っ黒な服を着ている。手の甲まで分厚い布で覆われていた。二人が先行し、もう一人は少し離れて真っ直ぐこっちに近づいてくる。

 「まずいな……あれは戦闘員だ」

 サイメルティが私達に目配せする。三人の戦闘員は稜線を踏み外さないように近づいて来た。手のひらを合わせて、それを少し開くとそこに火の玉が浮かび上がる。

 「私達の存在を確信しているな。やる気だ」

 「本当に話が通じないんだな」

 「こんな大変な作業をしているんだ。邪魔は可能な限り排除したいんじゃないのか?」

 アフマドは頭の被り物を巻きなおす。こっちもやる気だ。


 先頭の戦闘員がいよいよ私達の潜んでいる窪みに差し掛かろうとした時、サイメルティが飛び出した。

 「レオン!アフマド!走れ!私が食い止める!」

 サイメルティが先頭の戦闘員を横から突き飛ばす。不意を突かれた先頭の一人は雪を撒き散らしながら転がり落ちていく。その隙にもう一人に近づいて両手を掴むサイメルティ。戦闘員はサイメルティの手を外そうとするがサイメルティは食らいついて離さない。

 戦闘員はとてつもない力と速さでサイメルティを振り回し始めた。しかしサイメルティは柔らかく動いてその力を殺しつつ、それ以上の速さで戦闘員を圧倒する。

 「何をしている!走れ!」

 サイメルティが叫ぶ。しかし私達が逃げてしまったらサイメルティはどうやって逃げる?更に後ろからもう一人の戦闘員が向かってきている。

 「レオン!行くぞ!」

 アフマドはサイメルティに向かって走り出した。私も後に続く。アフマドはまず雪の塊を後ろから来た戦闘員に向かって投げる。

 そうして後ろから来た戦闘員の注意を引くと、横に展開する。戦闘員はアフマドに向かって両手を差し出す。するとギリシャ火のような横に走る火柱がアフマドに襲いかかった。

 「うおっ!」

 間一髪でアフマドは横によけた。サイメルティはそれを見て取っ組み合っていた戦闘員の手を離し、アフマドに素早く近寄って腕を取ると、一緒に跳躍して下がった。戦闘員二人は揃って両手を前に出す。

 「おっと」

 サイメルティはアフマドを掴んで大きく横に飛んだ。空中にはさっきの三倍はある巨大な火柱が一瞬で現れ、消えた。サイメルティはすぐさま戦闘員の一人に近づき、また腕を抑えた。

 「アフマド!腕を抑えろ!」

 サイメルティに言われてアフマドも距離を詰め、戦闘員の両手を抑える。二人の戦闘員は凄まじい動きで抑えられている腕を外そうと試みるが、サイメルティには柔らかい動きで、アフマドにはその強靭な力で押さえつけられ、外せない。噛み付こうとするがサイメルティは角でそれを防ぐ。アフマドは噛み付いてくる戦闘員を上に振り回して何度も地面に叩きつけた。

 長い間の攻防にも関わらず、戦闘員達は一向に疲労の色を見せない。驚異的な持久力だ。

 「レオン!彼らを突き落としてくれ!」

 私は言われた通りまずはサイメルティの相手を後ろからがっちりと掴み、稜線から放り投げた。斜面を転がっていく戦闘員。

 「さて、次か」

 アフマドのほうは大分余裕がある。両手を抑えると同時に相手に馬乗りになっていた。

 「クソッお前ら……邪魔ばかりしやがって」

 戦闘員が言葉を発する。私は顔が見たくなって被り物をめくってみた。その顔はイタチのようであった。そんな戦闘員にサイメルティが冷静に言葉を放つ。

 「お前達がいつも問答無用で攻撃してくるからだろう。私は防衛しているだけだ」

 「許さねえぞお前達……うん?お前どっかで見たことあるな。確か四つの壁の……」

 「よいしょっと」

 私は戦闘員が喋り終わる前にその肢体を放り投げた。さっきとは反対側の斜面を転がり落ちていく。

 ふと野営地を見ると火の民が大勢こっちに向かって来ているのが見えた。

 「死人が出なくてよかった。早くここから去ろう」

 サイメルティはスパンクの方に向かって走り出す。スパンクもこちらの異常に気付いたのか、籠を引き摺りながらこちらへ向かって来る。私達が籠に乗り込んだのを確認すると、スパンクは翼を大きく羽ばたいて急上昇する。下を見ると火の民の戦闘員が集まって手を一箇所に集めてこちらに向けていた。

 「スパンク!旋回!」

 サイメルティの言葉を受けてスパンクは急に右に曲がった。凄まじい音と共に大きな衝撃に見舞われ、籠が大きく揺れて振り落とされそうになる。左を見ると炎の塊が空中で炸裂していた。間一髪だ。

 「何だ今のは。爆発したぞ!」

 「戦闘員が五人以上集まるとあれが来る。身体が弾け飛ぶぞ」

 身体が弾け飛ぶ?凄まじい破壊力だ。想像の遥か上を行っている。

 「よし、もう届かない。大丈夫だ」

 サイメルティはふーっと深呼吸した。下を見ると火の民の作業員達が集まっていた。

 「彼らの力はずっと出せるわけじゃないのか」

 「そうだ。一発ごとに休憩が要る」

 「えっと何だ、発動に必要なのは両手、休憩、それくらいか?」

 アフマドが籠の淵に後頭部を付ける。

 「そうだ。ただここで大事なのは彼らの力は集まれば集まるほど強力になるという事だ。二人なら三倍、三人なら五倍、五人ならあれが出せる。火の持つ性質を考えればわかるだろう」

 「なんて厄介な奴らだ。しかし本当にあそこまで話が通じないとは。残念だ」

 思わず溜息が出た。話さえ出来れば遺跡の事も聞けたかもしれなかったのに。

 「ところでお前達何で逃げなかった」

 サイメルティは少し怒った様子だ。

 「忘れたのか?俺はお前より強い」

 アフマドが誇らしげに言う。

 「それに逃げたらサイメルティがやられていただろう。あの炎で」

 「いや、あの程度の戦闘員なら私一人で十分だった。それよりお前達に任せたら彼等を殺してしまわないか心配だったんだ」

 「えっ?殺したらまずいのか?」

 「まずい。大規模な遠征軍を組んで報復しに来る」

 武器を持ってこなくて本当によかった。もしアフマドが弓を持っていたら何人も殺してしまっていただろう。


 私達は朝日に照らされながら越えて来た山を戻る。日が当たるおかげで暖かい。これなら寝ても大丈夫そうだ。スパンクには悪いが少し寝かさせてもらおう。と、私がうとうとしているとアフマドもサイメルティもすでに熟睡していた。私も二人を横目に眠りについた。


 どのくらい経ったのだろう。ふと暑さで目が覚める。雪に照り付けられて太陽が二つあるようだ。顔が焼けているのか、ヒリヒリする。

 横を見るとアフマドがサイメルティにもたれかかって寝ていた。サイメルティもアフマドの頭を抱えたまま籠にもたれ掛かってよだれを垂らして寝ていた。

 頭を籠から出すとそこには真っ白な世界が広がっていた。右手の大きな山は雲を抱え、左手にも雪化粧を施した山脈が続く。

 下を見ると白い毛皮を纏った動物の群れが走っていた。美しい光景に息を呑む。スパンクを見ると飛びながら欠伸をしていた。

 寝ているサイメルティの服の隙間から見えていた地図を引き抜く。地図を広げるとスパンクが話しかけてきた。

 「ふぁー眠い。もうすぐ着くよ」

 「苦労をかけてしまったな」

 「大丈夫。慣れてる慣れてる」

 「こういう事はしょっちゅうあるのか」

 「あるある。私達は夜専門だからね。こういう役割がいつも回ってくる」

 「他の人達は夜飛べないのか」

 「まー飛べるけど、暗いのが苦手だからね」

 じゃあ彼女らは暗いのが得意なのか。そういえばこの大きな目といい、額から伸びている変な毛といい、羽音が全くしないあたりとか、この特徴は大型のフクロウによく似ている。

 スパンクは大きく羽を広げ、ゆっくりと左に旋回する。すると景色がガラリと変わり、雪のない禿げた山だらけになった。サイメルティが言っていた風裏に入ったのか。


 暫く飛んでいると、地面から巨大な支柱が沢山生えているような場所に出た。巨大な支柱がすべて断崖絶壁になっている事を考えると、これは何かの地殻変動で支柱以外の部分が取り去られたのだと推測できる。巨大な渓谷だ。

 「んあ……なんだ、もうここまで来たか」

 サイメルティが起きてきた。アフマドはまだサイメルティに頭を抱えられて寝ている。

 「おいアフマド、起きろ」

 私がアフマドを起こそうとするとそれをサイメルティが遮る。

 「まだ暫くかかる……休め……レオン」

 サイメルティはそう言って再び籠に後頭部を付けてグーグー寝てしまった。

 「サイメルティ、いい身分だね」

 スパンクがぼやきながら高度を少しずつ下げていく。ちらほらと巨大な柱の上に木造の小屋が目立つようになった。これが空の民の集落か。いつの間にか周りにも他の空の民が飛び交うようになっていた。

 下を見ると所々に川が流れている。だがその流れは細くて浅い。やがて断崖絶壁から滝が生えている場所に行き着いた。この崖はすべての山の中心にあるあの大きな山と連続している。まるで切り取られたみたいにごっそりと山の一部が欠け落ちている。おそらくあの巨大な支柱群と同じ原因で作られたのだろう。崖のど真ん中から水が飛び出して落ちている様子は圧巻だ。

 空の民達の飛んでいる姿が一番多いのがここだという事は、ここが集落の中心なのだろう。そう考えるとこの滝一本が彼等の水源なのか。滝はすごい長さだが、巨大な人口を支えられるほどの流量はないように見える。

 スパンクが滝の傍を旋回すると、虹が掛かった。滝が長すぎるせいで水が霧となって四散しているのだ。なんて幻想的な風景なんだ。

 スパンクはそのままゆっくりと地面から生えている支柱群の上を飛び続け、やがてひとつの支柱に降り立った。強引な着地だったため、籠が傾いて私達は地面に投げ出された。

 「おっとごめんごめん。ここ風が強いから」

 スパンクが謝る。アフマドとサイメルティは寝ていた所にいきなりこれを喰らったものだから、結構な衝撃を受けて暫く蹲っていた。

 「スパンク、ありがとう」

 サイメルティが頭を押さえながら立ち上がる。

 「いいよいいよ。それより報酬」

 「少し待ってくれ」

 そう言ってサイメルティは支柱の上にポツりと立っている小屋に入っていった。小屋の入り口に扉は無く、家屋に対して不自然なほどの大きさだった。

 「レオン、ちょっと手伝ってくれ」

 入ったと思ったらすぐに出てきたサイメルティ。アフマドが立ち上がろうとするとそれを制止するサイメルティ。

 「アフマドはいい。そこでゆっくりしていてくれ」

 私とサイメルティは小屋の中に入る。小屋の中は広く作られていて、無駄な物が一切ない。

 おそらく羽を広げた時に物が壊れないようにしてあるのだろう。地面は三つの段差が付いていて、それでなんとなく部屋が分けられている状態になっている。一番奥が一番高く、垂れ幕が下がっていて寝室のようになっている。

 「私はノーザライに用事があるのだが」

 そう言ってサイメルティが垂れ幕を少しめくる。するとそこには服を脱いで寝ているノーザライとそれに抱きかかえられて寝ている下着姿のマルコが居た。

 「これは……」

 まさかこれは……マルコ!


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