第5話 巣立ちは突然に
「あら? メールが来たみたいです」
羽衣が業務用に使っているノートパソコンから、ピロンとメールの報せが鳴る。
すぐさまスリープモードから起動し、身をかがませた状態でメールボックスを開いた。
文字を取りこぼさないように、丁寧に目で追っていく彼女に視線が集まる。
「どうかしたのか? 先輩」
「これは……まぁ!」
目を丸くしながら口元を手で覆う。
そんな彼女は嬉々としてノートパソコンを全員に見せられるように動かした。
「これ、見てください」
彼は固唾を呑み、画面に食い入るように目を落とす。
メールの内容は、日比谷 頼仁をY市支部の支部長に任命するというものだった。
「やりましたね! 昇格ですよ! 昇格!」
M市支部の支部長が羽衣なのだから、同等の立場になるという意味では昇格に他ならないだろう。
彼女には追いつかれたという焦りなんかは1ミリもなく、むしろ我が事のように喜んでいた。
飛び跳ねるようにして抱きついてきた羽衣に、動じる様子もなく──というより、それどころではなく──頼仁は言葉を漏らした。
「マジ……? 俺が、支部長に?」
頼仁は羽衣や正輝、遊真を見渡しながら、驚きを隠せないといった様子で再びパソコンの画面を注視する。
Y市は、ここM市よりもさらに規模の大きい都市部だ。
そんな場所で支部長を任されるというのだ、期待や不安がどっと押し寄せているだろう。
「うん! やったね頼仁くん!」
そんな彼女は、はっと何かに気づくと慌ててメモを取り出した。
「お赤飯を用意しなくちゃいけませんね!」
白いメモに点を打つ。
その後には赤飯と続いた。
「流石に早いと思いますけど、でもおめでとうございます、頼仁さん」
「おめでとうございます、頼仁さん! これは……貴方にとっても大きな一歩になるはずです。自分は貴方がいなくても戦っていけるよう、日々精進していくつもりです!」
「あ、ああ。ありがとう。まだ実感ねぇけど……」
二人の祝福に、自分をなだめるようにコクコクと頷く。
未だに実感が湧かないのだろうか。しかし、彼の向上心の高さは誰しもが知っていることだ。
やがてはその現実を受け止め、不安を噛み砕き、地位を手に入れるだろう。
その証拠に動揺とともに歓喜が見て取れた。
「その話、もっと詳しく聞きてぇ。先輩、Y市支部の連絡先とか……聞いてもいいか?」
「うん! もちろん」
彼女は自身のスマートフォンを操作すると、頼仁のスマホからメールを知らせるベルが響いた。
「ありがとう。ああでも、もしそれを承諾しちまったら、ただでさえ少ないここの人員が更に減っちまうことになるよな?」
「それは心配しないで大丈夫。ね? 二人もいるし」
そう言って正輝と遊真にウインクしてみせる。
頼仁の言う通り不安が残らないわけではないが、それでも羽衣は彼を送り出す決断をしていたようだ。
もちろん二人もその決意に気づき、頷きを返す。
「そうですよ~。きっと杏奈も喜びます」
「確かにまだ頼仁さんには及びませんが、それでも俺はFHを一人で倒せるだけの実力がある。この支部を確実に守ってみせますよ!」
「そうか……」
二人のやる気に満ち溢れた顔を見て、ようやく決心がついたのだろう。
彼の不安そうな表情は一変し、三人の決断に心から頭を下げた。
「ありがとう。……なら尚更、最後に後腐れないようにしっかりと"貪欲な探求者"のやつを捕まえねぇとな!」
「分かりました!」
「はい!」
「それじゃあ、まずは情報収集ですね! "貪欲な探求者"を後悔させてあげましょう!」
おーっ!という掛け声とともに、拳が空高く突き出される。
ただ、その拳に賛同する者はその場にはいなかった。
「……あれ?」
羽衣の素っ頓狂な声だけが、支部長室に残された。
後書き:羽衣ちゃんはちょっと天然さんなところがあるようです。
羽衣ちゃんはちょっと天然さんなところがあるようです。