第2話 世話が焼ける
「梅雨が終わったらすぐに暑くなるって本当に理不尽だよねー」
M市支部の一室。一人の少女が少年に愚痴をこぼす。
長い黒髪の少女、日比谷 杏奈と茶髪をワンブロックにした進藤 正輝。
彼らはUGNに所属するエージェントで、今日も業務のために支部に集っていた。
「あはは……。経費削減か知らないけど、さっさとクーラー付けてほしいよね」
「うん、わかる。ケチケチしないでクーラー付けてほしいよねー。モチベーションに関わると思うんだ」
普段ならば礼儀正しい彼女だが、彼の前では多少なりとその態度は崩れるようだ。
そのせいもあってか、杏奈の愚痴は止まらない。
額に張り付いた前髪を払いながら、手でパタパタと風を送る。
全て冷房なしではじんわりと汗が出てくるようなこの季節のせいだ。
しかも、この部屋にはクーラーがついていないと来た。
正輝はそれに苦笑いを返しつつも、同じように風を送り冷蔵庫から買い置きのアイスを取り出した。
「はい、どうぞ」
「あ、マジ? ありがと」
「息抜きは大事だからねぇ」
言いながら、正輝は細長い棒状のアイスを一つ口に咥える。
続けて杏奈も先端を一口かじると、もぐもぐと咀嚼した。
「うーん、美味しい! やっぱり夏はアイスに限るよね~!」
そんな時、一人の男性が部屋に入ってきた。
杏奈も正輝も彼の方を見て、すぐに誰か分かったようだ。
「おーい! 遊真、いるかー?」
日比谷 頼仁。彼は名字が同じなだけあって、杏奈の兄だ。
そんな彼が誰かを探してここに来たらしい。
遊真、というのも同じM市支部に所属する仲間だ。
「ん? 星屑くん? ここにはいないよ。って何その傷」
どうやら彼女は、放置されていた引っかき傷に気が付いたらしい。
そそくさと頼仁をソファに座らせると、支部の救急箱から消毒薬を取り出した。
「なんだお前、大袈裟だなぁ。イテッ!」
「大袈裟じゃないでしょ。化膿したらどうするの!」
「頼仁さんは相変わらずっすねぇ」
とは言いつつ、頼仁は大人しく手当を受けて、杏奈も治療を終える。
彼女が絆創膏を傷口に貼ったところで、頼仁は正輝を見上げた。
「そういう正輝こそ、いっつもこいつの相手してくれてありがとうな」
「いえ、そんな。別に僕は好きでやってるだけなんで」
頬をポリポリと掻きながら、正輝は首を振る。
彼にとって、杏奈の相手をするのはいつものことなのだろう。
「にしても、遊真もそうだが正輝も随分とたくましくなったな」
改めて正輝を見て、うんうんと頷く彼。
それに対しニカッと笑って、正輝は自分の体を見下ろした。
「そうですか? うん、確かに最近筋肉もついてきたような気がするし!」
正輝は年頃の男の子だ。逆にたくましくない方が栄養の偏りを疑うのだが。
その辺りはオーヴァードというところで、普通の人間よりは成長度合いも目覚ましいのだろう。
正輝は自慢げに胸を張る。
側では杏奈が「まぁ、確かに?」と言いたげな視線を送っていた。
「まぁこれなら、もし俺に何かがあっても安心だな」
彼の笑顔から察するに、いわゆるジョークというやつだろう。
ただ、その言葉に杏奈はやや不機嫌そうに口を尖らせた。
「何よそれ……。あんまり変なこと正輝に言わないで」
絆創膏が剥がれないようにとでも言いたげに、頼仁の頬を軽く叩く。
流石に兄妹の仲もあるが、頼仁は軽く笑って杏奈の頭に触れた。
「いや、すまんすまん、冗談だ。あっ、手当ありがとうな」
「何してんのよ!」
と、慌てた様子で彼の手を払い除ける。
こちらも年頃の女の子だ。流石に頭を撫でられて喜ぶほど、幼くはない。
しかし、頼仁はその態度を意にも介さない様子で笑った後、ソファを立ち上がった。
「なら今度こそ遊真を探してくるよ。きっとパトロールかなんかに出てるんだろ」
「お気をつけてー」
正輝の見送りを受けて、彼は部屋から出ていった。
残された杏奈は、なんとも複雑そうな顔をしながらその背中を送り出している。
「相変わらず杏奈は大変だなぁ」
「ええ、ほんと全くよ。あんなの兄に持った事自体が人生におけるバッドステータスよ」
「それでも手当てはしてあげるんだ?」
正輝のイタズラっぽい笑みに、ジト目を返しながら杏奈は悪態をつく。
「何? そういうこと言ってくるんだ?」
「いいえー別に。特に他意はないよ。またどうせパトロール帰ってきたら傷こしらえて帰ってくるかもしれないし、今のうちに休んどきなよ」
正輝の提案も一理ある。……というか過去の経験上、百理はあるだろう。
杏奈は溜飲を下げるのに数秒かけ、かじりさしのアイスを見た。
「まぁ……そうね。アイスも溶けちゃうし」
「そうそう。早く食べちゃおう」
そうして、二人して食べかけのアイスをかじるのだった。
一刻も早く、クーラーがつくように願いながら。