第1話 光と影
ルビ振りは初回登場のみ使用していきます。
徐々に晴れの日が多くなり、梅雨がそろそろ明けるのだろうと実感できる6月下旬。
そんな空模様とは裏腹に、UGN M市支部の支部長室には緊張が走っていた。
支部長、鍵原 羽衣はいつものように書類に目を通し、印をつけていく。
何事も起きなければいいんですが──彼女のそんな心配は扉のノック音とともに現実となった。
「失礼します。支部長、FHエージェント"貪欲な探求者"が、M市で目撃されました!」
「ふむふむ……。それは困りましたねぇ」
あまりにものほほんとした返答に支部員はやや心配になるものの、これはいつものことだと思い直したらしい。
薄緑色の長髪を揺らしながら羽衣は手元の写真を見る。そこには狂った笑みを浮かべる"貪欲な探求者"の姿があった。
中肉中背の中年男性で、かつてFHの管理する研究施設に所属していた男だ。
うぅん、と少し唸ったかと思えば、彼女は思い立ったように手を叩く。
「それなら、あの子にお願いするのが良さそうです」
「あの子……?」
支部員の困惑とともに、勢いよく扉が開かれる。
「失礼します! ちょっとトラブって遅れてしまいました!」
「ああ、ちょうどよかった。今お呼びしようと思っていたんです」
元気の良い声に、羽衣は嬉しそうに微笑む。
どうやら、彼女の言っていた"あの子"とは、彼のことらしい。
彼になら後を任せられると認識したのだろうか、支部員は一礼の後に支部長室を去っていった。
「いやー、ちょっと高いところから降りれなくなっていた猫助けようとしたら、思ったより手間取って」
「あはは、なんだか頼仁くんらしいですね。昔から困っている誰かを放っておけない性格ですし」
「はは、なんか照れますね」
彼は日比谷 頼仁。羽衣とは旧知の仲……というより、先輩だ。
ツーブロックショートヘアの茶髪を掻き上げる彼の頬には、動物による引っかき傷が付けられていた。
恐らく手間取ったというのも、おおかた猫に引っかかれ上手く誘導できなかったのだろう。
「ところで、話自体は先に聞きました。市内にFHエージェントが出たんですよね」
「はい、その件でお願いしたくって~……」
そう言って、羽衣はデスクの引き出しを開ける。
「あれ~、どこに行ったんだろう~」なんて言葉とともに格闘すること、3分。
ようやく発見したらしいそれは、写真付きの詳細な資料だった。
「この人、"貪欲な探求者"って言うんですけど、昔UGNで押さえた研究施設に所属していたFHエージェントなんです。彼が目撃されたということで、UGNとしては放っておけないなという感じで」
羽衣の真剣な声色を聞きながら、頼仁はパラパラと資料に目を通していく。
そのスピードは常人の速読と同じくらいの速さで、あっという間に十数枚の紙の束を読み終わったようだ。
「うん、オッケー。任せて下さいよ! 俺がなんとかしてみせます!」
彼は他と比べて小規模なM市支部でも、一番の実力の持ち主だ。と羽衣は認識している。
そんな彼が任せてくれというのだ。この事件もすぐに解決できるだろう。
と、思うのだが。
「まぁ、って言ってもまだ何も手がかりはないっすけどね」
彼は苦笑いを浮かべる。ただ、長年見守ってきた後輩の姿に、羽衣は一種のたくましさを感じていた。
必死に彼女の後を追っていたあの頃に比べれば、なおさら。
そんな頼仁の姿に、羽衣はニッコリと微笑んで口を開く。
「うん、じゃあお任せしちゃおうかな。まずは色々調査してほしいけど、こちらも何か分かったらご連絡しますね」
「うっす!」
「じゃあ解散!」
解散、というほど人はいないのだが。
ともかく頼仁は支部長室を後にする。
彼女もまた、窓から街を一望して仕事に取り掛かった。
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