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英雄たちの帰郷

「春香、準備はもういいの?」



 美月の声はいつも大きい。もう、みんなが見ているんじゃないの、恥ずかしいわ。



「わたしはもう終わったわ。ほかのみんなは?」


「さなちゃんはもういいんだって。キモオタは猫耳の姉さんとお別れするからって泣いてやんの、バッカじゃないの」




 異世界転移。



 それはわたしたちが通っている高校の近くで、バスを待っている間に起きた不思議な現象。気が付けばわたしは見たこともない風景の中にいたわ。




 雨が降れば雨漏れする古いバス停にいたのは、わたしのほかに家の近所に住む幼馴染の美月、同じ村に住んでるがあまり話していなかった一つ年下の沙奈ちゃん。それに同級生だけど学校のこと以外はお話をしたことがない吉山君。



 この四人が異世界に呼ばれてきた。





 ストーンサークルみたいな所にわたしたちがいたけど、周りには古代ギリシアの服装を着た人がいっぱいいたのね。その中から黄金色の流れるような髪をした女性がわたしたちに近付いてきたの。



 この異世界の神に仕える神官さんで、彼女はクリスティナと名乗った。天から遣わされた英雄であるわたしたちに、国を脅かすキュクロープスという化けものを倒してほしいとお願いされた。



 でもね、わたしたちは田舎町に住むただの高校生。彼女たちが待ち望んでいた英雄なんかじゃないわ。




 説明を繰り返してもクリスティナたちは信じてくれなかった。


 彼女が言うには、国がかの化けものに襲われたときに英雄の祭壇へ祈りを捧げれば、神から英雄たちが遣わされることを、わたしたちに強く主張していたわ。



 あの時の話し合いは、双方による意見の食い違いで本当に疲れたのね。




 思いもよらず、硬直したその事態を解決したのは吉山君。



 彼はクリスティナに詰め寄ってから、おれたちは勇者かって問い質したの。


 その勇者という言葉にクリスティナたちは首を傾げて、理解できない表情を見せていたので、吉山君は見た目でわかるほど落胆したのね。


 今思い出しても笑いたくなるくらい、それはとても滑稽な顔をしていたわ。




 吉山君は学校に友達がいない。


 授業はちゃんと受けるし、成績もかなりいいほうと先生たちは言ってたわ。ただ彼の体格は太めだし、いつも独りでスマホを見てニヤニヤしているため、女子たちから受けがすごく悪いの。



 でもね、吉山君は別にほかの人に迷惑をかけているわけじゃないし、だれだって好きな趣味はあると思うわ。だからね、わたしは吉山君のことを嫌ってはいない。



 本音を言うなら、吉山君とは日常のお喋りするならいいけど、親しい友達になるとかはちょっと心の抵抗を感じるかな? ごめんね、吉山君。




 美月はね、子供の時からずっと一緒なの。


 元気はつらつという表現がよく似合う子。あけすけの話し方に明るいその性格は、誰とでも仲良くなれるからお友達がいっぱい。


 もっとも、田舎町の高校だからいっぱいと言ってもたかが知れているけどね。


 とにかく上級生から下級生まで学校のみんなとお友達なんだから、彼女といると休み時間なんてすぐに消えちゃうのよ。




 沙奈ちゃんはとにかく変わった子。


 こっちに来て最初の頃は、彼女がなにを言ってるのがよくわからなかった。



「センパイ、わたくしに近付かないでください。魔眼が、わたくしの魔眼が疼いちゃうんです!」



 そう言いながら彼女は手で目を抑えている。


 目が痛かったら眼科で見てもらったらいいのにと思ったけど、それを言おうとしたら美月が頭を振りながら、肩をつかんで止めてきたのね。



 あとで美月に教えてもらったけど、学校でも彼女は重度の中二病患者で知られているらしい。


 その時は意味がわからなかったので、そんな病気もあるんだと不思議に思ったの。



 今から考えると、そういうことには本当に知識がほとんどなかったわ。





 吉山君とクリスティナたちの話し合いの結果、わたしたちはしばらくの間、この世界のことを知るため、神殿に泊めさせてもらえることになったの。


 色々と書物を見せてもらったけれど、なぜか言葉は通じるがこっちの文字は私たちに読めない。それにわたしたちが話す言葉でも通じないものがあるのね。それらのほとんどは外来語だったわ。




 最初のうちはとにかく慣れないことが多かった。


 食事から生活習慣まで、全てのことに苦労していたわ。だって、ティッシュがないからお手洗いが大変だったんだからね。




 この世界に動物の頭した毛深い人間がいるわ。


 クリスティナに教えてもらったけど、その人たちは異種人という種族みたいなのね。最初の時なんて、吉山君が大興奮して街の中でいきなり異種人の若い女性に抱きついたため、大騒ぎになってしまったの。


 そのあとがもうとにかく大変。


 クリスティナとわたしに美月が誠意を尽くして謝ったにで、怒ってた異種人の女性になんとか許してもらえたわ。



 そのあとに吉山君は美月から厳しい制裁を受けたのね。この世界で彼を呼ぶ時のあだ名である、キモオタはこの時についたの。




 それからわたしたちはどうしたらいいかわからず、クリスティナたちから熱望の眼差しをうけながら日々を過ごした。


 だってね、国を脅かす化け物と戦うなんて、高校生であるわたしたちにできるはずもないもの。





 たまにね、四人で最初に来た英雄の祭壇へ行って、帰れないかなと一日中そこに座っているだけの日を過ごしてみたの。


 でもね、何も変わらない。ただ昼が夜に変わり、満天の星を眺めている時を無駄に過ごすだけ。



 ある日、いつものように美しい夜空を美月と愉しんでいたら、目の前に輝く女性が立っていたのね。彼女はアルテミスと名乗り、わたしたちにてんいのいきさつを教えてくれたの。




「ワタシは民の願いを叶えるため、いずれは知らないが異世界より魂を呼び出し、仮初の肉体とキュクロープス討伐の使命を与えた」


「なんであたしらなの!」


 美月の叫びにアルテミスは頭を振るだけなのね。



「知らない。ワタシは呼び出すだけ、だれが来ようがかまわない」


「そんなのひどいわ。帰してよ、家に帰りたいの、家族と会いたいの!」


「できない。お前たちの魂はキュクロープスのそれと魂の鎖でつながれている。魂の鎖を断ち切れば帰すことは約束しよう。キュクロープスが死なない限り、お前たちはこの世界で生きる」


「……そんなのって、ないわ……」


 美月は地面に座り込んでしまい、泣き出していた。わたしだって泣きたかった、こんなところで生きたくないの。




「じゃあ、月の女神様よ。おれたちがキュクロープスを倒したら帰してもらえると約束するんだな?」


「ワタシはアルテミス。月の女神様などではないのだが、約束はしよう」


 吉山君がわたしたちの前に立て、アルテミスと交渉し出したの。ここに来てわかったことなんだけど、こういう時って、吉山君は強気に出るのよね。




「シャレのわからん駄女神だな……じゃあ、魔王を倒してくるからチートをくれよ」


「まおうとはいかなるものか? それにお前の言うちーととはいったいなんだ?」


「ええ? そんなのもわからんの? やっぱ駄女神決定だなこいつ。要するに強い力をくれ、キュクロープスを倒すだけの能力をくれよ」


「それならすでに授けたではないか。そなたは術の英雄、先の女は防の英雄、一番奥にいる手を抑えている女は攻の英雄、そこで口を開けている女は療の英雄だ。それぞれの力はまだ小さいけど、鍛えていけばキュクロープスを倒せるだけの力はもう与えている」


 口を開けている女ってわたしのことなのね。療の英雄とはなにかは知らないけど、あとで吉山君に聞いてみようと思ったの。



 その吉山君はわたしたちに向かって話しかけている。



「なあ、みんな。このままここにいてもしょうがない、おれは帰りたい。帰って終わってないゲームを終わらせたいし、投稿している小説はエタりたくない。なにより、今年こそ貯めたお小遣いで夏の同人誌祭りへ行かなくちゃいけないんだ!」


 そうね。このままここにいたって何の解決にもならない、だったら前へ進もう。でも、聞いてみたいことがあるの。



「アルテミスさん、教えてほしいことがあるの。わたしたちの体はどうなってるんですか?」


 このことはずっと疑問に思ったため、アルテミスさんに聞いてみようと思った。この世界に来た時はすでにこちらの服を着ていたから。




「お前たちの元の肉体は元の世界にそのままある。そこの時間は止まっているから元の肉体が滅びることはない。帰らない限り、永久にあり続けるでしょう」


「じゃあ、キュクロープスが生きている限り、わたしたちの魂もここにいるってことなの?」


「お前たちでなくても誰かがキュクロープスを倒せばお前たちを帰すことはできる。だがこの世界の人はキュクロープスを倒すことができないから、英雄としてお前たちが呼び出された」


「そう……」


 話を聞く限り、キュクロープスという化けものを倒さないと、家に帰れそうにないのね。




「そんなに力があるならなんであんたたちでそいつを倒さないんだ!」


 美月は元気を取り戻して、絶叫ともとれる声でアルテミスに質疑したの。そうね、それはおかしいわ。



「キュクロープスもワタシたちと同格、ワタシたちが倒しても同じ存在として復活する。人間しか神殺しができない。それゆえに異神殺しは英雄と呼ばれる」


 そういう規則みたいのがあるのね。




「あーもう、お前らごちゃごちゃうるさいぞ。こういうのはテンプレ通りにやりゃいいんだよ。お前らが行かないならおれは一人で行く、さっさと倒して家に帰りたい。で、先から手を抑えているけど沙奈君はどうする? 行くの? 行かないの?」


 吉山君に問われている沙奈ちゃんはゆっくりと頭を上げてくる。



「愚問ですねセンパイ。これが見えないというのですか? わたくしの右腕がもう、疼いちゃって大変なんです。魔王を倒すことがわたくしの宿命というわけなんですね? 我が怨敵がこの世界にいるというのならいいわ、我が腕に宿るもう一人の魔王の力でうち滅ぼして見せましょう」



 まあ大変、沙奈ちゃんの腕に寄生虫がいるというのね。この世界の街を回ってみたけど、皮膚科の病院なんてものはないの。この世界に病院はなく、魔法という不思議な力で治しているのよね。




「じゃあ、みんな。魔王を倒して家に帰ろうぜ!」


「なんでキモオタが仕切っているのがわからないけど、それ、乗ってあげるよ」


 アルテミスさんが見ている中、美月が仕方なさそうな顔をして吉山君の意見に同意したわ。



 もちろんわたしも早く帰りたい、夏休みは美月やクラスの友達と約束してるの。


 みんなで大きな街へ行って、おしゃれなカフェでお茶して、かわいい服を買ってくる。それが夏休みの楽しみだったんだから。



 ところで吉山君。


 わたしたちが倒すのはキュクロープスという化け物なのよ? 魔王じゃないわ。魔王はね、沙奈ちゃんの腕いる寄生虫よ。ちゃんと治せるといいわね。






 あれから色んな所へ行ったわ。


 吉山君と沙奈ちゃんが夜遅くまで議論を重ねた末に開発した魔法を使って、吉山君のいうレベル上げで色んな化け物と戦ったの。



 二人が仲良さそうにしているからこっそりと沙奈ちゃんに聞いたことがあるのね。



「沙奈ちゃんは吉山君のことをどう思う? 仲良くしているみたいだけど」


 わたしの質問を聞いた沙奈ちゃんはいきなり真顔になって、わたしに頭をさげてきたわ。



「ごめんなさいハルカセンパイ、ヨシヤマ賢者とは不俱戴天の宿敵。今は仕方なく魔王を倒すために共闘していますが、いずれは滅ぼさないといけない仇です。それに……」


「それに?」


「吉山センパイの顔と性格は好みじゃないので、もう全然そういうのはあり得ませんっ!」


 ふふふ、焦っている沙奈ちゃんがとても可愛い。



 でもよかったわ。沙奈ちゃんは重度の中二病だけで、そういう男女間の感性は普通の女の子なのね。


 あら、ごめんね吉山君。なんか陰口を言っちゃったみたいね。ふふふ






 お国のほうからは、クリスティナさんや第三王子のアキレアスさんたちが同行してくれた。


 旅の途中に色んな人や種族と出会えたの。精霊のニンフさん、サテュロスさんや体の下半身がお馬さんのシーレーノスさんなど、みんなと仲良くなってお話して、つらいけれど楽しいと感じられる旅路を過ごしてきたわ。






 わたしたちはキマイラやゴルゴーンなどの怖くて強い化け物を倒しながら、ついに目的地のラビュリントスに辿り着いた。


 そこの守り主であるミーノータウロスを倒して、その下にいるキュクロープスが待ち構える地下宮殿に突入することができました。





『あ、ありがとう……これで死ぬことが……できる――』




 死力を尽くした激戦の末、わたしたちはキュクロープスを倒した。


 最後にキュクロープスから感謝の言葉を言われたけれど、なんとなくわたしは彼に共感はできたの。



 こんな薄暗くてなんもない地中に閉じ込められたら、誰だってうつになっちゃうはず。しかもこの世界に心療内科はないから、心は壊されていくだけだと思う。


 だれかお友達でも作ったら良かったのにね。





 帰路は楽しかったわ。


 出会ってきた人たちと残されたわずかな時間で再会を祝って、その後は涙のお別れが続いたの。それを何度も経験して、人と人の繋がりはすごく大事だと思えるようになったわ。




「春香、アキレアスくんが激しい情熱を燃やした目で見てきているけど、どうする?」


「どうもしないわよ、もう帰るんだから。それにアキレアスさんはクリスティナさんの思い人だから、わたしはそんなややこしい人間関係を作る気はありません」


 道中はアキレアスさんからずっとアプローチを受けていたけど、この世界に残る気がないわたしは、そういう恋心をここに置いて行く気はないの。



 確かにアキレアスさんは格好良くて優しい素敵な王子様なのよね。ちょっとはもったいないかなあ、なんて思ったりしたけど。



 でもね、やはり自分の世界へ帰りたい。



 それに王子様から思われていただなんて、とても素敵な思い出ができたんじゃないかな。




「うおー! ケモミミにモフモフっ! おサラバしたくねええ!」


「ヨシヤマ賢者あ、わたくしとエキドナの討伐に行きましょう!」


 はいはい。早く帰らないと事態が悪化しそうだわ。




「行くわよ、今夜が満月なの。アルテミスさんは魔力が満ちる夜ならきっと帰してくれるって言ったからね」


 わたしたちは長い冒険の果てに、やっと家路につくことができました。




「すまなかったな、お前たち。よくぞキュクロープスを倒してくれた。あのままだともうすぐ地下宮殿が破壊されて、あいつは地上に出て暴れまわっていたのだろう。それにキュクロープスも死にたがっていたから、あいつの願いをかなえてあげたお前たちに礼を言う」


「いいえ、大変でしたけど色々と楽しかったn です。約束を守ってくれてありがとうございます」


 アルテミスさんは頭をさげてくれた。



 初めはすごく嫌がっていたこの異世界の転移も、終わってみればいい思い出がいっぱいできたのね。


 だってね、普通に生きたらね、精霊さんになんて会うことはできないもの。



 ラノベもゲームも、色々と知らないことを吉山君から聞けたし、沙奈ちゃんの中二病も暖かい目で見守ってやれば可愛いもの。


 心配しているのは沙奈ちゃんが帰ったら、今回の体験で病気がさらにこじれないかなくらい。




「やっぱおれは残ろうかな、ニンフもおれを待ってるって言うし」


「ヨシヤマ賢者あ、話が分かるね。わたくしとヘカトンケイルの討伐に行きましょう!」


「アルテミスさーん、もう帰してくださーい」



 光に包まれているわたしたちに、見送てくれていたアキレアスさんやクリスティナさんたちは泣いていた。


 わたしもね、涙がとまりません。


 でも、それはわたしだけじゃない。美月も沙奈ちゃんも吉山君も泣いていたの。


 ただね、吉山君は笑顔で見送ってくれている猫耳のお姉さんたちを見て泣いていたのね。



 それと、さりげなくアキレアスさんを抱きしめているクリスティナさんは中々やるわねって思ったの。


 やはりどの世界でも女は強いのよね。ふふふ






「あ」


 四人が声を揃えたね。



 いつものバス停はいつものように錆びた屋根の穴から日射しがさし込んでくる。いつになったら修理に来てくれるのかな。



「……」


 だれも声を出そうとしないの。だれも声を出せないの。


 見慣れて風景がこんなに懐かしいと思えるだなんて、今までこんなことは一度もなかったわ。




 気がつけば遠くから走ってくるバスが見えた。



 同じバス停で待つわたしたちは、吉山君がこのバスに乗ることは知っていた。異世界へ行くまでは、お互いにプライベートのことなんて一度も話したことはないのに、彼が乗るこのバスだけは見知っていたの。



 異世界では身体が引き締まって、それなりの男になったのに、こっちの吉山君は相変わらず小太りしているのね。


 吉山君、運動はちゃんとしたほうがいいと思うわ。



「じゃあ、おれ帰るわ」


 こっちの世界で同級生の吉山君から初めて、彼から声をかけてくれた。



「おう。ゲームばっかやってないでたまには運動とかしろよ」


「うっせえな」


 ふふふ、さすがは幼馴染の美月。思っていることは同じなのね。



「お前らと異世界で冒険する変な白昼夢を見た。中々面白かったからそれを小説にして投稿させてもらうぜ」


 うん、吉山君もちゃんと覚えているのね。わたしだけが見た夢じゃなかったんだ。



「まあ、いいけど……実名だけは出すなよ!」


「相変わらずうっせえな女だな。ガサツで怪力なアホ女って書いてやるよ」


「なんだとぉ? キモオタのくせに生意気な……お前こそケモミミにモフモフとかのへんなことばっか書くな! あの世界はそれだけじゃないからな」


「小説は作者様が書きたいように書けばいいんです。どうせお前らはネット小説なんか見ないくせに口を出すな」


 それは違うよ、吉山君。ほかのネット小説は知らないけど、この冒険を書くのならわたしはそれを見たい。


 変なことを書いたら書き直させるからね。




 吉山君は止まったバスに乗り込もうとしている。



「明日もちゃんと学校に来いよ、キモオタ」


「一々うっせえな。おれは学校をさぼったことなんかないっつうの……じゃあな、春香、美月、魔眼持ち」


「また明日」


「目が、目が疼くんです!」


 吉山君はちゃんとわたしたちの名前を呼んで、別れの挨拶してくれた。



 異世界に行って、なにも持って帰ってこれなかったけど、素敵な思い出と親しいお友達が二人増えたことはとても嬉しい。



 でもね、沙奈ちゃんじゃないけどわたしも吉山君はタイプじゃないの。だからね、その先は絶対にないわ、これからも親友でいてね、吉山君。


 モフモフはこっちの世界じゃ動物しかいないけれど、吉山君に素敵な出会いがあるといいわね。




 吉山君を乗せたバスが去り、もうすぐわたしたち三人が乗るバスが来るわ。



 わたしと美月は先に降りるけど、沙奈ちゃんはその次のバス停で降りるのね。


 同じ村に住んでいても顔だけを知っている子だったのね。でもね、これからはいっぱい遊んであげたいわ。



「センパイ、目が疼くんです。どこか倒すべき敵はいませんか?」


 わたしはそんな可愛い沙奈を後ろから抱きしめた。



「春香センパイ?」


「夏休みにね、美月たちと街に行くの。その時はあなたも来なさいな。ケーキを食べたらぁ、一緒に眼科へ行ってあげるからね」


「それいいね春香。沙奈は皮膚科も行かないとね、右手も疼くんでしょう」


「え? わたくし、病気じゃないですよ? これは前世の――」


「はいはい」




 蝉時雨が鳴りやまない夏の日。わたしはお友達と見たこともない世界で素敵な旅をして来ました。



 きっと、異世界の旅なんて、行ったわたしたち四人以外はだれも信じてくれないでしょう。


 でもね、いいの。


 これは四人の記憶だけに残る、ひと夏の思い出なんだから。







帰る前後のちょっとした物語でした。もちろん、チートのお持ち帰りはありませんよ。

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