7悪役令嬢と呼ばないで。
「クラウディア、あなた悪役令嬢と言われているわよ?」ゆるふわウェーブの赤髪を片手で払いながら、ルミルダは私の席までやってきた。
メアリとともにマカロンを食べに行った昨日、午後の授業はサボって帰宅したのだ。
入学から二日目の本日は何食わぬ顔で登校したが、席に座るなりルミルダの報告を聞くこととなった。
「とても不名誉な呼び名とお見受けするけど…どういうこと?」溜息をつきながら、ルミルダへ問いかけると周囲の喧騒が一瞬静まり返った。
ルミルダは気にすることなく言葉を続ける。
「昨日、クラウディアが一年生をいびっていたでしょう?そこにバルト様が颯爽と助けにいらっしゃって、かっこいいわよねバルト様ほんと素敵」両手を眼前で合わせ、幸せそうに語り始める。
「その説明では状況がわからないよ…話を戻してくれないかい?」
「そんな…伝わらないなんて…!では、時間をかけてバルト様の素晴らしさについて語らせていただくわね!」
「ルミルダの幻想を聞きたいわけではなくてね…」呆れで頭が痛くなる。
「幻想ではなく、妄想よ」
「なお悪い」
「それはそうと、悪役令嬢と言われているのよ」
「話戻すのね?急すぎて反応に困るけど、どういうこと?」
「ねえ、砕けた話し方をしてもいいかしら?わたくしたちもうお友達でしょう?」
「いいけど、君ほんと人の話聞かないね?聞く気ないね?」
「あなたが一年生をいびったことで、ついたあだ名みたいよ」ルミルダはそう言うと、興味なさげに椅子を引いて隣席に座る。鞄から教科書を取り出し、授業の準備を始めてしまった。
「私のどこが悪役だって言うんだい…」眉間の皺を指で押さえながら、ルミルダに訊ねる。
「目つきが悪い?」
「それ普通に悪口だからね?」
「あら、御免あそばせ」苦言を呈するが、ルミルダはどこ吹く風だった。
「アイリスだったかな、可憐な容姿をしていたから余計に噂が独り歩きしたのかもしれないね」昨日の少女を思い出すと、愛らしく守りたくなる小柄な子だったように記憶している。
「彼女、入学初日にしてイケメン四天王の全員と接触していたわ」
「…なんだい、そのイケメン四天王って」
「この学園内にいるイケメン上位4名のことよ、選別はわたくしがしたのだけれどね」
「それルミルダの妄想の続きだろう?」
「呼び名はさておき、彼女がイケメンと接触したことは事実だわ」
「どうでもいいよ?その情報」ルミルダと話していると、話題が次々に逸れて疲れてくる。
「ちなみに、イケメン四天王は生徒会役員4名のことよ」
「生徒会なるものがあるのかい?」
「そう、イケメン4名に愚弟を加えた5名体制」
「…ラングストン卿の弟君というと、二男のラビス様か」
「覚えなくていいわよ、あの子はまったく」ルミルダは嫌そうに顔をしかめた。
始業の鐘が鳴る。
会話をとめて、鞄から教科書を取り出した。
教師が教室の戸を開け、授業を開始する。
窓辺へ視線を遣れば、天気のいい青空が広がっていた。
カモメが空高く飛んでいる。
開いた教科書には数字が乱立し、“数学”の表題が記載されていた。
過去に同じ内容を勉強したことがある。
教室ではなく、書斎だったけれど。
兄とともに机を並べて、父と母が勉学を教えてくれていた。
わからないと言えば、どこがわからないかと尋ねてくれた兄の顔が思い浮かぶ。
いつも私の先を歩き、導いてくれていた。大きな背中が眩しくて、ずっと追いかけていくものだと思っていた。
「兄さま…」呟く言葉はどこにも届かない。
虚しくなるほど、秋空は青く澄んでいた。