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5学園生活が始まります。

「身の程を弁えなさい」そう伝えると、目の前に立つ少女は瞳を潤ませて今にも泣きそうな表情になってしまった。

「クラウディアは…間違ってる」彼女の声は震えていて、縋るように紡がれた言葉は消え入りそうに小さい。

私はなぜ幼気な少女を怒鳴りつけているのだろう?

私はなぜ弱々しい少女を虐めるような状況に陥っているのだろう?

気が遠くなりそうな状況にため息が出そうだった。


かれこれ話は1時間前に遡るーーーー。


「あのっ!クラウディア様はバルト様とご婚約されていらっしゃるのよね?」学園生活初日のお昼休みだった。赤髪のロングヘアを緩くウェーブさせた少女が声を掛けてきた。

「ええ、仰るとおりですが…」彼女の勢いに気圧され、椅子を引き気味にしてしまう。

「バルト様ってどのようなお方なのかしか?ほら、皇太子様とお話できる機会なんてそうそうないじゃありませんか?」僅かに染めた頬を両手で覆いながら質問する姿は恋する乙女のよう。

「…私もバルト様とお話しさせて頂いた機会はありません。婚約も文書によるやり取りでしたから…」

「そうでしたか…申し訳ありません。気分を害してしまわれましたか?」がっかりと項垂れる彼女の顔を記憶から探ってみるが、面識はおそらくないように思われた。

「お気になさらないで。それより、なぜ私の名前をご存知なのですか?」自己紹介もまだの相手に名前を言い当てられ、多少の警戒とともに尋ねる。

「クラウディア様を知らない生徒などこの学園にはいませんわ!エリウス公爵家のご長女様なのですから!」両手を掴まれ、キラキラと瞳を輝かしている少女の迫力に気圧される。

「そうなの…?よろしければ、貴女のお名前を教えてくださるかしら?」

「申し遅れました!私はルミルダ・ラングストンと申します」ルミルダはそう言って、恭しくスカートの裾を持ち礼をした。

「ラングストン卿にはいつもお世話になっております。今後とも兄ともどもよろしくお願い致します」ルミルダの赤髪に寝癖をつければ噂話が好きなあの男によく似ているが、それは言わない方いいだろう。

「クロード・エリウス公爵閣下のことは兄からよく話を聞いておりますわ。…兄、ちょっと口うるさいところもあるでしょう?」

避けようと思っていたのに、ルミルダから話を振られてしまった。

「いや、そうですね…ラングストン男爵は情報収集に長けてらっしゃいますから、素晴らしい手腕をお持ちです」ひと月前に城内で会った際の記憶を掘り起こす。彼は未発表であったバルトとの婚約を1日と経たず把握するほど情報に聡い人物だ。

「余計なことも調べてくるんですけどね」ルミルダは呆れ顔だ。

「まあ、噂話にも敏い方でいらっしゃいますよね」痴情のもつれまで把握している手腕には困ったものだが。

「兄のことご存知でしたのね」嬉しそうにルミルダはそう言った。

「ええ、いつもお声がけくださいますから。よろしくお伝えください、ルミルダ様」今後を思い、丁重に礼をした。

「ルミルダとお呼びください、クラウディア様」にこりと微笑み礼をする姿はよく礼儀作法を教育された令嬢であると感じ取れるものだった。

「では、ルミルダ…お昼の予定はありますか?」時計の針を見れば昼食時を示している。

「いえ、もしよろしければ…ご一緒に食堂へ行きませんか?」

「ぜひ。食堂の場所がわからなくって…助かります。」席から立ち、ルミルダのあとについて食堂へと向かった。

白色の壁紙には繊細な模様が施され、床には紺色の絨毯が敷き詰められている。

紺色のジャケットにワンピース型の制服は慣れずスカートであることを忘れ大股で歩きそうになる。

マリンとともに慌てて用意した"お嬢様"。長く伸ばしていた銀髪を縦巻したのだが、勢い余って2本の鉄製ドリルを生成してしまった。普段はオールバックにかきあげている前髪を斜めに流している。急拵えでマリンとお嬢様口調を特訓したが、違和感しかないため敬語で誤魔化す作戦に変更した。

お嬢様って難しい。

やってみて初めて知る。

「学園生活とは大変なものだね…」つい呟いてしまった本音に焦るが、周囲に気付いた人はいなさそうだ。

視線を窓の外へと向ける。レンガ造りの学園を囲うように、刈り込まれた木々が美しく整列している。手前には色とりどりの草花が植えられた庭園がのぞき、テラス席からほど近い場所には藤の花が咲き誇りトンネルをつくっている。

「あんたがクラウディアか?」高圧的な声に呼び止められる。どこか聞き覚えのあるそれで、振り返れば予想通りの人物が立っていた。

「バルト殿下、お初にお目にかかります。エリウス公爵家嫡女クラウディアにございます。」先ほどのルミルダの所作を思い出しながら、スカートの裾を持ち上げ一礼する。

「クロードの妹か…似ているんだな」呟かれた言葉にどう返していいか困惑する。

「兄妹ですから…おほほ」手で口元を覆って笑ってみせるが、すでにバルトはこちらを見てはいない。

人がせっかく急拵えで"お嬢様"を演じているのにその態度か!?と食いつきたくなる思いは押し止める。

「バルトでいい。同じ学園だ、また会うこともあるだろう…ではな」そのまま去っていく彼の後姿が消えた頃、静まり返っていた廊下に黄色い声が響く。いずれも彼の容姿に対するものだった。

「随分と人気ですね…」

「バルト様は学園の華ですから。御顔立ちはとても美しく、背姿は凛と麗しい…その上、皇子様でもあられますし!」ルミルダは両手を合わせて、嬉嬉として熱弁を奮ってくれた。長くなる演説に耐えかねて、先に食堂へと歩みを進める。

彼女は気にする風でもなく、なおもバルトの良さについて語っている。バルトへの賛辞は…馬の耳に念仏というか…言葉はどんどん右から左へ抜けていった。

「クラウディア様はあまりバルト様をお好きではいらっしゃらないのかしら?」

「いえ、ただあまりバルト様という人物を存じ上げていないだけですよ…それと、私のことはクラウディアと呼んでくださらない?」

「クラウディア…お友達になったみたいね」ルミルダはそう言って悪戯っぽく笑う。

「違いました?せっかくだし、お友達というのも悪くないと思いますよ?」

「あら素敵。これからよろしくお願いしますわ」小首を傾げてこちらを覗き込むしぐさは、可愛いとわかっていてやっているとわかった。

「私に猫なで声を使ってもあまり効果はないんじゃないですか?」

「クラウディアはわたくし好みのイケメンさんだったものだから、つい」

「君が素晴らしきハンターということはわかったよ」

「狙ったオトコはほぼ落ちないの」

「見栄でいいから、ハッピーエンドを語ってほしかった」

「初心な生娘を演じてみたわ」

「その発言で君を痴女としか思えなくなったよ?」

「すべてあなたのせいよ…ねえ、クラウディア…?」ルミルダは私の顎を指でなぞる。腕を絡ませて、吐息がかかりそうな程の至近距離に彼女の顔が迫った。

「…ルミルダの瞳は向日葵みたいだね。零れ落ちそうなほど大きくて、綺麗な檸檬色をしている」ルミルダに見惚れて、つい彼女の腰を抱き寄せ、片手をとって手を重ねた。

「……クラウディアは憎たらしいほどイケメンよ」そう言って、ルミルダは私の腕を振りほどき先を進んでいく。

「照れてるのかい?」彼女の横に並べば、そっぽを向かれてしまう。

「違うわ、クラウディアはこうでもしないと敬語を抜かないと思っただけよ」

彼女は予想以上に人を見る力があるらしい。

「そうだね、おかげで楽に話せるよ。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」言葉の端々に棘を感じるが、気にしない方がいいだろう。

先ほどまでより少し近い距離で、肩を並べて廊下を歩いた。

食堂に入り案内された席へとつく。水を用意してくれた初老の男性に注文を伝えた。

「わたくしはこちらのポークソテーとサラダをお願いしますわ。クラウディア様はいかがされます?」

「そうだね…サラダにハンバーグ、フィッシュアンドチップス、スープ、パンとチョコレートケーキをお願いします」手早く注文を伝えてる。

「かしこまりました。メニューをお下げ致します。」男性は優雅な所作でメニュー片付けていく。

「クラウディア…すべてお1人でお食べになるの?」

「…ええ、そうですが?」質問の意図を掴みかけて首を傾げれば、ルミルダは慌てたように視線を逸らした。

「…クラウディア!あちらのテラス席は庭園が見渡せると人気の場所なんですのよ」引き攣った笑みで話題を変えようとするので、ようやく合点がいった。

食事を頼みすぎているのではないか、と暗に言ってしまったことに焦っているのだろう。エリウスの家格は公爵であるから、男爵家の彼女が発言したとなると不敬ととられかねない。

「話を逸らすにも無理やりすぎないかい?」ジト目で不平を訴えてみるが、ルミルダは冷や汗までかきだしていた。

「あ!ほら、女生徒が多くテラス席にいますでしょう?」焦りからか声が大きくなってきている。虐めすぎたかもしれない。

「そうだね、テラス席の話をしましょうか?あちらでお話されているのはどなたでしょう?」

「あ、はい!中央にいらっしゃるのはメアリ・ルーブル様かと思いますわ」ルミルダは安心したように息をついている。

「メアリ・ルーブル侯爵令嬢…ルーブル卿のご息女ですか」

「ルーブル卿と面識がおありなのですか?」

「ええ…まあ、よくしていただいてます」議会席で議長を務める厳つい顔を思い浮かべ、愛らしい顔出しをしたメアリとつい見比べてしまった。

母親似なんだろうか。

彼女は父親に似なくてよかった、と言いたくなる容姿をしていた。

「…クラウディア様はわたしくのお兄様のこともご存知でしたし、城へはよく行かれるのですか?」

「……。」気が抜けていた。クロードとしては毎日のように城へ行っているが、クラウディアとしてはほとんど行ったことがないことに気付く。

「クラウディア…?」ルミルダは黙り込む私の顔をのぞき込んでいる。

「…兄から聞きいたんだ。城内での出来事をよく話されているものだから」苦笑いでどうにか誤魔化してみる。

逃げるように逸らした視線の先、庭園の花壇に隠れて見えにくいが異様な空気がそこには漂っていた。

テラス席から少し奥、陽射しを遮る藤の蔓草がトンネルをつくる入口に彼女たちは立っている。ルーブル侯爵令嬢を筆頭に数名の女生徒が一人の少女を取り囲んでいた。少女は柔らかそうな金糸の髪をハーフアップにまとめている。小柄で可憐な少女は怯えたように顔を俯かせている。

少女の表情から言って、状況は決してよくないだろう。

「軽率だね…」ため息が出そうになるのを堪えて、目を閉じる。

これがルーブル侯爵のご息女でなければ無視していたが、クロードとして公務を行う中で、彼には何度か救われた経験がある。

まったく仕方ないな。

白く反射する外の光の中で、メアリの艷めく黒髪はくっきりと輪郭を保っていた。彼女を通して、ルーブル侯爵の顔がチラつく。

深く息を吐いてから、私はゆったりと瞼を上げた。

「ルミルダ、申し訳ないけれど少し席を外します。私が遅ければ、先に教室へ戻っていてください」椅子を引いて席を立つ。

テラスへと出る扉を抜けて、真っ直ぐに藤のトンネルへと歩を進める。

秋風が一陣吹き抜けていった。固く巻いた銀髪の縦ロールは靡きもしない。

芝をヒールで踏みしめる。集団まで2mほどまで近づいたところで、メアリがこちらに視線を寄越した。

「ごきげんよう、メアリ・ルーブル様」声をかけ一礼する。

「…どなた?いま取り込み中なのよ、後にしてくださる?」眉根を寄せて、不快感を隠しもしない声が返ってきた。

「私はクラウディア・エリウスと申します。ルーブル卿とはいつも懇意にさせていただいております」目だけで微笑めば、メアリの表情が一瞬で青ざめた。

「申し訳ございません!大変な失礼を…!」メアリは勢いよく頭を下げた。

「顔をお上げください。それよりも、なにをなさってらしたの?」理解できるようゆっくりと、尋ねていく。自身の顔立ちが鋭いことは自覚している。言外に怒りと威圧を視線に込めて、メアリを真正面から見据えた。侯爵令嬢たる者ならば相応の振る舞いをせよ、と。

「それは…あの!クラウディア様…っ」追い込まれたように、表情がみるみる青白くなっていく。

「メアリはわたしのお母さまのことを酷く言ってきたの!」急に横槍が入ったことで視線を向ける。

先程まで怯えていた少女は両手を握りしめ、真っ直ぐにこちらを見つめ言葉を続けた。「平民とか貴族とか…そんなの関係ない!今は同じ学園に通う生徒でしょ!?」泣きそうな表情を必死に訴える姿は庇護欲をかきたてられるが、発言の内容は黙認できない。

「…お名前をお伺いできますか?」敬語ではない話し方、小動物のようなちょこまかした動き、なにより公爵家を名乗った私に対する不敬の発言からして、貴族の家柄とは考え難かった。

「アイリスよ?」きょとんと、少女は小首を傾げる。

姓を名乗らないということは平民の出ということだろう。「慣れない環境であることも慮れば、致し方ないでしょうか」どのような言葉を用いれば伝わるのか、眉間のシワを指でほぐしながら思考を巡らせる。

「わたしメアリと仲良くしたいだけなのに…どうしてお母さまのことを悪く言われなければならないの…」泣くのを我慢しているのか、声が震えていた。

メアリへと視線を向ければ、青ざめた様子でこちらを伺っている。

周囲にはちらほらと野次馬が集まり始めていた。

「メアリ・ルーブル侯爵令嬢…アイリス様は母親を酷く言われたとの訴えですが、それは事実ですか?」事実を確認するためだけに質問する。

「はい、事実です…」俯いたまま、彼女はそれ以上の弁明をしなかった。

「私が言いたいことはすでに分かっているかと思いますが、侯爵という立場の者が出自による差別を行うことは望ましくありません。私が貴女の母君を悪く言ったなら、貴女は悲しいでしょう?」

「……」メアリは何も言わなかった。潔い性格は父に似ているのかもしれない。断罪を待つように、粛々と話を聞いている。

「貴女の発言を聞いている者はアイリス様だけではありません。今一度、ご自身の言葉にかかる責任を受け止めてください。これ以上、私からお話できることはありません。そして、アイリス様…」私はメアリからアイリスへと向き直し、アイリスへと近づいた。

「アイリス様はこの国の爵位をご存知ですか?」容赦なくアイリスを睨みつけた。

「…なにを言っているの?」彼女は泣きそうなりながら、瞳を潤ませスカートの裾を握りしめる。

「王族を頂点として、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵…定められた貴族階級を間違っていると言うのなら、この社会は崩壊します」

「生まれで人生を決められて…そんなの理不尽よ…間違っているわ!」


ーーー貴族のお前に私の気持ちはわからないわ!

ーーーお前は俺を殺すつもりか!?情はないのか…!

ーーーお前を一生忘れない、殺してやる…殺してやる…!


福務大臣として勤務する中で、市民から浴びてきた多くの暴言。気を抜くと頭の中に響いて、頭痛が止まない。

芝の足元に陰が落ちる。

周囲にいた野次馬の喧騒が聞こえない。

「…ねえ、貴女が身分のない平等な社会を望む先で私はどうなるの…?」望んで公爵家に生まれたわけではない。父の代理として兄に成り代わり勤務し、心を砕いて話しかけても通じず、市民からは恨まれ憎まれる立場であると、理解した上で仕事にあたっている。それでも、ふとした瞬間に…虚しくなる。

「クラウディア?」アイリスの声に意識が戻された。

ああ、そうだ。ここは学園だった。メアリが近くにいる、野次馬も集まってきてしまった。

「なにかしら?」

「わたしはただ…せっかくこの学園に入学したから、楽しく過ごしたいだけなの」アイリスは寂しそうに呟いた。

藤の花が風に揺れ、濃緑の葉がトンネルとなり影を落とす。

はっきりと、意思を込めて言葉を発した。

「身の程をわきまえなさい」

しん、と周囲が静まり返る。

アイリスは脅えたように1歩後ずさり、それでもなお口を開いた。

「クラウディアは間違ってる」

悲しそうな表情の真意は読み取れない、考えたところで理解はできない。

「アイリス様は「なにをやっている」聞き覚えのある声が話を遮った。

振り向かずとも声の主はわかった。

「バルト様…いかがなさいましたか」

ただ、なぜこの場で口を出してきたのかがわからなかった。

「俺は皇子であり、お前の婚約者だ。揉め事が起きていると聞いて駆けつけてみれば、これはどういう状況だ?」訝しげに眉根を寄せるバルトに答えたのは、私ではなかった。

「メアリが私のお母さまを酷く言うから、クラウディアにそう言ったの。なのにクラウディアったら…身の程をわきまえろと言うのよ?」アイリスはバルトの制服の裾を掴み、上目遣いで瞳を潤ませ訴える。

長身の私ではバルト相手に上目遣いはできないな、と。どうでもいい思考が過ぎった。

「メアリと言ったな。どういうことだ?」バルトはメアリに対し問いかけた。

「これは…」メアリは体を恐怖で震わせ、言葉を発せずにいる。話そうとする度に単語が喉に詰まって吐き出せずにいることが傍目から見てわかった。

その姿が見ていられず、バルトとメアリの間に割って入った。

「アイリス様に対し不敬である旨を申し伝えたのは私です」メアリを隠すように立ちふさがる。

「俺たちは学生だ。不敬を責めていては話が進まない。ましてや、彼女は平民の出だろう?入学間もないこの時期に叱責するなど…公爵家としての家格に胡座でもかいているのか?」心底嫌そうな表情を向けられ、一瞬、心臓が凍ったように感じた。

「…申し訳ございません」返す言葉が見つからない。深々と腰を折り、頭を下げた。

バルトは私には目もくれず、横に立つアイリスの肩に手を置く。

「大丈夫か?」

「王子様に助けていただきましたから」バルトの言葉にアイリスは恥ずかしそうに微笑んだ。

「そうか、ならよかった。クラウディア…俺の婚約者として立ち居振る舞いには気をつけろ。俺に恥をかかせるな。いいな?」

「承知いたしました」頭をあげることなく、そう返したため彼の表情を伺うことはできなかった。ただ、冷たい響きを持っていたような気がする。

「アイリスといったか…困ったことがあれば俺を頼れ。ではな」バルトのアイリスに対する声音はどこか優しく感じる。

頭を下げたまま、彼の足音が遠のくのを待った。

バルトの影が遠くへ消えてから、面をあげる。

周囲に目をやれば、心配そうな生徒もいれば、同情や哀れみ、コソコソ話す者もいる。

振り返りメアリを見遣る。疲れと不安が滲み出ているが、手の震えや血の気は戻ってきているようだった。

「みなさま、お忙しいでしょう?お昼休みももう少しで終わります。さあ、それぞれ次の授業に向けて準備されてはいかが?」野次馬となっている生徒1人1人に視線を合わせ、目だけで微笑みかければ、生徒たちは散り散りに戻っていった。

メアリへと近づき声を掛ける。「メアリ様…少しお茶でもいかがですか?」

「お茶ですか…?」

「ええ、行きましょう?私は無難にダージリンが好きなのだけれど、メアリ様は?」彼女の手をすくい上げて、自身の手のひらを重ねた。

僅かに膝を折って、彼女の視線に高さを合わせる。

「アッサムです、クラウディア様」そう言って、微笑んでくれたことが嬉しかった。

「アッサムも素敵ですよね、あちらへ移動しましょうか」彼女が安心できるよう、優しく語り掛ける。

「はい…」返事を聞いてから、彼女の手を引き、エスコートするようにテラス席へ移動する。

椅子を引いて彼女を席につかせ、そのすぐ横へ椅子を寄せて座った。

落ち着いてからアイリスを視線で探すが、すでに姿はなかった。

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