動かないあいつと揺蕩う妖精
あけましておめでとうございます
田舎道を通り、会社から帰る道中、俺は、風に揺蕩う一輪の花に目を落とした。
「花、か」
あいつにやるにはちょいと少ないが、まぁ一輪だけというのも悪くない。
そう思い、花を摘もうとした、その時。
「摘まないで...」
消えるような小さい声で、誰かが言った。気配を感じた俺は、すぐさま後ろへ目を配る。するとそこには、あいつに似た、でもどこか雰囲気の違う女が立っていた。
「おまえ、なんで...」
あいつな訳はない。しかし、面影や服装などは、最期にあいつを見たときのことを彷彿とさせた。
そいつの存在を一言で表すなら、「妖精」というのが一番合っていた。どこか儚げなその目や印象は、あいつのことを脳裏にフラッシュバックさせ、俺の胸を締め付けた。
俺は、バッグの中にあったペットボトルの水を、その花にかけてやった。
「おまえがそう言うなら」
その妖精に、俺はあいつを重ねてしまっていた。もう二度と会えない、あいつを。
その日から、俺は毎日その花に水をやった。妖精ともそのたびに喋れたのだが、どうやらこの妖精はこの花の魂のようなものらしい。
妖精との対話は、あいつがいなくなって荒みきっていた俺の心に、じんわりと和みや癒やしを与えてくれた。
そんな生活が1週間続いたある日、いつもの帰り道を通ろうとしたのだけれど、俺は1枚の立て看板に阻まれた。
『これより先、改修工事のため、迂回お願いいたします』
あれから数日が経過し、俺は今、あいつの墓前に立っている。結局あのあと、俺はあの道へ赴いたのだけれど、あの花は見つからなかった。ネットや図鑑で、あの花のことを調べたけれど、どこにも情報が掲載されていなかった。ひどい喪失感とともに、違う花を買ってきて、あいつの墓に挿す。
こんな話を誰かにすれば、皆に笑われるだろうし、引かれると思うけれど、お前が生きてて、この話をすれば、お前はまるで子供みたいにはしゃいで、楽しそうに話を聞いてくれるんだろうな。
「なぁ、千花...」
俺は、これから適当に生きて、適当に死ぬのだろう。死ぬまでに、俺は何回も、彼奴等のことを思い出すたび、胸が締め付けられて、1人女々しく泣くのだろう。でも、苦しくても、悲しくても、それでもいいから、俺はお前を、あの花のことを、思い出すのだ。