1-3.地獄へ誕生 [J.G]
昔から、私は貧乏くじを引きやすい。
些細な事にばかり目が行って、気付くべきではない事に気付いてしまう。
そしてそれが実はとんでもなくまずい真実に繋がっているという事までは気付けないので、軽い調子で口に出す。
その結果――今の私、侯爵ジャック・ガンホースは城下町の外れにあるアザロ町の教会で、牧師なんてものをやっている。
「クソ、あの死神やろう共さえ居なくなれば私の心労も減るというのに!!」
人前では決して出さない汚い言葉を使いながらも、私は泣く泣く赤子の世話をさせられていた。
突然に死神達が連れて来て養えと置いて行ったこの赤子が、どこの誰の子かも、死神達とこの子の関係も、何故私が育てなければいけないのかも、全て何もかも私には質問する権利が無かった。
何故なら私が、ただ侯爵という身分を持っているだけの何の才能も取り柄もない普通の人間だからだ。身分を平気で無視して暴力でいつでも自分をねじ伏せるだろう相手に対して何も出来ない。私は死にたくない。
ぶちぶちと、私の言葉の意味もわからない赤ん坊しか聞いていない愚痴を零し続けながらも手は動かす。
「おい、いいか赤子。私はお前の事をまったく愛していないし、仕方なく面倒を見てやっている。だから調子に乗るなよ」
死神達に聞かれたら相当馬鹿にされるだろう事は自覚しながらも、私は赤ん坊に指を突きつけ声を荒げた。
「あー」
「……」
気の抜けた声が帰って来て、肩を落とす。返事とも取れるが、毒気が抜かれる。
……私は、国で一番に暴力の力を持つ死神達の秘密を知ってしまい、国の宝であるが爆弾でもある予言者エルの秘密も知ってしまい、前王暗殺未遂の経緯も知ってしまっている。
だがそれを各方面に知らないふりをして通し、引きつった愛想笑いを浮かべて何とか這いずりへりくだり生きて来た。
だから侯爵でありながら妻もとらず、子も作らないし養子をとる気もなかった。他の人間まで、私の綱渡りの人生に付き合わせるわけにはいかなかったからだ。
……訂正。本当は、私が愛する対象を作りたくなかった。その人を不幸にするのに、私が耐えられないと思ったから。
「私は、絶対にお前の事を愛さない」
私は胸を張って指をさし赤子に宣言した。
こんなまったく笑いもしない可愛げのない赤子を愛さない事など簡単過ぎる。泣きもしないのは煩わしくなくて助かるが。そのくせ何かして欲しい時には声を出して呼び掛けて来るから、世話もしやすいが。
……いや、やはりおかしくないか? 赤子がこんなに世話しやすくて大丈夫なのか? それともあの死神達が連れて来るような赤子だからこいつも何か普通じゃないのか?
……一度、病院に連れて行った方がいいのだろうか? 別に心配という訳では決してもちろん絶対に無いのだが、だが、だがだ。もしこの赤子に何かあった場合に死神達に責任を取らされるのは私になるのであって。
「くっ、気味の悪い赤子め……大人しくそれらしくしていればいいものを」
とにかく善は急げと私はすぐに馬車を飛ばして病院に連れて行き診察させた。
赤子はまったくの健康体だった。
……私に無駄な労力をかけさせるとは! くそ、やはりこの赤子も疫病神だ! 私の周りにはそんな奴等しか集まらないからな!!
おい赤子、お前はもう少し大きくなったら修道女として散々に私がこき使ってやるから覚えておけよ!!
病院から教会まで戻る馬車の中、眠る赤子を起こして騒がれないように声には出さず、なるべく揺れないように抱いて固定しながら、私は腕の中の赤子の頭を睨みつけた。