1-2.地獄へ誕生 [N]
ナナは死んだ。
血がいっぱい出たし、身体もおかしな方向に捻れてどんどん冷たくなってたし、やっぱり絶対に死んだ。
だけどまた目が覚めたから、ナナは死後の世界ってやつに来ちゃったんだと思う。
しばらくはどれだけ開けようとしても目も開かなくて、怖くてしょうがなかった。
ナナの名前はナナなのに、ナナに呼びかけるようにナンシーと呼ぶ誰かの声。その声は自分達の為に頑張ってくれと、よくわからないけどナナに勝手に責任を負わせていた。
なのに嫌だと抗議しようにも声もうまく出せない。うーだとか、あーだとか、そんなただの音みたいな言葉になっていない事しか言えない。
暴れようにも身体もうまく動かない。どうやら身体が縮んでいるみたいだった。それにぶよぶよして柔らかくもろい。この身体で暴れてもあまりにもつたない。
ナナは目の開けられない暗闇の中で過ごすうち、此処が地獄なんだと思った。
そうしてどれぐらい過ごしたか、やっと目が開いたと思ったら何だかナナは、地獄なのにまた殺されるらしかった。
「ティーア学園にも通えないようならば、その子の命も要らん」
「処分をお願いしますわ」
ごてごてのお洋服を着た大きな男の人と女の人が、冷たい目でナナを見る。
それに何かの制服みたいなお洋服を着た男の人二人のうち一人が頷いて、もう一人がナナを抱き上げた。ナナを殺す人らしいのに、優しい手つきだった。
すっかり軽く小さくなってしまった赤ちゃんの姿のナナは、簡単に男の人に抱えられる。
お部屋の秘密のドアを開けて、制服みたいなお洋服の男の人二人はナナを連れたまま何処かへ向かう。
その道と手順を意識しなくても当たり前に鮮明に覚えながら、二人の話を聞いていた。
どうやらナナは、エル様って人の予言を聞いた王様が何かを命令して、その内容を聞いたさっきの男の人と女の人に捨てられ殺されるところだったらしい。
だけどナナは殺されなくて、結局これからジャックって人に育てられる事になっているようだ。
……この男の人達は、ナナを助けてくれたのかな? じゃあいい人達なのかな? でもこの人達が何も言わなかったらそもそもナナは捨てられてなかったんだよね? じゃあ悪い人達なのかな?
じっと見てると、ナナを持っている方の男の人がナナに優しくこう言った。
「ナンシー」
その、ナナを別の名前で呼んでるみたいな言葉は嫌いだ。ナナは星草ナナって名前だもん。ナンシーじゃない。
ナナはふいと顔を逸らした。
それからは、目を開けているのもまだうまく出来ないみたいで疲れたナナは、気づいたら寝てしまった。
次に目を覚ましたら、この人達はもうナナをジャックさんという人に預けて何処かに行っちゃっているのかもしれない。でも、ナナ、顔覚えたから。
ナナは絶対に忘れないから、また会ったら話を聞こう。
夢を見た。
ナナが死んだ日の夢だった。
視界の端の光景さえも永遠に忘れられないナナにとって、本当に起こった事をもう一度体験する夢は、あまりにもリアルだ。
ナナはそれを、ナナ自身としてじゃなくて別のところから見ている。
ママが行ってらっしゃいをしてくれたから、ナナも行って来ますとお家の外に出た。
今日はママの誕生日だから、美味しいキャンディーを買ってプレゼントしてママを喜ばせようと思っていた。
お天気の空に笑いかけて、お気に入りのワンピースとうさぎさんのスニーカーで小さくお気に入りの歌を歌いながら、ナナは歩いている。
するととってもきれいな人が走るのが見えたから、思わず足を止めて、映画みたい!と興奮しながら目で追った。
そうしていると、その綺麗な女の人がトラックに吹き飛ばされた。
呆然としているナナの方に、トラックがそのまま走って来る。
近くに居た優しそうな女の人が、ナナを守るように抱き締めてくれた。
そこからは、ああ、うんと、あんまり考えないようにしないと。痛いから。覚え過ぎてるから。見た事も聞いた事も感じた事も、その全部を忘れられないナナには、痛過ぎるから。
それでもやっぱり、考えないようにしたって考えちゃって、痛みの記憶はまるで今でも傷があるみたいにナナを痛めつけ、ナナは泣きながら目を覚ました。
泣きながらも辺りを見回すと、その場所はまったく知らない場所で、一人の男の人がナナのことを凄く嫌そうに見ていた。
……この人がジャックさん、かな?
「ああ、クソ! なんだって私が赤子のおもりなんて……」
男の人は苛立っているみたいで、だけど泣き声が何かの催促の言葉代わりだと思ったのか、少し居なくなったと思ったら布のオムツとミルクを片手に戻って来た。
男の人は手つきこそ荒かったけど、まだちゃんと動けないナナに代わって面倒を見てくれる。
「散々やって前王様を殺しかけた後はあいつ等も丸くなったかと思いきやこれだ!……誰にも愛されてない赤ん坊を命だけ救ってどうなるってんだ」
ぶちぶち文句を言い、ナナの事を蔑みながらも男の人は手は動かしてくれる。
悪い人じゃないと思う。ナナが赤ちゃんだから意味はわからないし覚えてる事もないって思って言ってるだけだろうから。
でもナナには全部わかるし、言われた事嫌でも全部覚えちゃう。
だから、そうしてこの人にいつもこんな感じで赤ちゃんの間育てられたナナの心は、話したり歩いたり出来るようになる頃にはすっかり冷たくなってしまったのだった。しょうがない話。