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1-1.地獄へ誕生 [D]

キャボット国において、予言者エルの予言と王の決定は絶対だ。

俺は小さな小さな、まだ生まれて一月程しか経っていない赤ん坊を抱きながら、嫌な仕事だと虚空を睨んだ。

隣の相棒が無言で俺の背中を軽く叩いて、いいから進めと促す。

わかってると視線だけで返して、教えられている秘密のドアを開けて通路に入った。ドアが閉まる。


「防音の部屋っつー事は、こっちからの声も聞こえづれぇよな」

「でしょうね」


足早に進みながら、相棒と会話する。

眠りから覚めている赤ん坊は、まるで俺や相棒や通路を観察するようにその無垢な目を動かしていた。もう首も座っているらしく、頭も器用に動かしている。

赤ん坊には何もわかっていないだろうが、それでもなんとなくバツの悪い気分だ。


「王が代わってから格段に良くはなりましたが、それでも犠牲になるのはいつも力無い者ばかり。嫌になります」

「……気持ちはわかるけど、この子がティーア学園に通うと国が傾くってエル様の予言だ。予言者が告げた絶対に当たる予言を王が回避する為の命令を下すのは仕方ねぇよ」

「そうですが、そこではなく」

「俺もそこは気に食わねぇよ。でも予想は出来てただろ」


一つ舌打ちをする。自分達と赤ん坊以外音を立てる者の居ない通路の中では、その音も相棒に届いただろう。ついでに赤ん坊にも。

ああ嫌になる。別に、俺達はこの赤ん坊を攫いたかった訳ではない。ましてや殺しに来た訳では……絶対に。

なのに、この赤ん坊が貴族のご子息ご令嬢が通う唯一の学び場ティーア学園に入学する事を、丁寧な謝罪と共に王命なので不可能になりましたと告げると、赤ん坊の実の父母は簡単に、「ならばその子の命は要らん」「処分をお願いしますわ」と、赤ん坊をまるでゴミのように俺達に引き渡した。

賊が何処からか侵入したという事にするからと秘密の扉と通路を教えられ、俺達はそれにおとなしく従った。それが俺達の仕事だった。


「だから嫌なんですよ、権力に固執するお貴族様は」

「まあまあ、俺達に赤ん坊の処分を委ねてくれただけましだったよ。別に、主でも上司でも無い奴に従う義理はねぇし、勝手にあっちで赤ん坊殺されるよりましだろ」


普通なら相手が貴族というだけで従う理由にはなるのだが、そんな事は俺も相棒も気にしない。

仕掛け扉を教えられている手順の通りに開いて外に出た。出た場所は屋敷の裏手だ。

此処は城下町ではあるが中心部とは言えないような微妙な位置に建てられた公爵スワローズ家の分家。さて。


「城のすぐ近くで私達が育てるのと、城下町の外れの外れに連れて行ってジャックに育てさせるの、どちらがいいと思います?」

「おいおい、復讐の為に剣と世渡りだけで生きて来た俺らがまともに赤ん坊育てられる訳ねぇだろ。ジャックなら臆病で陰険だけど、俺らよかマシだ」

「ですね。では教会まで行きましょうか」


赤ん坊を抱えているから走る訳にもいかず、相棒と共に早足で城下町の外れの外れにあるアザロ町へと向かう。

ジャック・ガンホースは、城の外で暮らすようになってからの予言者エル様を監視する兼、予言がもたらされた際は王までそれを伝える、という王命のためにそこの教会で牧師としてアザロ町で働いている伯爵だ。ジャックは敵に回したくない相手に対しては忠実だから、一応は信用している。

ジャックはエル様の正体や俺達がエル様の忠臣である事を知っているが、圧倒的で替えの効かない能力を持ち国に重宝されているエル様や、戦闘においてはお互い以外敵無しと自負している俺と相棒の事は、誰にも話す事は無いしほとんど何でもいう事を聞く。

だからこの赤ん坊の事も、きっと立派に幸せに育てて欲しい。


「私達の時とは違い、この子はこの年齢ですから今日の事なんて何も覚えておらず、孤児としてではあっても真っ当な生き方をさせられるでしょう事だけが救いですね」

「アザロ町の人間は優しいしな。きっと幸せになれんだろ」


そうして希望的な話をしながら歩く俺達を、赤ん坊はまるで話も状況も理解しているかのようにじっと見つめていた。少しだけ薄気味悪さを覚えるのは、この子がこのままティーア学園に入学していたらこの国を傾国に導く災いの子だと予言されているからか。

しかし、十年以上先の未来を視た場合のエル様の予言に限っては回避可能だ。この子をティーア学園に行かせない事で、もう予言は果たされないと思っていいはず。

そこまで考えたところで、ふと気付く。そういえばこの子、眠っているわけでもなく知らない男に抱えられ家の外に出されているのに、全然泣かないな。首だけではなく肝も座っているのかもしれない。


「ナンシー」


赤ん坊に呼び掛ける。

あっさりと赤ん坊を殺そうとした父母がつけた名前とはいえ、彼女の名前だ。

だが、赤ん坊はまるでその名前を拒否するかのように俺から視線を逸らした。

まあ、それはこの子の父母を俺が嫌っているせいでうがった見方をしてしまっているだけだろう。赤ん坊には本来そんな意図なんてきっと微塵も無い。

歩いているといつの間にか赤ん坊は眠ってしまったようで、俺と相棒はそのかわいい寝顔に思わず顔を見合わせた。言葉に出さなくても、思っている事はどうせ一緒だ。

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