ダンジョン稼業は、ダンジョンの外でも大変だ
世界中のあちこちにダンジョンが出現してより幾星霜。
一攫千金を夢見て群がる野心家や食いっぱぐれで溢れ、そして直ぐに減って行った。
ダンジョンは入る度に内部が別の異界に繋がる。所謂『ランダムダンジョン』というやつだ。お陰で大量の冒険者やならず者は淘汰されたが、難易度や危険は段違いである。
入った途端にドラゴンに焼かれたとか、一つ目の宝箱がミミックだったなんてのは、初心者冒険者が珍しくもなく遭遇するお約束だ。もはや話の種にもならない。
冒険者は篩いに掛けられ、真に強い者、特別な力をもつ者、大軍勢を率いる者、そういった者達しか生き残れなかった。当然、ダンジョンへの挑戦者も目減りしていく。
そんな中で彼らが生き残ってこれたのは、手先の器用さと互いを信頼していた事。そして幸運に恵まれていた……からだと思う。
§§§
今日もダンジョンの探索を追え、出口を目指す。
マッピングは完璧だ、そうじゃなければここまで生き残ってこれた訳もない。あの角を曲がれば出口の大扉が待っている、はず……。
「……OKだ、ばっちり出口。今日もサンキューなトマ。ほんと助かるぜ」
曲がり角の先の大扉をしっかりと確認し、安堵の息を吐く。
信頼はしているがそれでも不安は0ではない。通路が突如切り替わったり崩れたりという事もありえるのだから。
すぐ後ろで大荷物を背負い、落ち着きなく後ろを気にするトマ。
不安になる気持ちは解らなくもない。
「カーター、早く行こうよ。追いつかれたら危ないよ」
マッピングが上手く知識の豊富なトマ。小柄だが知識の量は3人の中で一番だ。同時に、3人の中では最も慎重だが、それが臆病に映る事も多い。
「心配すんな。罠は充分にこさえてきたし、もう出口はすぐそこだ。最悪、外に出ちまえばでかいのは追ってこれねえよ」
3人の纏め役のカーター。纏め役と言っても、知恵や戦いに特に秀でているというわけではない。機転が利いて2人よりも1つ年上というだけだが、自然と纏め役の様になっている。
「大丈夫よ、安心しなさい。ちゃんと仕掛けてきたでしょう」
トマの背中をバシっと叩く女の子。アイシャはダンジョンの奥の暗がりに、期待の目を向けている。
注意力や目鼻の聞くアイシャ。器用さと道具の扱いは3人の中で一番だ。ダンジョン内の罠の察知や、それを逆に利用するのも彼女の得意とするところ。今も自信が細工を施した罠がどうなるか、ダンジョンの奥へ注意を向けている。
カーター達は脱出の際にゴーレムやポインズンスライム等、相性の悪い敵を山ほど素通りしてきた。足止め用にと看破した罠にアイシャが手を加えたが、罠には頼らず速さのみで出口に辿り着き今に至る。
程無くしてダンジョン内に、罠の作動音が木霊する。
床や壁が崩れる音、大量に何かが放たれる風切り音、巨大な玉が転がっている独特の音。暫くして音は止み、再びダンジョンは静寂に包まれる。
3人の前に暗がりからボロボロのゴーレムが現れ、力無く崩れ落ちた。
ガッツポーズするアイシャと共に、3人は出口へと近づく。
「さて、今日は無事に繋がってるか……。こればっかりは運次第だな」
「こないだみたいなのは勘弁だよ? ちゃんと準備しとこう」
ダンジョンが異界に繋がっている以上、出るときさえもそれは不安定だ。
つい先日は出口を抜けると、村の近くの断崖絶壁に繋がっており危うく足を踏み外すところだった。
基本的には入り口と同じ所、村の外れの広場から出れる事が多い。しかし3人が聞いた話では、数十キロメートル違う場所や、全く未知の土地に放り出されたという話もある。
今日はアイシャのお陰で余裕がある。3人は荷が詰まった背中のリュックを下ろし、中を検める。
「今日はなんかよく解らないのばっかだったねえ。このランプ、呪われてないかな?」
「村で鑑定して貰いましょ。トマが解らないなら触るべきじゃないわ」
「戦利品は後回しだ。……弓の方は、あ? こんなろっ、よし! 捕まえた」
カーターはリュックの中からちょこんと出ていた兎の耳、それを反射的に捕まえる。
引っ張り出すと、物理法則を無視して小さい兎のようなモンスター、パックがすぽっと荷物の隙間から出てくる。
掴まれた耳に短い両腕を伸ばし、届かずにジタバタしている。
「紛れ込んでやがったか。何か壊したりしてねえか? ったく……」
「カーター、離してあげようよ。そこまで害のある奴じゃないし、無下に扱うとまずいかも……」
解放する様にトマは言ってくる。
パックはいたずらをしに道具や荷物に紛れ込むモンスターだが、戦闘力は皆無である。いたずらと言っても可愛いもので、せいぜい落書きをする程度だ。しかし乱暴や危害を加えて嫌われたパーティーが、武器を壊されたり袋に穴を開けられたりといった事例もある。
荷物を漁って見ても、特に壊されたものは見当たらない。弓に人参のマークが入っているがこれで怒るのもバカバカしい。
「……わーってるよ。ほら、さっさと行け。もう入ってくんなよ」
カーターはパックをひょいっと、ダンジョンの奥へと下手に投げる。
パックはぽてっと腹から落ち、一度こちらを振り向いてからダンジョンの奥へと消えていった。
「さて、出る準備はもう良いか? 警戒しとくに越したことはねーからな、まだ気を緩めるなよ」
「大丈夫……と思う。一応<卑竜の呼び笛>を……」
「OKよ、さっさと帰りましょう。鑑定が楽しみだわ」
弓を左手に、出口の大扉を押し開ける。先はモヤに包まれていて、通り抜けるまでどこに通じているかは解らない。
3人は一度視線を交わし、頷き合ってから境界を越える。
「っ…………!? ぁ、これ……やば、伏せろっ」
扉を抜けると、そこは鬱蒼とした森の中。村とは違う場所に出たが、とりあえず足場も明るさも問題ない。
だが問題はそこではない。
3人の目の前に飛び込んできたのは木製の囲い、いや柵である。身の丈程もある柵が、内と外を遮断して通れなくしていた。勿論自然の物ではなく、明らかな人工物。
カーターは咄嗟に二人の背中を押さえて地面へ伏せる。幸いにも丈の長い草が生い茂っており、そのまま中へと身を隠す事ができた。
草の隙間からは、ガラの悪そうな数人の男達が切り株を机にしてトランプに興じているのが見える。ダンジョンの出口を覆う柵、その傍で暇を潰す男達。
3人はすぐさま状況を把握した。
「冒険者狩りか……。ったく、ギルドの警備がぬるいからこうなんだよなあ」
「ど、どうするの? あいつら武器も……」
冒険者の帰りを狙った山賊等の取り締まり、それはギルドの仕事として街中では監視の目が厳しい。
しかしダンジョンの出入り口付近は小型の魔物の往来が多く、そこを待ち構えるならず者が少ない事から街の外では監視の目は緩めであった。
男達は武器をすぐ傍に置いて座っている。武器の類、弓と矢も見える。
まだカーター達には気付いていないようだが、それも時間の問題であろう。
1人の男が、手札を投げつつ跳ねるように立ち上がった。
「あ? なーにしてんだてめえ? 負けそうだからってそうは……」
「扉が消えてんぞ!? 冒険者は……ッチ、カシラに連絡走れ!」
カーター達が出てきた時に、既に出口の扉は消えていた。
それが『誰かが出口を使って外へと出た』と男達はすぐに理解し、3人もすぐにバレると解っていた。
しかし柵はぐるりと扉を覆っている。伏せながら探っていたが、やはり抜け出せるスペースはない。
木製の柵とは言え、強引に破壊しては音を立て過ぎる。静かにやるには何か道具が必要だが、ダンジョンに大工道具等を持ち込む者は少数だろう。
男達は1人がどこかへと走り、残りは武器を手にじりじりと近寄ってくる。
「こうなったら、先制攻撃で……」
「待ってカーター、あとちょっとだから……もうちょっと待ってて」
黙りこくっていたアイシャは、伏せたまま柵の一角でごそごそとしていた。
手元を覗き見ると、どこに持っていたのか小さな鋸を必死に動かし、傍では先程のパックが静かにそれを応援していた。
「ぁ、こいつさっきの……。こういう事もするのか、助けてみるもんだなあ」
「この子がくれたのよこれ。あとちょっとでここが……OK、伏せたままゆっくりね」
パックに鋸を返し、軽く礼をして見送られながら3人は脱出する。
男達は柵の中からの攻撃を警戒してか、冒険者を怖れてか、まだそこまで近寄っておらず草の中のこちらの動向に気付いていない。
伏せたまま柵を脱け出し、そのまま低い姿勢で男達から離れて行く。
「よしよし、何とかなりそうだな……あとはこのまま」
「うん、なんとか……。でもあいつらカシラとかって……ん?」
草に身を隠しながらの歩み、当然ながら視界は悪く先はよく見えない。
3人は分け入った先でガラの悪い男と、バッタリと出くわし目を合わせた。
先程の男達よりもガッシリとした体で、立派な髭を生やしている。
「……ど、どーもー。お疲れさんでーっす……」
「ぁ、どーも……? …………いや通さねえよ!? 野郎共!! 何サボってやがる! さっさとこっち来やがれー!!」
一瞬素通りしかけるが、当然そうはいかない。
男は腰の剣を抜き、大声で部下達を呼び寄せる。
だがカーターも動かすのは口ばかりではない。既に番えていた矢を男の足に放つ。
「ぐぉ!? ぬっ……こんなも……んあ? ちっく……しょ」
「今の内だ! 走れ走れ走れ!!!」
ダンジョンのモンスター、パラライズバットの牙を使った鏃。
山賊のカシラはその場でへたり込み、逃げる獲物を睨みつけるしかできない。
とは言っても、状況はまったくフェアではない。
ダンジョン帰りで重荷の3人と、武器しか持っていない山賊。地形どころかここがどこかも解っていない3人と、ここをねぐらにしている山賊。
闇雲に効率悪く逃げ回り、次第に山賊たちは追いついてきた。
ジリ貧ながらに逃げる3人の中で、トマが提案する。
「カーター、もう限界だ! 使うよ!?」
「……しょうがねえか。思いっきり吹いてくれ」
「あーあ……まあ仕方ないか。まずは逃げないとね」
トマが首から提げていた緑色の尖った笛、<卑竜の呼び笛>。それを咥え加減無しに吹き鳴らす。辺りに甲高く、どこか不快な音が響き渡った。
「なんだあ? あいつら何か吹いてんのか? ……近くに仲間が?」
「いる訳ねーだろ。俺達が扉を見つけてから誰も見かけてねえ、あれはハッタリだ」
山賊達は特に動じる事もなく、包囲を狭めて行く。
既に3人は足を止め円陣を組み、その場から動こうとはしていない。
囲む男達の中から先程のカシラが、肩を貸されながら3人に近寄ってきた。
「っち、手こずらせやがって……。おうガキ共、荷物丸々渡すってんなら命だけは助けてやるぞ? さっさとしやがれ」
「なんつーお決まりの台詞だ。……アホか、用が済んだら口封じするに決まってんだろ。誰が反撃の手段を渡すかよ」
カーターは話に応じながら、思わせぶりに荷物へと手を伸ばす。2人もそれを真似て同じ様にリュックへと手を突っ込む。
ダンジョンのアイテムは多種多様だ。物理法則を超えさせる武具、異界の生物を呼び出す書物、超常を可能とする小物。だからこそダンジョンのアイテムは高値が付き、それを狙った冒険者狩りまで出てくる始末。
山賊もそれは大いに解っているからこそ、3人を警戒し最後の踏ん切りがつかない。
しかし睨み合いは長くは続かない。囲まれる3人のすぐ傍に、巨大な生物が舞い降りる。
「り!? り、竜!? ふっざけんなあ! やってられるかあああ!」
三人のすぐ傍に、巨大な緑の竜が舞い降りた。ここにいるのが当然という態度で、しかし明らかに生態系から逸脱した存在。
山賊達は竜を見るや一目散に逃げて行く。肩を貸されていたカシラも、部下をどやしつけ引っ張られて行った。
逃げて行く山賊達が消えてから、3人はドっと息を吐く。
「ぁー、あっぶねえ……。バレてはないか? まあ見た目じゃ強そうだよな」
「そうだね、オレ達も最初はびびったもんね」
「早く離れましょう、もう呼んじゃったんなら使わないと」
卑竜コルタナス、4本の立派な足と大きな翼に緑の鱗と赤い目。2本の巻角と細長い顔で見るからに恐ろしい外見だが、実は戦いの役には立たない。弱いとか臆病な訳ではなく、単にめんどくさがりという難儀な気性をしており、呼んだ者が殺されかけても平然とそれを見届ける。
専用の笛で呼び出しても、背中に乗せて運ぶくらいしか手を貸さない。その癖報酬だけはしっかり要求し、出さなければ襲ってくるらしい。鑑定士のばあさんにきつく釘を刺された。
とは言え、運んでくれる事は運んでくれる。飛んで移動する手段というだけでも上等だ。
カーター達は竜の背に乗り、上空から周辺の地形を確認する。
「んー……。こいつは参ったな、面倒になりそうだ」
上空から見た限り、全くの別天地という訳ではない。遠目には村から見える特徴的な形の山が見える。
しかし現在いる場所は小さな島のようだ。竜でまっすぐ向かおうとすれば途中で海に投げ出されるだろう。帰る為には大きく迂回せねばならない。
「これじゃあ、結局歩いて帰らなきゃダメっぽいね……。あいつら、また来るかなあ?」
「今の荷物から竜に報酬を渡したら、もう次は呼べないわ。どうする?」
最悪のパターンを考えつつ、できるだけ竜で距離を稼ぐ。
しかしこっちの事情はお構い無しに、そこまでの距離を飛ばずに竜は地面に降りた。間髪入れずに報酬を寄越せと睨みつけてくる。
「……しょうがない、とりあえずは歩きながら考えよう。……ほら、こんなもんで……わーったよ、これで良いか?」
竜は3人の荷物の内、3分の2程を遠慮なく持って行った。
ダンジョンで得た物は殆ど無くなったが、今日の分は目立って良い物は無かったと、自分達に言い聞かせて歩き出す。
「で、実際にどうしようか? 竜で飛んでたのはたぶん地上からも見られてるだろうし……」
「襲ってくるとしたら夜でしょうね。こっちのアイテムを警戒してるなら、不意を突きたいでしょうし」
「……少し早めにキャンプを作って夜襲に備えよう。具体的には……」
夕暮れ前まで歩き、単独行動は避けて野営の仕度をする。
山賊達の気配等は察知できなかったが、あくまで3人は『夜襲は必ず来る』という前提で行動した。
§§§
開けた場所の中心に焚き火がパチパチとしている。
明かりはそれ以外に全く無い。夜の森は静寂と、控え目な焚き火のみが支配していた。
焚き火の傍には3つの人影が、横たわりもせずに身を固めている。
山賊達は焚き火を中心に夜の森に紛れ包囲していた。部下達はダンジョンのアイテムや竜を警戒して尻込みしている。しかしそれを率いるカシラは、何か考えがあるとばかりに口端を吊り上げていた。
「カシラ……ほんとにやるんですかい? またあの竜を出されたら……」
「心配すんな。あの時はびびっちまったが、あの竜は虚仮脅しだ。じゃなけりゃ、あの時逃げる俺達を襲わせなかったのはおかしいだろ」
麻痺を食らって肩を貸されながら逃げる時、カシラは竜から目を話せなかった。そしてあの竜は自分達ではなく、呼び出したガキ共を睨んでいたのをはっきりと覚えている。その様子に違和感を感じ、竜は襲ってこないと結論付けていた。
「でもそいつも、ちゃんと確証とかある訳じゃあ……」
「うるせえな、黙ってろ。それに……俺達にはこれがあるだろうが……」
夜の森の中から、焚き火へと4方から人影が近づいて行く。暗がりから別の暗がりへと素早く移動し、それに気付いていないのか焚き火の傍の人影は微動だにしない。
四方からの人影は焚き火をすっかり取り囲み、手にした凶器を振り上げ――。
「……やっちまったか? これで済むなら楽なんだがな」
カシラは動かずに、それを冷静に見守っていた。
囲んだ人影は手にした武器で、焚き火の傍で好き放題に暴れている。
倒れた小さな影は抵抗の素振りや、特に動きも見せない。
しかしそこに、夜の暗がりから飛び出すものが迫る。
焚き火へと向かって無数の矢が放たれ、巨木の高い所にロープで固定されていた丸太が突っ込んでいく。
焚き火の傍で暴れていた人影は矢の的となり、それを免れた影も丸太でおもちゃの様に弾き飛ばされる。
何度かの矢の雨と丸太の襲来の後、焚き火の傍で動くものは皆無となった。
「ぃよーし! ばっちりね、さあ観念なさい山賊達、これ以上痛い目に会いたくないでしょう?」
焚き火からでなく、夜の森からアイシャが飛び出す。依然動かないカシラへとナイフを向けた。
自身の罠が決まって上機嫌のアイシャは、勝負は決まったとばかりの顔をしている。
しかしカシラは特に動じる様子もない。その顔は依然ニヤけたままである。
部下達は皆やられたと思っているアイシャはその様子に首を傾げた。
「お仲間がやられたってのに随分余裕ね? ちょっと薄情過ぎない?」
「あんなえぐい罠仕掛けといてよく言うぜ……。そもそもこっちは誰もやられてねえよ」
カシラはこれ見よがしに焚き火の方を顎で示す。
腑に落ちないアイシャが焚き火を見ると、矢だらけになった影が起き上がろうとしていた。
「は? ……はああ? なにあれ? ゾンビか何か? マジで趣味悪……」
「どうやってゾンビを雇うってんだよ……。よく見てみやがれ、お終いだよ」
焚き火からアイシャに近付く矢だらけの存在。
近くまでくるとそれは、人の形をしているだけの木偶人形だった。森の木の枝や石土で体を作っている。手にした長物は剣ではなく、やはり形だけ模した木でしかなかった。
「な……!? なにこいつら? あんた、何を……」
「依然に奪った<ナイトパペッター>とかってアイテムだ。夜にしか使えないのは難点だが、見ての通り不死身の兵隊ってわけよ。……さーて、観念しやがれ」
人形達は速やかにアイシャを取り囲もうとするが、アイシャも夜の森の中へと逃げ込んだ。
矢で全身を貫かれ、丸太で吹き飛ばされても動く敵を相手にしようとは誰も思わない。
そのままアイシャは夜の森の中を逃げ走る。
茂みの中からそれを見守っていたカーターとトマは、頭を抱え込んでいた。
「あのバカ、飛び出すなってのに……。こうなったら……」
「で、でもどうするの? もう他の手は……あと罠がちょっとだけで……」
焚き火周辺への罠以外には、アイシャが逃げていった方にも幾つか罠を仕掛けている。だがそれらも時間稼ぎにしかならないだろう。
まだカーターとトマは見つかっていない。弓を使えば不意を突いて攻撃できる。
しかし山賊のカシラを仕留めて、人形や部下達が大人しくなるという保証もない。
カーターは焦るトマを宥めつつ、事前に荷物を纏めたリュックを漁る。
「落ち着けよトマ。アイシャはそうそう捕まりはしねえ、流石にそこまでバカじゃない。今は何でも使えそうなもんを……お?」
リュックの中で目に止まったのは薄汚れたランプ。トマにも判断が付かず、鑑定するまでは放っておこうとしたものだ。
中を見ようとしても蓋は開かない、臭いや変な空気を纏っているわけでもない。
「トマ、こいつはどう使えばいい? つーか何に使える?」
「それは……似た様なものは、こすったら協力者を出してくれたりするけど……。ちゃんと鑑定してみない事には、何とも……」
協力者を出すランプ。しかし詳細は解らない。最悪の場合、敵対するものや制御できないものを呼び出す可能性もある。
状況は切迫しているが、更に首を絞めかねない博打に手を出すべきか否か。カーターは判断に迷った。
「なーんかゴソゴソしてると思ったら、残りのガキ共だったか。カシラあ! 残りも見つけやしたぜえ!」
「ぇ、ちょっと……あっ!? やめ、離せ!」
「トマ!? ちっくしょ、マジかよ」
どうするか気を取られている間に、山賊達は2人が潜む茂みに近寄っていた。あっさりとトマは捕まってしまう。
カーターは咄嗟に夜の闇へと姿を消すが、もはや持っている物は博打のランプだけである。
「お、捕まえたか。……ふむ、一匹捕まえりゃ後は簡単だな。こいつで脅して残りも捕まえちまえ」
「うぃっす、んじゃ早速……」
山賊達の会話がカーターにまで届く。それは更に彼を追い詰め、手の中のランプに意識を集中させた。
トマを人質にされては、カーターもアイシャも手の出しようが無い。家族同然の仲間を見捨てる事はできない。
気付けばカーターは薄汚いランプを、無心にこすり続けていた。何でもいいからこのドン詰まりを何とかしてくれという一念で。
「出ろよ出ろよ……さっさと出てくれよ……。悪魔でも竜でも、何だって良いっての……!」
「おっと? もう一匹もここにいたか、大人しくしろよ?」
山賊の1人がカーターを発見し手を伸ばす。
カーターはそれには構わず無心にランプをこすり続ける。
山賊も目の前のガキの様子に気付き、妙なランプを使おうとしているのを理解した。
「んな!? てめえ、何してやがる!? 止めやがれええ!!」
山賊は手にしたナイフを振り上げ、無防備なカーターの背中に振り下ろそうとし……。
突如ランプの先から、カーターに纏わり付く様に真っ黒の闇が広がる。
夜の森にあってもそれは更に異質な黒さと深さを備えていた。微かに焚き火で照らされたそれは生物の様に蠢く。
山賊のナイフは闇に絡め取られ、ズブズブとその切っ先から飲み込まれていく。
男は咄嗟に手を離し、目の前の闇に気圧され尻餅をついた。
「な、なん!? 化け物か!? だが、ガキも飲まれ……自滅したか?」
カーターは身動きが取れない。全身を闇に包まれ、息もできないし目も見えない。
蠢く闇は次第に濃縮し縮んでいき、中心にいたカーターを包み込んでいく。
「ちっ……く、しょ……! なんなんだこいつ、離せ……離……?」
闇は縮むと共に段々と固形化していき、カーターの体をぴっちりと象る。
それが収まると同時に、全身を真っ黒の鎧に包まれたカーターが出現した。
「へ? ……これがランプの効果、か? 召喚じゃなく、装備かよ……」
カーターも男も目を丸くしている。それ位にこれは異常な代物だった。
確かにダンジョンのアイテムは多種多様であり、中には不定形の武具も存在する。
だがここまで異質なものは特定の指定対象を受け、ギルドや国が管理するレベルのものだ。
少なくとも一介の冒険者や、ましてや成人してるかどうかの若造が持っていて良いものではない。
「まあ今はどうでも良いか……。おっさん、下手に抵抗すんなよ? 俺も加減とかできるかどうか……」
「う、うるせえこの! あっち行きやがれ!!」
男は手近な石ころを、悪足掻きの様に目の前の黒い鎧へと投げつけた。
威圧的で狼をモチーフにしたような鎧は、それを容易く跳ね除け……。
「あったっ!? ……え? あれ?」
鎧の表面に当たった石ころ。だがカーターは生身に当たったような感触と衝撃を受けた。
思わず石が当たった頭を手で押さえる。
「……は? ああ? 何だよ見掛け倒しかよ……ったく、びびらせやがって」
男は気を取り直し、すっと立ち上がり腰の剣を抜く。
対してカーターは、恐らくは防御力0の鎧を着たままに、後ろへとたじろぐ。
「いや、ちょっと……ぇぇ、マジ? 幾らなんでも……」
「びびらせてくれた礼だ……。なーに、人質なら1人いりゃ充分だろ!」
男は驚かせたお返しとばかりに、今度こそはとカーターに刃を振るう。
カーターは咄嗟に手で防ごうと、両手を上げて刃の前に―――
ガキン、と。金属同士がぶつかり合う音が響いた。
カーターは同時に、腕に衝撃と重みを感じ、咄嗟にそれを押し返す。
恐る恐る目を開けると、目の前の男は自身の腕と鍔迫り合いの様になっていた。
そしてはっきりと視認する。鎧の表面から先程の男のナイフが生え、剣を防いでいる。
「な……ん……!? くそがあ、見せ掛けってわけじゃ……ねえのかよ……!」
カーターは目の前の状況を理解し、何となく鎧の能力を把握する。
ランプをこすっていた時目端に捉えた、自身に振るわれたナイフ。それが鎧から生えている。
右手で踏ん張りつつ『一本しか出せないのか?』と考え、それに応じる様に左手からナイフが出現した。
「ぃよし、これなら……! ちょっと大人しくしてろ!」
カーターは男の足へ、左手から生えたナイフを突き刺す。
無防備に受けた男は痛みに耐えかね剣を手放し、その場で足を押さえて蹲る。
「っあっが……っくぉぉ……。こんの、クソガキィ……!」
「そこで大人しくしてろよ、こっちも殺すつもりは……。いや、あったかもな」
男の剣を拾い、トマを捕まえている山賊のカシラ達へと近付く。
こちらの異変に気付いていない。男達は逃げるアイシャに向かってトマをダシに怒鳴り続けている。
茂みから近寄るカーターは、簡単に後ろを取った。
「さて、どうしたもん……あ? やっぱこういう事か……まあ助かる、のか?」
拾った男の剣は、鎧の表面へとずぶずぶと沈んでいった。
しかし今は剣よりナイフが欲しい。念じた途端に、鎧は両手の掌にナイフを出す。
「まあ、今はこっちだな。あんまナイフって、投げた事ねーけど……!」
両手にナイフを握り、トマを捕まえている男を避けてナイフを投げる。
ナイフは男達の背中に刺さり、周囲を苦痛の声と混乱に包ませた。
それと同時に、両手に剣を握った黒い鎧が、トマを捕まえた男の背中から飛び掛る。
「なあ!? いきなりなんだこい、っつぐぉ……!?」
「っふぅー……。形勢逆転か? トマさえ解放できれば、後は……」
「……!? カ、カーター? なんだいその格好は……鎧?」
トマは目の前に立つ鎧に驚き、しかし声でカーターだと気付く。
見たところトマに傷等はない。アイシャもまだ夜の森の中を逃げている。
「んー、さっきのランプをな……。まあそれは後だ、隠れといてくれトマ」
トマはコクリと頷き、夜の茂みの中へと消えて行く。
カーターはそれを見届けてから、動揺を隠せない山賊のカシラと向き合った。
既にアイシャを追わせていた人形達を呼び戻し、こちらを囲ませている。
「その声は、最後のガキだなてめえ? それが手前らの奥の手って訳だな」
「……そういうこった。大人しく引くなら命までは取らねえよ? 今のうちなら」
カシラはまだこの鎧が防御力0だとは気付いていない。気付かれては調子に乗らせてしまう。
出来ればこのまま諦めて手を引いて欲しいが、そうは問屋が卸さなかった。
「カシラ――! その鎧は守りがねえっすよお―――!! 囲んで袋にしちまえ――!!」
「……ほぉん。そいつは良い情報だ。さて、どうすんだボウズ?」
さっき見逃した男が大声で叫んでしまった。鎧の弱点がばれてカシラは落ち着きを取り戻す。
人形達はジリジリとカーターへの輪を狭め、腕と同化した石や木の武器を振るおうとする。
「調子に乗んな! アイシャー!! 近くにいるなら離れとけよおおお!!」
カーターは腕を振り回しつつ、剣もナイフもどんどん出ろと鎧に念じ続ける。
腕から飛び出る剣やナイフはそのままの勢いに、カーターの前面に向かって放たれまくった。
「っうぉお!? こいつは……いや、無駄だ。人形共はこの程度……」
だが人形達は止まらない、少しずつ削られ動きを阻害されるのみである。
ジリジリとカーターに近付き、カーター武器を放ちつつ後ずさっていく。
「っち……ダメか? いや、でも他に手は……ぐ!? ぁ、やば」
カーターは背後を木に阻まれ、人形達に包囲された。
そのまま人形達は無慈悲に、必死に防御するカーターを袋叩きにする。
「ったく手こずらせやがって……。まああの鎧も何かと使えそうだ……な?」
カーターを取り囲む人形が、1体ずつ数を減らしていく。
袋叩きにされているカーターは、必死に剣やナイフを全身に生やしながらそれを見ていた。
「こいつは……取り込んでる? 武器だけじゃない? でも石は……」
最初に鎧にぶつけられた石は取り込めず、カーターにダメージを与えるのみだった。だがナイフや剣、そして目の前の人形達は鎧に取り込まれて消えて行く。
カーターはまだ今一鎧の能力を把握できないが、すっかり人形が消えてから迷いを振り払った。
「まあ後で調べりゃ良いか……。奪ったってんなら、出せるはず、だよな?」
念じると鎧から、鎧の闇から生まれたような人型が現れ出る。
先程の木や石で出来た人形とは似ても似つかない、真っ黒な闇そのものの兵達が出現した。
「……形勢逆転だな。まだやるか山賊共? これ以上は……」
「ッチ、調子に乗るなよ。こちとら生活が掛かってんだ! 行け人形共!!」
山賊のカシラは諦めず、藁人形を握り締めて更に人形を作り上げる。
カーターも闇の兵を出そうとするが、先程取り込んだ8体が限度なのか、それ以上は増やせなかった。
カシラは人形を際限なく増やしまくり、3、40体程でカーターを包囲する。
「形勢逆転だあ? これでもまだ調子に乗るかよ!? やっちまえやああ!」
「……! っちくしょーが、数より質だ! 行っちまええええ!!」
互いの兵達はぶつかり合う、そこら辺に人形を構成する木や石が弾け飛ぶ。
だがその形勢は一方的だった。木や石でできた人形の攻撃はカーターの兵に有効打を与えられず、逆にカーターの兵はカシラの兵達をその体に取り込んでいく。
それに気付いたカーターは更に兵を増やし、カシラの方は顔を青く染める。
あっという間に周りはカーターの兵のみになり、山賊達は包囲された。
「おっさん、その藁人形が本体だろ? それを寄越すなら見逃してやるぜ?」
「ぐ、ぬ……っくっそがあああああ!!! …………はあ、参った。降参する」
カシラは藁人形をカーター達の後ろへと放り投げ、一目散に逃げて行く。他の山賊達もそれに続いて夜の森へと消えていった。
同時にカーターの後ろから、藁人形をちょうどキャッチしてアイシャが出てくる。
「あんた、それどうしたの? 今日の戦利品に鎧なんて……」
「んー、あのランプがな……。つーかこれ、どうやって解除するんだ? 消し方とか……トマー、何か解んねえかー!?」
程無くして、茂みから出てきたトマと合流しカーターは闇の兵と鎧を解除する。
どちらも強く念じることで幻の様に消えて行った。
鎧が消えるのと同時に出現したランプが、ぽんっとカーターの手の中に落ちてくる。
「……なんか、とんでもねえもんを拾っちまったみたいだな? デメリットとか、解るか?」
「使用者自身が自覚はないの? 無いんなら……何も無いか、もっとやばいかだね」
「そういう脅かしはやめよーよー。……とりあえずお腹減ったわね。寝る前に軽く食べましょ」
軽く軽食を取りつつ、激戦の後を思い思いに振り返る3人。
彼らの冒険の一幕はこうして幕を閉じる。
彼らが拾ったランプが、一体どういうものなのか。それが語られるのは、また別のお話。