ヒヨコ電車
ドアが閉まる直前でギリギリ、電車に飛び乗った。心臓が脈打ち、息が上がっている。視点も定まらない。とりあえず、横に並ぶ席の前のスペースに立つ。
だんだん調子が元に戻っていくと同時に、信じられない光景が目の前にあることを理解した。
なんと自分の前の席に座っている乗客が、ヒヨコなのだ。数センチのヒヨコが人間みたいにちょこんと座って、他のヒヨコとぴよぴよしゃべっているのだ。口が開いたまま閉じれない。僕は狼狽した。
周りを見回すと、車両の乗客全員がヒヨコだった。人混みならぬ、ヒヨ混み。隣の車両も確認したかったけど、さすがに怖くてできなかった。
それも人間がこの車両に、僕だけしかいないのがわかると背筋にヒヤッとしたものが通った。
(もしかして、悪い夢でも見ているんじゃないか)
僕は、夢であってほしいと念じながら頬をつねったが、普通に痛かった。
頭の中が、目の前のヒヨコ達に対するいろんな推察で溢れる。
(妖怪?幽霊?化け物?UMA?宇宙人の侵略?ヒヨコの進化?)
しかし、必死に考えるのも束の間だった。よく見ると、周りのヒヨコ達が現代人にそっくりなのに気づいた。
サイズが合わないウォークマンで音楽を聴くヒヨコ、地面に新聞を敷いて読む親父みたいなヒヨコ、小声で電話してペコペコ謝っているヒヨコ、マスクしてるヒヨコ、ゲームに夢中なヒヨっ子と母親らしきヒヨコ。なんだか面白い。
それも広告までヒヨコでカバーされていた。とにかく、ヒヨコ尽くし。
目の前にいるヒヨコも、よく見たら可愛い。メスのヒヨコなのか、少し甲高い鳴き声で友達と会話して、ピヨピヨ笑いあっているのがわかる。目もクリクリしてて可愛いし、ふわふわ…。
僕はどうしてもヒヨコの毛を撫でたくてたまらなくなり、手を伸ばすと、ヒヨコが僕を急にジロリと見て人間の言葉で大声で叫んだ。
「この人、痴漢よ!」
電車のドアが開く。駅に着いたのだ。おなじみの発車メロディーが鳴り始める。僕はハッとして、伸ばした手を引き戻す。
すると、隣の車両から、人間そっくりな姿をした“鷹人間”が勇ましくやってきて、僕の制服の背中の襟をつまんで、電車から僕を放り投げた。顔に羽がソフトに当たる。駅のホームに尻餅をついた。
ハッとすると、その時にはもうヒヨコ電車はいなかった。
隣にいた電車を待っているサラリーマンが、狐につままれたような顔でこっちを見ていた。
ヒヨコ、可愛いですよね。愛くるしいです。なんとなく思いついたので書いてみました。