「Ⅰ」
その宇宙艇は、地表に突き刺さる形で不時着した。轟音とともに煙を巻き上げ、さかさまのまま上向きに扉が開く。たちまち冷気が溢れ出し、大柄の、やつれた男が姿を現した。
男は、ためらわず地上に降り立つ。頭上には、ダイヤの如き美しい星々が散りばめられていた。感慨深いため息を漏らしながら、男は歩き出す。全面が黒く塗り潰された白いヘルメットを投げ捨て視界を確保すると、男は立ち止まり、自分の目を疑った。
『……これが、母星、なのか?』
くぐもった声が、開けた草原の中に響く。
そこは、山の頂上だった。周囲を背の高い木々が囲み、男の立つ草原には、原色の強い毒々しい花々が生い茂っている。男は足元の花をむしり取ると、星空に浮かぶ月の光にかざした。光の加減によって幾重にも色を変えるその花びらは、かすかに光を放っていた。
地面に放り踏みつけると、あろうことか、ガラスが砕けるような音が立つ。
『気味が悪い、なんだこの花は』
一面に咲く、背の低い花々。その中に、男が知るものはなかった。
『ここが、こんな場所が、母星だというのか!?』
再び歩き出そうとすると、着込んだ宇宙服の足の裏に、ねっとりとした粘液がくっついている。足をどけると、キノコの集合体がつぶれていた。体毛か何かのように細く、身を寄せ合うことで一個の生命体として活動しているように見えるそれは、肉が焦げるような悪臭を漂わせている。
『こんな星では、なかったはずだっ!!』
男は激昂した。その叫びには、色濃く悲壮感がにじんでいた。
膝をついて地面に這いつくばると、男は分厚い手袋を脱ぎ捨て、目の色を変えて漁る。ある花は根から掘り返され、またある花はくきをむしり取られ、無残に散っていった。
花畑が、原型をとどめないほど荒れ果てた時、男は、不意に手を止めた。視線の先には、可憐に咲き誇る、とある花。泥にまみれた両手を払い、男は、逆さにした金魚蜂のような、愛らしい形をした花を指先で軽く撫でると、そっと胸に抱いた。
『――――あぁ、愛しき我が母星』
男の、光の閉ざされた黒い瞳には、涙が浮かんでいた。
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