第一話 【会うは別れの始め】
初恋。
それは叶わないものだと誰かが言った。
そりゃあ、そうだ。
どうやって接したらいいのかわからないし、距離が近すぎて叶わなかった場合だってある。
でもさ、やっぱり叶えたいよ。
母親が作った弁当を片手に友人の猫田未炉と屋上へ向かう。
屋上は日当たりが良く、昼ごはんはいつもここで食べている。
「ねえ、初恋のことでまだ悩んでる?」
「何?突然。悩んでるっちゃ悩んでるけど...」
重たい鉄の扉を開けようとすると、後ろから今さっきまで考えていたことを未炉に言われる。
なんとなく、恥ずかしくて少し歯切れの悪い返事をしながら、扉を開けると風がドアの隙間から入ってきて髪の毛を揺らした。
「初恋攻略団体。」
未炉の声がやけに鋭く聴こえる。
日光に照らされた未炉の鶯色の髪は宝石のように鮮明に輝いていて、改めて目の前にいる少女の美しさに気付かされる。木々の若葉みたいな鮮やかな緑色の瞳は獲物を捕らえる猫を連想させた。
初恋攻略団体。
噂で少しだけ聞いたことがあった。
初恋限定、最後までやり遂げる。お代は必須で中にはお金をごっそり抜かれたものもいるらしい。
「今の時間なら望月奏がいるはず、旧校舎二階の教室。さあ行ってきな」
弁当を未炉に渡し、今さっき登ってきた階段を一気に駆け下りる。
何故未炉が初恋攻略団体を知っているのかはわからない。否、私の心が知ることを拒む。
だから、貴方が最後に言った言葉も聞こえてないのだ。
「情報代は弁当で許してあげる。」
メッセージアプリを開き、望月と書かれた人物にあるメッセージを送ると鶯色の少女も旧校舎の方へゆっくり歩みを進めた。
足を前へ前へと動かす。
何故、私はこんなに必死になっているのか。事の発端は入学式だった。
ほろほろと溢れるような春の陽を浴び、淡い色を輝かせながら落ちてくる桜はどうも私を歓迎しているようだ。
現に遅刻しているわけだけど。せめて教室に行こうと思い、階段を一段とばしながら走る。スマホで時刻を確認しながら走っていたのが悪かったのだろうか。降りてくる人とぶつかり、重心が後ろへ傾く。
あ、死んだ。
そう思いながら、大人しく目を瞑る。本来くる衝撃は何故か来ず、暖かい温度と甘い匂いが私の体を包む。
黒に近い青色のブレザーが目一杯に広がる。皺一つなく、どこか新しさを感じる。
「あっぶね...ねえ、あんた大丈夫?」
頼りないほど青く透けた瞳の中には私がうつっている。
濡れたような黒色の髪は春の日を浴びてガラス細工のようにキラキラと光っていた。
胸の高まりは、頬の紅潮は、自宅から走ってきたから。納得しないような理由で自分自身を否定する。
会って間もなく、名前を知らないような人に恋をするなんて。
お礼だけ告げ、教室へ一目散へ走る
。勢いよく開けた扉を、驚いたような表情で見つめる担任はこちらを見て一言。
「風邪か?」
手にしていたプリントを床にばら撒きながら。
そんなこんなで私の初恋は、綺麗な蒼い瞳の彼となった。
今の校舎の奥に旧校舎はある。ただし立ち入り禁止になっているため、普段は誰も寄り付かない。
私も入ってはいけない場所に行くことになるので先生に見つからないようにいけないってわけだ。
扉を開けて中をこっそり見渡すが昼間でもここは薄暗く、視力があまりよくない私は中の様子は全く見えなかった。
「誰ですか?依頼者じゃないなら殺しますけど」
突然鈴のような可愛らしい声が聞こえ、びっくりして声が出そうになるが出せない。
冷たい指が私の首を強く掴んでいるからだ。
かなり警戒しているのか、締める力がどんどん強くなっていく。
依頼者だということを示すために必死に頷くと、指は離れていった。
「あはは、ごめんね?依頼者以外でここに来るやつは、女子供でも殺せってリーダーに言われてるからね。わたしは梅宮小夜。お金が大好きだからくれてもいいよ!あ、ついでに初恋だよね?」
温もりを感じる橙色の髪色は器用に編み込みをして、ハーフアップにしていた少女は笑顔が可愛いという印象が強かった。
噎せながらも初恋だということを伝えると、少女は慌ただしく私の手を引っ張って二階へと走って行く。
人の首を絞めれる力があるだけであって、足も速い。
運動を避けていた私にとっては少しの距離でもキツイものだ。
「リーダーッ!依頼人でーす!」
小さな声でも透き通る声は大声を出すと驚異的に煩い。
ドアを勢いよく開けると窓辺にりんごジュースを片手にスマホを眺める男子生徒がいた。
チョコレート色の髪の中に一房だけ金色のメッシュを入れている。
彼の青い瞳は、スマホからこちらに目線をうつした。
私は面食いでもなんでもないが、この目の前にいる人は誰がどう見てもイケメンだと答えるだろう。
「(そういえば梅宮小夜も美形だったな。)」
初恋攻略団体には美形の人しか入れない暗黙の了解というものがあるのだろうか。
彼女に背中を押されながら進むなかでただただそれを疑問に思った。