拡散完了?
エスプリに戻って来て二日目。こんなに早くピンチに陥るとは。
(正体を明かせば見逃してくれるか?……いや、絶対に信じてもらえないよな)
こいつ等の中の俺は美化されまくっているだろう。何よりヘッタなら精霊を呼んでみろと言われてお仕舞だ。
「お金なら払いますから見逃して頂けませんか?」
佐藤さんがバッグから現金を取り出すも、盗賊は無関心……やっぱり、こいつ等、何かがおかしい。
さっきからリーダーらしき男しか話していない。普通の山賊なら全員で脅してくる筈。それに綺麗な陣形をずっと保っている……まるで訓練を受けた騎士のようだ。
「金より、そのバッチを寄こしな。これを取ってしまえば、異世界人だという証拠がなくなる」
なんで山賊がバッチの事を知っている?異世界人だと言う証拠が残れば、なんでまずいんだ?
「ほらよっ。これを渡したからって、見逃してはくれないんだろ?」
バッチを自称山賊に向かって放り投げる。相手がなんであれ、いらつかせるのが一番の悪手だ。
「異世界人は修羅場に慣れていなと聞いていたが、良い度胸をしていやがる……せめてもの情けだ。腰の剣を抜きな」
これで確定した。こいつ等は山賊なんかじゃない。本物の山賊なら相手に情けを掛けたりしない。
「た、隊長……あれをご覧ください」
後ろに控えていた男が俺の上空を指さす。その指は震えているし、恐怖からか顔がひきつっている。
「馬鹿者。今の我等は山賊だ。お頭と呼べ……フェアリー様!?」
隊長と呼ばれた男が俺の頭上を見て驚いている……フェアリー様?
いた……容姿は十代前半の少女のように見えるが、身長は十五センチくらいしかない。そして背中から、透明の羽が生えている。髪の色が白なので、風のフェアリーだ。
男達が驚くのも無理はない。俺の頭上に四十人近いフェアリーがいたのだ。普段は明るく笑っている彼女達だが、明らかに怒っていた。
「へーちゃん、いじめちゃだめー」
「へーちゃんは私達のお友達なのー」
「少し太っちょさんになったけど、へーちゃんなの」
「おじさんになっても、へーちゃんはへーちゃんなの」
「へーちゃんが怪我したらシルフ姉さんに怒られるの」
「サンダーバード様にもしかられるの」
四十人近い風のフェアリーが、一斉に喋りだす。相変わらず賑やかというかうるさいというか……そのお陰で男達の視線が風のフェアリー達に釘付けである。
なんでタイミングよく姿を現してくれたのか分からないが、これはチャンスだ。ポケットから銀のアクセサリーを取り出して、剣の柄にはめ込む。カチリと小気味良い音をたてて、アクセサリーは精霊剣と一体化した。
このアクセサリーは精霊の力を借りる為のマジックアイテムなのだ。名前は契約の星、精霊に認められた者だけが持てる。ちなみに六つ全ての石を持っている精霊剣士は滅多にいない……つまり、これを見られたら即バレしてしまう危険性がある。
「お久しぶりです。いきなりですけど、力を貸してもらえますか?」
あの中には、前回来た時に知り合った風のフェアリーがいると思う。しかし、既に結婚している可能性がある。久し振りに話す異性の既婚者に敬語を使うのは、最低限のマナーです。
「当たり前なの。へーちゃんは精霊のお友達なの……あいつ等、殺せば良いの?」
精霊は仲間を大切にする。そして仲間に危害を加えた物には容赦をしない。
一方殺害予告をされた男達は、さっきから呆然としており微動だにしていない。多分初めて精霊を見て怯えているんだろう。
「平野さん、フェアリーってなんですか?私には何にも見えませんが」
どうやら、佐藤さんにはフェアリーの姿が見えていないようだ。精霊が人にその姿を現す時は大きく分けて二つある。一つは怒った時で、もう一つは友人と認めた時だ……男達は前者で、俺は昔の義理だと思う。
「精霊様、どうかお怒りをお鎮め下さい。我等ならどんな罰も受けますので」
男達は我に返ったのか、フェアリーに向かって土下座をした。
エスプリにおいて精霊は畏敬の対象である。もし、フェアリーに傷をつけたら、全ての精霊から見放され、男達の住む地は荒れ果ててしまう。
まあ、傷をつけなくても風のフェアリー達は、噂を広げまくると思う。風のフェアリー、又の名を精霊界のツイ○ター職人。荒廃までいかなくても、フェアリーと敵対したなんて噂が広がれば経済的に大ダメージを受けると思う。
……そんな片棒を担ぐのは嫌です。荒廃してしまったら、物が売れなくなるではないか。何より一番被害を受けるのは一般庶民だ。悪いのこの男達……いや、こいつ等の上司だ。
「いや、殺すのはまずいです……何しろあの人達は騎士ですから」
フェアリーが傷付くと領地が荒れてしまうが、この男達を殺してしまえば貴族に睨まれる。異世界転移二日目にして地元の有力者と敵対なんて減給ものである。
「な、なにを言うか!我等は山賊だ。決して騎士等ではない」
隊長さん……テンパって、思いっきり素の言葉使いになっていますよ。
「まず一つ目、山賊は討伐を恐れて自分の根城を明かす事はありません。そして二つ目、貴方達の陣形は整い過ぎています。決定的なのは俺に剣を抜かせた事ですよ。山賊は無抵抗の人間を襲う事をためらいませんし」
良く見れば服が小綺麗だったり、手に剣だこがあったりと違和感満載なんだけど。
「しかし、なんで騎士が私達を襲ったのですか?」
佐藤さんの疑問はもっともだと思う。俺達はラシーヌの頼みで転移してきたのだ。
「大方、出入りの商人に泣きつかれたんじゃないですか?“異世界人がヴィレ鉱山と取り引きしたら、鉱石の値が上がってしまいます”ってね」
騎士が仕えている貴族は、その商人から賄賂をもらっているんだろう。どんな政治形態でもお金は強いのだ。
「そ、そんなの言い掛かりではないか?第一、証拠がないぞ」
隊長さん必死です。騎士ってのは、結構きつい仕事だ。普段は常に清く正しくしてなきゃいけないし、上司を選べない。中にはろくでもない上司もいる訳で、平気で汚れ仕事を命じてくる。
“プライベートの時間だから、会社とは関係ないから、問題ないぞ。あくまで平野は趣味で釣りに参加するだけだから”の理論で押し付けてくるのだ。それでいて、仕事で大きなミスをしたら、家族だけじゃなく部下も路頭に迷ってしまうのだ。
「否定するのは自由ですけど、ここに誰がいるか忘れていませんか?風のフェアリーの手に掛かれば、一週間もたたないで“ラシーヌの騎士が異世界人を襲った”って噂がエスプリ中に広まりますよ」
異世界人召喚の噂が広まっただけでも、ラシーヌは他国から不信感を持たれてしまう。さらに騎士が襲撃を掛けたとなれば国際問題に発展する……魔王リュグジュールを倒した英雄のうち二人は異世界人の上、今は召喚自体が禁止されている。
「……それはまずい。我が領だけでなく、ラシーヌ皇王様にも危険が及んでしまう。すまない。何も見なかった事にしてもらえぬか?」
昔なら調子が良すぎるって怒ったかも知れないが、上司の無茶振りは俺も骨身にしみている。なにより異世界人が召喚されたって話はまだ広まってほしくない。理想は俺が日本に戻った後に広まるパターンである。
「貴方達は巡回中に偶然ゴブリンに襲われていた私達に遭遇して助けた。それでいきましょう……ただ忘れないで下さい。私はいつでもフェアリーに噂を広めてもらう事ができますので。フェアリーには私から言っておきますので、もう行って下さい」
これ以上話をしていたら、俺の事を詮索されてしまう。
「し、失礼いたします。それでは……お主達、行くぞ」
騎士が姿を消したのを見計らって、風のフェアリー達に話し掛ける。
「そう言う訳で、あの人達の事を黙っていてもらえますか?」
ここからは風のフェアリー達との交渉だ。もしもの事を考えて、あれを持ってきて良かった。
「へーちゃんはお人好しなのー」
「へーちゃんは身体が丸くなったら、性格もまるくなったのー」
「お喋りしたいのー」
風のフェアリー達のマシンガントークが炸裂し始めた。相変わらずフリーダムだよな。
「ひ、平野さん……あれは!?」
佐藤さんが指さす先にいたのはさっきのゴブリン達だ……しかもさっきより数が増えている。
「久し振りにやるか……契約は出来ませんが、お礼をするので力を貸して下さい」
風のフェアリーに目配せしながら、契約の星にはめ込まれた透明の石に魔力をこめていく。真ん中にある透明な石に魔力を流すと、契約の星が輝き始めた。そして白い石のくすみだけが消える。
「さすがへーちゃんなの。私達全員の力を使えるの」
風のフェアリー達は次々に白い石へと入って行く。同時に精霊剣の刃に開いた穴から風が噴出し、剣を包み込む。
「一時契約完了……風よ、刃となりて我が敵を切り裂け……風刃」
この年になって詠唱はかなりつらい。しかも年上の日本人の前での詠唱はかなり恥ずかしいです。
(外れはなしか。二十年振りにしては上出来だな)
風の刃はゴブリン達を次々に切り刻んでいく……ちょっとだけ、オーバキル過ぎるかもしれない。
「はい、報酬の飴玉です。美味しいですよ」
リュックから大袋の飴玉を取り出して、風のフェアリー達に差し出す。
「甘くて美味しいのー」
「いつも暑苦しい火のフェアリーに自慢するのー」
「真面目ちゃんの土のフェアリーにも自慢するのー」
「自慢好きの光のフェアリーには、絶対に自慢し返すのー」
「シルフ様とサンダーバード様に、へーちゃんが帰って来たってご報告するのー。」
「騎士の事は言わないからオッケーなのー」
風のフェアリー達はそう言うと空の彼方に飛び去って行った……か、拡散完了なのー!