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精霊賛歌

説明会が終わると支度金としてニ十万ラシルが渡された。一人暮らしをして掛かるのが月十五万ラシルとの事。これ以降は自分で稼ぐか日本円と交換になるらしい。

 宿代は無料だけど、身の回りの物は自分で買わないといけない。まあ、現地で金を落として、日本人の好感度少しでも上げようって魂胆だと思う。

 取り敢えず剣をさす為のベルトとミントの葉を購入。

 宿に戻り、スプレーボトルの中に水を入れ、ミントを投入する。そしてスプレーボトルに魔力を流していく。レンジャーのフェーフから聞いた虫除け液の完成である。身体に無害な上に、魔力の強い人間が作ると効果は絶大になる。

 魔物も怖いが虫刺されも怖い。マラリアみたいな病気に感染したら、死の危険もあるのだ。

 後はツナギ服や防刃グローブで肌の露出を抑えれば安心。今日着た服と下着にファブリ○ズを吹きかけておく。良いとこのお嬢さんであるカールムさんに俺のパンツを洗わせるのまずい。早めに雑用を頼める人を見つけなくては。

 ツナギ服の腕時計に時計と防犯ブザー……それに六芒星のアクセサリーを入れる。後は、剣用のベルトを回して準備オッケーだ。

 

うん、この展開は予想しなかった。ヴァレ鉱山まで乗り合い馬車で行くらしい。当然、護衛はなし。

 道中治安が良い所しか通らないからと言っているが、一番の理由は人手不足だろう。腕の立つ兵士は大勢いるし、手が空いている騎士も確実にいる……ただ自由や人権の概念を聞いて忠誠心の揺らがない人材が少ないのだ。

(ゴブリンやチンピラなら、俺でも追い払えるか問題ないか)

 流石にオーガや手練れの騎士が相手となるときつい……いや、最近運動不足だからチンピラでも人数が多いとやばいかもしれない。


「佐藤さん、良かったらこれを使って下さい。虫除けになりますよ」

 佐藤さんにスプレーボトルを手渡す。ちなみに佐藤さんは生真面目にチェニックを着ている……日本の中年男性おじさんにはチェニックが似合わない事が分かった。


「ありがとうございます。ここから馬車が出るそうですよ」

 佐藤さんに連れられて来たのは石畳の道路。前回来た時は戦時中だった為か、道路が荒れてデコボコだった。馬車に乗ると尻に深刻なダメージをくらったのを覚えている。

 でもあらから十数年経った事もあり、道路はきちんと整備されていた。

 天気は快晴、雲一つない青空である。レンガ造りの家に光が降り注ぎ、海外旅行のパンフレットに使えそうだ。これならのんびり馬車に揺られるのも悪くないと思う。


「馬車が来ましたよ。鉱山までは六百ラシル掛かるみたいですね」

 やって来たのは幌馬車である。前回、俺と猛が転移して来た時に伝えたのだ。猿人や蒸気機関は上手く説明出来ず、再現出来なかった。

(車輪は木のままか。ゴムの加工はまだ出来ていないみたいだな)

 前と違い、今回はその道のプロが来ている。前回の転移者は魔王を倒して平和をもたらしたけど、今回の転移者はエスプリに何をもたらすのだろう。


 乗り合い馬車だけあり、色んな人が利用していた。親子連れもいれば、商人もいる。



「ママ、良い子にしていれば精霊さんに会えるの?」

 五歳くらいの女の子が無邪気な笑顔を浮かべながら母親に尋ねていた。エスプリの精霊は純粋な心の持ち主を好む。


「ええ、そうよ。でも精霊さんは、町から離れた所に住んでいるの。風の精霊さんは草原や森にいて、火の精霊さんは火山にいるのよ。もう少し大きくなったら、探しに行きましょうね」

 エスプリの精霊は風・火・水・土・光・闇の六種類に大別できる。母親の言う通り、風の精霊は空気の綺麗な場所を好み、火の精霊は火山等熱量が高い所を好む。 

 しかし、精霊に会えたからと言って、誰でも契約出来る訳ではない。


「ママ、精霊様のお歌を歌って」

 女の子が母親に歌をねだる。それは遠い昔に見た優しい光景だ。


「ええ、良いわよ。風の精霊は自由気まま。お喋りが大好きで、何にも縛れない」

 風の精霊は何者にも縛られない自由な心を持った人間を好む……社会のルールや会社の規則に縛られている俺は失格だろう。ルールを守っている限り、他人から責められる事はないのだ。

 それと風の精霊、特に風のフェアリーとシルフはお喋り好きだ。特に噂話が大好きで、あいつ等の耳に入ったら最後一瞬にしてエスプリ中に広めてしまう。


「火の精霊は頑張り屋さん。どんなに疲れていても前に進んで行く」

 火の精霊は苦境に陥っても前に進もうとする熱い心の持ち主を好む……熱い心を無くして、毎日を無難に生きようとしている俺は失格だろう。無理に前に進んで痛い目に合うより、一歩後ろに下がって安全に過ごした方が良い。

 何より火の精霊には、疲れたとか明日も早いなんて言い訳が効かないのだ。十代の頃ならまだしも今だと確実に身体を壊してしまう。


「水の精霊は優しい精霊。誰にでも癒しを与えてくれる」

 水の精霊は優しい心の人間を好む……優しさと打算の区別がつかなくなった俺は失格だろう。自分の行動に一点の曇りもないなんて言えやしない。他人の目や損得を考えて打算で行動していると思う。

 確かに水の精霊は優しい。しかし、裏切ったりしたら怖いのだ。


「土の精霊は、いつでも冷静。どんな時でもどっしりと構えている」

 土の精霊は何があっても慌てない不動の心を持った人間を好む……上司の顔色をうかがってばかりいる俺は失格だろう。他人の目を気にして、空気を読めば周囲から浮く事はないのだ。

 あいつ等は、冗談を言ってもリアクションが薄い。営業で鍛えたトークも、空滑りすると思う。


「光の精霊は諦めない。どんなに辛くても希望は捨てない」

 光の精霊はどんな時でも希望を忘れない前向きな人間を好む……夢や希望は他人事になってしまった俺は失格だろう。俺の夢や希望は自分で叶えれる現実的な物ばかりである。言い換えれば、直ぐに諦めがつく物ばかりだ。

 光の精霊は性格も明るい。日本で言うリア充みたいな奴等だ。疲れ切ったおじさんが相手をするのはちょっと辛い。


「闇の精霊は我慢強い。誘惑に負けず、信じた道を進んでいく」

 闇の精霊は欲望に飲み込まれない自制心の強い人間を好む……夜の街の誘惑やダイエットに失敗してばかりの俺は失格だろう。健康に悪いと分かっていても、酒を飲まきゃやってられない時もあるのだ。我慢は身体の大敵です。

 あいつ等にあったら、説教どころか呆れられてしまうだろう。


「精霊はみんな個性的。でもみんなヘッタが大好き」 

 エスプリの人間は俺の事をヘッタ・ヒラ―と呼ぶ。前は嫌だったけど、今はありがたい。


「私もヘッタ様みたいに色んな精霊さんとお友達になりたいな」

 名前も知らない女の子、ごめんなさい。ヘッタさんは精霊の嫌うつまらない大人になってしまいました。


「微笑ましい光景ですね。ヘッタ様はどういうお方なんですかね?」

 佐藤さんは自分のお子さんと重ね合わせているのか、親子の会話を優しい目で見ている……信じてもらえないかもしれませんが、目の前にいるのがヘッタこと平野平太です。


「おいおいあんたヘッタ様を知らないのか?……そのバッチは異世界人か。この世界じゃ勇者パーティーの事を知らないと、子供にも相手にされないぜ」

 話に割って入ってきたのは商人風の男。異世界人おれたちとパイプを作り、儲けに繋げるつもりなんだと思う。


「私達、昨日来たばかりなんですよ。良かったら教えてもらえますか?」

 上手くいけば仲間の現状や、俺の立ち位置が分かるかもしれない。


「ヘッタ様は勇者ターケル様とパーティーを組んで、魔王リュグジュールを倒して下さったんだ。勇者ターケル様はトロン皇国の姫様と結婚なされたが、ヘッタ様は黙って行方をくらませられたんだ……あまり大きな声じゃ言えないけど、勇者を婿に迎えてトロンは勢いづき、色々な国と争いを起こしている。トロンに難癖をつけられていない国でも、必死にヘッタ様の行方を捜しているんだぜ」

 ……つまり、正体がばれたら良い様に使われると。

しかし猛の奴、婿になったのか。後ろ盾は姫様しかいないから、逆らえないんだろうな。

(小声で言ってるけど、物騒な内容だぞ。役人に聞かれたまずいんじゃないか?)

 待てよ……このおっさんは、異世界人と分かって話し掛けてきたんだよな。猛は日本人だ。同じ国の人間が王族の中にいると知ったら、転移者はこぞってトロンを目指すだろう……だから、ラシーヌから出るなと言ったのか。


 馬車は森の入り口で停まった。御者の話では六時間後に来るそうだ。森と言っても鉱石を運び出す為の道が整備されており、歩くのは困難ではないだろう。


「随分と背の高い木ですね。材木や燃料に使わないんですかね?」

 佐藤さんの言う通り、森の木々は背が高く幹も太い。日本でなら良い値が付くかも知れない。


「建物に使われるのは、レンガや石ですし、燃料は石炭や精霊石を使うんですよ」

 精霊石は魔力の籠った石で、少ない量でも膨大なエネルギーを得る事が出来る。ただし、採取量は決して多くはなく値段も高い。


「前任者から聞いた事があります。日本に持ってきたら、中のエネルギーが枯渇していたそうです」

 他愛のない話をしながら道を進む。三十分程歩いたところで、甲高い叫び声が聞こえて来た。会話をしているのは分かるが、人ではないのは確かだ。


「佐藤さん、後ろに下がって下さい。私が対応しますので」

 佐藤さんを背後に移動させつつ、ポケットに手を突っ込む。


「ギョゲーッ」

 現れたのは二足歩行の生物。肌の色は緑で、背は小学校三年生くらいだろうか。ぼろきれと化した布の服を身にまとい、手には錆びた短剣を持っている。全部で三匹、厄介な数だ。


「平野さん、あれは?」

 さすがに佐藤さんの声が引きつっている。なにしろゴブリンの目には明らかな殺意が浮かんでいた。


「ゴブリンですよ……ほらよっ!」

 防犯ブザーを取り出し、ピンを引っこ抜く。同時にけたたましい音が森に鳴り響いた。


「ギョ?ギョエー?」

 大音量に驚いたのか、ゴブリン達は森の中へ逃げ去って行った。


「ゴブリンって、あのゴブリンですか!?ゲームにとかに出てくる」

 さすがはサブカルチャー大国の日本人。スムーズに伝わったようだ。


「正確に言うと、佐藤さんの知っているゴブリンとは違うんですよ。私達の知っているゴブリンと似た生き物だと思って下さい。あいつ等臆病だけど厄介な生き物なんですよ」

 言語翻訳スキルはマジックアイテムが脳内にある該当単語を選び出しているだけだ。だからゴブリンって言葉を知らない日本人には小鬼と聞こえるらしい。


「厄介と言うのは?ゲームだと弱いイメージがありますけど」

 確かにゴブリンは魔物の中では弱い。一匹なら佐藤さんも勝てるだろう。


「佐藤さんは森でスズメ蜂を見つけたら攻撃しますか?しないですよね。ゴブリンもスズメ蜂と一緒で襲われたら仲間を呼ぶんですよ。倫理観なんて持ってないですから、躊躇なく攻撃してきますし。大きい音で追い払うのが得策なんですよ」

 良くゴブリンは知能が低いと言われるが、カラスやチンパンジーより高い。一度襲われた人間は忘れず、見つけると集団で攻撃してくる。


「ゴブリンをけしかて倒そうとしたけど駄目だったか。俺値はヴィレ鉱山を根城にしている山賊だ」

 現れたのは七人の男達。手には斧や槍を持っている。服装は毛皮で出来たチョッキである。

(山賊?なんか違和感があるな……どうにかして佐藤さんだけ逃がさないと)

 剣の腕はどれくらい落ちているだろうか?魔法を上手く唱える事は出来るだろうか?


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