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精霊剣

 宛がわれたのは八畳ほどの部屋だった。ベッドと机があるだけのシンプルな部屋である。当たり前だけどシャワーもトイレもない。ただ、風呂は大浴場を増築中との事。

 ベッドの上には麻で作られた薄茶色のチェニックとパンツが置いてあった。多分、これを着ろって事だろう。確かにチェニックなら目立たないが、虫刺されが怖い。部屋にいる時は日本から持参した虫除けを使えるが、外に出る時は持ってきたツナギ服を着ようと思う。

  そして飲み水は廊下の端に置いてある甕から汲んで来なければいけないそうらしい。

 前の時は城に住まわせてもらったから、不便を感じなかったけど今回は色々ときついそうだ。

 なぜ宿屋のインフラがこんなに整っていないのかと言うと、エスプリには魔法があるからだ。正確に言うと生活魔法と言って、空間から水を出したり水をお湯に変えたりする事が出来る。甕に溜める水も魔法で運んでいるんだと思う。

でも、生活魔法は万能ではなく魔法で出した水は飲用には適さないと言う。マナを水に変化させているだけなので、体に入れた途端、マナに戻ってしまうのだ。当然、作物に与えても意味はない。それでも汚れを落としたり、物を温めたりする事は出来る。

(しかし、身の回りを世話してくれる人間か……警戒しておいた方が良いかもな)

 色々考えていたら、ドアがノックされた。さっそく身の回りをしてくれる人が来たんだろうか?


「平野さん、佐藤です。お時間よろしいですか?」

 ドアを開けると星菱の佐藤さんが立っていた。年下の俺に深々と頭を下げている。


「良いですよ。どうせ暇でしたし」

 佐藤さんの家族を悲しませたくない。出来るだけ協力は惜しまないようにしよう……精霊が見えなくなった俺に何が出来るか分からないけど。


「ありがとうございます。平野さんはこの世界をどう思いますか?色んな国に行った事があるんですが、どの国とも違う気がするんですよ」

 まあ、魔法があるし魔物もいるからね。でも、佐藤さんが感じている違和感はマナの所為だと思う。転移者に選ばれたって事は、佐藤さんは魔法に適性があるんだろう。


「日本と国交のない独裁国家、しかも国際法の概念すら持たない国だと思って下さい。身分制度は江戸時代より厳しいかと……それとこれが一番大事な事です。身の回りの世話をしてくれる人が女性だったら気を付けて下さい。特にミドルネームを持っているようなら、変な誤解をされない様にして下さいね」

エスプリでミドルネームを付けれるのは支配階級だけである。そして支配階級生まれの女性には確実と言って良いほど、婚約者がいるのだ。俺や佐藤さんはないと思うが、手を出したら大問題になってしまう。お互い好きあっていてもだ。


「随分とお詳しいですね……今は根掘り葉掘り聞くのは止めておきしょう。独裁国家で身分の高い女性を客人の世話係に任命ですか……ハニートラップの危険性があるんですね」

 流石としか良いようがない。実際に手を出さなくても噂が立っただけでも、やばいのだ。この世界にカメラなんてない。人の証言だけでも有罪にされる事がある。


「ありがとうございます。彼女達の婚約者も支配階級の子息です。もし二人で部屋にいる時に、女性が叫び声をあげながら部屋を飛び出すだけで大問題になりますよ」

 命じるのは女性の両親、もしくはその上司である。当面そんな事はしないと思うが、日本の商品がラシーヌを席捲しだしたら、なりふり構わず仕掛けてくるだろう。


「分かりました。気を付けます。それと明日なんですが鉱山を見に行く事になったのですがよろしかったら、一緒に行きませんか?」

 鉱山に行けばノームか土のフェアリーに会えるかもしれない。なにより部長に報告する事が出来るのは有り難い。多分、そこの鉱山は星菱と契約を済ませている可能性が高いが、他の鉱山の情報を得れる筈。


「ご迷惑でなければお願い致します」

 移動は馬車だと思う。エスプリの道路事情は最悪に近い。そのうえ、馬車の足回りも発達していなかった。つまりお尻へのダメージが物凄いのだ。日本から持参したクッションがこんなにも早く役立つとは。

(猿人がゴーレムを操るのは困難だし、ドラゴンは維持費が半端じゃないからな)

 エスプリの移動手段は馬車以外にも幾つかある。その中でメジャーなのはゴーレムとドラゴンだ。ただし猿人でゴーレムを動かせる魔力がある人は滅多にいないし、ドラゴンは食費等の維持費がかなり掛かってしまう。

 少し話をした後、佐藤さんは自室へと戻って行った。説明会まで時間があるので、明日の準備をする。

 リュックに携帯用のシャベルを括り付け、必要な荷物を詰めていく。鉱山までは日帰りで行けるらしい。

今回持って行く物 大袋に入った飴・防刃グローブ・ヘルメット……そして六芒星のアクセサリー。

(剣もないし持って行っても、意味はないんだけどな。お守りにはなるか)

説明会まであと一時間半、ロビーに大型の壁掛け時計があったので、腕時計の時間を合わせにいくべきか。

 部屋を出ようとしたら、ドアがノックされた。


「ヒラノ様、今日から身の回りのお世話をさせて頂くセシル・バシュバリエ・カルームでございます」

 聞こえて来たのは若い女性の声。しかもミドルネーム持ちである。

(ミドルネームからすると騎士の家系か。断ったら断ったらで面倒だし……ここは腕の見せどころだな)

 少女とプライベートで話していると思うから、緊張したり勘違いしたりするのだ。セシルさんはお役目で俺についている。

つまり仕事だ。それなら俺も営業として接すれば問題は起きないだろう。元より俺はおっさんである。少女に好感度や親密さを期待する方がきもいのだ。


「どうぞ……ああ、ドアは閉めなくても良いですよ」

 営業スマイルを浮かべながらカルームさんに話し掛ける。取り引き先から人の好さが現れていると定評がある笑顔だ。ただし、真顔に戻った瞬間、ギャップで怖いと言われるのが難点である。


「あの何か御用はありますか?」

 カルームさんは銀髪が魅力的な美少女だった。俺を警戒しているらしく、目に落ち着きがない。

 転移してきたばかりで用事なんてある訳ないんだけど……しかし、無下に断ったら嫌なおじさんというイメージを持たれてしまう。


「そうですね。私は転移してきたばかりなので、この世界の事を良く知っている方を紹介して頂けますか?……例えばカルームさんの親御さんや婚約者の方とお話し出来たら助かります」

 婚約者と言った瞬間、カルームさんの頬が赤くなった……婚約者のいる女性を身分が不確かな男の世話係に任命するのか。手を出さないと信用してましたのでって、言われればそれまでだけどやはり警戒した方が良さそうだ。


「ち、父もベルナール様も公務で忙しいので、私が答えられる範囲でよろしかったらお答えしますが」

 つまり父親も婚約者もそれなりの仕事をしていると……下手な事を聞いて二人の耳に入ったら厄介だ。


「それなら明日鉱山に行くんですが、道中危険な所はありませんか?」


「えっと、それならヴァレ鉱山の事だと思います。あの辺にはゴブリンしか出ないと聞いてますので、危険はないかと」

 ゴブリンが出るのに危険はないか……この国大丈夫か?荷物に防犯ブザーを追加しておこう。

 歩くのは鉱山の手前にある林道だけで、馬車を使えば一時間くらいで着くそうだ。


 説明会で言われたのは、この世界には色んな人種がいるが決して亜人と言う言葉を使ってはいけないと言う事。そしてしばらくはラシーヌ国内で活動して欲しいとのお達しである。

 魔物が出るって話になった時はさすがにざわついた。

「基本は護衛をつけますが、自分の身は自分で守るようにして下さい。数種類の武器を用意したので、自分で使えそうな物を選んで下さい」

 酷い無茶振りである。確かに武器は色々と用意されていたが、素人が使いこなせる訳ない。

(一番人気はナイフか……あれ?何でこれがあるんだ?)

 長さはロングソードと同じ位だが、刃はついていない。代わりに刀身に無数の穴が開いている。一番の特徴は柄の所に丸い穴が開いている事だ。

 精霊剣、精霊剣士専用の武器である。材質を見る限り、初心者用だと思う。

 これも運命なのだろうか?俺は二十年振りに精霊剣を手に取った。


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