久し振りの共闘
リーモイ様の後ろから出て来たのは眼鏡を掛けた知的な女性。大人びた顔立ちをしており、やり手のキャリアウーマンって感じだ。
「まず内容を教えて頂けますか?持ち帰って上司と検討させて欲しいのですが」
断りにくい案件、難しそうな案件は上司の判断を仰ぐのが鉄則。もし断わる事になっても責任は江里部長にあるんだし。討伐系の依頼なら大袈裟に伝えて、受けない方に誘導するのもありだ。
「そうしてくれると助かるよ。異世界のお医者さんをセマンスに派遣して欲しいんだ。シャアヨーには私から連絡しておくから。キコナは回復魔法の名手だから、君達の旅に役立つと思うよ」
あれ?そっちのパターン……もしかしなくても自分から泥沼にダイブしてしまったんだろうか?ちなみにシャアヨー様は火の精霊を統べているバハムートだ。リーモイ様と同じドラゴンという事もありお二方は仲が良い。
まずい、セマンスに行ったらロココ姐さんに見つかる。そして絶対に叱られるし、現状を知られたなら呆れられてしまう……せめて猶予期間をもらわないとまずい。
(転移してきた人間の中には医者がいるか確認してからお返事します……これだな)
その間にロココ姐さんへの対策を練っておこう。
しかし誤魔化そうとしたら、先にキコナさんが頭を下げてきた。
「キコナでございます。未熟者ですが、一生懸命頑張りますので宜しくお願い致します」
耳に心地よいハスキーボイスだ。多分、キコナさんはフェアリー達の支えになってくれるはず。
……さすがはリーモイ様、今のメンバーに必要な人材をセレクトしてきた。
相手の要求をある程度受け入れる事で、こっちに有利な条件で契約するのも営業の腕だ。まずはリーモイ様の考えを確認してみる……勝手に忖度して外れたらまずいし。
「異世界の医術を導入する事で、冒険者に狩られる水属性の魔物を減らすのですね」
昔、リーモイ様から魔物がいる事によって自然のバランスが保たれていると教えてもらった事がある。
「察しが良くて助かるよ。このままでは色々なバランスが崩れてしまう……崩されてしまうと言った方が正確かもね」
確かに今回の件やサキュサキュミートの件を見ると人為的な思惑を感じてしまう。
「……何かをご存知なんですか?」
これだけの動きがあってリーモイ様が何も知らないって事のほうがおかしい。ただリーモイ様個人で動かせる手駒には限度がある。
信者や冒険者に声を掛けるって手もあるが、収拾がつかないくらいの大騒ぎになってしまうだろう……このタイミングで戻って来た俺は正しく飛んで火にいる夏の虫である。
「……一度猛に会ってみれば、分かるよ。向こうも契約が成立したみたいだから、よろしく頼む」
今回の件に猛が絡んでいる?あの正義感の塊の様な少年が、何をしたっていうんだ?
「ヘッタさん、お陰で契約出来ました。心を閉ざしたままじゃ、契約してもらえませんよね」
そう言って無邪気に笑うリコルさんに対して、俺は引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
◇
リコルさんの契約も無事に完了し、帰路につく事になった。このまま戻れば日が沈む前に町に着けると思う。
「ラルバさん、変な気配を感じたら教えてもらえますか?コーチモさんは大勢の足音を感じ取ったら教えて下さい」
一口に冒険者と言ってもピンキリで、フェーフの様に英雄と讃えられる者もいれば、チンピラ崩れみたいなやつもいる。今ラモーに来ている冒険者の質は最悪に近いはず。
「何を警戒しているんですか?イリス先生とヘッタさんがいれば魔族も怖くないと思いますよ」
リコルさんは無邪気に笑っているけど、俺としたら現状では魔族の方が安心な位だ。魔族なら敵対した瞬間に倒しても何の問題も起きない。
「ラルバさんも契約が済んだから依頼を受ける事あると思います……だから、私の言う事を忘れないで下さい。街の外、人目がない所であった冒険者は魔族以上に危険で厄介です。冒険者の中には他人が手に入れた宝を奪ったり、女性を襲う事を屁とも思っていない奴が大勢いますから」
冒険者は国に属さない自由な旅人だと言われる。王様さえも彼等を縛る事は出来ず、唯一縛れるのは冒険者ギルドのルールだけ。そのルールさえも人目がなければ破る奴がいるのだ。
冒険者は命懸けの仕事だけに、荒くれ者が多く元犯罪者も少なくない。逆に言えば通常の社会では生きていけない人間の受け皿でもあるのだ。
「もちろん、全ての冒険者がそうだって訳じゃないわよ。でも自分達で殺しておいて『魔物に殺される所を見た』って言ってお宝を奪う奴もいるの。フェーフのお陰でだいぶましになったけど、注意するにはこした事はないわね」
ルールを厳しくしたら、冒険者の成り手がなくなってしまう。何より護衛から素材の収集等、冒険者の需要はかなりあるのだ。
しかし、リーモイ様のお膝元で冒険者を警戒する日が来るとは……喉元過ぎれば熱さを忘れる。魔王の脅威に人類一丸となったのは、もう昔の事なんだろうか。
「ヘッタさん、嫌な気配がするのですー」
ラルバさんが注意を促してきた……俺の巻き込まれ体質はここでも健在なのか。イリスの視線が少し冷たいです。
「人数は五人。四人はゴリマッチョ、一人はヒョロガリさんですの」
コーチモさん、足音で筋肉量まで分かるんですか?
五分程歩くと五人の人影が見えて来た。四人は鎧を着た戦士で、一人はローブを着た魔術師だ。
「やあ、ベッシュ。偶然だね」
リコルさんに声を掛けて来たのは赤髪のイケメン。ご丁寧にローブまで赤い……火属性の魔法使いって事か。
「ロ、ロジェ……君!?なんでここにいるかなの?」
リコルさんのドン引き具合を見ると、彼が噂のロジェ君なんだろう……おじさんからアドバイス、これを偶然っていうのは無理があると思います。
それと咄嗟の事でもキャラを崩さなかったリコルさんは凄いと思う。
「契約を済ませていない君が外に出たって聞いて、心配になったんだよ。でも、運命は僕らを引き合わせくれた」
若くてイケメンって羨ましいな。臭いセリフを言っても滑稽にうつらないんだから。俺が言ったら笑い者にしかならないぞ。でも、ロジェ君、ここ一本道だよ。
「し、心配してくれてありがとう。でも、きちんと精霊様と契約出来たの」
嫉妬という流れ弾に当たらない様に気配を消す。傍から見たら今の俺は両手に花の状態だし……何より冒険者の動きが気になる。普通に考えればロジェ君が雇った護衛なんだけど。
「契約!?お、お、おめでとう。さすがはベッシュだ。僕が見込んだだけある」
タフだ。ロジェ君、君のへこたれなさとめげない根性が羨ましい。
「そうなの。でも私疲れているから、また今度ね」
また今度、その断り文句に気付かない時がおじさんにもありました。
それでもリコルさんにすがろうとするベッシュ君の肩を一人の戦士が掴んだ。
「坊主、愛しの彼女に会えたんだから、依頼は成立だよな?金は前金でもらったし、魔物をおびき寄せる餌になってもらうぜ」
魔物の中には血の臭いに引き寄せられ集まって来る習性を持つ奴がいる。冒険者のお目当てはそいつ等だろう。
それより気になるのは冒険者の目だ。あれはまるで……。
「金をちらつかせるし、生意気だし……殺してやりたかったんだよ。女は俺達が美味しくいただいてやるぜ」
冒険者の目は血走りし、破れんばかりに見開いている。何よりこの気配は……。
「質の悪い悪霊にとり憑かれてやがる。アイゼンののおっさんがいないから祓ってもらえないし、どうすっかな?」
キコナさんに聖水を作ってもらうのは時間が掛かるし、何より素直に浴びてくれるとは思えない。
悪霊に憑かれた人間は欲望に対するストッパーがきかなくなる。殺すのは簡単だ。でも下手のに殺すと冒険者ギルドがうるさいのだ……日本のお経はきかないよな。
「私とヘータがいるのに無反応だったしね……生徒が捕まってなきゃぶっ飛ばせるんだけど」
俺はともかくイリスは昔と変わらないから、気付かない方がおかしい。イリスに手を出したら、フェーフによってギルドを追放されかねないのだ。
ちなみにロジェ君はイリスのぶっ飛ばせるの言葉に凄く焦っていた。まずは戦士からロジェ君を引き離さないとまずい。
「ラルバさん、コーチモさん、キコナさん、俺が合図を送ったら力を貸して下さい。イリス、タイミングをみて戦士を麻痺させてくれ」
ここ辺り一帯は湖が近い事もあり、湿地帯である。これを利用すれば……。
「お任せなのです」
「了承しました」
「久し振りの共闘ね……ベッシュ、下がってなさい」
三人からオッケーが出たので準備に入る。まずラルバさん達にアイコンタクトを送り、精霊石の中に移動してもらう。
「狙いはロジェ君……ラルバさんお願いします!エアバズーカ……威力弱め」
イメージとしたらドッキリに使われるおもちゃのバズーカ砲。空気の塊がロジェ君に向かって飛んで行く……かなり吹き飛ばされて、髪がぐちゃぐちゃで泥だらけになったけどオッケーとしておく。最悪、後からキコナさんに怪我を治してもらえば良いし。
「せっかくの再会に水をさした事を後悔しなさい……パラライズ」
白い霧が戦士達を包んでいく。
「ヘッタさん、麻痺させても悪霊に身体を乗っ取られたら無意味ですよ」
リコルさんの言う通り、このままでは悪霊に身体を乗っ取られ、さらに状況は悪化する……そう、このままなら。
「コーチモさん、キコナさんお願いします…土と水は混じりて泥となる。泥沼。狙いは戦士達の足元」
狙い通り、戦士達はずぶずぶと沈んでいく。今の俺に地形を変える様な魔力はないが、湿地帯+鎧の重さもあって効果は絶大だ。後はキコナさんに聖水を作ってもらい、悪霊を体から出して退治すればオッケーだ。




