尻を叩かれて
なにか良い回避方法はないか?イリスはもう結婚しているはず。それなのに独身の元カレが会いに来たら迷惑だろうし、周囲も勘違いしてしまう。何より俺が気まずい。俺も結婚していれば『お互い若かったね』の一言で笑いあえるんだけど……俺の有利な点は向こうの世界に詳しい事だ。
「……お受けしたいのは山々ですが、いくつか問題がございます。私とイリスさんは恋仲でした。しかしイリスさんには配偶者がいたのです。そしてその方はエルフの国の第三王子。つまり権力者です。エルフは長命種ですので、まだ婚約中かもしれません。しかし彼の心証を害するのは得策と言えません。そしてラモーには水の精霊モーリイ様が住んでおられます。あの方は智を司る精霊なので、多くの学者に信奉されています。契約が出来なくてお会いできれば良いのですが……門前払いにでもなったら不評はエスプリ全土に広まってしまいます。ですの今回は大事を取って私は運転手に徹するというのは駄目でしょうか?」
完璧だ。なんかできるビジネスマンみたいだぞ。
リーモイ様は智を司る精霊で、その正体は水龍だ。そして勉学に励んでいる人間を好む。つまり高卒の俺がリーモイ様に会える可能性は極めて低いのだ。
「困りましたね。先方は平野さんを希望しておられます……江里君どうしますか?」
やばっ、江里君の言い方にめちゃ棘がある。やっぱり官僚って怖い。でも江里部長は表情一つ変えずに平然と電話をしている。エリートって図太いのね。
「平野君、君の事情は分かったよ。その上で話をしてもらいたい人がいるんだけど、良いでしょうか?」
江里部長はそういうと爽やかな笑顔を浮かべながら電話を渡してきた……随分自信満々だけど俺の決意を翻せる奴なんていやしない。何しろ俺はエスプリでは、ちょっとは名の知られた人間である。そう、かつて勇者パーティーにいた最強の精霊剣士ヘッタなのだ。
「平野くーん、辞令で外国に行ったのにごねてるって本当かな!?しばらく会わないうちに偉くなったねー。今度会う時は平野さんって呼ばなきゃ怒られるかな?それとも平野様の方が良い?」
この嫌味な喋り方、忘れる筈がない。衣屋課長だ……前言撤回、即撤回。俺の名前が通じるのはエスプリ限定で、日本ではしがないサラリーマン。元……場合によっては現上司の衣屋課長には逆らえない。
「こ、衣屋課長。お元気そうで安心しました。そちらはお変わりありませんか?」
江里部長は、慌てる俺を見て微笑んでいる。これだからエリートとは嫌いだ。人の弱点を平気でついてきやがる。
「大丈夫、亜紀ちゃんが頑張って君の穴を埋めてくれてるから……埋めすぎちゃって君の入る隙間がないかもね……平野、元カノが勤めている学校に営業かけたくないってマジか?」
やばい、口調が荒くなった。これは雷を落とされる危険性がある。
まずいな。エスプリの情報は衣屋課長に漏らさないだろうと高を括っていたが、上手くアレンジして話をしたようだ。
「行きたくないって訳じゃないんですよ。ただ向こうはもう結婚していると思うので、のこのこ訪ねていったら迷惑かなと思いまして」
デンジャー戦より今の方が確実にてんぱっている。電話を持つ手が汗でべとべとだ。
「お前いつからイケメンになったんだ?そういうのはイケメン限定だっての。向こうはお前の事なんざとうの昔に忘れてるよ。もし覚えていたら縁にすがって、買ってもらうのが営業だろうが。迷惑?独り者でも楽しく暮らしていますってアピールして安心させるのが男の甲斐性だろ。第一、お前その子と別れた後に、他の女と付き合っていただろうが!なに純情ぶってんだ」
平太は激しいダメージを受けた。余りの衝撃に反論出来ずにいる。言う事が一々ごもっともです。
しかし、このままラモーに行ったらなし崩し的にデンジャーとの戦いに巻き込まれる危険性がある。ここは、なんとか踏ん張らねば。
「ですが、学校の近くには向こうに多大な影響を持っている高名な方が住んでおられるんですよ。既知のお方ですのでお訪ねしないのも無礼になりますが、不興を買ってしまえば多大な損害を受ける事になりますので。成長していないとガッカリされるより、会うのを避けた方が賢明だと思んです」
もう自分で何を言ってるか分からない。でも失敗したらやばいって事は伝わったはず。
「不興を買わなきゃ良いだけじゃん。成長していない?へー、うちでの仕事をそんな風に思っていたんだ……本社は安くない金を払って、お前をそっちに連れて行ったんだぞ。言い訳しないで、自分に掛かった経費くらい稼いで来い」
カウンターを狙ったら倍になって返ってきたでござる……リーモイ様は営業技術を評価してくれないと思うんだけど、そんなの課長に言えないし。
「分かりました。精一杯努力します」
営業だと考えれば知り合いがいる事は大きい。それに俺は物を運ぶだけだ。イリスに会う必要はない。いやらしい話イリスやリーモイ様が不在の時を狙って訪ねれば、不興も買わない。手土産だけ置いていくのがベストだと思う。
◇
まさか一日で手配してくれるとは。政府が向こうでの移動手段として予定してくれたのはいわゆる軽バスだった。エンジン等を取っ払って軽量化してある。そして何故かドアにはカモメ文具のロゴが入っていた。
その代わり足回りは悪路でも走れるように改造してくれたらしい……陸路を走らせる自信はないです。
トランクルームには大量のお菓子と怪しい本、それに手土産に使う箱菓子が乗っている。
転移にはコストの関係で使っていなかった大型の転移ゲートを使うそうだ……どうも俺に魔力を充填しろって事らしい。
転移ゲートは確かに大きかった。でも、取りあえず作りました感が凄い。実用性よりどこまで大きな転移ゲートを作れるか試してみたって感じだ。
転移ゲートは軽バスが余裕で収まる広さがあり、かなりの魔力がなければ充填出来ない……多分、俺でもギリギリだと思う。
スタッフの皆さんが軽バスを手押しで納めてくれた。
「すいません。ありがとうございます」
ここまで協力してもらって、転移出来ませんでしたは気まずいよな。
「いいえ、このゲートが起動するところが見れるならお安い御用ですよ」
物凄くキラキラした目で返されました。プッレシャーが倍増です。
集中する為に深呼吸をしているとゲートに高野さんが入って来た。見送りだと信じたい。
「平野さん、私も向こうに行くので一緒に乗って行っても良いですか?それとこれは私共からの贈り物です」
マジですか。プレッシャーがさらにアップ。
そう言う高野さんが持ってきたのはエナジードリンク。魔力を回復出来なそうだけど徹夜は出来そう。
「それなら助手席に乗って下さい。この石に魔力を籠めれば良いんですね……」
壁にはめ込まれた魔石に魔力を籠めていく。
向こうで何回か戦闘したのが良かったのか大分魔力が戻っていた。ゲートが魔力で満ちていき転移が始まる。
着いたのは何もない野原だった。万が一を考えて町から離れた場所に作ったそうだ。
「凄いですね。平野さんがいれば延期していたプロジェクトが再開出来そうです。ところで車はどうやって動かすんですか?」
もしかして大型ゲート起動も仕事になるんですか?
「空を飛ぶんですよ。普段は安全を考えて人を乗せる時は低空飛行をします」
さっきかなりの魔力を消費してしまった。動かせないと恥ずかしいのでエナジードリンクを一気飲みする……試しに残っているギヤに魔力を流してみるが、空回りで終わった。これでは車でなくただの箱である。
◇
なんか変な感じがしたんだ。俺に依頼が来るのは早すぎるって。
(依頼人はフェーフじゃないか。しかも運ぶのは、デンジャーの額についてた宝石かよ)
確かにこの宝石は早めに調べた方が良いと思う。それに運ぶ途中に盗まれたら洒落にならない。色々考えると俺が一番適任だ。
魔法王国ラモー、古くから魔法研究が盛んな国でエルフとの交流も活発だ。イリスがラモーにいるのは別に不思議ではない。
他国とは言え空を飛べば半日もあれば着く。ラシーヌやラモーがある大陸は一本の大樹のような形をしている。
「ここがラモーですのー。ローブを着た人が多いのですー」
ラモーは魔法王国というだけあり、魔法に携わっている人が多い。精霊魔術師も一定数おり、フェアリーが姿を現していても、目立つ事はないのだ。
「ローブも屋根もカラフルで可愛いですね。同じ色のローブでも、自分なりにお洒落を楽しんでいる人います」
ローブや建物の屋根は、その人が得意とする属性を表しているとの事……俺にはみんな同じに見えるんだけども、コーチモさん達女性が見るとどこかに違いがあるようでお洒落トークで盛り上がっている。
「確か魔法大学はあそこだな」
町で一際大きい建物が魔法大学だ。冒険者ギルドからの紹介文があったお陰で、すんなりと入る事が出来た。
「学生さんがいっぱいですのー」
ラルバさんの言う通り、構内には多くの学生がいた。それもその筈。ここには小学校から大学まで併設されている。
「皆様、魔法の勉学に励んでいるのが分かります。ここには努力の気が満ちておりますよ」
どうやら、ここは土のフェアリーであるコーチモさんにとって居心地の良い空間らしい……俺が勉学に励んだのは何時の事だろうか。
そのまま大学の受付けに移動。アポも何も取ってないから荷物預かりとなるだろう。
「冒険者ギルドからイリス教授宛の荷物を持って来たんのですが、ここで預かって頂く事は可能でしょうか?」
これでミッションコンプリート。後はリーモイ様が留守の時間を狙って、訪ねれば終了だ。
「ええ、でも丁度イリス教授が戻って来られましたよ」
受付けのお姉さんの視線は俺の背後に注がれている。ふ、振り向く勇気がありません。