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行動指針

いよいよ牛乳を売る日がやってきた。まず屋台に汚れが付いていないか入念にチェックする。隅から隅までか鏡も使って確認していく。老舗ならともかく新規参入の店が汚かったら、興味も持ってもらえない。


「へーぽん、そんなところ誰も見ないんじゃない?」

 フェーフは呆れているが、飲食を扱うんだから、手抜きする気はない。こっちの世界は余程の高級店以外は接客やおもてなしに力を入れないそうだ。


「万が一が怖いんだよ。それに金を頂くんだ。万全のおもてなしするのが当たり前だろ……これで良しっと」

 お金を頂く為には全力を尽さなきゃいけないのは、サラリーマン生活で身に染みている。それに笑顔と気遣いのコスパはゼロなのだ。

 今回難しいのは、単純にサキュバス達より物を売ればシブレの町を助けた事にはならない。どんな手を使ってもサキュサキュミートを潰した上で、依存から脱却させなければならないのだ。

 しかもシブレの住民に悟られない様に脱却させなければいけない。

 販売を担当する冒険者は、前に商店で働いた事があるらしい。経験者なので余計な説明は省き、重点だけを伝える。


「それでは商品には、必ずこれを入れて売って下さいね」

 そう言いながら、屋台に備え付けられた蓋を開けてみせる。出て来たのは細かく砕かれた氷。見た目は普通の氷である。


「これって氷だよね?へーぽん、牛乳に入れたら味が薄まるんじゃないの……もしかして、かさまし狙い?」

 フェーフの言う通り、氷を入れると時間と共に味が薄くなっていく。この氷には温くなるのを防ぐ役目がある。でも一番大事なのはそこじゃない。


「この氷はウルスの大洞窟の湧き水を凍らせた物なんだよ。しかも、ウードウ様に祝福してもらったんだ。これを入れた牛乳を飲めば、体内に入っているサキュバスの毒素を消し去る事が出来る」

 つまり聖水で作った氷なのだ。これがあればサキュサキュのミートの中毒性を無効化できる。ちなみにウードウ様に渡す祝福の手間賃は日本のお菓子です。身体が大きいから量も半端じゃないけど……チョコレート菓子を箱単位で注文しました。


「でも、それだけで大丈夫なの?買ってもらえなきゃ意味ないじゃん」

 今の時点では人気需要共にサキュサキュミートの弁当の方が上である。牛乳じゃ腹は膨れないし。


「そこもきちんと考えているから心配なさらずに」

 営業は物を売ってお終いじゃない。売った後のアフターフォローが、次の注文に繋がるのだ。まあ、昔の俺なら力業で解決していたと思う。


 物珍しさも加わってか、屋台には行列が出来ていた。うちとは反対にサキュサキュミートの客足は鈍く、昼になっても閑古鳥が鳴いてる。


「……へーぽん、地熱を上げたでしょ。これじゃ、立ってるだけで喉が渇くよ」

 フェーフの言う通り、俺はコーチモさんに頼んでシブレの町の地熱を少しだけ上げてもらっている。


「それと湿度も上げてるぞ。ラルバさんに頼んでウードウ様の聖水を上空から散布してもらっている」

 これだけ体感温度と湿度が上がっていれば、揚げ物は食いたくなくなるはず。それに涼を求めて氷も残さず食べてくれるだろう。正に一石二鳥である。


「ウードウ様の聖水を浴びた人間は、無意識のうちにサキュサキュミートに忌避感を抱くって訳か……やってる事は悪役だよね」

 グルメ漫画で言えば、主人公サイドの料理が売れなくなる様に仕向けてくる悪役そのものだ。でもあれはあくまで漫画の話。現実は売り上げが全てなのだ。

 この状態が続けばサキュサキュミートの経営は厳しくなっていくはず。そして明日からは商業ギルドがバケットサンドの店を出してくれる予定だ。


「俺達の一番の目的はシブレの住人の目を覚ます事だぜ。その為には、元勇者パーティーだったっていうプライドなんてドブに捨てるさ」

 嘘です。とっくの昔に捨てて、欠片も残っていません。プライドでボールペンや消しゴムは売れんのです。


 さすがウードウ様の聖水と言うべきか。三日も経たないうちに、シブレの住人から働きだす人が出て来たのだ。

 それに併せて屋台の売り上げも上がっている……問題は日報を埋められない事だ。知り合いを増やせと言われたのに、屋台で牛乳を売ってましたなんて書けない。黒字は黒字だけど、微々たるもんだし。


「……へーぽん、ちょっと着いて来て」

 フェーフはそう言うとシブレの町から出て行った。五分くらい歩いた頃だろうか。背後から気配を感じた。


「自分達の方から人気のない所に来るなんて馬鹿じゃないの……それとも私達と遊びたいのかしら?」

 声を掛けて来たのは露出度の高い服を着た妖艶な美女。それだけでも警戒に値するのに、彼女達の背中からは蝙蝠の様な翼が生えていた……サキュバスである。


「ずっと着いて来てるの分かっていたからね。ここなら思う存分戦えるじゃん……たった二人で勝てると思ってるの?」

 まじっすか?俺が気付いたのついさっきだぞ。


「二人?どこを見てるのかしら……みんな出てきて。リュグジュール様の仇うちよ」

 サキュバスAさんが大声を上げると闇夜から十人近い仲間サキュバスが出て来た。


「いくらフェーフと言えども、戦闘力のない一般人を庇いながら私達と戦るかしら?」

 サキュバスBさんは怪しい笑みを浮かべている……って一般人?仇なら顔覚えておけよ。


「……コーチモさん、お願い出来ますか?」

 ヘータ、頑張る。忘れられていたけど超頑張る。


「はいはーい、サキュバスですか……ムキムキのインキュバスなら良いネタになったんですけどね」

 ムキムキのインキュバスか……襲われたくないな。


「あら?貴方、精霊魔術師さんなの?くたびれた背中が、哀愁を感じさせて庇護欲をそそるわ……誘惑テンプテーション

 サキュバスGさんはそう言うと俺にテンプテーションを掛けてきた。二十年近くサラリーマンしてれば嫌でもくたびれるっての。

 ちなみに残りのサキュバスはフェーフと戦っている。俺も勇者パーティーにいたんですが。


「テンプテーションには耐性があるんですよ。期待に応えられなくて誠に残念です……ロックハンド」

 コーチモさんの力で手に岩をまとわせる……上手くまとえたけど、少し重い。明日……か明後日は筋肉痛になるだろう。


「一般人なのに私のテンプテーションが通じない?他の雌の匂いがしないのになぜですの?」

 しれっとおじさんの寂しい性活をばらすのはやめましょう。それとフェーフ君、笑いながら戦うのは危険です。


「この年になると露出の高い服を着ている女性が近付いてきたら、魅力より危機感を感じるんですよ……目的は私の財布でしょうし、下手したら怖いお兄さんが出てきますから」

 お洒落で露出度の高い服を着ている女性は危険じゃない。やらしい所に目線を向けなければ良いんだから。ここでおじさんの格言“勘違いするな。その服はお洒落の為で、俺の為じゃない”。


「自信のない男はもてなくってよ」

 もててたら、寂しい生活してません。コーチモさん、リアクションに困るのは止めて下さい。せめてわらいましょう。


「自信過剰よりはましかと……一つお礼を言っておきます。お陰でこっちの世界での行動指針が出来ました。テンプテーションに耐性のある私だったから良かったですが、他の人なら墜ちてたでしょうね……俺は転移してきたサラリーマンを……いや働いている人達を守る」

 サキュバスとの距離を一気に縮め、ロックハンドで殴りつける。人間の女性なら怪我をしているだろうが、相手はサキュバスだ。ふらつきながらも空中に逃げて、俺との距離をとった。


「へーぽん、少しは勘が戻った?……ようやくお出ましみたいだよ」

 何を言ってるのか問いただそうした、その時である。地響きと共に巨大なオークが姿を現したのだ。額に薄汚れた宝石が見ている。


「怠惰の力が減ってると思って来てみれば、この体たらく。しょせんは男を誘惑するしか能のないザコ魔族よ」

 オークはそう言うと、サキュバスを捕まえてむさぼり食い始めた……まじっすか?


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