こいばな
部屋に戻ると、精霊剣が置いてあった。まずい、がっつり、面倒事に巻き込まれている。
あの後話を聞いたら、フェーフはガーゴイル組の調査をしにラシーヌに来たそうだ。
そして王宮騎士団は精霊といざこざがあったとフェーフに相談。召喚を行った事を他国に内緒にする代わりに、俺との接触を求めたそうだ。
問題は移動手段。現状の魔力でフェーフを連れて、セルマンまで行くのはかなりきつい。
久し振りに使って分かったのだが、飛行の加護は魔力を無駄に使っている感じがする。
……あれ使えるかも?文具セットからクラフトテープを取り出す。これは業務用で頑丈な上、防水性も高い。
会談を降りて、受付けに行くとお目当ての物が置いてあった。
「すいません。この段ボールもらえますか?」
俺が目を付けたのは、日本から必要物品を入れてきた大型の段ボール。
「どうせ燃やす予定だったから、構いませんよ。でも転売はしないで下さいね」
転売はしない。でも、フル活用させて頂く。
カッターを使って、段ボールを加工していく。イメージは船。船底を厚くして、船首を三角形する。クッションに重量軽減の魔法を掛ければ、ヘータ特製フライング段ボールシップ(二人乗り)の完成である。これなら空気抵抗も抑えられるし、掛ける魔力も少なくて済む……難点は耐久性が低い事だ。セルマンまで往復すればロボロになるだろう。
このまま、フェーフに付き合わされるのはまずい。あいつの仕事は、どう考えても日報に書けないものばかりだ。
(心を鬼にするんだ。昔の義理なんて、関係ない。明日からは、ノーと言える異世界人になろう)
リュックに明日使う物を詰める。コーヒー味の飴に、ラルバさんが好きなヨーグルト味の飴……フェーフの好きそうなお菓子も持っていこう。
真面目な話、フェーフの足を引っ張るのだけは避けたい。時間はまだ早いので、素振りでもしてみよう。
……おかしい、絶対におかしい。これは何かの間違いだ。剣速が遅すぎるし、息切れするのも早い。
昔は三百回でも余裕で出来たのに、五十を超えた時点で心臓が悲鳴をあげだした。額からは汗が滝の様に流れ、足元もおぼつかなくなっている。
なんか星がちらついているし、自分の呼吸と心臓の音が耳に響いてくる……明日、フェーフに護衛をお願いしよう。
◇
これから目指すのは、セルマンにあるシブレという町。ある日、町人達が突然仕事をさぼるようになったらしい。農家も職人も、果ては騎士まで仕事をさぼるようになったそうだ。日がな一日寝ている者や一日中お喋りに興じる者、お陰で町の経済はボロボロらしい。
「飯はどうしてんだ?働かざる者、食うべからずだろ」
エスプリに日本のように豊かな国はない。餓死する人は少なくないし、奴隷として売られる子供もいる。
「シブレでは、果物が多く採れるのさ。それを食べているんだって……それと旅の商人が肉の成る木を持って来たって言うんだぜ。へーぽん、心当たりある?」
果物はシブレの主要産業で、生だけじゃなく果実酒やドライフルーツにし加工して他の町に売っているらしい。しかし、それを自分達の飯にしてるとの事。しかし、金のなる木じゃなく、肉のなる木か。
「俺のいた世界には、別名森のバターとも言われているアボカドっ果物があるけど、そんな感じだと思うぞ……その前に紹介しておく。風のフェアリーのラルバさんだ」
いくらファンタジーな世界でも植物に肉がなる訳ない。
「よ、よろしくですのー。ふぅわー、本物のフェーフ様ですのー。フェーフ様は勇者パーティーの中でタケル様と女の子人気を二分してるのですー」
勇者パーティーには男が四人いる。勇者の猛、レンジャーのフェーフ、ドワーフの神官で唯一の既婚者だったアイゼン……そして精霊剣士の俺。二分ってアイゼンのおっちゃんは、最初から除外されているだろうから実質、俺の一人負けじゃん。
「それは嬉しいな。ラルバちん、ありがとねー。でも、へーぽんがいじけてるよん」
フェーフさん、あんたは心の傷に塩を塗るつもりですか。
「へ、へーちゃんは、全精霊調べお友達にしたい人間一位ですのー」
ラルバさん、友達の前におをつけるのは止めて下さい。そのおは疎外感を感じさせます。
「フェーフ、行くぞ。乗った、乗った」
フライング段ボールシップは、思ったより頑丈だった。これなら空中分解もしないだろう。
「木造船?へーぽんが作ったの。凄いじゃん」
紙も元は木だ。フライング段ボールシップも木造船と言っても、嘘にはならない筈。
「とりあえずセルマンに向かうぞ……って、どっちだっけ?」
当たり前だけど空中に道路標識はない。カーナビの再現は……無理だろうな。
「へーぽん……あっちに向かって。真っ直ぐ進めば、シブレに着くから」
フェーフは一度通った道を忘れないし、初めての土地でも大体の方角が分かるそうだ。
今がチャンスだ。さりげなく聞けば、大丈夫。
「あのさ、アイゼンのおっちゃんとか……みんな元気にしてるかな?ジョウ団長とか」
うまい。あえてイリスを外して恩人にのみ絞って聞く。これならスムーズに聞ける。
「アイゼンパパは相変わらず修行に精を出しているし、ジョウさんは故国に帰ったって話だよん」
それだけ?イリスは……結婚してるよな。イケメンの婚約者がいたし。
「そっか。みんな元気なんだ。それなら良いや……」
今さら聞いてどうするんだ?あの時、きっちり振られたのに……同じエルフで血筋もしっかりしている婚約者がいるってのに。
「へーぽんってさ、変な所で意地っ張りだよね。イリスの時もそうじゃん。変に気を使って身を引いたんでしょ?イリスが泣いた理由分かるよね?」
『ヘータなんて、二ホンでもどこでも行けばいいじゃない。あ、貴方の事なんて忘れて幸せになってやるんだから』
あの日、イリスはそう言うと泣きながら、走っていた。もう二十年近く経っているのに、どうしてこんなに胸が痛むんだろう。
「流石に分かるさ……でも、あれで良かったんだと思う。俺とイリスじゃ、パワーバランスが取れないんだよ。俺は平凡な猿人、あいつはエルフのお姫様。当時の俺には、それをひっくり返すパワーも情熱もなかったのさ」
寿命が違うし、身分も違う。婚約者と結ばれた方がイリスは幸せになれるって、自分に言い聞かせたんだ。
「へーぽんが、それで良いならいいけどね……イリスも元気だよん」
元気ならそれでいい。それに、幸せに決まっている。今さら俺が訪ねても、ドン引きされるだけだ……それと、ラルバさん、羊皮紙にメモらないで下さい。
◇
やばい。絶対にここはやばい。シブレは俺が想った以上に危険な街だった。
「フェーフ君、僕、お腹痛いから帰るね」
道路に寝そべりながら、ずっと笑っている人。鬼ごっこしている騎士。ずっと果物を食べている商人。共通しているのは、ゆるみきった笑顔だ。
「それなら良く効くお薬をあげるし、痛いの痛いの飛んで行けってしてあげる……真面目な話、へーぽんはどう見る?」
フェーフの声のトーンが下がった。どう見るか……日本だったら、やばい薬をやってるようにしか見えないけど。
「全員、異常なまでの多幸感に包まれているな。薬を疑いたい所なんだけど、ここまで蔓延するのはおかしいし。魔力にもおかしい所はないんだよな……ラルバさん、何か感じる?」
風のフェアリーのラルバさんなら、俺達が分からない事にも気付くはず。
「あ、あそこのお店から変な臭いがするですのー」
ラルバさんの指さす先にあったのは“サキュサキュハッピーミート”という看板。うん、名前からしてやばいね。