クロイツと平和な日常 その一
『でも、あんまり濃いキスすると直ぐ慣れて、仕返しとばかりに逆にもっと濃いキスを……。でもガリウスは奥手だしなこんなことならマリアを練習台にしておけばよかったかな?』
『クロイツ?』
壮大な妄想にふけっているところ、申し訳ないと思いつつも私は心の中で声をかけた。
『え? シルフィーネ?』
どうやら私に通じていると言うのは分からなかったようでクロイツ自身も驚いていた。
勇者ノ剣は勇者と心を通わす剣と聞いたことがあるけど、まさか意思の疏通までできるとはね。
クロイツはあのまま意思は消えてしまうと思ったらしくカッコ良く去ったのに、これじゃあ格好悪いわねと言ったが。クロイツが生きていてくれて素直にうれしい。
『あらためてよろしく頼むわねクロイツ』
『こちらこそよろしく頼むわねシルフィーネ』
そう言い合うとお互い笑いあった。
『っと、笑ってる場合じゃなかったわ』
そう言うとクロイツは先程の連中の居場所がわかったと言う。
どうやって? と言う私の疑問にクロイツは元々の神の祝福 思考の歩みが消えていないと言う。どうやらクロイツ自身は死んだ状態と同じだったのでレベルダウンのデメリットを免れたようなのだ。
そして先程の戦闘で、あいつらにマーキングをしたと言う。さすが使徒は絶対殺すマンのクロイツね、使徒を名乗る者は逃がしはしないわけか。
それに、思考の歩みが使えるなら戦術も広がる。私は黒魂ノ勇者剣のクロイツに意識を集中する。
あった、これね。私はクロイツの持つ神の祝福にアクセスして能力を使用可能にした。
その事にクロイツは驚いていたが。先程の戦闘で私の実力を分かっていたようで。まああなたなら当然かと話を続けた。
『それで、見てもらえばわかると思うけど、あいつらの現在位置を確認して欲しいのよ』
私はクロイツに言われるまま、その場所を確認した。
『……魔王城』
なんであいつらが魔王城にいるの、まかりなりにも自称”使徒”が魔王の手下? 無いわね。
『やっぱりあいつら使徒じゃなかったと言うことね』
確かに見た目も魔族っぽかったし納得だわ。とは言え魔族があそこまで強いのもおかしいのだけど。
『追いかけて始末したほうがいいかしら』
私の意見にクロイツは異を唱える。理由を聞いたらアリエルが悲しむからと言う。
思考の歩みで移動できるのは私一人だけだ、あいつらを追いかけると言うことはアリエルをおいてけぼりにすると言うこと。
無いわね。
『まあ、あいつらは使徒じゃないみたいだし、魔王や魔族なんて今の私たちのは関係ないしね』
私がそう言うと、クロイツもそれに賛同してくれた。冒険者は正義執行者じゃないし私達の敵は使徒だけなのだ。だからそ例外はドライに考えて良いと思っている。
『そうね、ミスティアはミスティアで新しいパーティーメンバーがいるようだしね』
クロイツはなんだかんだ言ってミスティアを心配している。ミスティアへの宣戦布告はあなたの好きな人はランスロットじゃないはずだ、思い出せと言う意味合いもあったのを私は知っている。
『確かに、4人で動いてるわね。ミスティア、ミリアス、サラスティ、サグル」
『元気なようならそれでいいわ。……でも、ガリウスがどこにもいないの』
クロイツに言われて始めて気がついた。表にでないとマップ能力が使えないと言うのもあるけど、クロイツはすぐさまガリウスを探したのだろう。ガリウスと直接接してきたクロイツの思いは私よりも重いのだろうか。
「アリエル、クロイツがガリウスがいないと言っているんだけど心当たりある?」
「く、クロイツ様?」
「あ、うん。クロイツね今、この剣の中にいるの」
そう言うと私はアリエルに黒魂ノ勇者剣を見せた。
アリエルは必死に名前を呼ぶが、彼女にはクロイツの声が届かないようだ。
「ごめんなさいアリエル、クロイツの声は私にしか聞こえないみたい」
それを聞くとアリエルは残念そうにうなだれる。アリエルのこんなうなだれた表情を見ると、同じ自分でも嫉妬してしまう。
『私はアリエルは好きだけど、恋愛感情なんか無いわよ?』
どうやらクロイツは私の心が読めるようで。嫉妬する私に誤解はするなよと念を押す。
『まあそれは良いけど。あなた恋敵が自分の人格であるクロリアなんだけどどうするの?』
私は死んだ人間だから、恋愛などするしかくはない。そう言うとクロイツは怒り、死んだのは私であなたじゃないわ、自分の気持ちに素直になりなさいと言う。
自分の気持ちに素直にか、でもそれをしたら私はクロリアを殺してしまう。自分の都合で生んだ命を殺すなんてエゴだ。
『今はこの体はクロリアのものだから』
『あなた、自分をなくすわよ? 自分に嘘をついていたら歪んで自分をなくすわよ』
クロイツは何度も歪みそうになる自分を矯正して真っ直ぐな強い剣になったんだよね。
でも、それは私にはできないんだよ。私は弱虫だから。
『そうだとしても、クロリアをないがしろにできないわ。もう人格として存在しているんだから』
クロイツもクロリアを蔑ろにする気はないようで、私がそう言うとなにも言わなくなった。
『そろそろ、クロリアに変わらないとね』
私がそう言うとクロイツは思い出したようにクロリアの人格について問いただす。私があなたの中にあるマリアの記憶を参考にさせてもらったと言うとクロイツはあからさまに嫌そうな声を出す。
『クロリアも妹みたいなものだから、かわいい妹を参考にしたんだけど、なにか不味かった?』
『シルフィーネは私の記憶だけからあの子を見たので本質を掴めてなかったのね……あの子、変態よ』
なんでも一緒に必ず風呂に入りたがり、入れば入ったで私の体を洗うときは必ず手で洗い、頭を洗うときに目をつぶれば必ずキスをして来ると言う。
『そのくらいならスキンシップじゃ?』
『スキンシップで貞操奪いに来るとかあり得ないからね?』
私はクロイツの記憶も持っている。ただし私のクロイツの記憶は見た記憶であり、経験した記憶ではない。だからどこか他人事なのだ。
このベッドで一緒に寝てる記憶はマリアがクロイツの貞操を奪いに来てる記憶なのか。てっきり姉好きなマリアが寂しいから一緒に寝に来ただけかと思ってた。
やはり記憶だけじゃその時の雰囲気までは伝わらないのね。
「シルフィーネ様」
「どうしたのアリエル」
「クロイツ様にいつかガリウス様を取り戻しましょうと伝えて欲しいのですが……」
その言葉に私の心の隅がチクリと痛む、それはクロリアの心だろうか、それとも私の嫉妬だろうか。それは分からないけどただ一つ分かったことはアリエルの気持ちは変わらないってことね。
『ショボくれてるところあれだけど、アリエルはあなたのことも好きよ』
『いいのよ慰めなんて、どうせ私もガリウスの、あ、だめか。私は死人だ』
『はぁ、あんたねいい加減にしなさいよ!ウジウジウジウジ、腐ったところにウジがわくみたいに!』
『いや、それ意味が』
こう言うときに親父ギャグはいかがなものかと。
『うるさい、あなたはアリエルが好きでガリウスが好きなら全部奪い取りなさい。好きな人には飛び込めば良いの!』
『え、あ、は、はい!』
まるでお母様に叱られたように私は素直にうなずいた。
『よろしい、では。アリエルと今後のこと話し合いなさい。私はこの剣の中の散策で忙しいから』
『散策?』
クロイツが言うには今自分がいる場所は周りを海に囲まれた小さな島にいると言うのだ。
剣の中に島があるのか。まあ、今まで自由に動いてた人がいきなり不自由な剣になったら気が狂いかねないものね。神様はそう言う配慮はちゃんとしてくれてたわけか。
私はクロイツに余計なことは考えず素直になれと叱咤激励されると、黒魂ノ勇者剣を鞘にしまい『またね』と一時の別れを告げた。
クロイツと別れを告げた私はアリエル達と今後の話し合いをすることになった。
「つまり、今私たちとしゃべっているクロリアさんはアキトゥー神国王女のシルフィーネ様で、その剣の中に私たちが知るクロイツさんの魂がいると言うことでいいですか?」
ディオナが頭がこんがらがりそうな面持ちで、私の状況を理解しようとする。
「それでクロリアさんはいなくなっちゃったんですか?」
ティアが今にも泣きそうな顔で私を見る、ティアはクロリアに何度も助けられているのだ、愛着もわくだろう。
悲しんでくれる存在がいる。それだけでもクロリアは私よりも上の存在だな。
そんな私の気持ちを察してか、アリエルが手をギュと握ってくれる。優しい暖かみのある手は私の心に安らぎをくれる。
「それで、この事をクロリアに伝えるべきか相談したかったの」
その問いにディオナとティアは言った方が良いと言う。しかし、アリエルがそれに異を唱える。
クロリアの精神はまだ未熟で不安定だ、何が原因で最初のコピークロイツになるかわからないと言う。だからクロリアにはできるだけ精神に負担をかけたくないと言う。
確かに一理あるわね。私の戦星術とアリエルの知識の芽で改編されてまだ一月も経っていない。まだ様子を見た方が良いと言うわけか。
「分かったわ、言うタイミングはアリエルに任せるわね」
私がそう言うと、アリエルはかしこまりましたと胸を叩く。
「じゃあ、私は戻るわね」
そう言うとアリエルはいつでも出てきてくださいと言う。私はアリエルにキスをするとちゃんと見てるからと言って意識をクロリアに手渡した。
「うぅ~ん」
私の頭になにか柔らかいものがある。それはとても柔らかく神から賜りし至高の玉だった。
アリエルだった。
なんで私はアリエルに膝枕されているんだろう、しかも野外で。
「クロリアさん?」
ほとんど見えない視界から。ディオナが私の顔を心配そうにのぞき込む、あのとき意識が遠のいて私は倒れたのか?
ティアも私が目を覚ますのと同時に抱きついてきた。お姉さん発育不良の娘には興味ないのよ? とは言え、露店商の親父と意気投合していたときの威勢はどこへやら。私に抱きつきわんわんと泣いている。
心配させてごめんなさいとティアの背中を撫でる。
意識がなくなってどのくらいたったのだろう。アリエルの声も聞こえるが顔は見えない私は敢えて頭をアリエルのお腹にピタリとつけて顔を見せないようにした。
意地悪と言うこともないのだけど、なぜだか今アリエルの顔を見てしまうと泣いてしまいそうな気がする。
しばらくそうしたあと、起き上がり周りを見た私は驚愕する。
「なにこれ、戦闘でもあったの?」
私のその言葉にアリエルは暴漢が来たから追い払うために必死で、魔法やら何やらを使い追い払ったのだと言う。
いや、これ、どう見てもオーバーキルだよね?
木々は真横に切り裂かれ、地面は陥没している。どれだけ必死だったのだろうか。
でもそれだけ前後の見境がつかなくなるほどアリエルに負担を強いてしまったわけか、私とこの二人を守るために。私はアリエルの頭をなでお礼を言うと宿屋へ帰りましょうとみんなを促した。