ミスティアと狂獣人サグル その三
「真奈美様、ランスロットの改造計画書です」
統括秘書のカスミはアスラシステムの計画書を真奈美に提出しに来たのだが、真奈美の様子がいつもと違うことに気がつく。真奈美の眼光鋭い睨みが今日に限ってないのだ、ないどころか笑顔さえ見える。またなにか悪巧みを考えたのだろうかとカスミはミスティアの身を心配する。
「あはは、ランスロットくんまだ生きていたんだ。あとミミって呼んでね?」
真奈美が頭の悪そうなしゃべり方で提出した書類を見る、それをカスミは訝しむ。やはりどこかおかしいと。
それにこの計画事態、真奈美の命令なのにまるでランスロットがすでに死んでいるかのような言動がどうにも納得いかないのであった。
そのカスミの様子を見て真奈美は間の延びた声で彼女に待つように言う。真奈美はゆっくりとまぶたをおろし、再びまぶたを開くといつもの眼光鋭い真奈美に戻った。
その視線にカスミは体を震わせる。
「ふん、ランスロットの改造の件ね?」
真奈美はそう言うと机に足を投げ出しペラペラと計画書をチェックする。このときカスミは生きた心地がしなかった。なぜ計画書を紙媒体で持ってきたのかを聞かれるのが怖かった。その理由を知られてはならないとカスミはゴクリと唾を飲む。
ミスティアを救う計画を秘密裏に進めており、頭の中を探られることだけは避けなければならないとカスミは考えていた。
「ウラニウムの魔石化はうまくいったようね」
「はい、それで次は魔石炉の製造許可をいただきたいのですが」
「安全装置の自壊はクリアーできたの?」
前回作った安全装置は地球の銃と同じく自壊してしまうようなもので装置に組込めなかった。それはそうであろう、安全装置が自壊してしまっては安全装置の意味がない。
そこでカスミ達は安全装置をその場でつくる仕組みにシステムを変更した。これにより安全装置が自壊する前にシステムダウンさせることができるようになったと言うのだ。
あくまでも机上の空論なのだが。
「ふん、まあいいわ試してみなさい失敗も成功の母よ」
「はい、かしこまりました。それと、あと一つだけお聞きしたいのですが」
真奈美はカスミの話は面倒だとばかりに机に投げ出した足を開いたり閉じたりして遊ぶ。
「教えてミミ先生!」
急に真奈美が、また幼い言葉使いをしだしカスミは驚く。しかし真奈美はその発言を取り消すように手を振るとカスミの発言を許可した。まあ、ミスティアのことでしょうけどねと添えて。
しかし、カスミは発言の許可をもらい意気揚々と質問をしだす。そのことにより真奈美の怒りを買うとわかっていても。
「ミスティアがなぜサグルに惚れてしまうのでしょうか? あのニグルの責め苦を耐えたミスティアが優しくされたと言う理由でガリウスを忘れるのでしょうか?」
カスミは不思議でたまらなかった、あのミスティアがガリウスを愛していると公言していたミスティアが心変わりするなんて言うことに。
「ああ、その事ね。簡単よ、サグルはガリウスだもの」
だが真奈美から出た言葉はカスミには理解不能だった。それはそうであろう、ガリウスは現在魔王として君臨している。その魔王がサグルとはいったいどういうことなのかと。カスミはその言葉に理解が追い付かないでいた。それを察した真奈美はさらに話を続ける。
「私は一度ガリウスに会ってるでしょう? その時にあの子の精神や記憶をコピーしたのよ」
真奈美がそれをした理由はガリウスが神気を持っていたのと、叡智ノ図書館にその存在がなかったため神意 絶対解析を使いガリウスを解析したのだ。
「もちろんそれだけじゃないわよ、サグルはねミスティアにとって理想のガリウスなのよ」
真奈美は続ける、ミスティアの記憶にあるガリウス、良いところだけを切り抜いたガリウス、そしてこうなっていて欲しいと言うガリウス。それらを組み直して作ったのがサグルだと言う。つまりミスティアにとってサグルはガリウスよりもガリウスなのだと言う。
カスミは真奈美が何を言っているのか理解できなかった。本物よりも本物? 本物に勝てる偽物などあるのだろうかと。
「納得いかないって顔ね」
「はい、偽物は偽物じゃないんですか?」
その問いに真奈美は鼻で笑い否定する。そして人工生命体は愛を知らないとカスミを否定する。
人は愛する人に理想を押し付ける。そして離れていれば嫌なところは見えない。もちろん離れていれば人の心は離れることの方が多い。
しかし、それでも愛してると言う人間は往々にして相手を理想化しているのだと言う。
そして真奈美はミスティアの中のガリウスと実物のガリウスは全然違っていたと言う。
ミスティアの理想のガリウスはどんな障害や困難があっても乗り越えることが出きるし挫けない完璧人間なのだと。
だけど……と真奈美は実際のガリウスの話をする。彼は理想のガリウスとはほど遠い少年で、思い出の少年と同じく繊細でガラスのような心を持っていて、それでも必死に頑張るような人間だったと言う。
そして、相手をちゃんと見ていないような奴が愛だの恋だのと言っていたと思うと腹が立ったと。
だから、その後ミスティアの感情を抜いて、貴族の玩具にしたのよと笑って話す。
「でも、人間なら誰しも相手の良いところを見て好きになるわけですから、見てないと言うのは違うと思うのですが」
「まあ、それが人間や人工生命体の限界よね」
そう言うと真奈美は珍しく慈愛の笑みを浮かべた。いや正確には博愛だろうかペットを愛でるような感覚でカスミを哀れんだのだ。
限界? その言葉にカスミは首をかしげる愛に限界があるのだろうかと。人間と使徒の愛には差があるのかと。
「ですがサグルがガリウスですと、それは浮気にならないのではないですか?」
だがその問いに真奈美は地球のTV番組で説明した。地球にいたときに見たどっきり番組で一組の夫婦の夫が変装をして妻をナンパすると言うどっきりで、見事に妻はナンパされてしまったと言う。
「さて、これは浮気になる?」
「そうですね、なると思います」
その答えに真奈美は満足したようにうなずく、つまりそういうことなのだと。理想のガリウスはガリウスじゃなくサグルなのだと。
カスミは真奈美に質問に答えてくれた礼をすると、執務室を後にした。
「理想のガリウスか」
カスミはサグルがミスティアを本当に愛して、ミスティアもそれを受け入れるなら応援してあげたいと思う。しかしサグルには真奈美が色々仕込んでいるといっていたのを思いだし、とても応援できる状況じゃないことを悟る。
「早く手をうたねば、ミスティアがサグルを好きになる前に」
カスミはそう呟くと全ての人工生命体に魔力融合炉の完成を急がせた。
すべてはミスティアの為に。
カスミが退出した執務室で真奈美は自問自答していた。いや正確には真奈美の中にいる使徒の二人と会議をしていた。
『ねえ、あの娘はもう処分した方が良いんじゃない?』
そう言ったのは使徒の一人風見京子だ。
「まだ処分には早いでしょう」
真奈美は今回のことで得たことがある。人工生命体はある一定のサイクルで処分しないと余計な感情を持つと言うことを。そして、あれではまともに使えなくなると言う考えに至った。
しかし、高度な研究は経験と感を必要とする。知識はダウンロードできるが経験に基づく知識はただの知識を凌駕する。そのせいもあり真奈美は処分に二の足を踏んでいた。
『新たに作る材料は小夜子の神意 分解合体ですぐに手に入るんだしさ、殺すなら私に殺させてよ』
もう一人の使徒 明星 小夜子の能力である分解合体は全ての物質を素材から原子レベルまで分解し再構築できる。
『ミミちゃんは楽しんでるんだよキョウちゃん』
『まあ、それはわかるけどさ、なんせ私の神意は勇霊召喚です。だもんね』
そう言うとお腹を抱え真奈美の体は笑いだした。
「うるさいわね、ミスティアを騙すためにとっさに考えた嘘なんだから仕方ないでしょ」
『たしかそれって死んだ勇者を呼び出して世界に散らばる七つの玉を奪い合わせて戦わせるスマホゲームでしょ?』
『あ~サヨちゃんはそのアニメ見たことあるよぉ』
そう言うと小夜子は剣を縦に持つポーズをとり『絶対勝利マンの剣、ソイヤァァァ!』と言い剣を振るった。その手には分解合体で空気を分解して再構成した鋼鉄の剣を携えて。
『本当あんたの能力は静に負けず劣らずよね』
『し~ちゃんには負けるよ?』
そう言うと真奈美のからだは拳を握り、かわいいシャドウボクシングをして戦うふりをする。
「私の体で遊ぶな!」
「真奈美様、よろしいでしょうか?」
そう言った男ははいつの間にか真奈美の後ろに立っていた。音もなく現れた男は空間を移動して真奈美の執務室まできたのだ。
フードを脱いだ男はガリウス似の獣人だった。しかし髪色は黒紫に代わり眼は血の色に変わっていた。
「なにか問題でも起きましたか?」
真奈美は特に驚くこともなく、その男の報告を待つことなく手をかざし情報を読み取る。
邪骨精霊龍と言う神の傀儡になりかかっており、破壊衝動が押さえられないこと。ミスティアと関係を持ったこと、呪術の手錠により絆が結べないことが真奈美に正確な情報として伝えられた。
「分かったわ、では明日もう一度来なさい」
「はっ!」
その男は返事をするや否やかき消えた。まるで忍者ねと京子が言うと真奈美はあなたの風見流忍術を元にしたと言う。風見京子は代々続く忍者の家系で兄と遺跡探索をしていたらこの世界に召喚された存在である。兄を尊敬しており師であるが故、自信の忍術に誇りを持っている。
『まあ、良いけどあいつ弱かったら怒るわよ』
「まあ、それなりよ、それなり」
その答えに京子は不満を表したがそれよりも皆気になることがあった。邪骨精霊龍とは何者なのかと言うことだ。
「月を見よか……。普通に考えれば月の神ってことかしら。でも、それがなぜ、この星に敵意を持つのか」
『月じゃ私達の手に負えないわね。まあ勇者なら戦えるでしょうけど』
『サヨちゃんはそのかみ様と戦ってみたいかなぁ~♪』
真奈美はそう言う小夜子をたしなめる。相手の正体が分からない以上、迂闊に手を出すべきじゃないと。自称神と言えど名前に精霊龍を冠している以上、精霊龍と同等以上と考えた方が良いだろうと3人の考えは一致した。
◆◇◆◇◆
私はサグルの右手を両手で包み込む、大丈夫、大丈夫と祈りながら手の甲をさする。
「ミスティア、俺この力をできるだけ開放してみようと思う」
「そんなこと、できるの?」
「出来るかじゃない、やらなきゃいけない君と未来を掴みたいから。それに、あ、愛の力があるからね」
愛を上ずった声で言うのがおかしくて吹き出しそうになったけど。私の手を握るサグルの強い握りかたからは絶対に生き残ると言う強い意思が感じられた。私はそれを了承した。確率はかなり低いのだろう。でも、私はサグルと未来をつくると約束した。だから私はサグルを信じる。
王都までは後三日はかかる一週間と期限を言い渡されてまだ二日なのに体への影響が早い気がする。つまり1週間の猶予はあるけど、一週間後意気なり変わるんじゃなくて徐々に邪骨の兵へと変わると言うことか。
「ねえ、サグルを助ける方法はないの?」
私は御者をしている男になにか方法がないのかを聞いた、この男は油断がならないけど色々ザコトルスのことを知っている。解決法方があるかもしれない。
「無くはないのですが、それをやればこの国と全面戦争になりますよ。あなたにその覚悟がありますか? 大和神国は敵対した国の全ての民を根絶やしにしますよ」
やはりなにか解決策があったのか、でもそれをするとこの国の民は根絶やしになると言う。サグルと見知らぬ国の民。私は見知らぬ人の命よりもサグルを救いたい。でも、でも私は勇者だ。人の命を天秤にかけることなどしたくない。
悩むわたしを見て、よく考えて答えを出してくださいと言う。
悩む私をよそに馬車は進む、いつの間にか町に入っていた。本当は町を避けた方がいいのだけど。整備もされてない道を馬車が通ることはできない。良く小説などで道なき道を馬車が滑走する場面があるけど、あんなことを本当にしたらすぐに馬車はダメになってしまう。あれはあくまで空想の中の話なのだ。
突然馬車が止まると私たちは民衆に囲まれた。
外に出ようとする私をミリアスが止める。この熱気は暴動に近い出ては危険だと言う。
その中の代表と思われる男が御者の男に声をかけ、私と話がしたいと言う。私は男に話し合いを受けるように指示をすると人々が道を開けるように動く。
話し合いを申し出た男について行くと小さな集会場にたどり着いた。
その集会場で男はまずは取り囲んだ非礼を詫びた。私はそれを気にしないように言うと本題を切り出してきた。
「ミスティア樣、この国を救ってください」
男は切羽詰まった顔で涙を流しながら、私に助けを求めた。