ミスティアと狂獣人サグル その二
「ごめんミスティア生き返って少し戸惑っていたようだ。また君と一緒にいられて俺はすごく嬉しい」
そう言うとサグルは私を引き寄せ抱きしめる。
抱き締めてくるのはいつものことだけど、引き寄せるなんて強引なことサグルには珍しい。戦いの後で興奮しているのだろうか? 普段は自分のことを僕と言うのに俺と言っているし。心なしかサグルの心臓の音が伝わってくるようだ。
「おかえりなさい、また一緒に冒険しましょうね」
私がそう言うと、サグルは私の顔を両手で掴む。サグルの顔は今にも泣きそうだった。そして私の唇を奪った。
サグルはなにか焦ったように私の唇を貪る。私はサグルの唇を甘噛みすると、彼は驚いたように唇を離した。私はサグルの頭を引き寄せキスをした。
そのキスはとても甘く、まるで時間が止まり周りには二人しかいないようだった。
「あのう、ミスティア様そろそろ出発したいのですが」
男が空気も読まずに出発したいと私に打診する。私は唇を話すのを惜しむようにサグルの下唇を自分の唇で濾すに引っ張った、唇が離れると私はもう一度軽いキスをしてサグルと離れた。
離れたサグルを見るといつもと違うことに気がついた。
「サグル、黒紫色の毛が生えてる……」
「え?」
私の言葉に驚くとサグルはミリアスから剣を借り、鏡のようにして自分の髪を見る。
「あいつの色だ……。いやだ、いやだ!」
サグルはそう言うと前髪を剣で切り落とし、その髪を投げるように捨てた。
私は震えるサグルを抱き締め、落ち着かせようとしたが、震えは止まらなかった。
生き返るときに何かあったのだろうか? 私には分からない何かが。
「サグル、悩みごとや心配事があるなら教えて。あなた一人で抱えないで」
「悩みごとなんてないよ」
そういうサグルは明らかになにかに怯えていた。それ以後は頑なに口を閉ざした。私はサグルを膝に寝かせると頭を撫でた。そうしているとサグルはいつの間にか寝息を立てていた。私もサグルの頭を撫でていたらいつの間にか寝てしまい気がつくと日の光が私たちを照らす。
ふと私の膝で寝ているサグルを見ると、髪の色が完全に黒紫に変わっていた。
「おはようミスティア、どうしたのそんな顔を……」
私の驚いている顔に気がつき、昨日のように剣で自分の頭を見た。サグルはわなわなと震えると一週間後って言ってたのにと言うと剣を落とした。
「サグル、何かあったんでしょう?言ってちょうだい」
「なにもないよ、なにもないんだ」
私はそれでも言わないサグルを押し倒した。
「なんで言ってくれないのよ、そんなに私は信用できない? 言ってくれないと分からないことだってあるんだよ?」
私の涙がサグルの頬を濡らす。サグルは私の涙を拭うと「ごめん」と言い私を引き寄せ抱き締めた、私はそのままサグルの胸で泣いていた、子供のように大声で。
「これから言うことは俺が死んでいたときの事で、信じられないかもしれないが事実だ」
「大丈夫、私はサグルを信じてるよ」
それを聞くとサグルはありがとうと良い、生き返った経緯や邪骨精霊龍のことを話し出した。
神を越える神の存在、にわかには信じがたいけど、サグルがこれほど真剣な表情で言うのだ、これは事実なのだ。 なにより今のサグルの髪の色がそれを事実だと言っている。
「でも、どうすればその神の魔の手から逃れることができるんだろう」
私がそう言うとサグルは体をピクリと震わす。
何かアイデアがあるのかを聞くとサグルは重い口を開く。
「絆、絆をミスティアと絆を結べば、大丈夫だと思う」
つまり、サグルが今まで言い淀んでいたのは、私と絆を結ばなければいけないと言うことを言いにくかったからなのだ。
「絆を結べば、助かるのね?」
「たぶん」
「じゃあ絆を結びましょう」
「でも」
「サグル! ちゃんと私の目を見て!」
「はい!」
「私はあなたを愛しています」
「俺もミスティアが好きだ、離れたくない。ずっと一緒にいたい」
そこは好きだ愛してるでしょ。まあトウヘンボクのサグルじゃあロマンチックな言葉なんて無理ね、と言うか普段のドキマギするような言動をするのに、余程切羽詰まっているのだろう。
でも、私と一緒にいたいと言ってくれた。今はそれで十分だ、側にいてくれるだけで。
「よし! じゃあするわよ!」
「え?」
「え? じゃないでしょ絆を結ぶの、じゃないとあなたがいなくなってしまうもの」
「でも」
「なに? 相手が私じゃ不満ですか?」
「ミスティアは絆結ぶ行為がきらいだろ?」
「好きでもない相手とするのはね、サグルは好きだと言ったでしょう? もう一度言いましょうか?」
「あ、ううん。……ありがとう」
「なら善は急げよ、今すぐ絆を結びましょう」
さすがにこの中じゃ二人もいるしできない。私は男に馬車を止めるようにお願いした。
「うーん、それ無理ですよ」
男が絆を結ぶのは無理だと言う。あなたに私達の何がわかるのよ。そう言うと男は私は今ただの村娘で、精霊でも獣人でもないから絆は結べないと言う。
そうだった、今の私はこの忌々しい手錠ですべての能力を封じられているのだった。
「でも、やってみなければ分からないじゃない」
「いいえ、無理ですね。今のあなた達ならキスで絆は結べるはずです。ですが先程のキスで絆が結ばれていないと言うことはミスティア様の精霊力は消え去っています」
「……でも」
「ハハハハハハハ!」
サグルが突然バカ笑いをしだす、助からないことで精神に異常をきたしたのかと思ったがそうじゃないと言う。
「これで、ミスティアを汚さなくてすむと思うと――」
私はサグルの口を塞いだ、私の唇で。
「ミスティア……」
「なんで汚れるの? サグルに抱かれて汚れるわけないでしょ? 何度も言ったよね私はあなたが好きだって」
「俺は人工生命で……」
「関係ない、あなたはサグルよ」
「魂だってないんだ……」
「でも、あなたはここにいる」
「俺は真奈美さまの犬で……」
「やったわね、私も真奈美の犬だからお揃いね 、他にまだある? あっても認めてあげないけどね」
「……一緒にいさせてください。ずっと」
「一緒にいてください。ずっと」
そして私たちは馬車をおりた。
”チュンチュン”
小鳥の囀ずる声で目を覚ますと、柔らかな木漏れ日が私に朝を告げる。結局一日使ったけど絆は結べなかった。やはり私の精霊力は封印されている今は絆として授与できないみたいだ。
だけど、そんな技術力この世界にあるのだろうか? そもそもこの国に来るまでに私が精霊と知っているのは真奈美とサグル、あとはあの男くらいのものだ。
つまりこの手錠や二人を苦しめた呪毒は大和神国製の可能性がある。ならだれがそれをザコトルスに渡したのか。
あの男、一択よね。
つまり、あの男は私に嫌がらせをするため、表向きはスパイとして真奈美から派遣されたということかしら。
私は寝ているサグルの髪を撫でる。サグルの黒紫の髪は真奈美の黒い髪よりも美しく嫉妬するほどだ。
「あなたは違うわよね……サグル」
私はポツリとそう言うと、サグルを残し小さな池で水浴びをする。この池を作っている白糸の滝で頭から水を浴び身を清める。
「おはようミスティア」
サグルが目を覚まし。私に挨拶をする。一緒に入るように促すが顔を赤らめ後で入ると言う。
私はサグルの腕を引っ張り、池のなかに引きずり込むとそのまま彼を抱き締めた。
そして熱いキスをした。サグルとのキスは暖かく優しい気持ちになれる。こんなキス生まれてはじめてだ。ずっとこのままでいたい。
「ミスティア、俺が自分を保てなくなったら、君の手で殺してくれないか?」
唇を離したサグルがバカなことを言い出す。
私の精霊力が戻らない以上サグルの狂獣化は止まらない。だから私の手で殺してくれとサグルは言う、その気持ちはわからないでもない、けど。
「お断りよサグル、一緒にいてくれるんでしょ? だったら最後まで一緒にいて」
私がそう言うと、サグルはなにも言わずに私を抱き締めた。
馬車に戻るとミリアスとサラスティもイチャイチャしており、あの男だけがふてくされたように、馬車の上で口に草をくわえ寝ていた。
「おはやいおかえりで」嫌みのように男は私達にあいさつをする。
「悪かったわね、待たせてしまって。と言うか、あなたいいかげん名前を教えなさいよ」
だけど男は首を振り、自分達には名前もないし顔もないと言い自分の顔の皮を少しめくる。その下には別の皮膚があった。
男が言うにはこの顔は殺した兵士の皮を魔法で張り付けているのだと言う。
それで最初から腹心的な位置にいたのか。
「で、絆は結べましたか?」
男が嫌味のようにわざとらしく聞いてくる。
「ええ、結べたわよ心の絆がね」
そう言うと、つまらないものを聞いたと言うなしぐさをして、別の話題に話を切り替える。
「で、今後の予定はどうします? 王都にいけば3万以上の兵と戦うことになると思いますよ」
男が言うには王都にはザコトルスの兵が王を恫喝するための兵士が配備されており、今回それがすべて私たちに牙を向くというのだ。
「だからと言って周辺隣国も信用できないですから、隣国に逃げ込むわけにはいきませんしね」
男が言うには周辺諸国はこの国に逆らうことができないと言う。軍事力を背景に、ザコトルスはこの地方でやりたい放題なのだと言う。
「とは言え、このまま進むのも死ににいくようなものだね」
サグルはやはり暴走が怖いのだろう。今まで見せたことがないくらい弱気だ。
「サグル少し弱気じゃない?」
「俺はあのときみたいにミスティアを傷つけたくないんだ、それに俺じゃ邪骨精霊龍に抗えない」
私は震えるサグルの手をつかみ強く握る。
「大丈夫よサグルには私がついてるもの」
そうよ、なんたら精霊龍か知らないけど、そんな自称神なんかにサグルは渡さない。
「どこからその自信がくるんだよ」
自信たっぷりに言う私にサグルは少しあきれて言う。
「愛ね!」
私が強い言葉でそういうとサグルは少し目をそらすと
俺もその愛の力とやらを信じてみるよと言った。
私はサグルの背中をパシッと叩き、その意気その意気と応援した。
心配じゃないわけがない。だけど、私が少しでも心配そうな顔をすれば、また自分を犠牲に私を逃がそうとするだろう。
今度はそんなことさせない。一緒に悩んで一緒に解決するんだから。
ふとみるとサグルがうずくまっている、そんなに強く叩いてないのに。私はサグルの前にいくとサグルはスッと右腕を隠す。
「サグル、その腕見せて!」
「なんでもないよ、大丈夫」
そういうサグルは目に涙を浮かべて震えている。私は無理矢理サグルの右腕を取った。その腕は獣化の腕のごとく毛が生え、黒紫色に輝いていた。
「はなれてミスティア、衝動が、破壊衝動が収まらない」
そう言われて私が離れるわけないでしょうに。私はサグルの右腕を頬に添えた。
「ダメだミスティア!」
「私はあなたを信じてる」
私はサグルの血の色の瞳を見る。大丈夫、大丈夫サグルは狂わない。そう念じるように唱えるとサグルの腕がだんだんと元に戻る。しばらくすると完全に元のサグルの腕に戻った。
「これが愛の力よ!」
正直賭けだったけどサグルが私を傷つけるはず無いもの。勝ちが分かってる賭けよね。まあ、昨日は噛まれましたけどね。あれはきっと甘噛みよ甘噛み。
ただそんな私をサグルは危険だと怒る。私を傷つけるかもしれないと思うと苦しいと。
だけど私は言う。「私はサグルを信じてるもの、サグルは私を絶対に傷つけないって」
その言葉にサグルは諦めたようで自分も頑張ると言ってくれた。
「そうよ、サグルにはこれから色々頑張ってもらわないといけないんですからね?」
「色々?」
「はい、そうです。子供は3人は欲しいですし、家は大和神国の武骨な四角い家じゃなく白い壁で青い屋根の家を買ってもらわないといけませんしね」
「……給料もらってないので真奈美さまに掛け合ってみます」
無賃無休ですか、まあこの件は私も掛け合うとして。なにげに私の貯金もかなりあるのよね。カスミが無賃無休じゃかわいそうと言うことで支給してくれたのだけど、当時はお金なんてと思ってたけど、今となってはカスミ樣々ね。これ勇者になれば給料も上がるのかしら?
「ミスティア、出発するよ」
遠い未来に思いを馳せていると、サグルの呼ぶ声が聞こえた。すでにみんな馬車に乗り、私一人だけ取り残されていたのだ。
私は馬車に飛び乗るとサグルの横に座り、当然のごとく脇をつねった。微笑みながら、思いっきり、力を込めて。
まったく、ボクネンジンめ。